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ロマンチック・エゴイスト

作者: 野保本

今は遠い昔のこと、小さな国のおとぎ話のようなお話。

ダマランカ国のヘンリー王子はある夜、舞踏会で若くて美しい一人の娘に恋をした。

それは一目惚れだった。


娘の名はクリスと言った。クリスはダマランカ国城下町の花屋の娘であった。

彼女は幼くして母を亡くし、病弱な父親と二人で暮らしていた。

病弱な父の代わりに、働き詰めだったクリスだったが、その生活にそれなりに満足していた。しかし、口には出さなかったが、裕福な生活を望んでいることもまた事実だった。

クリスは家の窓から見えるお城を眺めるのが好きだった。特に夜の城の窓から漏れた光は、とても幻想的で美しかった。

そしてお城の暮らしぶりを想像しては、届かぬ夢にその思いを馳せていた。


しかし、届かぬ夢のように思われたクリスの空想はある夜、現実のものへと姿を変えた。


運命の舞踏会の日のことである。

クリスは花屋の店先で一人の女性と話をしていた。

その話の流れで、その女性が新しいドレスを買ったからと、まだ新品同然のドレスをクリスが譲り受けた。

その夜、初めてのドレスを身にまとったクリスはとても嬉しくなり、舞い上がってしまった。

そしてちょっとだけならと、父が寝た頃を見計らって、こっそりとお城へと向かったのだった。


「ここまで近づいたのは初めてだわ。でも帰ろう、ここまで来ただけでもう十分よ。」

クリスはそう呟いて、踵を返したとき、後ろから女性の声が聞こえた。

「あら、あなた昼間の花屋さんじゃない?」

見るとそこにはドレスを譲ってくれた女性が立っていた。

「早速ドレスに着替えてくれたの?嬉しい!よく似合ってるじゃない。」

「そ、そうですか?ありがとうございます。では私はこれで……。」

「えっ?あなた、舞踏会に来たんじゃなかったの?」

「そんな……。私なんかがお城に招待される訳ありませんよ。」

「大丈夫よ!私が話をつけてあげるわ。一緒に行きましょう。」

この女性は何者なんだろう、とクリスは思ったが、憧れていたお城には入れるという気持ちが一瞬にしてその疑問を掻き消した。


そしてその夜、ヘンリー王子に見初められたクリスはダマランカ国のお姫様になった。


あまりにも都合のいい、夢物語である。

だが、いつまでも幸せにというワケにはなかなかいかないもので……。


……なぜこんなことになった。何か大きな間違いを犯したわけではない。だが、いつか僕が望んでいたような未来はこんなものではなかったはずだ。

「ヘンリー、ちょっと聞いてるの!?」

僕の目の前で七面鳥にナイフを入れながら、僕を叱咤するこの小太りの女の名前はクリス。僕の嫁であり、この国の姫でもある。一日4度の食事と、3度の睡眠それが彼女の日課だ。

舞踏会の夜、僕は彼女と初めて出会った。

当時彼女はきれいなブロンドの長い髪と整った顔立ち、線の細い体に豊満なバストと私の理想をそのまま形にしたような女性だった。

そんな彼女に僕はすぐに夢中になった。これが運命というものなのだろう。僕は彼女に出会うためにこの世に生まれたのだと、本気でそう思った。

だが、それは僕の妄想でしかなかったらしい。僕は運命などという言葉を軽々しく使うと、ひどくみじめな思いをするはめになることを思い知った。

姫として城に迎え入れたばかりの頃は、働き者でよく気の付く彼女によく感心させられたものだった。

しかし半年後、城の者が彼女の身の回りの世話を何でもやってくれることに気づいたとき、彼女は目にもとまらぬ速さで堕落の一途をたどった。

その変わりようは、以前とは違う意味で感心させられた。

「や、やだ……、ヘンリー、そんなに見つめないで……。」

ぼーっとしていた僕はどうやら彼女を見ていたらしい。勿論そこに何らかの意思があるわけではない。

何を勘違いしているのか……。小太り姫は恥ずかしがりながら、器用に七面鳥を解体していく。その光景を見た私は体から嫌な脂汗がにじみ出るのを感じた。


「はぁ……。」

食堂を出た後僕は深いため息をついた。運命とは残酷なものだ……。あれだけ好きだった女性も今やストレスの要因でしかない。そしてそう思う僕もまた卑劣な男のようで嫌気がさす。

