第一話 目覚め
やはり時間がかかってしまう…
『自分』を認識したのはいつの事だろう。気がつけばここにいた、としか言い様がなく。まずは周りの音、人の話し声を理解し始めた事を覚えている。しかし自分からは話しかける事が、いや体を動かして反応する事もできない。ただ映画のようにその光景を見ている。否、見せられている、だ。自分の体?は勝手に動き、話す。そして俺自身でないもう一人の存在をすぐそばに感じる。慣れるまでそれこそが『今世の俺』と理解できなかった。
『なんでいまさら中世みたいな世界で幼児をやり直さないといけないの!』
俺こと青藍志郎の魂の叫びである。しかも俺でない別の誰かが俺を操っている。今世の俺は『俺』の意志に関係なく、勝手に笑い、泣き、小便も漏らす。・・・やめてくれよ何この羞恥プレイ。俺にM要素がないのをここまで自覚出来た事はなかったよ。嘆いてばかりでも始まらない。まずわかる事を整理していこう。
俺は今世では4才程の男である。
今いるのはいかにも中世的世界で、魔法や異種族もある。
俺の住んでいるのは普通の猟師の家庭で、父、母、兄、俺である。
俺はごく普通の子供である? 疑問符なのはこの俺ことジン坊主は、たまに動きを止める。何かを聞いているように、集中する時があるのだ。しかしジンが聞いている?ものは俺には聞こえない。何か幽霊や精霊のようなものがいるのか?俺には全然わからないのだが・・・ 何それ怖い。
俺の前世、青藍志郎は現代日本で若くして死にました、丸。詳しいことはあまり覚えていない、死因や家族、普段の生活などは。一応常識的な日本の生活、いくつかの趣味(主に漫画やライトノベルだ)、さらに実家の古武術などは覚えている。
そして忘れていない事がある。浮かぶのは数人だが、自分にとって大切な人達だったようだ。年は自分と変わらない若者達、4人の男女。・・・彼らとの会話、行動、感情、全てとは言えないが、よく覚えている。
あと俺は常時目覚めているわけでなく、一日の数時間だけ存在を自覚できる。例えるなら寝落ちするように、意識を失うのだ。
「ねえ、ねえ。」
『しかし幼児の生活を見ても楽しめるものがない。せめて美幼女ならマシだったのに。』
「聞こえてる?ねえお兄ちゃん。」
『しかも母親と風呂に入る時間は大抵寝落ちしているし。この村は共同浴場だから、三軒隣のマリィちゃん(14才)や村長の長女ミイナちゃん(18才)、次女ミミイちゃん(6才)なんかも一緒に入る時があるのに~!』
「お兄ちゃん!」
うわ、何だ。誰だ考え事をしている時に。失礼なやつだな・・・
え?え!『話しかけられている?』
『誰だ!』
「ふえぇ、大声ださないでぇ」
泣きそうになっているのは俺ことジンの声みたいだ。というかジンと話している?
