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第1話 辛い日々の終わり


 僕は生まれた時から病弱だった。事業家の父は僕が大成する事はないと、幼少の頃には見切りをつける。期待されない子として、目を向けることさえしなくなった。そんな僕にも母は優しく、眠る時にはいつも冒険の物語を読んで聞かせてくれたものだ。



 母が読み聞かせてくれるお話の中で、僕は悪い奴を倒す英雄物語に憧れた。でも⋯⋯僕にはそんな力はない。だから次は生まれ変わって凄い力を得る物語に惹かれた。最強の能力や魔法の力でバンバン敵をやっつけられたのなら、どんなに気持ちが良いことだろうと。


 外で遊ぶ体力もなく友達と騒ぐ元気のない僕に、異世界の物語は眩し過ぎた。もうすぐ小学生となって学校へ行く事になるはずだったのに、僕はベッドで過ごすことが多くなっていた⋯⋯。


 優しかった母は、碌な跡継ぎを産めないと父や父の親戚に苛められていた。ごめんね────母は何度もそう言って泣いて僕に謝り、いなくなってしまった。


 そして新しく母を名乗る女がやって来た。


「厄介ものめ。おまえなどいない方がいいんだよ」


 開口一番⋯⋯女はそう告げた。ベッドに横たわるばかりになった僕に。僕の母は、父とこの女に追い出されたのだ。


「おまえの母親の名義でアパートを借りた。おまえは母親に見捨てられるんだよ」


 すでに追い出された母は知らない事だと、女は笑う。さらに僕の今後の事を考えて親権を渡して離婚させてやったと、嬉しそうに言う。


 僕には意味がよくわからなかった。ただこの女が父と一緒に母をだまして悪い事を企んだのはわかった。


 母は女が楽しそうに話すので、僕は悔しかった。寝たきりに近い僕には母を助けることも追いかける事も出来ない。


 物語の英雄になんてなれなくていい。母を困らせないくらい丈夫な身体があれば、こんな悲しい目に遭わなかったのかな⋯⋯。


 母のわがままを通した⋯⋯そんな形で僕はアパートに引っ越す事になった。父は最後に僕の容態をお医者さんに診てもらっていた。


「安静にきちんと世話してもらえさえすれば、ベッドの上で生き続けられるんだってさ。良かったねぇ」


 愛情などではなく、偽装のためだと女が嬉々として話す。新しく移ったアパートで僕がどうなろうと、父もこの女も無関係となる。


 女は母が着ていた服を来て、何日か僕の世話をしに来た。色のついた眼鏡をかけてマスクをすれば他人には母と女の区別はつかない。


「あぁくさいくさい。生活感を出すための仕事と思っても臭いものは嫌ね」


 弱ってゆく僕に投げつけられた女の最後の言葉。僕はこのまま母に会えず、学校へ行く事もなく、ベッドの上で死ぬんだ⋯⋯と、わかってしまった。



 僕は雨戸が閉め切られたアパートの暗い部屋に放置された。飾り気のない一室。閉ざされた窓や入り口のドアから微かに漏れる明かりも、弱りきった目に映らなくなる。


 段々と意識が薄れていくのに動けない。不衛生で酷く臭う不快な環境。空腹よりも身体のあちこちが痛み痒み苦しみ──悲鳴をあげたくても喉が渇き枯れていて、声にならなかった⋯⋯


 ⋯⋯⋯⋯


 ⋯⋯⋯⋯


 ⋯⋯⋯⋯


 ⋯⋯⋯⋯


 ⋯⋯寒い。


 ベッドで眠っていたはずの僕は、冷たい石の床に仰向けに横たわっていた。僕いた部屋とは違う、薄暗い部屋。夢の中なのか、身体の痛みや痒みが感じられない。ただ僕の使っていた汚れたベッドよりも臭い気がする。


 頭が動く。物語に出てくる魔法のランプのようにポッと灯りが付く。そして薄暗い部屋を明るく照らす。僕も次第に目が慣れて来る。ぼんやりと視界に浮かぶのは古い大きな机。その横にはとても美しい長い金の髪の女性が静かに立っている。そして退屈そうに、僕の様子を眺めていた。


