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  作者: 猫柳
2/6

1 砂漠

夢のように幸せな空気は、目を開けたと同時に一変した。








<砂漠>








「…あれ?」


どんな突風が吹けばそうなるのか、空に浮かんでいた雲が一瞬にして消え去っていた。

柔らかく降り注いでいた陽の光が目に刺さるようで、律は手をかざしてそれを遮った。

腕を持ち上げて肩に力が入った瞬間、地面に触れていた背中が柔らかく沈む。

不思議に思いながらも身を起こそうとすると、体を支えた手の平が予想外の感触を伝えてきた。


「…ぁ、れぇ?」


きめ細かく、さらりと流れるような、それでいて熱い。

自分の右手を見ると、指先は緑の芝生ではなく、白い砂に埋もれていた。

まるで絹のような手触りの砂は、水のように手の平から零れ落ちていく。


「砂…?」


もう一度手ですくい、その感触を確かめる。


「…砂」


いつか海辺で触ったことのある砂に似ていたが、それよりもさらに細かく、ほぼ真っ白といってもいいくらい、その砂は白かった。


「えーと、うん。あぁ…え?」


意味もなく首を振ったり頷いたり、あぁやれやれ、とこれも特に意味のない言葉を発しながら空を仰いで、正面を見た。

そして視界いっぱいに広がる景色に、律は今度こそ目を丸くして固まった。

一面の、白と青。

大地はどこまでも白く、平行している空は一点の曇りもなく青い。


「いやいやいやいや」


おかしいだろう。


しかし深呼吸をしようが目を擦ろうが頬を自分の頬に往復ビンタを喰らわせようが、周りの景色は微塵も変わらなかった。

360度、砂。ひたすら砂。

呆然と座り込んでいた律は、ハッとしたように辺りを見回す。

隣に居たはずの『彼女』はどこへ行ったのだろう。


「……!」


さながら大好物の骨を地面に埋める犬の如く。

ばばばばば、と砂を巻き上げて、律は自分の半径一メートル範囲を猛然と掘り返した。

細かな砂は掘った先から崩れてくる。手の平に砂以外の感触はない。


「……ふぅ…」


一応、生き埋めにされていることはないようだ、と安堵の息をついた律だったが、次の瞬間、この広大な砂漠に一人置き去りにされているという事実に気がついて再度慌てた。

そもそも砂漠にいるということ自体がおかしい。

ど、ど、ど、と低く速く、耳元に重く響いてくる自分の心臓の音を聞きながら、律は砂に座り込んだまま、口元に手を当てた。


…どうして砂漠にいるんだろうどうやって砂漠にきたんだろう日本国内で砂漠っていったら鳥取あたりが有名だったと思うけどこんな白い砂漠じゃなかったと思うしどう考えてもほんの数秒で移動できる距離じゃないしそういえばアメリカあたりにホワイトサンズとかいう白い砂漠があったけど…え?うたた寝してる間に国境越え?いやいやそんなことより誰がこんな所に連れてきたのかも大きな問題だしなんだって砂漠に置き去りになんかされたんだろうそんな人様に恨みを買うようなことした覚えはないんだけどそれともこれはかなり手の込んだどっきりでこの景色は実は超最新高解像度の3D映像とか…


「…なわけないか」


延々と止まりそうにない自問自答(自問八割)を一時中断し、律は息を吐き出した。

真昼の砂漠なのだから当然といえば当然だが、暑い。

熱気を孕む空気と、額から流れる汗は、夢にしてはやけにリアルである。


「…………あつい」


周りを見渡しても、人の居るらしい建物や植物は影も形もない。蜃気楼でさえ見当たらない。

しかし立ち止まっていても状況は変わらないこともたしかである。


「ま、夢かもしれないし…」


もう少ししたら目が覚めるかもしれないし。

と自分を励まし、律は両膝に力を入れて立ち上がった。





そうして歩き始めて、軽く二時間が経過した。

遅過ぎず早過ぎず、余計な体力を消耗しないように気を使ってはいるが、何しろ砂漠である。一歩一歩、地面を踏みしめる度に砂に足を取られる。

真っ直ぐに進む為には砂の丘を登らなければならないが、これがまたかなり体力を削った。

せめてペットボトルの水一つでも持っていれば少しはましだったかもしれないが、生憎ポケットに入っているのはハンカチのみ。春先であったため服装は七分袖のTシャツにジーンズ。そしてスニーカー。財布も携帯も持っていなかった。

せめてパーカーでも羽織っていれば日除けに使えたのに、と、ここで悔やんでも仕方がない。そもそも春先の公園から砂漠に放り出されるなど、誰が予想できようか。


服の袖で汗を拭い、律は立ち止まった。

砂漠にきた時点で、すでに夕方に近い時間だったらしい。日中を過ぎた空の太陽はすでに傾き、視界を橙色に染め上げていく。

わずかな風から徐々に熱気がなくなり、気温が下がっていくのがわかる。額を流れる汗をもう一度拭い、律は助かった、と呟きかけてはたと固まった。


砂漠の夜は、寒いのではなかったか。


摂氏15度ぐらいならなんとかなるだろうが、それ以下になると風邪を引きそうだ。

零下になったら死ぬ。確実に死ぬ。

体を動かしていても、春先の格好では耐え切れないだろう。


(どうしようどうしようどうしよう!?)


砂の中に潜れば少しは暖かいのか!?とわたわたと辺りを見回す律など微塵も気にせず、太陽はどんどん地平線の向こうへと沈んでいく。

橙から桃色、紫から藍色に変わる空に緊張感が高まり、そして数十分後。






完全に日が沈んだ暗闇の中。

肌に触れる空気は、春先のように暖かく心地よかった。

着ている服は汗で湿ってしまい、少し肌寒い気もしたが、凍えるほどではない。

とりあえず体温を下げてはならないと歩き続けていたが、その砂漠の気温は一向に下げる気配がない。

白い砂の砂漠は、月明かりに照らされて淡く藍色に煌めいている。


「…助かっ、た…?」


人生の半分くらいの緊張を、この小一時間で使い果たした気がした。

疲労もピークに達した体は、安心感と同時にあっさりと崩れ落ち、砂に沈んだ。

日中に熱を吸い込んだ砂はまだ温かく、人肌のような温度に今にも意識を持っていかれそうになりながら、辛うじて仰向けに転がって、律は閉じそうになっていた目を大きく見開いた。


満天の星空。


強い光りの尾を描いて、幾多も流れる星。


「う、わぁ…」


こんな状況ではあるが、流星群ほどの流れ星などそうそう見られるものではない。

光の軌跡は次々と空を流れては消え、流れては消えていく。

一瞬で過ぎ去るような、永遠に続くようなその光景に、律はしばし呆然と見入った。

地上の砂漠と同じ、どこまでも続く空に、星は尽きることなく流れ続ける。

いつまでも見ていたいような気もしたが、段々と眠気のほうが勝ってきた。


(生きてるうちに人里に辿り着けますように生きてるうちに人里に辿り着けますように生きてるうちに人里に辿り着けますように…)


消える前に三回唱えるのは無理かもしれないが、とりあえず願いはかけておく。


(あ、もう一つ…)


目を閉じる瞬間に見えた最後の流れ星に、祈るように願いを呟く。


もし『彼女』が同じ世界にいるのなら。


(…無事でいますように泣いてませんように怪我してませんように)


そうして、落ちるように眠りについた。

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