第四章:罪業(ざいごう)
時はうつり、わたくしは高学年にさしかかっていた。
この頃になると、二宮の思い通りになることがほとんどで、時に強引な振る舞いもあった。他の者たちはそれに不満を口にすることもあったが、わたくしには、そのようなことは一度もなかった。
ある日、二時間目が終わった休み時間、クラスメイトの竹内が声をかけてきた。
「なぁ、ガッキー。二宮のこと……どう思う?」
「どう思うって?」
「だからー、隠さなくてもいいから。どう思う?」
わたくしには、その言葉の意味がすぐには理解できなかった。
竹内は徐々に事の成り行きを説明し始める。
曰く、二宮はいつも好き勝手に振る舞い、強引に決めたり命令したりして、皆は迷惑をこうむっているという。
「二宮には言わないから、本当のこと言ってくれよ」
なぜクラスで目立たぬわたくしにその話を持ちかけるのか。
理由は明瞭であった。まずここから手をつけたかったのだ。
つまり、わたくしが「二宮は嫌いだ」と答えれば、皆は「ガッキーでさえそう思っているのか」と安心する。
竹内の口ぶりでは、ほぼ全員が二宮を嫌っていると見受けられた。
「ここだけの話……」
その後に続く竹内の言葉で、わたくしは強く選択を迫られる。
「誰にも言わないでくれな。ガッキーだから話してるんだけど、二宮、今度、終わりの会で吊るし上げるつもりだ。クラスのほとんどが賛成している」
まさか、そこまで話が盛り上がっているとは思わなかった。
一番親しいわたくしの意見次第で、クラス全員が安心して二宮を吊るし上げられるのだ。
その日は教室の左隅、テレビの前、数人がたむろし、時折わたくしたちに視線を向けていた。竹内が代表して話しかけ、他の数人は離れて、成り行きを見守っていた。
「ガッキーだから、俺も信用して話してるんだよ? なっ、お前はどうなの?」
普通、吊るし上げる対象の親友にこう尋ねることはない。
それだけわたくしは、おとなしく、気弱で、流されるタイプと思われていたのであろう。
わたくしは率直な意見を述べた。
二宮から、きみたちが思うような嫌がらせは、ただの一度たりとも受けたおぼえがないと。
そして、終わりの会が始まった。
このことは、今でもわたくしの心に深く刻まれている。
そして、今でも後悔している。
学校の教師というものは、必ずしも立派で偉大な存在ではない。
すべての教師がそうでないとはいえ、わたくしの経験上、往々にして奇妙な者が多い。
担任も、今日の終わりの会で二宮吊るし上げを知っているような顔をしていたことを、わたくしは見逃さなかった。
学級委員か、日直か、兎に角男女二人が前に立ち議長を務める。
担任は黒板横の扉を背に、腕を組み俯き耳を傾けていた。普段の終わりの会では見せぬ所作であった。
教室にはわずかばかりの緊張と期待の雰囲気が漂う。
二宮だけが気づかぬと思われたが、そんなことはない。
風向きに敏な二宮が、この微妙な空気を見逃すはずもなかった。
議長が本題に入ると、二宮の顔はやや強張っていた。
「二宮くんのことで、今日は、クラスから不満が沢山出ていて、そのことで話し合いたいと思います。二宮くんは起立して下さい」
二宮が立つと、議長は竹内がわたくしに話した内容を、ややかしこまった口調で読み上げた。進行係として話さざるを得ぬ体裁を保っているのは明らかであった。
「二宮くんから、嫌なことをされた経験のある方は、手を挙げて下さい」
誰も手を挙げぬ。竹内さえも挙げていない。
しばらく沈黙が流れると、しびれを切らした先生が言った。
「みんな、二宮に嫌な思いをさせられているのだろう? なぜ手を挙げぬ。これでは、終わりの会で話し合う意味がなくなるではないか」
先生の言葉に、教室の生徒たちに弾みがつく。少しずつ手を挙げかける。そしてタイミングを見計らったかのように、一斉に手が挙がった。
わたくし以外は──であった。
議長は順に、どんな嫌なことをされたか尋ね始めた。
その瞬間、竹内が言った。
「最初はガッキーだろ~。この場合は」
わたくしは手を挙げていなかったにも関わらずだ。
それを聞き、クラス中から哀れむ声が上がる。それは、追い風を得たような声に聞こえた。
「ガッキーは一番仲が良かったから、嫌な思いも俺たちより多いんじゃないかー?」
一番仲が良かった?
その言葉の意味を、竹内は理解しているのだろうか。
わたくしは、休み時間に竹内に言った通り、「嫌なことなどされたことはない」と答えた。すると竹内は「前に犬を無理矢理けしかけられ、泣かされたじゃーん」と返した。
昔の話である。
最近では、家で回転焼き機でタイ焼きを作っていた時、意見の相違から怒り、タイ焼きを二宮に投げつけ「帰れ!」と喧嘩したこともあった。
側で見ていた姉と祖母に、わたくしは厳しく叱られた。
それでも長々と引きずられることはなかった。
わたくしは滅多に声を荒げず、喧嘩もせぬ。
ゆえに、多くの場合は二宮が折れてくれた。
二宮が人に折れるのは、わたくしに対してのみであった。
だが、わたくしは二つの言葉を吐いてしまった。
犬の話。
参観日のカバンの話。
事実である以上、仕方なかった。
わたくしはそれを述べた上で、「今は怒っていないし、大したことではない」と付け加えたが、竹内は見逃さなかった。
「酷い! それは酷いな~~~っ、ガッキーに謝れ!」
「いや、そういうことでは……別に怒っていないし、もう」
「それは本当の話ですか」
議長は大して意味もない言葉を発した。
竹内はわたくしの出番はすでに終わったかのように言った。
「ガッキー、よく勇気を出して言ってくれた。他の人にも聞いてみようぜ~?」
竹内主導で、話は大袈裟な形へと流れていった。
その後、一人ずつ名指しされ、二宮にされた嫌なことや傷ついたことの告白が続けられた。




