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  作者: 猫柳
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5 青い駱駝亭〜後編〜

うまかった。


空腹だったこともあるが、それを差し引いてもかなりうまかった。

昨夜食べたスープとパンの味を思い出し、律は一人深々と頷いた。






<青い駱駝亭〜後編〜>






食事が終わるとほどなくして部屋に案内された。

屋根裏にあるその部屋は、木の匂いがして、簡素な寝台と机があるだけ。いつか映画で見たような部屋だった。


「今日はもう遅いからね。必要な物は明日揃えな。夜更かしするんじゃないよ」

「あ、あの!」


じゃ、といともあっさり部屋を出ようとするフェイを、律は咄嗟に引き止めた。

疲労と空腹に本能に任せて食事を貰ったが、落ち着いて考えてみると寝床まで用意して貰って「それじゃお休みなさいまた明日」というのはちょっと失礼ではなかろうか。

と思ったのだが、相手はそんなことを気にしている様子は微塵もない。


「ん?あぁトイレは部屋でて階段降りて右の突き当たりに…」

「ではなくて」

「なんだい?」


開け放った部屋の入り口に肩を預け、どうやら話を聞く体勢らしいフェイに、律は数度口を開いたり閉じたりする。


「あ、の…」

「ん?」

「えっと」

「うん」


言いたいことは色々とあった。

体を洗っているときも、食事をしているときも、律は何も聞かれなかった。


怪しいと思わないんですか。

見ず知らずの人を家においていいんですか。

その細い体のどこにあんな怪力が…いやこれはいいか。


どれから聞こうか迷っている律を、フェイは黙って見ていたが、痺れを切らしたわけでもなく、先に口を開いた。


「…一人で」

「え?」


ぽつり、と。極小さな声で。


「一人で砂漠を歩くのは、大変だったろう」


何か懐かしいことを思い出すような微笑みに、律は目を見開いた。

意図が掴めずに小首を傾げる律を見て、フェイは今度は悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「実はあたしも経験がある。旦那とはそこで会ったのさ」

「えっそうなんですか?」

「気になるかい?」


正直、気になる。


素直に頷いた律に、フェイは笑って室内に戻ってきた。

寝台に腰掛け、律にも隣に座るように促す。

部屋の中はカンテラの灯りだけで、淡く金色に照らされていた。


「あたしはね、実は砂漠のお姫様だったんだよ」

「お姫様?」

「戦でね。国はもう無くなったけど」


まるで物語のような話を、律はカンテラの火を見つめながら聞いていた。

砂漠のお姫様。なるほど、納得である。


「白い砂漠だったろう?あの向こうに、大きなオアシスがあるんだよ。市を開いてて色んな商人が出入りしてね。砂漠の中だけどそこだけはほんとに別世界さ。水があって緑があって、人がたくさんいた」


階段を踏む、木の軋む音がして、律は顔を上げた。

のっそりとヴィーノが現れ、片手に盆を持って部屋を覗いた。

フェイが手招きし、ヴィーノはちらりと律を見てから部屋に入る。

湯気を立てたカップを差し出され、律は礼を言ってから受け取る。甘い匂いはレモンと蜂蜜だった。


「ありがとうございます」

「ん」


同じようにフェイにも手渡し、ヴィーノは自分のカップを持って律の隣に腰掛けた。こちらはおそらく酒である。

ぎしり、と寝台が大きくきしみ、律の体が傾く。

両隣に座るフェイとヴィーノを交互に見て、律は首を傾げた。

一瞬任意同行だかなんだかでパトカーに連れ込まれ、警官二人に挟まれた容疑者が思い浮かんだ。。が、そんな刺々しい雰囲気はない。

どちらかといえば、休日に並んでソファに座り、テレビを見ている家族のようである。


「…とは言ってもあたしはお姫様だったからね。ほとんど王宮から出たことなんてなくて、外の世界を知ったのなんて…何歳だったかな。十五くらいになってからだったね。十七になった時にね。戦があった。元々小さな国だったから、負けた。あたしは王族だったから、勝った方の捕虜になるはずだった」