ジンをなだめて話をしてみる。
『お前、俺の声がわかるのか?』
「うん、すこし前から頭の中で誰かがつぶやいているのが聞こえてたの。」
「始めはお化けかと思って怖かったけど、何か優しい感じだし、面白い人だし。」
「だからお兄ちゃんと話ができるように、ずっと心で呼びかけてたんだよ?」
うーむ、ジンは年のわりに賢い。実際の声に出さないで呼んでいたのか。周りの目を気にすることをもう覚えているな。
『お前は誰かに、母親とかに俺の事を言わなかったのか?』
「うん、何回か話したよ。でも信じてくれなかった。ウソを言うなって怒られもしたよ。」
『だったらそのまま話さないで無視していればよかったのじゃないか?』
「だってずっと一人言を聞いてもイヤだし。それにお兄ちゃんは寂しそうだった。」
『寂しい?』
「誰も俺を見ていない、知らないって言ってたよね?でも僕は見ているよ。お兄ちゃんを知っている!」
・・・不覚にも胸にきた。体感時間で数年程一人だったからな。逆に周りに人がいるからこそ、コミュニケーションがとれない事の孤独を意識した。
『志郎だ。』
「え?」
『お兄ちゃんはよせ、ジン。俺のことはシロウと呼べ。』
自分に兄呼ばわりされても嬉しくない。むしろ対等の、相棒のように意識してもらいたい。まだガキだから無理だろうけどね。
「シロウお兄ちゃん?」
『違う、ただのシロウでいい。お前にはそう呼ぶ資格があるし、そう呼んで欲しい。』
「でも年上の男の子はお兄ちゃんでしょ?」
『年上じゃない、実はお前と同じ年だ。』
嘘じゃないぞ、この世界で生を受けた年はジンと完全に同じだからな。
「えぇ~、ウソだぁ~。」
ジンをなだめたり、からかったり、笑わせたり。こうして俺はジンと仲良くなっていった。
ジンと話すようになってから4年が過ぎた。今では相棒であり、弟子でもある。自分が修めた古武術をいくらか教えているのだ。必要があった為に。
それはジンは「魔法」が使えるようになったから。しかもよくあるチート補正付きで。
まずこの世界の魔法について簡単に説明しよう。日本人的に言えば、普通自動車免許にあたるくらい普及している技術である。そして免許のように、基本はある程度成長すれば、誰にでも習得できるものである。ただ、個人の才能や技術などにより、その能力は大きく差異が出来るのが、車の免許との違いである。「魔法使い」にも、戦争用から一般生活用までいろいろある。大半の人は生活レベルで終わるが、冒険者などの戦闘レベル、軍や上級の冒険者などの戦争レベル、上級の魔族、魔物などの災害レベル、といった等級がある。
そしてジンは6才で魔法に目覚めた。これはかなり早い部類だ。その魔法も、戦闘レベルの、火や風、身体強化に強い適正がある。なにこのテンプレチート。と楽観していたのもつかの間。ジンは使いこなせず大怪我をしてしまった。家族にも秘密にしていたので、自爆によるものとは気づかれていなかったのはいいが、俺も死にたくなかったし、ジンに泣かれるのもイヤだったので、監督をする事に決めた。今では充分に使いこなせていると自負している。
「爆風浪」
掛け声と共に放った一撃は猪を打ち倒した。短剣の攻撃と風魔法を合わせて、猪の突撃を横にそらしつつ勢いのまま跳ね飛ばした。横転した奴はそのままもがいていたが、すぐに動きを止めた。この一撃以前に、遠距離からの弓と魔法の攻撃を何度か炸裂させて弱らせている。そのまま相手を挑発して無防備に突進させ、最後に至近距離からの最大攻撃だ。
「シロウ、やったよ。ついに一人で猪を倒したよ!」
『待て、相手が確実に動かなくなるまで、目を離すな。』
「こんな大きな獲物倒したの初めてだよ!父さん達も喜んでくれるよね。」
はしゃいでいるが、ちゃんと残心をして、猪にも周辺にも警戒は解いていない。さっきまでの戦闘中の魔法や闘法も含めて、一応及第点のレベルになっているか。
最初からジンの魔法は強力だったが、それをただ運用も考えずに使い、身体強化も強すぎて体を壊す始末だった。古武術の修行を通して、筋力や魔力を、攻撃魔法を効率的に使うという考え方を教えた。無駄が無い動き、必要以上の力を抑える、発動時間を縮め瞬間的に使う、一連の流れを意識して次やその先を意識して動く、という事を理解させたのだ。無論子供なので、知識というより感覚的にわからせたのだが。
ジンは既に猪の血抜きを始めている。もう一人で獲物を処理、解体できる技術を身につけているから、迷いがない。とはいえこれだけ大きいと、悠長に解体まですると日が暮れるので、まずは村まで持ち帰る事が先だ。
・・・どうやって持ち帰ろうか。
12才になる頃には、ジンは狩人として、魔法が強力なのも含めて、周辺の村に知られる程の腕前になっていた。