ずっと好きだった幼なじみに告白してOKされたけど、貞操観念0のクソビッチだった~けど、大好きな気持ちは変わらないのでヨシ~
放課後の昇降口は、砂ぼこりと部活の掛け声で満ちている。
俺は靴箱の前で、深呼吸を三回。これで人生の失敗は三回分チャラになる。気がする。
「——好きだ。俺と、付き合ってください」
言った。言ってしまった。返金不可。
目の前の彼女——ほぼ幼児身長(当社比)、癖っ毛ポニテ、笑うと犬みたいに目尻が下がる幼馴染——は、一拍置いてから、いつもの調子で頷いた。
「いいよ。じゃ、今日から彼氏ね」
軽い。ソフトクリームより軽い。
俺は膝が抜けしかけたが、男子の尊厳で踏み止まる。
「マジで?」
「マジで。……っていうか、今さら?」
「今さら?」
「ずっと好きなのバレバレだったよ? 普段から目線感じてたし」
言い方ァ。
でも嬉しい。とにかく嬉しい。
校門を出て並んで歩くと、夕方の風がちょうどよくて、世界は俺のためにBGMを流している。いや、俺の脳内が勝手に流してる。
「で、彼氏。今日どこ寄る?」
「なんだよその呼び方。どこでも。でもゆっくり歩きたいな」
「じゃ商店街はどう? コロッケ食べたいし」
コロッケ。恋とコロッケは揚げたてが命である。
揚げ待ちのあいだ、彼女はいつも通りのテンポで喋る。先生のものまね、近所の犬の近況、クラスの噂。
ときどき、通りすがりの男友達が彼女に軽く手を振っていく。交友関係広いな~と思ってたけど……。
肩を叩くやつもいる。会話する距離が近い。
近すぎる。
「友達、多いよな」
「うん。話すの好き」
「さっきのは誰?」
「中学のときの彼氏」
お、おう。初手から濃いの来たな。
俺の動揺を見て、彼女は悪びれず笑う。
「今は友達。ていうか、友達に戻ったほうが仲良いんだよね」
「そう……なんだ」
「変?」
「いや……俺の教科書だと、元彼は地上から消滅するって書いてある」
「どの教科書」
揚げたてのコロッケが来る。猫舌のくせに彼女は一口でいく。
サク、ハフ、幸せ。俺はコロッケに八つ当たりせず、紳士的に食べた。紳士、油に勝つ。
月曜日。
俺はめでたく彼氏として登校した。
昇降口でいつものように会い、教室へ向かう。廊下で彼女はまたいろんな男子に話しかけられ、笑って、冗談を飛ばす。。
一限目が始まる前、彼女は「ノート忘れた」と俺に助け舟を出した。
俺は当然のようにノートを差し出す。
彼女はぺこっと頭を下げ——そのとき、向こうの列から手が伸びてきた。
「お、ノート二冊あるなら、俺も見せて」
「は? 二冊じゃない」
「冗談冗談。昨日はありがとうな」
その男子は、彼女と自然に目を合わせ、自然に去っていった。
昨日、何をありがとうなのか。
授業中、黒板の字が全部カタカナに見えた。バ行が多い。「ビ、ビ、ビ」。落ち着け。深呼吸だ。三回まで無料。
昼休み。
中庭のベンチに座ると、彼女が弁当のふたを開ける。卵焼きがやたらうまそう。
俺の弁当は、白いご飯と現実がぎゅうぎゅう詰め。そこへ彼女が卵焼きをつまんで差し出してくる。
「はい、尚人」
「お、おう」
「あ、元彼きた」
元彼、二号。早口言葉かな?
教室の入り口で優菜を手招いている男はむかつくほどイケメンだ。
彼女は普通に笑って、なぜかそいつの手を両手でにぎにぎして。普通にハグした。
いやいやいや!?
普通すぎて見逃しそうになったけどおかしくね!?
