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もうこんな勇者パーティーは抜けて、これからは魔王と共に生きていきます!

「いい剣だ。気に入ったぞ、勇者レオノーラよ」


 5メートルはあった魔王の身体が、見る見るうちに小さくなる。

 牙や角がなくなり、人型を取った。

 黒髪に黒い瞳の魔王は、今や私とそう背が変わらない。

 椅子に座る姿にはまだ威厳はあるものの恐ろしさは感じなくなった。


 魔王は、シニカルな笑みを浮かべ、私たち5人を順に眺めやる。

 そして、最後にぴたりと私に視線を合わせた。


「そなたが我のものになるのなら、今後は人を殺さないと誓ってやってもいい」


 魔王は、突然そう言い出して、誰もが意表を突かれた。

 もちろん、名指しされた私もその限りじゃない。


 魔王のものになる? この私が?


 目を瞠り、驚き過ぎて身動ぎひとつできない。

 瞬きもわすれて魔王を見つめているうちに、疑問符が浮かぶ。

 魔王のものって、どういうこと?

 何も答えられずにいると、魔王は肘掛けに身体を凭れる。


「そなたが残るのであれば、他の4人は生きて帰してやろう」


 途端に、弓使いのエミリエが歓喜の声を上げる。


「やったわ! これで万事解決じゃない? レオノーラ、魔王のものになりなさいよ」

「お前さん、それはないじゃろ。勇者にも意思というものがあるのだぞ」


 エミリエに反論したのは、斧使いのパトリクだ。

 エミリエより頭2つ小さい彼は、腰に手を当てて抗議している。


「面白くなってきたな」


 遠巻きにして眺めていたのは、魔法使いのヨゼフだ。

 このパーティーにおいて、一番年嵩らしいエルフは、どう見ても成人したばかりの男性にしか見えないけれど。こうして何が起きても動じないところからして、たしかに年相応なのかもしれない。


 私は、三人三様の反応を尻目に、魔王の様子に釘付けになっていた。

 勇者である私を欲しいという魔王にどう返答すればいいのか。


 でも、内心では、それもいいかもしれないと思った。

 こんなパーティーを捨てて、魔王のものになった方がいいと。


 ここに来るまでの間、このパーティーは散々私をこき使った。

 その上、なぜか私をひどく罵っていたのだ。


 ──『あんな魔物、前の勇者なら一発で仕留めていたわ! 何をしているの、本当に愚図ね』

 ──『前衛のわしに、これ以上負担をかけないでおくれ。この老いぼれを虐めるようなものじゃぞ?』

 ──『君の魔力はその程度かい? よくそれで聖女などと呼ばせていたものだな』


 戦いの度に私を矢面に立たせておきながら、メンバーは愚痴ばかり言う。

 しかも、剣の力だけではなく、補給やその資金集めも私任せだった。


 曰く、「勇者であっても女なのだから使い物にならない。その力不足を補うには、雑用もしてもらわなくてはならない」と。


 いい加減、うんざりしていた。

 こんな人たちをまとめるのも、戦いを引き受けるのも、すべては世界のためだったけれど。

 それももうどうでもいい。

 私を自分のものにすれば人を殺さないというのなら、魔王のもとに行けば万事解決じゃないかしら。


 これまで勇者としてしか生きてこなかった私には、魔王の傍にいても特にできることはないでしょう。家事で得意なことと言えば、お料理とアイロンがけくらい。


 私はそこで、再び魔王を見た。

 襟の高い服。金糸の縫い取りがあるから、当て布をしてもアイロンには不向きね。

 中に着ているのはブラウスに見える。胸元や袖口にはふんだんにフリルがあしらわれていて、あれではアイロンは要らないでしょう。

 

 頬に手を当て、ふうと溜息を吐いたところで、もう一つ声がした。


「待てよ」


 考え込んでいると、私の後ろから一歩前に進み出た者がいる。そして、私を背中に庇ってから告げる。


「レオノーラは、俺のものだ。──お前になどやらない」


 途端に、魔王は形のいい眉を跳ね上げた。


「そなたのもの、だと?」


 そして、美しい黒い瞳で私とウィルを交互に見た後、鼻で嗤った。


「どう見ても、勇者には他人と身体を重ねた痕跡はないぞ。戯れを申すな」


 はったりをたった一目で見透かされたことに、ウィルは顔を赤くして、悔しさに唇を噛んだ。

 いえ、むしろここで恥ずかしい思いをしたのは、処女であることをばらされた私では?

