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ずっと好きだった幼なじみに告白してOKされたけど、貞操観念0のクソビッチだった~けど、大好きな気持ちは変わらないのでヨシ~

作者: 住処
掲載日:2025/10/30

 放課後の昇降口は、砂ぼこりと部活の掛け声で満ちている。

 俺は靴箱の前で、深呼吸を三回。これで人生の失敗は三回分チャラになる。気がする。


「——好きだ。俺と、付き合ってください」


 言った。言ってしまった。返金不可。

 目の前の彼女——ほぼ幼児身長(当社比)、癖っ毛ポニテ、笑うと犬みたいに目尻が下がる幼馴染——は、一拍置いてから、いつもの調子で頷いた。


「いいよ。じゃ、今日から彼氏ね」


 軽い。ソフトクリームより軽い。

 俺は膝が抜けしかけたが、男子の尊厳で踏み止まる。


「マジで?」

「マジで。……っていうか、今さら?」

「今さら?」

「ずっと好きなのバレバレだったよ? 普段から目線感じてたし」


 言い方ァ。

 でも嬉しい。とにかく嬉しい。

 校門を出て並んで歩くと、夕方の風がちょうどよくて、世界は俺のためにBGMを流している。いや、俺の脳内が勝手に流してる。


「で、彼氏。今日どこ寄る?」

「なんだよその呼び方。どこでも。でもゆっくり歩きたいな」

「じゃ商店街はどう? コロッケ食べたいし」


 コロッケ。恋とコロッケは揚げたてが命である。

 揚げ待ちのあいだ、彼女はいつも通りのテンポで喋る。先生のものまね、近所の犬の近況、クラスの噂。

 ときどき、通りすがりの男友達が彼女に軽く手を振っていく。交友関係広いな~と思ってたけど……。


 肩を叩くやつもいる。会話する距離が近い。


 近すぎる。


「友達、多いよな」

「うん。話すの好き」

「さっきのは誰?」

「中学のときの彼氏」


 お、おう。初手から濃いの来たな。

 俺の動揺を見て、彼女は悪びれず笑う。


「今は友達。ていうか、友達に戻ったほうが仲良いんだよね」

「そう……なんだ」

「変?」

「いや……俺の教科書だと、元彼は地上から消滅するって書いてある」

「どの教科書」


 揚げたてのコロッケが来る。猫舌のくせに彼女は一口でいく。

 サク、ハフ、幸せ。俺はコロッケに八つ当たりせず、紳士的に食べた。紳士、油に勝つ。



 月曜日。

 俺はめでたく彼氏として登校した。

 昇降口でいつものように会い、教室へ向かう。廊下で彼女はまたいろんな男子に話しかけられ、笑って、冗談を飛ばす。。


 一限目が始まる前、彼女は「ノート忘れた」と俺に助け舟を出した。

 俺は当然のようにノートを差し出す。

 彼女はぺこっと頭を下げ——そのとき、向こうの列から手が伸びてきた。


「お、ノート二冊あるなら、俺も見せて」

「は? 二冊じゃない」

「冗談冗談。昨日はありがとうな」


 その男子は、彼女と自然に目を合わせ、自然に去っていった。

 昨日、何をありがとうなのか。

 授業中、黒板の字が全部カタカナに見えた。バ行が多い。「ビ、ビ、ビ」。落ち着け。深呼吸だ。三回まで無料。


 昼休み。

 中庭のベンチに座ると、彼女が弁当のふたを開ける。卵焼きがやたらうまそう。

 俺の弁当は、白いご飯と現実がぎゅうぎゅう詰め。そこへ彼女が卵焼きをつまんで差し出してくる。


「はい、尚人」

「お、おう」

「あ、元彼きた」


 元彼、二号。早口言葉かな?

 教室の入り口で優菜を手招いている男はむかつくほどイケメンだ。

 彼女は普通に笑って、なぜかそいつの手を両手でにぎにぎして。普通にハグした。

 いやいやいや!?

 普通すぎて見逃しそうになったけどおかしくね!?


