第三話 その日の夜
目が覚めると、あたりは真っ暗だった。時刻を携帯で確認すると八時。
「そんなに寝てたのか」
ミゼルにやられた部位が少し痛むが立ち上がる。屋上にはまだ気絶したままの女生徒がいるだけで、他には変わりはなかった。
「あの子、大丈夫かな? ……ま、ここ学校だし、ほっといてもいいだろ」
ただ、問題は帰りだ。八時となれば校内の出入口は施錠されているだろうし……
「あの時の力、使えないかな?」
目を閉じ、意識を体内に向ける。これは魔術のときにもすることで、体内の魔力を感じるために行う初歩だ。
「特別な力は感じないな」
体内に別段以上はない。となると、意識一つであの状態に持っていけるのでは?
イメージとしては体内を循環する魔力が少しずつその脈動する速度を上げていく。そして最高点に達した時、泉のように……
「うぉ、できた」
そこまでイメージすると、全身に力がみなぎってきた。
「う~ん。名づけて【闘神モード】なんちゃって」
よし、しばらくはこの名前で呼ぼう。
さて、この状態なら屋上から飛び降りても問題ないだろう。
「行っくぜぇぇぇ!」
俺は助走をつけて、翔んだ。
文字通り、翔んだ。全力で地面を蹴ったその数瞬後、俺は夜空の中にいた。
「って、飛びすぎだろ!?」
驚きもつかの間、俺はニュートン先生の言葉を思い出した。
俺の体は既に大地へ向かおうとしていた。
「やっべ、落ちるぅぅぅぅぅ!」
悲鳴を上げることもできず、俺は地面に叩きつけられた。
「痛ってぇ! って、俺あの高さから落ちて死んでないのかよ!」
思った通りだが、ここまでとは。どうやらこの【闘神モード】は攻撃力、素早さ、防御力を格段に上げるようだ。ミゼルと戦ったとき、なんとなく思っていたのだが、あたっていたようだ。
「えっと、ここは?」
俺は公園のようなとこに落ちたらしく、砂場や、遊具がいくつか置いてある。民家に落ちなくて本当によかった。
公園の名前を見ると、さくらんぼ公園と書いてあった。
「ここか、ウチすぐ近くじゃん」
この公園はうちから徒歩三分と近場だ。俺はそのまま歩いて家に帰った。
「燈也さん、おかえり」
家に帰ると、母の綾子さんが笑顔で迎えてくれた。
「ただいま、綾子さん」
「今日は遅かったのね。何かあったの?」
「いや、少し遊んでたらこんな時間になった」
「そう、今度遅くなる時は連絡ちょうだいね?」
それだけ言うとまだ料理の途中だったらしく、キッチンに戻って行った。
俺は、一度部屋に戻り、カバンを……
「あ、カバン忘れた。……朝一で取りに行けばいいか」
カバンは多分屋上だな。朝、早めに行って、取れば問題無いだろう。
俺は私服に着替え、部屋を出た。
「あ、お兄じゃん。帰ってたの?」
部屋を出るとばったり遭遇した、という言い方も変か。義妹の神北朱乃だ。綺麗な水色の髪を頭のサイドで結んでいる。ツインテールというやつだ。最近までは態度がひどかったんだが、今は普通だ。 昔は「近づくな、クズが!」とか言われてたな。流石に傷ついたが…
「ああ、今帰ったとこ。そういえばさ、朱乃はお誘い来たのか?」
朱乃は誕生日が俺の方が早いというだけで同い年だ。朱乃は容姿も目を惹くとこがあり、Sクラスでもある。きっと上級生からお誘いがたくさんあったに違いない。
「あったよ。男からしつこいほど。ま、全部断ったけどね」
「大変だね~」
「成績悪すぎて戦えない人間よりマシだと思うけど。それじゃ」
朱乃は自室へ入って行った。
そうだね。態度はマシになったけど、結構厳しいこと言うね。
俺はその後、食事やらを済ませて、今日は早く寝ることにした。
「っと、その前に少し考えないとな」
考えるのは二つ。ミゼルとかいう男について、そして俺の力について。
あの男、最後まで顔わからなかったし、俺よりメチャ強いってことぐらいしかわからないな。こいつは置いとくか。
俺の力。なんか突然発動したけど、分かっているのはあの状態になると、身体能力が上がる……位かな? 明日実験でもすればいいか。
俺は今後の方針を考えると、思ったよりも疲れていたようで、すぐに眠りについた。
~屋上にて~
「ん? 私は確か……」
燈也が屋上を去ったあと、少女は目を覚ました。
燈也は気づいてなかったが、その月明かりに照らされた少女はどこか神秘的なものを思わせるほど、美しかった。
「屋上に変な気配を感じて、そしたら怪しい男がいて、そのまま戦闘になって、しばらくすると男子生徒が……」
すぐに記憶を引っ張り出し、整理する。自分が今、どんな状況下にあるかわからないときはこれが一番だ。
「私が無事、ということはあの男子生徒は勝ったの?」
少なくとも戦闘行為はあったと思う。あの不気味な男はかなり好戦的な人物だった。相手している際も、戦事を楽しむようなことを言っていた。あの生徒と戦闘はあったはず。
「……見たことない顔だった」
少なくとも、立場上全生徒の顔と名前を把握している。わからないとなると。
「一年生ね。屋上が立ち入り禁止って知らずに入って来たのか……」
そこで、ある結論がでる。
「あの子、欲しいわね。生徒会にも、私のパートナーにも」
少女は月の光が照らす中、一つ、妖艶な笑みを浮かべた。