「力がないってそれだけで罪よね。でも⋯⋯子供に力の不条理を押しつけるのはどうかと思うのよ」


 外国の方のように見えた女性は、独り言を呟く。何の話なのかな。記憶に残る母より綺麗な人だ。でも僕を観察する目は、僕の心を見ているようで少し怖い。


「まったく⋯⋯母子共々強い願いを持ちながらやって来るなんて、あちらの世界は相変わらず荒んでるのかしらね。それで⋯⋯あなたはどうしたいの?」


 この人の呟く言葉の意味はわかるのに、内容はわからない。僕は知っている。これは⋯⋯異世界転生というんだ。身体の弱かった僕は、母がいっぱい読んでくれた物語や、買ってくれた本を読んで知っていた。


 この人はきっと女神さまなんだ。忙しそうに何かブツブツ呟いているけれど、父や新しい母のように苛立ったりしない。ゆっくり考えなさい‥‥そう言ってくれた。


 物語の主人公のようになれるかもしれない⋯⋯そんな希望に胸が高鳴るのを感じる。


 この時の僕は自分がどういう亡くなり方をしたのか記憶になかった。忙しい女神さまが重要な言葉を伝えてくれたのも、聞き逃していたんだ。



「僕は健康で丈夫な身体で────学校に行きたい」



 僕は、僕自身の身体を自由に動かしたかった。自由に行きたい所へ行く事がどれだけ素晴らしい事なのか、もうとっくに忘れていた。


 勇者様のような凄い能力も欲しい。でも何でも出来ちゃう魔法のような力と、支えてくれる凄い仲間がいれば、いつか父のようになってしまうと思った。


 僕は⋯⋯どんなに偉くても、父のようになりたくない。僕は僕自身の力で自由になりたかったんだ。


「────いい心掛けね。チートスキルを寄越せとか、洗脳とか魅了の力を寄越せとか⋯⋯そんな都合の良い力を要求してくる奴ばかりでうんざりなのよね」


 そういう人達が、やっぱりいるんだ。僕は知ってる。そういう人達が結局自分の気に入らないものを排除していくんだって。動けなくなって本も読めなくなった僕に、新しい母が楽しそうに教えてくれた。


「⋯⋯なるほどね。いいわよ、あなた。目的意識は大事だからね」


 女神さまのような女性は、石の床に倒れたままの僕から、僕の魂を奪った。暖かで柔らかなゆりかごのような手に包まれた感覚が、僕に伝わる。何故か自分が輝く魂だけの存在だとわかる。不思議だよね。


 抱え上げられた僕の目線の先には、さっきまで僕のいた小さく痩せ細った身体が見えた。骨ばってガリガリで排泄物に塗れた悲しい身体。


「────泣くのは後にしなさいな。これからあなたの新しい身体、望み通り丈夫な身体を造るのよ。そうね⋯⋯アマテルの素体に、この間やって来た蟲人の成分を混ぜて、狂人のも入れておくか」


 異常への耐性は配合が肝なのよ、そんなことを呟きながら、彼女は僕の魂を何かに移した。


 やわらかな光と不可思議な圧力に押されて、僕は自分が何かに宿るのがわかった。水玉が乾いた布に染み込むように、僕の魂が女神さまの用意してくれた肉体に馴染むのが伝わる。


「言っておくけど、わたしは女神でも何でもないから⋯⋯全て望み通りとはいかないわよ。対価もしっかりと払ってもらうし。頑張って魂を磨いて素敵な成分を送って頂戴ね」


「────えっ、貴女は悪魔さまなの? あっ⋯⋯声が出る。」


 新しい身体になったおかげか声が出た。視線も横たわっていた時より高くなった。


「わたしの事はどうでもいいわ。自力で生きるにしても生きてゆくための身分と財産はサービスするわ。それと必要な知識もね」


 

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