 中庭の鳩が「お前の負け」みたいな顔でこっちを見る。黙れ鳩。お前はパンを食ってろ。


 元彼が去ると、彼女は何事もなかったように弁当に戻る。

 俺は、卵焼きで口の中を火傷した。熱さで涙が出る。これは卵焼きのせい。決して別のやつじゃない。


「怒った?」

「怒ってない」

「ほんと?」

「でも距離感近すぎない?」

「そうかな? 普通だと思うけど」

「うーんそうなのか……?」


 俺は恋愛経験皆無だからわからない。わからないけどおかしい気がする。

 けど、俺は優菜が好き。そこがいちばんややこしく、いちばん簡単なところだ。




 翌日。

 帰り道、優菜が唐突に言った。


「ねえ、尚人。ひとつ言っとくね」

「うん?」

「多分、付き合ってからも、他の男の子と遊ぶよ。ちなみに昨日も遊んだ」


「……昨日も、って。一緒に帰ったじゃん」

「うん。家に私のこと迎えに来てくれてね。あの人、まだ引きずってるから。慰めてあげた」


 彼女は罪悪感の欠片もなく言った。


 さらっと爆弾を歩道に置くな。俺は何も言えなかった。

 慰めて、ってそういうことなのか? 問いただしたくなる気持ちを抑える。

 思わず立ち止まった俺を、彼女が振り向く。春の光で、髪の毛が透ける。


「……それ、俺に言うやつ?」

「言わないほうがいい?」

「いや、言ってくれるのは、ありがたい。心臓の準備運動ができる」

「ジョギングじゃ足りないかも」


 彼女は笑って、ポケットに手を突っ込む。


「うち、嘘つくの下手。隠すのも下手。だから言っとく」

「正直者は好きだよ」

「じゃ、よかった」


 よくねえ。全然よくねえ。

 けど、彼女が真正面から言ったことだけは、俺のど真ん中に刺さって、変に清々しい。


 沈黙が一往復したあと、俺は言った。


「……じゃあ俺も言っとく。俺は、君に俺だけ見てほしい」

「わぁ、かっこいいねえ。でもさ私、昔からこうなんだ。難しいかも」

「難しいけど、やる」

「どうやって?」

「分からん。けど、やる」

「体育会系だ」


 彼女はくすっと笑い、「頑張れ」と肩を小突いた。

 頑張れ、の言い方が軽い。軽いけど、俺にはそれが救命胴衣みたいに効いた。



 作戦会議。

 俺は帰宅して、机にメモを広げた。タイトル:俺だけ見させる計画(仮)。


 1. ちゃんと会う時間をつくる(放課後、寄り道)

 2. 彼女が困ってたら先回り(ノート、体操服、課題プリント)

 3. うまい飯(弁当はハードル高い。最初はおにぎり)

 4. 走る(体力=恋の持久力。意味は不明)

 5. 連絡は短く、要点。うざくしない。

 6. 笑わせる(これ最重要)


 読み返すと、どれも地味だ。地味だけど、俺はこういう泥くさいのが好きだ。ゲームだって周回で強くなるタイプ。リセマラはしない。現実、リセマラ不可。


 翌日。

「これ、おにぎり。梅干し。しょっぱいやつ」

「やさしい」

「うむ。塩分で俺のことを思い出せ」

「どういう条件付け」


 放課後。

「帰り、近道知ってる」

「ほんと?」

「ほんと。……いや、たぶん」

「たぶんかい」

 案の定、遠回りになった。でも笑ったからヨシ。


 翌々日。

「ノート、ここ前回分写しておいた。宿題のページに付箋」

「やさしい」

「うむ。付箋で俺のことを思い出せ」

「付箋、黄色じゃん。ひよこ色だね」

「俺はひよこ。孵化待ち」


 俺はできること全部やった。

 筋トレも始めた。腕立て十回で死んだが、生き返った。

 髪も切った。前髪が目にかからないだけで、視界が広い。恋は視野角が命。知らんけど。


 そんな努力の最中でも、彼女は変わらない。

 下校途中に同じクラスの男子に「また今度、一緒に映画いこ」って言われて、普通に「いいよ」って言う。

 校門の前で、別の男子に「困ったときは電話して」って肩を叩かれて、普通に「ありがと」って笑う。

 普通に、俺の心臓が忙しい。


 でも——彼女は俺も変えた。

「明日、朝早いから迎えに来て」「体育館シューズ忘れた」「レポートの表紙ダサいから直して」

 そういうとき、連絡が来るのは俺だ。

 朝のコンビニでホットココアを二本買って、校門で待っていると、眠たそうに来た彼女が、片方を奪って「ありがと」と言う。

 それだけで、俺の計画の項目にでっかいチェックが付く。②先回り、達成。小さいけど、俺にはでかい。



 土曜日。

 商店街の古い映画館で、再上映のコメディ映画。彼女はポップコーンを信じられない量こぼし、笑いすぎてドリンクを鼻から出しかけた。

 隣で俺も笑う。画面じゃなくて、横を見てしまう。


 暗がりで、彼女が唐突に囁いた。


「ねえ、尚人」

「ん」

「他の男の子とも遊ぶけどさ。あんたと映画は、いちばん笑える」


 秒で泣くところだった。ポップコーンで誤魔化す。塩分、偉い。


 映画館を出ると、夕立の前みたいな香りがした。

 軒先で雨宿り。彼女は濡れた前髪を指で上げ、ふいに真面目な顔になる。


「あのね。うち、多分変わらないと思う。いろんな人と話すし、遊ぶ。世間的には良くないってわかってるけど、ムリなんだ。それが、ダメなら言って。……別れるのは、嫌だけど」


