第一章:邂逅(かいこう)
大歓声の中、二人の男子は隣り合い、全力で走っていた。
今にして思えば、可笑しな光景であった。
わたくしと二宮とは、確かに幼馴染であった。
思えば彼との出会いは小学二年生の折、随分と長い付き合いになる。彼がわたくしの通っていた小学校に転校してきてから、十六歳に至るまでのことである。
二年四組の生徒は、授業終了のベルが鳴るや否や、教室の窓側の扉より中庭へ出るのが常であった。休み時間ごとに鬼ごっこで走り回り、高鬼や色鬼に興じ、最低でも五、六人は常にジャングルジムの上に登っていたものである。
その頃のわたくしは、比較的おっとりした性格で、何事にも常に出遅れることが多かった。
一時間目が終わった後の休み時間、中庭へ出てふと気づいた。
プール横の真下には、一直線に伸びるコンクリートの道があり、その端には人だかりができていた。クラスの半数以上、すなわち男子は皆そこに集まり、歓声を上げていた。幅は人が二人立って少し余裕があるほど、長さはプール下ゆえ、二十五メートルほどか。
一体何が起きているのか、黒山の人だかりの中、一人に尋ねてみた。大抵、この年頃は些細なことでも勿体ぶるもの(いや、大人も同じか)である。しかし、この日は違った。興奮を抑えられぬ様子で、事の次第を教えてくれた。
「いまから真崎くんと転校生が、勝負するんだよ。あいつどれくらいやるのかな。まぁ真崎くんが勝つだろうけど」
高揚のあまり息を上ずらせて語った。その話題の中心である”転校生”こそが、二宮であった。
「勝負?」
「あぁ、リレーだ!」
このクラスでは本来の意味のリレーに限らず、走って競うこともリレーと呼んでいた。
「二宮くんと、真崎くんが勝負するのか。何故?」
わたくしにはその意図がまだ理解し難かった。
「二宮くん? 友達か?」
転校して間もないゆえ、誰も彼を「二宮くん」とは呼ばず、ただ「転校生」と呼んでいた。
「いや……。友達というよりも」
わたくし言葉を濁すしかなかった。
どういうわけか当時のわたくしは、地味な存在でありながら、喧嘩っ早い子や、物事をそつなくこなす子に声をかけられ、いつの間にか友達となっていた。
思い返せば、喧嘩っ早い子はいつもクラスで浮いていた。
一匹狼という格好良さなどはなく、誰も話しかけぬ粗暴な男子であった。
二宮は少々ませた感じの少年で、転校して右も左も分からぬまま、真崎との勝負が終わるまで「転校生」としてしか存在せず。
転校初日、わたくしは二宮に話しかけられ、暗黙の規則を少し破りながら”会話”を交わした。だからと言ってクラスから叱責されるほど、わたくしの存在は目立たなかった。時折、話しかけられれば返答する程度であった。
「真崎くーん! 頑張れよ!」
至る所で、クラスのリーダー的存在である真崎への応援のみが聞こえていた。勝負は初めから決まっているかの騒ぎであった。
わたくしは出遅れて、何重にも取り囲んだ輪の中に入れず、数歩下がって見守った。二人の表情までは見えなかった。
やがて何の前触れもなく、二つの影がほぼ同時に駆け出した。
スタートの合図は耳に入らなかった。
暫く二人は横並びで走り、数メートルは優劣つかず、周囲の歓声が一層大きく渦巻く。あっという間に二つの影は向こうへと走り去った。
思ったよりも二宮の足は速く、体を小さく左右に揺らしながら、真崎とほぼ同列。わたくしもその背中を目で追った。
一直線の半ばを過ぎるあたりで、わずかに二宮が遅れた。
なぜか応援していたのだ。誰を?もちろん二宮をである。常に勝っている真崎の姿に飽きていたのかもしれぬ。それ以上の特別な感情はなかった。
巻き返す二宮。二人がほぼ同時にタッチした時、わたくしは無意識に両手を上げていた。あの俊足の真崎に僅差で勝つ。健闘したと思ったのだ。だが、折り返しがあることを知らなかった。初めからそういうルールであったようだ。
二人は同時にゴールした。
「やるなーっ! 二宮~!」
「お前、やるじゃん!」
声は皆二宮を称えていた。わたくしには、もう少しで”我らが真崎くん”が負けそうに見えた安堵から、誇張して二宮を褒めているように見えた。
みんなは真崎目線で走る姿を追っていた。わたくしだけが二宮目線で追っていたがゆえに、最初の直線半ばで差がつく不自然さを感じとっていた。
これで二宮もクラスの仲間入りを果たした。
注目の的を、わたくしは遠巻きに眺めていた。
「おおガッキー!? 見てたのか」
二宮が声をかけた。
二宮を取り巻く数人が一斉に顔を向けた。
「あ、うん。速かったね」
本当は「惜しかったね」と言いたかったが、その場では控えざるを得なかった。