中庭の鳩が「お前の負け」みたいな顔でこっちを見る。黙れ鳩。お前はパンを食ってろ。
元彼が去ると、彼女は何事もなかったように弁当に戻る。
俺は、卵焼きで口の中を火傷した。熱さで涙が出る。これは卵焼きのせい。決して別のやつじゃない。
「怒った?」
「怒ってない」
「ほんと?」
「でも距離感近すぎない?」
「そうかな? 普通だと思うけど」
「うーんそうなのか……?」
俺は恋愛経験皆無だからわからない。わからないけどおかしい気がする。
けど、俺は優菜が好き。そこがいちばんややこしく、いちばん簡単なところだ。
翌日。
帰り道、優菜が唐突に言った。
「ねえ、尚人。ひとつ言っとくね」
「うん?」
「多分、付き合ってからも、他の男の子と遊ぶよ。ちなみに昨日も遊んだ」
「……昨日も、って。一緒に帰ったじゃん」
「うん。家に私のこと迎えに来てくれてね。あの人、まだ引きずってるから。慰めてあげた」
彼女は罪悪感の欠片もなく言った。
さらっと爆弾を歩道に置くな。俺は何も言えなかった。
慰めて、ってそういうことなのか? 問いただしたくなる気持ちを抑える。
思わず立ち止まった俺を、彼女が振り向く。春の光で、髪の毛が透ける。
「……それ、俺に言うやつ?」
「言わないほうがいい?」
「いや、言ってくれるのは、ありがたい。心臓の準備運動ができる」
「ジョギングじゃ足りないかも」
彼女は笑って、ポケットに手を突っ込む。
「うち、嘘つくの下手。隠すのも下手。だから言っとく」
「正直者は好きだよ」
「じゃ、よかった」
よくねえ。全然よくねえ。
けど、彼女が真正面から言ったことだけは、俺のど真ん中に刺さって、変に清々しい。
沈黙が一往復したあと、俺は言った。
「……じゃあ俺も言っとく。俺は、君に俺だけ見てほしい」
「わぁ、かっこいいねえ。でもさ私、昔からこうなんだ。難しいかも」
「難しいけど、やる」
「どうやって?」
「分からん。けど、やる」
「体育会系だ」
彼女はくすっと笑い、「頑張れ」と肩を小突いた。
頑張れ、の言い方が軽い。軽いけど、俺にはそれが救命胴衣みたいに効いた。
作戦会議。
俺は帰宅して、机にメモを広げた。タイトル:俺だけ見させる計画(仮)。
1. ちゃんと会う時間をつくる(放課後、寄り道)
2. 彼女が困ってたら先回り(ノート、体操服、課題プリント)
3. うまい飯(弁当はハードル高い。最初はおにぎり)
4. 走る(体力=恋の持久力。意味は不明)
5. 連絡は短く、要点。うざくしない。
6. 笑わせる(これ最重要)
読み返すと、どれも地味だ。地味だけど、俺はこういう泥くさいのが好きだ。ゲームだって周回で強くなるタイプ。リセマラはしない。現実、リセマラ不可。
翌日。
「これ、おにぎり。梅干し。しょっぱいやつ」
「やさしい」
「うむ。塩分で俺のことを思い出せ」
「どういう条件付け」
放課後。
「帰り、近道知ってる」
「ほんと?」
「ほんと。……いや、たぶん」
「たぶんかい」
案の定、遠回りになった。でも笑ったからヨシ。
翌々日。
「ノート、ここ前回分写しておいた。宿題のページに付箋」
「やさしい」
「うむ。付箋で俺のことを思い出せ」
「付箋、黄色じゃん。ひよこ色だね」
「俺はひよこ。孵化待ち」
俺はできること全部やった。
筋トレも始めた。腕立て十回で死んだが、生き返った。
髪も切った。前髪が目にかからないだけで、視界が広い。恋は視野角が命。知らんけど。
そんな努力の最中でも、彼女は変わらない。
下校途中に同じクラスの男子に「また今度、一緒に映画いこ」って言われて、普通に「いいよ」って言う。
校門の前で、別の男子に「困ったときは電話して」って肩を叩かれて、普通に「ありがと」って笑う。
普通に、俺の心臓が忙しい。
でも——彼女は俺も変えた。
「明日、朝早いから迎えに来て」「体育館シューズ忘れた」「レポートの表紙ダサいから直して」
そういうとき、連絡が来るのは俺だ。
朝のコンビニでホットココアを二本買って、校門で待っていると、眠たそうに来た彼女が、片方を奪って「ありがと」と言う。
それだけで、俺の計画の項目にでっかいチェックが付く。②先回り、達成。小さいけど、俺にはでかい。
土曜日。
商店街の古い映画館で、再上映のコメディ映画。彼女はポップコーンを信じられない量こぼし、笑いすぎてドリンクを鼻から出しかけた。
隣で俺も笑う。画面じゃなくて、横を見てしまう。
暗がりで、彼女が唐突に囁いた。
「ねえ、尚人」
「ん」
「他の男の子とも遊ぶけどさ。あんたと映画は、いちばん笑える」
秒で泣くところだった。ポップコーンで誤魔化す。塩分、偉い。
映画館を出ると、夕立の前みたいな香りがした。