 タンク役の役目を果たしたかったのかもしれないけれど、余計なお世話としか言えない。

 しかも、いつも私を罵っていたくせに、いつの間に自分のものだなんて思うようになったのかしら。


 私はウィルの手を引き、こちらへと目を向けさせた。

 ウィルはまだ赤い顔をしていて、私を見ると耳まで紅潮した。


「みなさん、もうよろしくてよ」


 私はそう言って、片足を一歩引き、胸に手を当てて、魔王に頭を下げた。


「私は、たしかにウィルのものではありません。ですが、あなたのものになるつもりもありません」


 静かな声で言ったところで、後ろがまた騒ぎ出した。


「ちょっと! 一人で決めないでよ。私は帰りたいの!」

「うむ……わしも、まずは世界平和を望みたいところじゃが」


 エミリエとパトリクが自身の意見を述べたところで、くすくすと笑い声が追い打ちをかける。


「ああ、本当に面白くなってきたな」


 ただ一人、エルフのヨゼフだけが、この場において愉快そうに笑っている。


「笑い事じゃない。お前たちは、勇者を見捨てるつもりなのか?」


 振り返って三人に言い返すウィルを、エミリエは睨み付ける。


「見捨てるも何も、勇者がここに来たのは、魔王討伐のためであり、ひいては世界を平和に導くためでしょう? それなら、希望を叶えるには、魔王のものになるのが一番いいじゃないの」