律はどう返していいのかわからずにとりあえず頷いた。

戦。捕虜。馴染みのない言葉だった。


「けどさぁ、性格も人相も悪いしかもじじいに嫁げってんだよ?金積まれてもごめんだね」


せめて若くて性格よけりゃぁ考えたのに、と言うフェイに、律はまたとりあえず頷いた。

これは一応同感である。外見と年齢はともかく、一緒に暮らしていくなら性格は重要だろう。


「で、一人で砂漠に飛び出してね。もちろん右も左もわからないし星も読めない。奇麗な服なんてあんな場所じゃこれっぽっちも役に立たないと心底実感したね。腹の足しにもならないし。まぁおかげでヴィーノに見つけられた訳だけど」

「…赤だったな」


白い砂漠に青い空。その中に、一点の赤。

確かに目立つかも、と律はその光景を想像した。


「しっかもさぁ。聞いておくれよ。この人ったらそんな運命的な出会いをしたにも関わらず、中々こっちの求婚に頷かなくてさ」

「求婚…したんですか」

「した」

「えーと、フェイさんが?」

「あたしが」


ちらりと逆隣りの大きな体を見上げると、ヴィーノは変わらず、にこりともしない顔でカップを傾けている。

髭の間に覗く耳がほんのりと赤く染まってるのを見て、律は思わず口を押さえて俯いた。


(か、かわいい…!?)


「そんで今はこうして一緒に料理屋してるわけ」


足を組み直し、フェイはカップを傾ける。

ヴィーノは相変わらず無言で、律はかける言葉もわからずに口を閉じた。

何かを言う必要はないのかもしれないが、そうして話をしてくれたフェイに、何か返したかった。

少し考えて、結局自分の話をすることにした。先ほどよりもずっと軽く、口を開くことができた。


「…気がついたら、砂漠にいたんです」


不可解な点の多い言葉だったが、フェイは気にした様子もなく先を促した。


「ふぅん?」

「びっくりしました。それまで近所の公園にいたはずなんですけど、起きたら一面白と青で。なんか夢でも見てるのかと思いました」

「…奇麗だが、怖いからな」


あの砂漠は、と呟くヴィーノに、律は頷く。


「しばらく歩いてたら、夕方で、夜になったらすぐ寝ちゃってですね」

「よく一人でここまで来れたねぇ」


まじまじと顔を覗かれ、律は首を振った。


「歩いてきた訳じゃないんです。その…自分でも信じられない話なんですけど、いつの間にかどこかのお城の庭にいて」


瞬間移動、という言葉が思い浮かんだが、某漫画のような瞬間的な動きではなかったし、何か違う気がする。


「いつの間にか?目が覚めたらってことかい?」

「はい」

「城の中は許可がないと入れないよ」

「はい。…軍人さんみたいな人達に追いかけられました」

「だろうね。よく出て来れたもんだ」

「二時間くらい迷いました」

「強運だねぇ、あんた」


それでも右も左もわからぬ場所から出て来れたのだ。

確かに強運であろう。

ぽす、と頭にヴィーノの手が乗せられ、律は前のめりそうになった体を支えた。

頭をすっぽりと覆うような大きな手は、不器用だが優しい。

次第に重くなる瞼を擦りながら、結局律はヴィーノに寄り掛かるようにして眠ってしまった。





フェイが空になったカップを受け取り、ヴィーノが律を軽々と持ち上げて寝台に寝かせる。


「なんだか娘ができたみたいだね」

「…そうだな」


嬉しそうに笑うフェイに、ヴィーノもわずかに口の端を上げた。




その辺のやり取りは律の知るところではなかったが、非常に心地よく眠りについたことは覚えている。

初対面にしてなんだか立ち入った話を聞いてしまった気もするが、フェイもヴィーノも不思議とそういった気遣いを感じさせない人達だった。


謎は多いが、とりあえずこの状況に逸早く慣れ、二人に恩返しをしよう、と心に決め、律は大きく伸びをして立ち上がった。


一日の始まりは、これからである。

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