 俺は壁にもたれて、空を見上げる。

 変わらない、と彼女は言った。

 じゃあ俺が変わればいい。俺だけを見たくなるようにしたらいい。

 理屈はシンプル。方法は泥くさい。俺の得意分野。


「ダメじゃない。嬉しくはないけど、ダメじゃない」

「うーん。哲学」

「いや、宣言」

「何の?」

「俺は、お前に俺だけ見させる。笑ってるときも、困ってるときも、眠いときも。……できるかは知らん。でも、やる」


 言ってから、自分で赤面する。彼女は、少し目を丸くして、それから、笑った。

 雨が落ちてきた。ぽつ、ぽつ。やがて、ざあ。彼女は俺の袖を引いた。


「走ろ。家、まで」


 俺たちは走った。びしょ濡れで、笑いながら。玄関の前で、息を整える。


 彼女が、少しだけ真剣な声で言った。


「ねえ、約束して」

「なにを」


「朝『おはよう』って送って。夜は『おやすみ』。たとえ誰と遊んだ帰りでも、最後はそれで終わらせる。わがまま、かな」

「いいよ」


 迷わず即答する。


「あと、唐揚げの最後の一個は半分こ」

「そこ譲れないの?」

「譲れない」

「じゃあ俺、ちょっと大きいほうもらう」

「ずる」


 雨音のなかで、俺たちは笑った。

 それだけで、世界はだいたいヨシ。



 月曜の朝。

 彼女から一言だけ届く。『おはよう』。俺は『おはよう。眠い。ココア買ってく』と返す。

 昇降口の前で待っていると、彼女が小走りで来て、ココアを受け取る。


「ありがと。……ねえ、髪切った?」

「この前切った」

「似合う」

「知ってる」

「調子乗った」

「反省した」


 ホームルームの前、彼女はいつものように教室を軽やかに移動する。

 声をかけられれば笑って返し、頼まれればメモを渡す。

 その真ん中で、ふと俺のところへ戻ってきて、席の横にしゃがむ。


「今日も帰り商店街いこっ。」

「りょ。またコロッケか?」

「腹を見るな。私いくら食べても太らないんだよね。よく運動してるし」

「優菜って小さいときから食いしん坊だよな」

「最後の一個は半分こね」

「それは交渉の余地がないんだよな」

「ない」


 チャイムが鳴る。彼女は席へ戻りかけて、振り返る。


 口パクで、ゆっくり言った。


 ——『見ててね』。


 うん。見てる。これまでも、これからも。

 俺はノートを開き、日付の横に小さく書く。俺だけ見させる計画:継続中。


 多分、彼女は変わらない。人懐っこくて、距離が近くて、誰とでも笑う。

 俺は毎回ちょっと刺さって、ちょっと笑って、また立て直す。それでも、この恋をやる。やりたくて仕方ないから。


 放課後。

 商店街の揚げ物屋。紙袋からコロッケの熱気。ベンチに並んで座ると、彼女が当然の顔で言う。


「ビッチだけど、いい?」

「よくはない。けど——好きだから、ヨシ」

「最強の雑ワード」

「万能チケット」

「じゃ、今日も半分こ」

「はいはい」


 かじったコロッケの切り口を、彼女が笑って覗く。夕陽が、紙袋の油染みに透ける。

 俺は思う。

 勝ち負けじゃない。これは、続けることに意味があるゲームだ。課金は心。ガチャは引かない。目の前の一個を、ちゃんと半分こ。


「ねえ、尚人」

「ん」

「明日の朝も『おはよう』ね」

「もちろん」

「夜は?」

「『おやすみ』に決まってる」

「よし」


 彼女が満足そうに頷く。


 世界は、相変わらず軽い。けれど俺の中には、確かな重さも育っている。好きの重さ。それはちゃんと、俺を立たせる。


 ビッチでも、好き。


 だから俺が、見せてやる。俺だけを、見たくなる毎日を。地味で、泥くさくて、笑えるやつを。


 コロッケをもう一口。

 彼女が肩を寄せてくる。


「……あのさ」

「ん」

「やっぱり、あんたといるのが、一番落ち着く」


 その一言のために、いくらでも走れる。俺は笑って、いつもの軽口で返す。


「そっか。じゃあ——これからは、俺のことだけ考えさせてやるよ」


 彼女は、少し驚いた顔をして、それから照れ隠しみたいに笑う。


「……そんなの、できるかな」

「できるまでやる」


 沈黙のあと、彼女が小さく息を吐いて俺の肩にもたれた。夕暮れが濃くなり、街の灯りが滲む。

 紙袋のコロッケはもう冷めているのに、なんだかあたたかかった。


 ビッチでも、好き。

 だから俺が、夢中にさせてやる。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

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