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戦隊ごっこ
カリナは小学生の頃を思い出していた。
小学校から帰って来ると、すぐに小学校指定の半そで半ズボンに着替え、お気に入りのクマのぬいぐるみの右腕を掴んで、赤いロープジャングルのある公園に向かった。
つい先週この町に引っ越してきたばかりなので、まだ友達がいない。
小学二年生の途中から両親の都合で新しい学校に転校してきたのだった。
学校の帰り道、この公園で楽しそうに遊んでいるグループを発見して、カリナは仲間に入れてもらおうとみんなと同じ格好になって走って近付いたのだった。
背の高い頑丈なポールに赤いロープが張り巡らしてあって、登れるようになっているアスレチックジャングルがこの公園のシンボルとなっている。
カリナの見かけたグループは小学校低学年が、やっとよじ登れるくらいの高さの石でできた舞台があって、そこに四人のグループは登って戦隊ごっこをしていた。
『四次元戦隊ヨンバルカン』今子供たちの間で流行っているテレビ番組だ。
悪の秘密結社イーターは世界征服を企んでいて、怪人を作り出しては人々を困らせていた。
ヨンバルカンはカリナも毎回欠かさずチェックしていたので、四人の状況はよくわかる。
イーグルがリーダーでその次はシャーク、パンサー、ピーチと序列が決まっていた。
「イーグルっ!早くこいつにイーグルアタックで止めを刺してくれっ!」
「わかったっ! 早くパワーをチャージさせて目玉怪人をやっつけなくてはっ! ピーチっ!早く注射を俺に打ち込んでくれっ! このままではシャークがもたない!」
シャーク役の男の子は必死に目玉怪人を羽交い絞めにして動きを止めているようだ。
シャークはふとパンサー役の男の子の方向を見てアドリブを挟んだ。
「パンサーはなんでこんな時にカレーを食べているんだっ!」
ボーっとしていたパンサー役の男の子はびっくりして急いでカレーを食べている演技をし始めた。
ひょうきんなパンサーはカレーを急いで食べている食べ方がふざけていて面白かった。
「パンサーは食いしん坊だからな こんな時でもカレーが食べたいんだ!」
イーグルは必殺技パワーゲージをためることが苦しいような演技をしてシャークに説明をした。
「あっはははっ! ひぃひぃ クックック」
四人のグループは突然、誰かの笑い声が聞こえて、我に返った。
カリナはこの四人の掛け合いが面白くて、耐えきれず声を上げて笑ってしまったのだった。
気が付くと今まで戦いごっこをしている四人全員が自分に気付いてこちらを見ている。
カリナはなんとなく気まずくなって笑うの止めて俯いた。
「……お前だれ?」
イーグルがカリナに話しかけた。
「……」
「ん? 君は男?女?」
ピーチが何も答えないカリナに質問を続けた。
「おんな……だけど」
カリナはクマのぬいぐるみをぷらんと下げたままぽつりと答えた。
「名前は?」
シャークも質問した。
「ヤマグチカリナ……しょっ 小学2年……」
「じゃあ同い年じゃん 見ない顔だけど 友達になりたいの?」
イーグルが舞台からかっこよく飛び降りてカリナに近付いた。
カリナは黙って力強く2回頷いた。
「えっ!でも女だよ!」
シャークがイーグルに続いて舞台から飛び降りて近づいてきてそう言った。
「……多様性?の時代だからな」
イーグルは空を見上げると難しい言葉を使ってシャークの言葉をうやむやにした。
あれっ?とカリナは思い、ピーチの方を向いた。
かわいいなと素直に感じた。
