第二章:夏影(なつかげ)
夏休みに入ると、わたくしはほぼ毎日、二宮の家に入り浸ることとなった。
取り立てて親しい同性の友達はおらず、身内は姉妹ばかりで、近所にも同年代の少女しかいなかった。
その中で遊ぶことは、さほど愉快とは言い難かった。しかし、男子と遊ぶことは望むところであった。
二宮の「遊びに来いよ」との誘いを断る理由は一つもなかった。
「に~の~み~や~く~~ん!」
一度目の呼びかけに返事はなく、二度三度声を上げると、
「おーっ! ガッキーか~。上って来いよ~!」
二階から声がした。わたくしは家が厳しかったゆえ、勝手に玄関を開け上がることに少々の後ろめたさを覚えた。それでも何度か通ううちに、次第に慣れてきた。
玄関を入るとすぐに急な階段があり、他人の家の階段は、慣れるまで自宅よりも急に思えたものである。
二階へ上がれば、二宮は大抵、夏休みの子供向けアニメを視ており、その番組は午前九時半から始まる。ゆえに、毎日午前中から二宮宅にお邪魔していたことになる。
「二宮くんのお母さん、帰ってこないの? 大丈夫なの?」
十六歳で疎遠になるまで、二宮はわたくしの問いに、一度たりとも揚げ足を取らぬ返答をした。わたくしの口調を馬鹿にするなど以ての外。
「大丈夫だって」
宿題のことを言われぬか、他人の家に朝から通うことを嫌に思われぬか、最初の頃はそればかり気になった。
「心配するなよ。俺んちの親は、大規模小売り店で働いてるから、夜まで帰ってこないしな」
父親はもっと遅くなるようだが、その心配も杞憂であった。小学生が朝から来て、夕方まで大人しくしているわけもなかろう。テレビを観、ゲームに興じ、飽きれば近所の同級生も交え鬼ごっこやかくれんぼをした。
また、二宮は犬を飼っていた。
わたくしは臆病ゆえ犬に触れず、二宮の犬も時に吠えていた。それを二宮は、わたくしに触れさせようと誘った。
最初は少々意地悪に思えたが、彼は親友に犬とも仲良くなってほしかったのであろう。
「大丈夫だから。ほらっ、な?」
まず二宮が犬を撫で手本を示し、次にわたくしにも促す。
「いや。だって、怖い……し」
「なんでぇ。ほらぁ、怖くないよ、ガッキー」
「あ、でも……ほら触った!!」
「なんだよ、ちょっと触れただけじゃん。頭撫でてみ? ガッキーが撫でてやったら喜ぶし」
このやり取りのうち、ある日、わたくしは自分でも気づかぬうちに泣いてしまった。それでも二宮はしつこく、わたくしに犬を触らせようとした。
何度か指が犬に当たったうちのどれかを“触った”とし、
「ほらなっ、触れたじゃん」
二宮は自慢の愛犬を、わたくしにも可愛がってほしかったのだろう。事実、他の友達は頻繁に遊びに来て犬を可愛がっていたので、最も親しいわたくしにも同様であってほしかったのであろう。
わたくしは決して暗い性格ではなかったが、控えめで目立たぬ存在であった。
しかし二宮は、夏休みのうちに既に別のクラスに友達を何人も作っていた。
ついこの間転校して来たばかりの彼から、別クラスの友達を紹介されることもあった。みな近所に住む男子である。そのため、わたくしもクラスの違う友達も増えていった。
夏休みが明けて少し経つと、急に真崎が転校していった。
しばらくすると、二宮はクラスの中心となっていた。
最初は転校間もないため、わたくしのような人畜無害なクラスメイトを選んで声をかけたのであろう、と思った。だがそれ以降も、なぜか二宮はわたくしを常に特別扱いしていた。
今やクラスのリーダー的存在は、二宮であった。




