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私と心先生とガムシロ

「人気ドラマでさ、外科医が手術後にガムシロをがぶ飲みミルクコーヒーするシーンあるじゃん?」

 ナースステーション奥にある休憩室。

 私が一息入れるためにコーヒーを入れていると、勤務を終えたと思しき心先生がするりと入ってきて急に語り出した。

 その視線の先には木製の籠に雑に積まれたガムシロ。

「がぶ飲みミルクコーヒー要りました?」

 入れ終えたコーヒーを口にしつつ、とりあえず私は適正なツッコミを入れておく。

 うん、苦みが疲れた脳をシャキッとさせてくれる。

「そこはいいの! なんかつい付け足したくなっちゃったの! 疲れててごめんね!」

 先生は不満気に頬を膨らませた後、すぐにプスンとしぼませる。

「はいはいすみません。それでガムシロ一気がどうしたんですか?」

「千夏、雑! もうっ! ……でね、外科医たるもの、一度は試すべきかなって思って試してみたの」

 たるもの?

 ……たるもの?

「どうでした?」

「げっぱんげっぱん吹いちゃった」

「でしょうね」

 まあ、あれはあくまでもドラマというフィクション枠内の演出で、実際にやるとなると無理でしょうに。

「でもね、吹いた後に気づいたの」

 先生はピンと人差し指を立てる。

 目には真剣さが滲み始めている。

 先生はアホな検証も真面目にやっちゃうタイプ。

 その真剣さの先にまともな未来が待っていたことはこれまでほとんどなかったのに、先生は未だ、真面目にやっちゃうタイプ継続中だ。

「私って、手術後じゃなくて手術前にチョコとか食べるタイプじゃんって」

「ってことは?」

「手術前に飲んでみたの」

 なんとも落ちが予想できる展開だけれど、私は一応先を促してみる。

「それでどうでした?」

「げっぱんげっぱん吹いちゃった」

 立てられた人差し指がふにゃりと曲がる。

 同時に、先生の顔もシュンとなる。

 ていうか、げっぱんげっぱん、っていう癖の強すぎる擬音語が気になる。

 何?

 げっぱんげっぱんて?

「疲れてない冷静な状態でやればそうなることくらいわかってたでしょうに……」

「私だってなんとなく思ってたよ? 口に近づけた瞬間、手術前の素面の状態じゃこれは無理かもって。でも、憧れるじゃん? カッコよく飲み切ってみたかったな」

「手術前を素面っていうのはなかなか新鮮ですね」

 しかし、なんだかわかる気もする。

「悲しい……」

 あまりの悲しみに、溶けてしまいそうなほどふにゃふにゃになる先生。

 悲しみの方向性が全く共感できないけど、先生の珍しいしょんぼり姿になんだか可哀そうになってしまった私は一つ提案をする。

「まずは、ガムシロにお酒を少量入れて試してみたらどうですか? 私と飲むときにでも。先生の望む手術前後じゃないですけど、徐々に慣らしていけばいつかドラマみたいなタイミングで飲めるようになるかもしれませんし」

「それはありかも!」

 私の提案に一気に明るさを取り戻す先生。

「じゃあ、早速今日やってみよ!」

「応援はしてますよ」



 というわけで、仕事終わりの飲みで先生は実践。

 結果、先生はガムシロ入りビールは美味しく飲めたけど、調子に乗って飲み過ぎて吐いてしまった。

「うう、きぼぢわるい……。げっぱんげっぱん出る」

「はい、水も適宜飲んでくださいね」

「ありぎゃと……」

 あー、吐くときはげっぱんげっぱんって響き合うなあと、先生の背中を擦りながら考えているうちに夜は更けていった。

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