イーグルはカリナの不思議を察したようでニヤリとして説明を始めた。
「こいつは男だから、だから女が仲間になるのは例外なんだよ」
イーグルは自慢げにそう答えたあとにバスガイドのように右手に見えるのはという感じで
ピーチに注目が集まるようにしていた。
ピーチはカリナを見つめてニコリと笑って言葉を続けた。
「よろしくね」
カリナはまるで脳がバグってしまったようで、男の気持ちになってピーチに惚れそうになってしまった。
「実は私は女の子なの~」
パンサーは大げさな女言葉を使って、みんなの笑いを誘った。
カリナとタケルはその発言がツボにハマり、しばらく爆笑をしていた。
「しかしだな、四次元戦隊ヨンバルカンのメンバーは揃っちゃってるからなあ……どうしようかなぁ」
イーグルは腕を組んで真剣に考え込んでいるようだった。
カリナは状況次第では仲間に入れてもらえないかも知れないと不安に思った。
リーダーの顔を全員が注意深く見つめている。
この合否は完全にリーダーのイーグルに委ねられているのだ。
少しの間が空いて、リーダーは合点がいったというように広げた左手の平に握った右手を音が鳴るように叩いて言った。
「わかった! 何かが足りないと思ってたんだよ 悪者っ! お前悪役やってくれるなら仲間に入れてやってもいいぜ!」
イーグルはとてもいいことを思いついたと自信を持って堂々とカリナに提案した。
「えっ!いいの?仲間に入れてくれるの?」
「うん いいよ でも悪役な 女の悪役ね」
イーグルはカリナの持っているクマのぬいぐるみに目配せをして、顎で何かを指図した。
勘の良いカリナは察して、イーグルにニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
「プシュッ プシュッ どうだ!痛いか! クマめっ!」
カリナは持ってきたクマのぬいぐるみのお腹を、包丁に見立てた握りこぶしで何度も刺した。
クマのぬいぐるみはお腹がへこむ度に眉毛が八の字になって困った表情を作っていた。
「おおっ!!さすが悪役だ!自分の仲間を平気で痛めつけているぞ!」
イーグルはカリナを甚く気に入ったようだった。
シャークはこのことに対して難しい顔をしていたが、そんなことはお構いなしにカリナはさっそく友達ができたことを素直に喜んだ。
四人はいつもお小遣いを持ってきていて、公園の前にある神谷商店で駄菓子を買って食べるという日課があった。
気が付くとパンサーの姿はなくて、神谷商店で同じソーダ味の水色をしたアイスキャンディーを五本買ってみんなのもとに戻って来て一人ひとりに渡した。
「お前これ……」
シャークがびっくりしてアイスを見つめた。
「うんうん。今日はこれで乾杯しようよ」
カリナは何のことか分からなかったがパンサーは良い奴だなと思った。
自分は何も知らないので、お金は持ってきていないから駄菓子屋では何も買えない。
そういうことを先回りしてパンサーは自分のお金を使ったんだろうなと全員が理解した。
パンサーはこういう太っ腹なところがあった。実際にお腹も少し太っちょだった。
「俺は人生はゲームだと思っている 失敗したら何度でもやり直せば良いんだ
それからお前たちは俺の駒だ これからもオレが指示するし、オレの命令に逆らったりしたらダメなんだ!」
イーグルはパンサーが買ってきてくれたアイスを袋から取り出して、口に入れる前に突然みんなに言った。
カリナはイーグルの話を聞いて嫌な奴だなと思った。
(なぜこんなのがイーグル役でリーダーなんだろう?)