一体どうすればよいのだろうか。

寝室の前にいた長身の使用人がドアを開け、その中に一歩足を踏み入れた時、何か奇妙な違和感を感じた。

「なぁ、モルソン。君はずっとこの部屋の前にいたのか。」

「えぇ、さようでございます。王子。」

「何か異常はなかったか。」

「はい、物音一つしませんでしたが……。」

「ならばよい。僕は休むから部屋には誰も入れるなよ。」

「承知しました、王子。」

モルソンは上品にお辞儀をすると、僕が部屋に入ったことを確認し、静かに扉を閉めた。

僕は部屋に入るなり、念のため警戒してあたりを見まわした。が、特に異常はない。僕の杞憂だったのか。

気が抜けてベッドに腰を下ろすと、何か妙な感触が尻に伝わった。

「うおっ……!」

僕は思わず声が漏れた。

幽霊や宇宙人、意図の見えない妙な動きをする奇人は、共通した恐怖心を人に与える。あるはずのない感触を尻に感じることもそれに通じるものがあるように思えた。

恐る恐る布団をめくる。するとそこに手の平ほどの大きさの、小汚い木造の箱が置いてあった。誰が何の意図があってこんな物を、けしからん!

が、中身が気になる……。どうやら鍵はかかっていないようだし、開けただけで命にかかわるような仕掛けもおそらくはないだろう。

僕は留め具をはずし、箱を開けた。

その瞬間、中から何かが勢いよく飛び出した。そう、何かだ。物ではない霧のような何か。

「……!」

声にならない叫び声を心の中であげる。

やがてその霧は次第に人の姿を形成し、そして実体化した。

……その姿は白いひげを生やし、中年太りしたおっさんだった。

「ホッホホー!誰だあんたは、一国の王子の様な恰好なぞしおって、頭がおかしんじゃないかね!」

開口一番暴言を発したそのオヤジは、僕を指さして愉快そうに笑った。何が起こったか考えるより先に、僕はこのオッサンに嫌悪感を覚えた。

「失礼な奴だ!王子の様、なではない!私は正真正銘、このダマランカ王国の王子だ。貴様こそ何者だ!」

「私を呼び出しておいてそんなことも知らんのかね?やれやれ、私は不思議な箱の妖精、シュワルツだ。シュワちゃんと呼ぶがいい。」

なるほどわかったようでよくわからないが、どうやら嘘は言っていないようだ。

足がなく、奴が宙に浮いていることからも人間ではないことは明らかだ。

しかし、妖精ではないだろう。不快な言動、たるんだ腹、不健康そうににじんだ脂汗から察するに、おそらく奴は魑魅魍魎の類であることは想像に難くない。

こういった魑魅魍魎の類は世にのさばらせておくと悪さしかしないだろう。

「モルソン!すぐに来い!オッサンの姿をした化け物だ!」

叫んだが、モルソンが来る気配はない。

「ホッホホー!誰も来やせんよ!そういう風にしてあるのでな!あと化け物ではない、私はシュワルツだ。シュワちゃんと呼ぶがいい。」

愉快そうに腕を組んでいるオッサンが非常に腹立たしい。一刻も早く私の前から消えてほしかった。

「ホッホホー!そうにらむでない。半端に整った顔が台無しじゃぞ。」

余計なお世話だ。奴の言動、存在のなにもかもが僕の常識の外にある。

「さて、それであんたはわしに何をしてほしいのかな?」

「何をだと?お前が僕に何かできることといえばただ一つ。僕の前からあんたが消えていなくなることだ!」

「ホッホホー!そんな願いでいいのかね?一国の王子ともなると欲がないのー。それとも単にバカなだけかな?」

「うるさい!さっさと消えろ!」

「ホッホホー!あい、わかった!ではさらばじゃ!」

そう言うとオッサンは一瞬にして消えてしまった。そしてそこに転がっていたあの箱もいつの間にか消えていた。

まるで何事もなかったかのように、あたりは静かな闇に包まれた。


僕が寝室のドアを開けると、いつものようにモルソンがそこに立っていた。

「なあ、モルソン。お前はずっとそこにいたのか?」

「はい。それが私の務めですから。」

「何か変わった事が起きなかったか?」

「いえ、物音一つしませんでしたが……、どうかなさいましたか?」

「いや……、ならばよいのだ。私は休むから、誰も中には入れるなよ。」

「かしこまりました。」

そう言って僕は寝室のドアを閉めた。あれは一体なんだったのだろうか?

改めて思い返してみると、あのオッサンは願いなどと言っていたな。まさかあのオッサンは何でも願いをかなえてくれる本物の精霊だったのだろうか?

結果として僕の願いは叶えられた訳だが、もしそれが本当なら……、僕の本当の願いは……。



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