「……っ」


 言いたい放題口にするエミリエに反論しようと、ウィルは足を踏み出した。

 私はそこで、二人を止めるために、声を張った。


「仲間割れはしないで。──それこそ、魔王の思うつぼです」

「アベルトだ」


 仲間に言い聞かせる私の言葉に、魔王の声が重なった。

 仰ぎ見れば、椅子の肘掛けに寄りかかったまま、嫣然と笑っている。


「そなたには、我が名を呼ぶ権利を与える。愛しのレオノーラよ」


 突然、愛しのと言われて、私は余計に驚かされる。

 まだ会って間もなく。さっきまで剣を振るっていた私に、魔王は親愛を示してくれている。

 慈愛に満ちた声に、私は心を動かされる。


「馴れ馴れしく俺のレオノーラの名前を呼ぶな」


 割って入ったのは、またしてもウィルだ。

 私はいつ、ウィルのものになったのかしら。

 それなら、もっとパーティーメンバーとの仲裁役をしてくれれば良かったじゃない。


 そうして、言い争うウィルと魔王の間に、私は挟まれる格好となった。

 すると私とウィルの上を、エルフのヨゼフが浮遊して通り、魔王の前に進み出る。


「それより、私は疲れている。このままでは、意見の合意を見る前に野垂れ死んでしまう」


 たしかに、ここに来るまでの旅は険しく、王城に着いてからの戦闘も激しいものだった。

 魔王は、ヨゼフの言葉に深く頷き、椅子から立ち上がった。


「ならば、一刻も早く結論を出すべきだろう」

「そうだな。それが一番だ」


 魔王とエルフの意見が一致し、私は答えを急かされてしまう。

 私の一生の問題なのに、どうして私に一任させてくれないのか。

 怒りを通り越して、呆れ返ってしまう。

 そこで、不意に身体のバランスを崩し、私はふらついた。


「レオノーラ、俺に寄りかかれ」

「へい、きよ……」


 手を差し出してきたウィルを断り、剣を杖にして身体を支えようとした。

 その時だ。


 椅子に座っていたはずの魔王の姿が、一瞬で消えた。

 ハッとして、私は聖剣の柄に手を添えた。

 やはり先程までの言葉は、私たちの隙を突くためだったのか。


 そう思ったところで、私は力強い腕で身体を抱き留められる。

 いい香りがする。まるで、草原を渡る風のような。

 腕に抱かれてぼんやりとしていると、耳の傍で囁かれた。


「我と共に部屋で休むとしよう」


 その声は、魔王のそれだった。

 ぼんやりと、私はその黒い瞳を見つめ返す。

 あれほど禍々しく見えていたというのに、今は細められていた瞳が、優し気に思えた。

 黒曜石のように美しい瞳だ。吸い寄せられるかのように、目が離せない。

 そうして、見つめ合っていると、ウィルが怒り出した。


「誰が、お前に渡すか!」

「ちょっとウィル、静かにして。今いいところなんだから」


 エミリエが割って入り、ウィルを私たちから引き離す。

 ドワーフのパトリクは、遠巻きに見ているだけで、何も言おうとしない。


 駄目だ、このパーティーは。

 これなら、魔王の傍に残ったほうがマシよ。

 もう愛想が尽きたわ。


「わかりました。私はここに残り、魔王のものとなります」

「レオノーラっ!」


 慌てふためくウィルから、私は後方の二人に目を向ける。


「ここからまた、険しい道のりになるでしょう。頑張って、4人でお帰りになって」

「待って、それ……どういうこと?」


 エミリエはようやく事態を認識できたようで、焦りの表情を浮かべる。


「だって、私はここに残るのですから、残念ながら帰りは同行できないわ」

「そんなっ!」


 私は、パーティーメンバーを一人一人見つめた。


 何かあれば私のせいにする、弓使いのエミリエ。

 遠巻きに見るだけで、我関せずでいる斧使いのパトリク。

 小姑のように口うるさく、それでいて味方にはなってくれなかったタンクのウィル。

 魔法が使えるのにヒールもせず、攻撃も私に任せて、空から見つめるだけだったヨゼフ。


 もう、うんざりだった。


「魔王……いいえ、アベルト。私レオノーラ・キャンベルはあなたのものになると誓います」

「よかろう。では、こいつらは城の外に追い出すとするか」


 アベルトはそう言ったかと思うと、4人に向けて手を伸ばした。


「ええ!? 待ってよ!」

「よすんだ、レオノーラ! 俺は、ずっとお前が──っ!」


 叫ぶ二人の声も、途中で掻き消えた。

 魔王との謁見の間には、私とアベルトだけが残る。


「お騒がせしましたわ、アベルト」

「いや、何。これでお前を手に入れられた、レオノーラ。その夜明けの空と見まごう深い青の瞳も、月光を編み上げたような美しい髪も我のものだ。その可愛らしい赤い唇で、私に愛を囁いてほしいものだな」


 愛を囁く。

 私はあまり、詩を学んでこなかったから、今のアベルトのようには喋れない。

 でも、努力はしよう。それで世界が平和になるのだから。

 それに──。


「あなたには、アイロンがけは必要なさそうだもの」


 私は生地を確かめるべく、アベルトの衣装をしげしげと見つめ、指で触れた。

 途端に、アベルトは目を丸くし、私の手を取る。


「お前は、なかなか積極的なのだな。この手には剣を握るよりも、他の物を握らせたい」


 アベルトは、私の指先を撫で、微笑みを浮かべる。


「そうね、できればよく切れる包丁が欲しいわ。

「──包丁?」

 アベルトの問いかけに、私は頷いた。


「アイロンがけが不要なら、私があなたにできることと言えばお料理くらいのものよ。でも、魔王のあなたの口に合うものが作れるか、自信がないの。しばらくは、お勉強させてもらえるかしら」


 アベルトは開きかけた口を噤み、私の顔をじっと見つめる。


「まあ、いいだろう。追々仕込むとするか」

「ええ、ぜひあなたの好みを教えてね」


 私はそこで、もう一度深々と頭を下げた。


「ここでお世話になります。魔王アベルト」


 こうして私は、アベルトと共に魔王城で暮らすこととなりました。

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