軒先で雨宿り。彼女は濡れた前髪を指で上げ、ふいに真面目な顔になる。
「あのね。うち、多分変わらないと思う。いろんな人と話すし、遊ぶ。世間的には良くないってわかってるけど、ムリなんだ。それが、ダメなら言って。……別れるのは、嫌だけど」
俺は壁にもたれて、空を見上げる。
変わらない、と彼女は言った。
じゃあ俺が変わればいい。俺だけを見たくなるようにしたらいい。
理屈はシンプル。方法は泥くさい。俺の得意分野。
「ダメじゃない。嬉しくはないけど、ダメじゃない」
「うーん。哲学」
「いや、宣言」
「何の?」
「俺は、お前に俺だけ見させる。笑ってるときも、困ってるときも、眠いときも。……できるかは知らん。でも、やる」
言ってから、自分で赤面する。彼女は、少し目を丸くして、それから、笑った。
雨が落ちてきた。ぽつ、ぽつ。やがて、ざあ。彼女は俺の袖を引いた。
「走ろ。家、まで」
俺たちは走った。びしょ濡れで、笑いながら。玄関の前で、息を整える。
彼女が、少しだけ真剣な声で言った。
「ねえ、約束して」
「なにを」
「朝『おはよう』って送って。夜は『おやすみ』。たとえ誰と遊んだ帰りでも、最後はそれで終わらせる。わがまま、かな」
「いいよ」
迷わず即答する。
「あと、唐揚げの最後の一個は半分こ」
「そこ譲れないの?」
「譲れない」
「じゃあ俺、ちょっと大きいほうもらう」
「ずる」
雨音のなかで、俺たちは笑った。
それだけで、世界はだいたいヨシ。
月曜の朝。
彼女から一言だけ届く。『おはよう』。俺は『おはよう。眠い。ココア買ってく』と返す。
昇降口の前で待っていると、彼女が小走りで来て、ココアを受け取る。
「ありがと。……ねえ、髪切った?」
「この前切った」
「似合う」
「知ってる」
「調子乗った」
「反省した」
ホームルームの前、彼女はいつものように教室を軽やかに移動する。
声をかけられれば笑って返し、頼まれればメモを渡す。
その真ん中で、ふと俺のところへ戻ってきて、席の横にしゃがむ。
「今日も帰り商店街いこっ。」
「りょ。またコロッケか?」
「腹を見るな。私いくら食べても太らないんだよね。よく運動してるし」
「優菜って小さいときから食いしん坊だよな」
「最後の一個は半分こね」
「それは交渉の余地がないんだよな」
「ない」
チャイムが鳴る。彼女は席へ戻りかけて、振り返る。
口パクで、ゆっくり言った。
——『見ててね』。
うん。見てる。これまでも、これからも。
俺はノートを開き、日付の横に小さく書く。俺だけ見させる計画:継続中。
多分、彼女は変わらない。人懐っこくて、距離が近くて、誰とでも笑う。
俺は毎回ちょっと刺さって、ちょっと笑って、また立て直す。それでも、この恋をやる。やりたくて仕方ないから。
放課後。
商店街の揚げ物屋。紙袋からコロッケの熱気。ベンチに並んで座ると、彼女が当然の顔で言う。
「ビッチだけど、いい?」
「よくはない。けど——好きだから、ヨシ」
「最強の雑ワード」
「万能チケット」
「じゃ、今日も半分こ」
「はいはい」
かじったコロッケの切り口を、彼女が笑って覗く。夕陽が、紙袋の油染みに透ける。
俺は思う。
勝ち負けじゃない。これは、続けることに意味があるゲームだ。課金は心。ガチャは引かない。目の前の一個を、ちゃんと半分こ。
「ねえ、尚人」
「ん」
「明日の朝も『おはよう』ね」
「もちろん」
「夜は?」
「『おやすみ』に決まってる」
「よし」
彼女が満足そうに頷く。
世界は、相変わらず軽い。けれど俺の中には、確かな重さも育っている。好きの重さ。それはちゃんと、俺を立たせる。
ビッチでも、好き。
だから俺が、見せてやる。俺だけを、見たくなる毎日を。地味で、泥くさくて、笑えるやつを。
コロッケをもう一口。
彼女が肩を寄せてくる。
「……あのさ」
「ん」
「やっぱり、あんたといるのが、一番落ち着く」
その一言のために、いくらでも走れる。俺は笑って、いつもの軽口で返す。
「そっか。じゃあ——これからは、俺のことだけ考えさせてやるよ」
彼女は、少し驚いた顔をして、それから照れ隠しみたいに笑う。
「……そんなの、できるかな」
「できるまでやる」
沈黙のあと、彼女が小さく息を吐いて俺の肩にもたれた。夕暮れが濃くなり、街の灯りが滲む。
紙袋のコロッケはもう冷めているのに、なんだかあたたかかった。
ビッチでも、好き。
だから俺が、夢中にさせてやる。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
よろしければ☆で応援してもらえると、とっても嬉しいです٩(ˊᗜˋ*)و