「リーダーの話は難しくてよくわかんないっ!」
ピーチがイーグルに抗議していた。
「なんだタケル 世界征服でも目指すのか?」
シャークは茶化すようにニヤニヤしながらイーグルに言った。
「あっ!それいいね 明日からは悪事を働こう!」
シャークの言葉に影響されてイーグルはカリナを見つめながら考えて事をしているようだった。
やばいとカリナは思いアイスを食べる手が止まった。
せっかくメンバーに入れてもらったのに、イーグルの考える悪のメンバーが四人だった場合などで揃ってでもいたりしたら、一番下っ端の自分はリストラにあってやっぱり仲間に入れないということもありえるからだ。
しかしリーダーは単細胞でシャークの手のひらで踊らされているということが分かったのでカリナは安心をした。
帰り道の足取りは軽かった。
クマのぬいぐるみの両腕を掴んで、遠心力で吹き飛びそうになるクマをクルクル回しながらご機嫌で家に帰って行った。
イーグル=タケル
カリナは元気よく、学校に向かった。
見上げると、スズメがチュンチュン電線に止まって鳴いている。
とても清々しい朝だ。学校に行けば昨日できた友達に会える。
カリナは意気揚々と両手を振って、教室に入ろうとした。
「なんで女がタケルの仲間に入ってるのっ!おかしいじゃんっ!!」
ホームルーム前のまだ先生が来ていなく、生徒がまばらに教室に入って来ているタイミングで大きな声が聞こえた。
カリナは何事かと自分の教室ではない入り口へ近づいて、その声の方向を見ていると、なんと昨日仲間になったイーグルが女子の四人グループに責め立てられているようだった。
そのグループのリーダーと思われる女の子がイーグルに怒って抗議している。
シャークもイーグルのそばにいて、両手の平を相手に見せて落ち着かせているようなジャスチャーをしていた。
「なんでそいつが仲間に入れて、私が入ることができないの!」
なんだか、会話の風向きがおかしな方向になっているなとカリナは思った。
「なんていうか お前は俺のグループとは空気が合わないから入れてやれない」
シャークの心遣いも空しくイーグルはグサッとはっきり相手の女の子に言った。
「だいたい、そこのオカマがタケルに近付くこと自体嫌なのに、その上本物の女まで仲間に入れてタケルは一体何がしたいの?ハーレムでも作るつもり?」
逆上した女の子は見境いがつかなくなって、後ろで見守っていたピーチにも攻撃をしてきた。
ピーチは何も言わずにただ俯いていた。
そのときにカリナは沸々と怒りが沸き起こってしまい、気が付くとタケルを怒鳴りつけていた女の子の前まで走り寄って割って入り、女の子の頬にビンタを食らわせていた。
「パチンッ!」
音がしてから少し間が空いた。スズメの鳴き声がチュンチュン聞こえた気がする
それ以外の音が一瞬だけ世界から消えたような気がした。
女の子は叩かれた反動で髪が乱れて、顔が隠れていたがその隙間からは怒りを爆発させた目でカリナを睨み付けていた。
「おまえかーっ!! このドロボー猫!!」
女の子はどこでそんな言葉を覚えたのかカリナに飛び掛かって首を絞めようとした。
「おい、おいおいっ ユイっ! 落ち着けって!」
みんながユイを止めに入った。
女の子の名前はユイというらしい。
これでもかというほどの美少女である。
きれいな長い黒髪と眉毛のあたりで揃えられた前髪、透き通るような肌とはっきりした目鼻立ちはスタイルと相まってどんなに遠くから離れて見ようとも彼女のことを一目見ないわけにはいかないほどのインパクトがあり、そのためか少し近寄り難いくらいの雰囲気を持っていた。
しかしカリナはこう思っていた。
(関係ないし 仲間を悪く言うやつは敵だし)
カリナは首を絞められて、気を失いそうになりながらも自分の行動を自分で肯定していた。
「オカマ」という言葉はどこか差別的に聞こえる。同性愛者と言え!とカリナは思っていたのだ。
お互いのグループに引き剝がされる形となって、カリナとユイは離れた。
ユイは怒りのせいか息が上がっていた。
「はぁはぁ……あんたも……そっちのあんたも」
ユイはピーチとカリナを順番に指さして釘を刺した。
「タケルと私は幼馴染みで昔からの付き合いなの! タケルは私と結婚することが決まってるから勘違いしてタケルに変なちょっかいは出さないでね!」
ユイは顔を真っ赤にして興奮して、二人を睨みつけたあと、自分の教室に仲間と一緒に帰って行った。
「おお怖い怖い」
教室にいる男子の一人がユイに聞こえるように言葉を発した。
教室の男子の独り言を最後に先生が入って来て、ホームルームが始まった。
「あら?あなたはうちの教室じゃないでしょ?早く自分の教室に戻りなさい」
女教師に顔を当てられてカリナもすぐに教室から退散した。