実行
ユイはタケルを見つけてはいつも強引に隣に座って来ていた。
タケルはユイが近づいてくると、面倒くさそうに無視をして週間ヤングジャンプを読んでいる。
カリナはユイを見つけると座っているユイに飛び付いて跨り、強く抱きしめて、頭のつむじの匂いを吸い込んでいた。
「わっ! なになになにっ! 気持ち悪いんですけどっ!」
ユイは急にカリナに抱き付かれて、ジタバタと抵抗した。
ユイ以外の全員もびっくりしていた。
カリナとユイはこの場の全員が昔から犬猿の仲だと思っていたので、突然のことに騒然となった。
一瞬、みんなは朝から喧嘩が始まるのかも知れないと心配をしたのだ。
タケルも週間ヤングジャンプを電車の床に落として、真横の二人を黙って口を開けて見ているしかなかった。
カリナはユイにしか聞こえない声でぼそっと何かを伝えた。
「えっ!」
ユイはカリナの言葉に驚いて抵抗しなくなっていた。
「武蔵嵐山駅~ 次は小川町に止まります」
社内のアナウンスが聞こえた。
カリナはユイの頭を撫でると、出口の端で座っていたヒカルの頭も撫でて、小川高校の手前の駅で降りてしまった。
カリナがいなくなったあとの電車はどこからか春の風が入って来て、まるでまたカリナが窓を開けてみんなを困らせているのではないかと思ってしまった。
放課後になると誰の掛け声ともなく、なんとなくタケルの教室にグループのみんなが集まって来ていた。
他の生徒たちもそれぞれのグループで放課後の雑談を楽しんでいた。
ユイは立ち上がって、長く続く廊下を見てみる。
さっき高校の近くにある鈴木商店にアイスの買い出しに出掛けたノブオとヒカルが間もなく帰ってくるだろうと、もう一度廊下に目をやると、ちょうど良く遠くからヒカルが走ってこちらに近付いて来るのがみえた。
ヒカルはユイを一目見た後、教室に入ってタケルたちを焦った表情をあらわにしながら真っ青な顔をして、口をもごもごと小さく動かした。
「おかえり どうした? そんな慌てて トイレならここじゃないぞ」
タケルが振り返りながらいつもの口調でヒカルに話しかけた。
「……ノブ ……ノ ……」
「どうした? ノブオに何かあったのか?」
シュウイチは出来る限り落ち着いてゆっくりとヒカルに話しかけた。
「ノブオ……が……遅いからアイス溶けちゃうと思って走って来た!」
ヒカルの笑顔で男子たちは密に癒されていた。他の男子もヒカルをみては尊いものをみれたような表情を浮かべている。
「ヒカルっ1本多くね? そういえばカリナは今日どうしたんだろ?」
タケルが首を捻ってカリナについて考えていた。
「途中下車してたなそういえば…… あれ? いつからカリナとあんなに仲良くなったの?」
シュウイチは自分のアイスを手に取り、封を開けて口に入れる前にユイに言った。
「はあっ? 仲良くなんかないわよ! なんでカリナと仲良くできるのよ!」
ユイはシュウイチにプンスカとして言った。
「はい これノブオから」
ヒカルはユイにアイスを手渡した。
「あっありがとう……でノブオ君は?まだ来ないの?」
「う……うんなんかよくわかんないけど行くところがあるって勝手にはぐれちゃったんだよっ!」
ヒカルは珍しく拗ねたような口調でユイに言った。
「行くとこってどこ?って何回聞いても教えてくれないんだよっ!」