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  作者: 猫柳
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3 白い街

世界レベルの迷子って、ギネスブックに載るのだろうか。







<白い街>








「スペイン…いや、スイス?」


それともイタリアだっけ?


思わず律が首を傾げたのは、目の前の街並が白い色調だったからだ。

建物は二階から三階建てで、白い石と木造の家が石畳の通りにずらりと並んでいる。

道を歩く人達はインド風に布を巻いている人もいれば、西洋的な襟のついたシャツにズボン、どこぞの民族衣装のようにやけに露出の多い服、頭からすっぽりマントを被っている人と多国籍だ。

この中でなら悪め立ちすることもないだろう、と律はほっと息をついた。

実際、通りすがりにちらりと視線を向けられることあっても、じろじろと眺められるような視線は感じなかった。

こういう時は、堂々としているのが一番である。

観光客のように辺りを見回しながら歩いていると、とん、と肩に軽い衝撃があった。


「おや、ごめんね」

「あ、すみませ…」


口を開きかけたまま、律は固まった。


絶世の美女。


年齢としてはおそらく四十代に差し掛かっているだろうが、目を引く女性だった。

浅黒い肌に、緩く波打つハニー・ブロンドの髪と空色の瞳が映える。

目尻や口元には薄く皺が見えるが、それさえも彼女の魅力のようだった。

生成りの半袖のシャツに、紫の布を腰に巻いてスカートにしている。

剥き出しの腕はやはり浅黒く、チョコレートの色を薄くしたような、滑らかな茶色。

背筋を伸ばし、凛として立つ姿は、高貴ともいえる雰囲気を纏っていた。

そして。


「どうかしたかい?」

「う、あ、いえっ」


肩に、豚を担いでいる。


現代社会において、加工前の豚と出会うことなどそうないであろう。

何年か前、家庭科の授業で観たドイツだかどこだかの地方でのハム作りの過程を思い出しつつ、混乱しかけた律の口から出た言葉は、


「お、おいしそうですね」


だった。


虚ろな目をした豚は、肉付きこそいいがそのままでは美味しそうかどうかかなり微妙なラインである。丸焼きにすれば話は別かもしれないが、なんといっても生だ。今のままではただの死骸も同然。

不思議そうに目を瞬く美女を見て、律は必死で次の話題を探した。


「えっと、お肉屋さんなんですか?」


まぁ当り障りない話題である。


「いいや。こいつは頂き物さ。ところでお嬢ちゃん。変わった格好してるけど、旅の人かい?」


服装は相変わらず、七分袖のTシャツに、ジーンズ、そしてNのロゴの付いたスニーカー。

砂漠を歩いた為に砂まみれで、木に突っ込んだ為に頭は小枝と葉っぱがくっついていた。

これが十歳未満の子どもならまだしも、成人に近い女である。

あはは、と曖昧に笑い、律はぱたぱたと服を叩いた。


「旅、というか、そうですね。はい」


どちらかといえば迷子だが。

それも市内でも県内でも国内でもなく、もはや世界レベルの。


それを証明出来るのが自分しかいないことに気がつき、律はふと足元が暗くなる様な感覚を覚えた。

自分を確立するもののない、その不安定さ。


「…まだ慣れなくてちょっと大変ですけど」


へらりと笑みを返す律を空色の瞳でじっと見つめ、美女は続けて問いかけた。


「お嬢ちゃん。名前は?」

「え?えっと律です」

「あたしはフェイ。よろしく」

「よ、よろしくお願いします?」

「歳は?」

「えと、十九です」

「へぇ。一人旅?」

「はい、まぁ」

「若いってのはいいねぇ。宿は決めたのかい?」

「いえ、まだ」

「そうかいそうかい」

「え?」


ぽんぽん繰り出される質問に答えながら、律はいつの間にか至近距離にある空色の目を見てぎょっと目を見開いた。

ぐん、と腰が引っ張られ、視界が大きく揺れる。

予測できなかった動きに、ぐるりと目が回ったように周りの景色が動いた。

腰に回された腕と、腹部に当たる骨の感覚に自分の状態を理解する。


担がれている。


年上の女性に。絶世の美女に。豚と一緒に。


「ちょ、ど、え、えぇええ!?」

「だったらうちに来るといいよ。もう日も暮れるよ。女の子がそんな格好でふらふら出歩いてちゃいけないね」


左に豚。右に律を担ぎ、フェイはすたすたと歩き出した。

驚くべきは、両肩に大荷物を抱えてよろめきもしない、その腹筋、背筋、腕力、脚力だ。

力持ちにも程がある。

さすがに異様な光景なのか、通りすがる人々がぎょっとして振り返っていった。


「あの、ちょ、ちょっとおろ、おろしてっ」

「暴れると落ちるよ」

「落としていいですからっ」

「なぁに言ってんだい。今自己紹介もしたし、知らない仲じゃないだろう?」

「そんなこと言ったって…」


周りからの視線もどこ吹く風。

フェイはそのまま、鼻歌さえ歌いそうな軽い足取りで、人波を真っ直ぐに進んでいく。

正確には、進んでいくフェイを通行人が避けている。


五分も歩かない内に、その歩調が緩やかに速度を落とした。


「おや、あんた」


その響きが他人に向けてではなく、誰か親しい人に呼びかけたのだと気がついて、律は不自由な体勢ながらなんとか体を捻って後ろを見る。

そこには巨体という言葉がぴったりの、見事にフェイと対になりそうな大男がいた。


(び、美女と野獣…)


口元と、頬から顎にかけて髭をたくわえ、灰色の髪は短く刈り込まれている。ずんぐりと大きな体はまさに熊。

小さな目をじろりと向けられ、律はつい身を竦ませた。

髭に隠れた口がもぞりと動き、唸るような低い声が聞こえた。


「…客か」

「客だよ」

「…持つ」

「はいよ」


フェイから豚を受け取って肩に担ぎ、大男は律の顔を覗き込む。

間近で見た目は意外にも柔らかい眼差しで、律は思わずその灰色の瞳をまじまじと見つめ返した。

口元の髭がまたもぞ、と動く。


「…ヴィーノだ」

「あ、り、律です!」


ヴィーノは小さく頷いて踵を返し、一軒の店の扉を開ける。

からん、と扉にかかっている鐘が、小さな音を立てた。


「えーと、フェイさん?」

「なんだい?」

「そろそろ降ろしては頂けませんでしょうか…」

「何言ってんだい。こんな砂だらけで家の中歩かれちゃたまんないよ。先ず風呂。それから飯だ」


まるでどこぞの亭主のような口調で言い切り、フェイは律を担いだまま扉を開き、二人の影は家の中へと消えた。

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