第2話 案内花精のリリー
チュンッ⋯⋯チュン⋯⋯
眩しい朝の光と小鳥の囀る声が聞こえる。いつの間にか僕は眠っていたみたいだ。鳥の鳴き声で目を覚ます。鳥の鳴き声なんて聞いたのいつだったかな⋯⋯
────あれ⋯⋯やっぱり身体が痛くない?!
眠ってしまう前に僕に起きた出来事は夢ではなかった。柔らかなボロボロの布を敷いただけの木のベッド。眠る時に掛けていた毛布はゴワゴワして重いのに、僕は軽々と跳ね除け自分の身体を起こす事が出来た。
自力で起き上がれる事に、僕は再び感動する。
グゥ〜〜⋯⋯
お腹が空いた。お腹が空き過ぎてボーッとする事も、お腹が痛くもならないのは久しぶりだ。以前のような身体のあちらこちらの激痛も頭痛もないからなのか、寒さも感じない。
「僕の身体‥‥丈夫になったからなのかな?」
あの女神のような女の人は僕に健康な身体を与えてくれた。人としての機能の変わらない聖霊人形の身体だと言っていた。機械人形とも違うみたいだ。
彼女は様々なものを作り出す錬生術師だ。僕に身体を与えるかわりに、僕のこれから体験する記憶や、聖霊人形の身体が生み出す成分などを対価に貰うと言っていた。
何の事かは僕にはわからない。でも彼女は学校へ行きたいという僕の願いと、物語で読んだ冒険をしてみたい、そんな気持ちを叶える場所を用意してくれたのだ。
僕はベッドに腰をかけたまま、両手を持ち上げて、ジッと手の平を見る。骨ばった小さく青黒い指先や手の平が、赤味の感じる手になっていた。顔や髪を触ってみる。そして指先で手の平を押してみた。弾力ある肌が押されて少し白くなる。つねると痛い。痛いって思う夢ではないはずだ。自然と顔がニヘラ〜と綻ぶ。人形の身体には思えないくらい僕の身体は細いのに柔らかで、肉々しかった。
「これが僕の身体‥‥」
身体中が痛くない事が嬉しい。なのに痛くない身体をつねって痛い事に喜べる。きっと僕が何を言ってるのか、女神さまにしかわからないよね。僕の欲しかったのは、いたって普通の身体。女神さまは、僕の望みを叶えてくれたんだと確認してわかった。
「コラ、ネボスケ実験体。カルミアは女神なんかじゃないよ。アイツは悪魔! それも狂ったポンコツ!」
「へっ⋯⋯ちっこい人形?」
女神さまでも悪魔でも、僕を助けてくれた事に変わりない。だから感謝は変わらない。そう言えば生きて行けるよう補助をつけるって言っていた。それがいま目の前で飛び交う小さな妖精なんだろう。
「アンタバカね。恩を売るのはチンピラ悪魔のジョウトー手段じゃない」
「ジョウトー?」
「利用価値があるから生かされたってことよ」
「君もあの人に?」
「アタシ? 違うわよ。アタシはアルラウネの姫、ルーネさまに呼び出された眷族だもの。案内花精のルピナス・リリアンとはアタシの事よ」
「ガイド‥‥? 案内する人なの? 君はお姫さまに呼ばれたんだね。凄いや」
「フフン、リリーでいいわ。でもね、もっと尊敬しなさいな。まあ冗談はともかく、学校へ行くにはお金が必要なの」
勝ち誇るように小さな身体で胸を張る花の妖精リリー。羽らしき翼はパタパタしている。飛ぶために動いているわけではないのか、器用に空中に浮いたままポージングを決める。
妖精はいたずら好きと物語を読む母に聞いた覚えがある。だから案内する人には向いてないんじゃないかなぁっ⋯⋯て、思ったのは内緒だ。
あの女神のような女性は、カルミアという名前だった。生命を作り出す事の出来る錬生術師────魔法使いだ。
「カッコつけてるだけで召喚出来る錬金術師だよねぇ。」
リリーに同意を求められた。僕には違いがわからないからただうなずく。彼女自身も偉い人に頼まれているそうだ。僕のように、カルミアやリリーたちの世界へやって来る魂の管理をする仕事だ。
僕が知っているお話と違う。物語では勇者様として呼ばれたり、助けを求めて呼ばれたりした人達が多いから。僕の場合は巻き込まれというのとも違うらしい。
「難しい事を考えたってわからないものはわからないよ。それより学校へ行くためのお金を稼ぐ手段や今日のご飯をどうするのか心配しなさいよね」
ハァ⋯⋯確かにお腹が空いた。動けなかった昔の僕と違い、いまは動ける。だからご飯だって、新しい母に頼らず自分で用意すればいい。
────あっ、でも僕はご飯の作り方なんて知らないんだった。