第6話 初めての採集
毎日があっという間に過ぎた。僕が一人で生活する事に慣れていないせいで、リリーの補佐があるのに水汲みと薪集めで手一杯だ。
始めは身体中が痛かった。いままでのように病気や空腹で痛いのではなくて、生きるために働いて、身体を動かす新鮮な痛み。
「人形の身体なのに、身体を使い過ぎると痛くなるんだね」
「だから言ったでしょ。狂った錬生術師だって。丈夫で魔法に強い以外、人の機能が無駄に再現されているんだよ」
「そうだね。それに僕はまだ簡単な作業しか出来ていないや」
「慣れよ、慣れ。レンの世界では学校行く前は遊んでいるでしょ?」
「その前に保育園とか幼稚園でみんなと色々学ぶんだよ。僕は行けなくなったから⋯⋯」
「ふぅん──まあこのアタシがレンの最初の先生として教えてあげるから大丈夫よ。レンはシロートだから、まずは採集からね。豆もいい加減飽きたでしょう? 不味いしさ」
僕の頭の上で上機嫌に語るリリーが、クルクル回って転ぶ。僕は小さなリリーの身体を自分の顔の前でキャッチした。食べられるだけで贅沢だ。でもリリーの言うように慣れるほど、フキゲン豆のスープは不味く感じてきた。
美味しいものが食べたい。そう思うと不思議と元気が出る気がする。リリーがニンマリと笑顔になって僕を見た。
「⋯⋯僕が落ち込まないように、気を使ってくれたんだね。ありがとう、リリー」
「レンはまだ来たばかりのトーシロだからね。塞ぎ込まないように、バシバシ鍛えてあげるんだから」
僕の手の平の上で再びふんぞり返るリリーに、僕はクスリと笑う。シロートやトーシロって言葉が気に入ったのか、繰り返し使う。それでも何度も励ましてくれてありがとうと、僕はジタバタする花の妖精に感謝した。
フキゲン豆の残りスープを食べて腹ごしらえを済ませたあと、初めての採集に出かける事になった。リリーに教えられ、もう一つの部屋へ入る。部屋の棚には狩りや採集の時に使う外套がたたまれて置かれている。ほかにもナイフや蓋付きの背負える網籠などが用意されていた。
「山小屋には普段は猫人族のシャン・マウが手入れに来てたんだってさ」
「猫人? ネコちゃん?」
リリーの世界には色んな人がいるみたい。母に聞かせてもらった物語にも、動物のような人が出てきた気がする。
豊かな自然環境だけに人の手で管理していかないと、山小屋付近はすぐに森の草木に埋もれてしまうんだ。リリーの話では、この辺りは貴重な素材を育てるのに適した環境で、適度に世話をする必要があった。錬生術師さんも元の持ち主から管理を任され、希少素材を融通しているらしい。
「山の奥へ向かうほど、この辺りは危険だよ。それにレンには見えない小さな虫もいるからさ。その外套は、獣や虫の嫌うきのこや葉っぱの菌糸や繊維が縫い込まれてるんだよ」
僕が着ると山もぐらみたいだと、リリーはケラケラ笑った。山小屋が作られたのは随分前の事なのに、歩きやすいのは猫人のシャン・マウって人によって、手入れされていたからだ。
「本格的な採集は、当然その手入れされた範囲の外になるのよ。だから備えが必要なわけ」
もこもこになって足取りの遅い僕を誘導しながらリリーが進む先を指示してくれる。せっかく動けるようになったのに、僕は荷物がいっぱいで動くのがやっとだった。
「山菜や薬草採りは大人より子供の方が向いてるのに、レンの場合はカルミアのせいでキソ体力が足りないのよね。」
慣れるまで仕方ないわね、そうリリーは呟く。今までの事を考えると、僕は荷物を持って歩けているだけマシなんだよ。慣れ⋯⋯というよりも日々の暮らしで筋力をつけるしかなかった。人形の身体に、なぜ力がつくのか僕にもわからないけどね。
「⋯⋯それに採取はろうどーりょくに比べて割の合わないのも確かなんだってさ」
基準は一人前の冒険者。だからそのへんで自然に採れる物への価値観は低いみたいだ。
大人は中腰になって屈まないといけないので辛い。危険でも子供が薬草摘みの仕事をするのは、安い仕事で余っているからだけではなくて、向いているからだって後で知った。
この時の僕はまだ、不慣れな山道を慣れない格好と、見た目より重い道具を抱えて歩くので精一杯だったけど、一歩一歩に力がつくようで不思議だった。
リリーの導く先に、木の香に満ちた立派な森が現れた。水の音もする。
「苔で足を滑らせないように、ゆっくり移動するのよ」
僕の頭の上でリリーが注意してくれた。同じ山の中の森でも、暗くて随分と様子が違う。リリーは採集を始める僕の回りを飛び回り、針のようなものを使いブンブンと振って刺して何かと戦ってくれていた。
カゴいっぱいになったキノコと山菜。それに⋯⋯リリーが集めた気持ちの悪い虫などが、ゴワゴワした小袋に入っていたよ。
リリーが助けてくれたけれど、初めて僕一人で食べるものや使えるものを集める事が出来たのが嬉しかった。