第5話 「俺死ぬかもしれない」
「麗子、最近変わったな」
5限目の授業は、空腹も満たされ、皆静かだ。すやすやと眠りに入るものがほとんどで、それが自習ともなれば、ほとんどの生徒がだらける。
だが相変わらず隣に座る男は、サボろうともせず熱心に取り組んでいた。その彼が急に話し掛けてきたものだから、思わず私は怪訝な顔で彼を見た。
「何よ、いきなり」
哲平は開いていた教科書を閉じて、私の方を向いた。
「前より雰囲気が柔らかくなった」
「は?意味分かんない」
「それってアイツのお陰?」
私は哲平の言うアイツの顔を思い浮かべた。
「別に関係ないわよ」
「素直になったら?」
私は哲平の言い放った言葉に驚き、哲平を凝視する。哲平は少し怒っている様子だった。いつもは垂れ目加減の目もいつになくつりあがっている。
「哲平どうしたの、変よ?」
「あえて友人として言わせてもらうけど、自分の気持ちに嘘つくのは辛いだろ」
「私は恋愛なんてしないし、哲平にそんなこと言われる筋合いもない」
私は哲平から視線を逸らし、再び教科書を見た。
「ったく、可愛くねぇな」
哲平はそう言うと、困ったように笑い教科書を開いた。何を考えているかさっぱり分からない。
今日の哲平に違和感を感じるとともに私は別のことにも違和感を感じていた。いつもなら休み時間ごとに現れると言っても過言ではない綾瀬が、今日は一度も顔を見せていなかった。
携帯のバイブレーションが狭い机の中で響く。普段であれば無視をするが、今日は幸い教師もいない自習である。私は携帯を机から取り出した。
綾瀬からのメールだった。
『俺死ぬかもしれない』
私は苛立ち、携帯を閉じる。なんて子供じみたメールだろう。誰がこんなもの信じるだろうか。
信じない。……信じない。
関係ない。……関係ない。
頭では分かっていても、見て見ぬふりなんてできなかった。
私は再び携帯を開け、返信のメールを打った。
『どうしたの。今どこ?』
まるで私を急かすようにバイブレーションが鳴る。
『家。学校から歩いて10分の平和マンションの3階、307。助けて』
これは綾瀬の家に来いと言うことだろうか。そんな我侭に付き合うほど私はお人よしではない。
「綾瀬から?」
哲平が心配そうにこちらを見ている。
「なんでもないわ。平気」
私は冷静を装い携帯を鞄にしまいこんだ。
あんな奴どうなったって構わないじゃない。今までだって誰かに興味を持つなんてありえなかった。
しかし、心とは裏腹に脳裏に浮かぶのは綾瀬の苦しそうに助けを求める顔だった。もし、本当に何かあったとしたら……。
「自分の気持ちに正直に。先生には上手く言っとく。行けよ」
哲平はそう言って微笑んだ。どうやら、哲平も重度のお人よしらしい。
やっぱり放っておけない。
私は勢いよく鞄を机から取り、綾瀬の家に向かった。