第1話 「可哀想な人だね。あんた」
降り続ける真っ白な雪のように、一点の染みも無い人生を。
完璧と呼べる人生を。
だってそうじゃなきゃ意味が無いでしょ?
アイドル?ドラマ?
興味ない。
恋愛?恋人?
そんな下らないものに振り回されるくらいなら、方程式の一つでも覚えるわ。
冬休みも終わり、また今日から慌しい学校生活が始まる。そして、それは高校生として最後の学校生活の始まりでもあった。
「椎名、ちょっといいか」
呼び止められ、振りかえった先には、担任の教師が立っていた。
「何でしょうか」
「聞いたぞ、大学をトップで入学だって?おめでとう」
「ありがとうございます」
「俺のクラスから椎名みたいな優秀な生徒が卒業するとなると鼻が高いよ」
まるで機嫌を伺うような態度に、私は嫌気がさしていた。
「急ぎますので、失礼します」
威張るだけの能無しに費やす時間はない。私は教師に一礼をし、裏庭に向かった。
始業式を終え、放課後を向かえた学校は、人影もまばらだ。私は裏庭に辿り着くと人影を探した。
こんな寒い中、裏庭に呼び出すなんて、いつの時代の人だろう。制服の胸ポケットに入れた手紙を開け、もう一度内容を確かめた。想像の通りのラブレターだった。告白がしたいので、裏庭に来て欲しい、そう言った内容だ。
世の中には、気の毒なことに私のことを好きだと言う人がいるらしい。今までもそれなりに告白をされてきた。
もちろん、そんな下らない恋愛ゲームに付き合うつもりは無い。
正直、断り続けるのも、いい加減疲れるのだ。今日も下らないままごとにつき合わされるのかと思うと手紙など無視をして帰りたい程だった。しかしそれでは人間としてどうか。
とりあえず、この手紙の張本人に合わないことには始まらないのだ。もう一度辺りを見渡す。
「あの!」
きた。私はゆっくりと声の方向を振りかえった。そこには、顔を赤らめた男が立っていた。顔は悪くない。中肉中背の一般的な男子高校生だ。
「呼び出してしまってすみません」
男は頭を深々と下げた。
「あなたがくれた手紙はコレ?」
私は封筒を差し出した。
「はい!そうです」
「そう……。で、何?」
男はますます顔を赤らめ、途切れ途切れに言った。
「一目惚れなんです!僕と付き合って下さい!」
一目惚れ?つまり容姿だけ見ていたってことね。
「悪いけど、私はあなたに何の興味も持てない」
私は躊躇いもせずに言い放つ。
さっきまで赤ら顔だった男は、一瞬で青ざめてしまった。気の毒だとも少しは思ったが、私には関係の無い話だ。
去っていく男の後姿は滑稽なもの以外の何者でもない。
「もうちょっと言い方ってのがあるんじゃない?」
木々の陰から聞きなれない声が響いた。私はとっさに後ろを振り向く。
振り返った先には、先ほどの男とは比べ物にならないほど、端正な顔立ちの男が立っていた。
栗色の髪は肩まで伸びており、着崩された制服に、肌蹴た学ラン、腰にはジャラジャラとつけたチェーン。全て、今時の高校生そのものだが、なぜか清潔感を与える。それはこの男が美少年と呼べる部類に入るくらい顔立ちが整っているからだろう。まるで女の子みたいに可愛らしい。
「あなたに関係ないでしょう?立ち聞きなんて悪趣味よ」
私はじろりと男を睨み付けた。男は動じることなく、口元を緩ませ微笑んだ。その笑みはとても妖艶で、高校生とは思えなかった。
「まぁ、そう怒らないでよ。こっちもたまたま居合わせたんだから。でもさ、一度付き合ってみたら?好きになるかもよ」
「恋愛なんてただの妄想よ。私は誰も好きになんてならない」
「ふっ、ははっ……」
男は声をあげて笑った。
「失礼じゃない。あなた一体誰なの?」
痺れを切らした私は、男に言い寄る。
「俺は2年B組の綾瀬 涼」
どうやら、男は綾瀬と言うらしい、しかも年下だ。綾瀬の外見からすれば年下と言うことも頷ける。背は高いほうだが、顔が童顔なのだ。
「可哀想な人だね。あんた」
私はその言葉の意味を理解するなり、綾瀬の頬を思い切り叩いた。辺りにパチンと言う音が響く。
「あなたに私の何が分かるの?私の前から消えて」
じんじんと叩いた感触の残る手を摩って、綾瀬を睨み付けた。しかし、綾瀬は叩かれたというのに、微塵も動揺する様子はなかった。