第3話 僕の名前はレン
僕のいまいる部屋にはベッドと棚、それに小さな机と椅子が一つずつある。僕の身体より高い所に小さな木の枠には、曇ったガラスに似た窓があった。眩しい光はそこから入るみたい。
「あれは自然の光と空気を取り入れるための採光口よ。何かと物騒な世界だからね」
案内花精のリリーという小さな妖精が、僕の頭の上で勝ち誇るように教えてくれた。普通の窓では侵入されやすくて危ない。
「衛兵が巡回するような街中と違って地方の山中だからね。山賊の心配より、獣や虫の方が普通に怖いのよ」
僕の為に用意された小さなお家は、新しく出来た王国の地方の山の麓、その森の中にあった。
「アンタみたいに異世界からやって来た人ってさ、悪いヤツらに従わされるか、着の身着のまま放置されるんだよ。自分だけのお家付きなんて恵まれてると思いなさいね」
僕もそう思う。僕は凄い魔法を使うとか、いろんなものを簡単に作り出せない。病弱な子どもだったから母のお話や、物語で知った知識しかない。
「アンタの世界と違ってさ、生活能力がないと⋯⋯ここは厳しいのよ」
僕には苦しんでいた前の世界と、いまリリーといる世界の区別がつかない。わずかな記憶は母の優しい笑顔と白い天井。残りの大半は、ひもじくて孤独で痛みに耐えるだけの日々。嫌な新しい母の笑顔。それでも家に居られただけマシだったのかもしれない。
「アンタの場合はギャクタイされていたから、野垂れ死んだほうが良かったかもね」
リリーが小さな手で僕の頭を撫でながら言う。リリーには悪気はない。
「まあアタシもさ、ルーネ様のお側に召されたというのに、弱っちいアンタに付けられた時点で⋯⋯死んだも同然なのよ」
「うぅ⋯⋯ごめんなさい」
「⋯⋯素直なのは良い事よ。アタシも死にたいわけではないの。だからアンタが早く強くなって、アタシを使い魔にしてよね」
「わかった。強くなるって約束するよ」
「ほらソレ。安請け合いはフラグの入り口よ」
リリーがケラケラ笑う。リリーのように召喚された「魔物」と呼ばれる者たちは、僕よりもっと酷い扱われ方をするというのを後で知った。
リリーはカルミアさんから妙な知識を教わっているのか、たまによく意味のわからない言葉を使う。僕の世界の言葉に僕より詳しい。
「それと将来の主になるアンタに、いつまでもアンタと呼ぶのも悪いわよね。リリーのように、アンタも名前あるの?」
「⋯⋯僕はレンだ」
「レン⋯⋯ね。わかりやすいね。あらためてよろしくね、レン」
僕はリリーの差し出した小さな手と軽く触れた。ピカーッと一瞬輝いたように見えた。母の話してくれた物語にも、契約とかいう魔法のようなものがあった気がする。
「ンフフフ〜。契約成立、チョロい、チョロ過ぎるわねぇ、レン」
小さく可愛らしい顔をニヤニヤさせるリリーに僕は困惑する。錬生術師カルミアさんの事を悪魔呼ばわりした小悪魔がここにいたよ。
「ねえレン、困ってる? ねぇ、困ってる??」
「こ、困ってない」
本当は意味がわからないから困ってる。でも正直に気持ちを言うと、悪戯好きのリリーの遊びが止まらないと僕は朝の一時の短い時間で学んだ。お腹も空いたから、ご飯もなんとかしないといけないからね。
「あっそう。つまらないわね。ご飯はフキゲン豆なら棚の下の壺に沢山あるわ。美味しくないけど栄養があるんだよ」
棚を見ると下の部分が引き戸になっていて、中には厚紙の蓋を紐で縛った大きな壺があった。紙は湿気と虫を防ぐためのものらしい。
「お水は水を汲み出す魔道具があれば楽なんだけど、そこまで甘くはないよね〜」
僕の暮らしていた世界の町のように、水道の蛇口を捻れば水が出るようなものではなかった。
「水の確保は大事よ。飲むにも身体を清めるにもさ。アタシも水がないと干からびちゃう。まず川に水を汲みに行くよ」
学校へ入る為にはお金が必要。しかし生きるためにはまず食べてゆくための環境が必要だと、リリーが首を竦めて呟いた。