感染
ユイが感染した。噛まれたわけではない。
世界からこの学校に隔離されて、どれだけの日が経ったのかがもう分からなくなっていた。
原因は分からなくて、口や鼻、粘膜から入ってきたすべてのものが疑わしく思えてカリナは恐怖を感じた。
シュウイチはユイを見つめている。
ユイの小さな頭を膝の上に乗せて、手を優しく握りしめていた。
長くてきれいな黒髪は邪魔だと言ってハサミでバッサリと切ってしまっていた。
それでもユイの美貌は相変わらずで、こんなに汚くて腐臭のする世界には似つかわしくなかった。
ユイの人間としての最後の言葉を聞いたのはシュウイチだった。
「……タケルは? ……シュウイチごめんね 最後のお願い……タケルに代わって」
「……分かった……」
タケルの腕の中でユイは安らかに眠りたかったようだ。
タケルがユイの首を絞めて楽にしてあげようとしたときに、シュウイチはそれを拒んでユイをタケルからもう一度奪った。
「俺はユイのことが好きだっ! でもユイはお前の事ばかり……」
シュウイチは泣いていた。心の奥底から湧き出る言葉を、力の限り放散したようでいつもの冷静なシュウイチとは違っていた。なのに弱々しく少し駄々をこねたような話し方だった。
シュウイチは暴れるユイを後ろから羽交い絞めにしていた。
タケルは立ち上がって、シュウイチをなだめるようにして言った。
「俺もユイのことは好きだった だけど俺とユイが付き合ってしまったら俺らのグループが終わってしまうような気がしてユイと付き合うことは選択できなかったんだ」
「お前のそういうところが俺とユイを苦しめていたんだぞ 知ってたのか?早く諦めさせてくれたら俺は楽だったのに……」
「おいっシュウ! 馬鹿な事を考えるなっ!」
タケルがユイの首を掴んで、大人しくさせようとしたときに、シュウイチは羽交い絞めにしていたユイを自分に向き直して抱き合う形に無理やりした。
ユイはもうユイではなくなっていた。ゾンビとなったユイはシュウイチにヨダレを垂らして首筋を噛み千切った。
シュウイチは痙攣していたが、ユイを離そうとはしなかった。ユイの顔が飛び出る血で真っ赤に染まっていく。
カリナはこの絶望的な状況を目の当たりにしたときに、何も考えることが出来なかった。
自分もいずれゾンビに襲われて死んでしまうのだと思うと、それ以上の思考は停止してしまっていた。
気が付くとシュウイチを食べているユイをタケルは今、始末したところだった。
「カリナは俺が絶対に守るから安心しろ!」
「トンッ」とまるでいつもの調子でタケルに肩を叩かれた。
カリナはタケルのその言葉を聞いて懐かしさと安堵を覚えた。
どこかで何度も聞いたような錯覚も覚えていた。
別に自分の家に帰れなくてもいい、自分のホームはあのときのあのメンバーと過ごした日々で、イーグルの傍にいたいとずっと思っていたことが思い出されていた。
タケルはこの繰り返される悪夢の世界で何度もカリナを命がけで助けてくれていた。
カリナは潜在意識の中でそれを何度も確認していたのだった。
(こんな最悪の状況でも、タケルと二人で生きて行けるならば……)
薄らぐ記憶の中で、どこからか不思議な声が聞こえた。
「ゲームだからね 失敗したら何度でもやり直せば良いんだ……」
しかしタケルの励ましは虚しく、やがてカリナはタケルとともにゾンビの群れの中に埋もれてしまって息絶えてしまった。