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第四章 前を向く、雨

前回までのあらすじ


ゆきが東京での滞在期間の終わりを迎え

北海道へ帰る事

そんな ゆきを追いかけ空港まで来た膨太は

「ゆきが空を思う気持ちまで北海道へ持って帰るから帰さない、プラチナパンにはゆきが必要だ」と

ゆきの両親を説得すると言い

膨太も北海道へ向かう事になった。



 東京へ着いて二人はハスカップジャムを持ってプラチナに帰ると店の前で一人の女性が立っていた、ゆきは〝はっ〟となった

〝あ、あの時の写真の人だ〟膨太はさっきまでの笑顔が消えた

 膨太「彩乃…」

 彩乃「突然ごめんね、膨太の彼女?」ゆきは首を小さく振った

 膨太「今日から、うちで住み込みで働いてくれるんだ」

 彩乃「…住み込みで…膨太少し話せない?」膨太は黙ったまま困った顔をしていた

 ゆき「膨太、店の鍵ちょうだい?片付けして先に入ってるから」

ゆきは二人に気を使って先に店へ入った。


 膨太「彩乃、話ってなにかな?」

 彩乃「膨太の事が気になってて、急に来ちゃった」

 膨太「そっか、元気だったか?」

 彩乃「うん、仕事にも慣れてきたとこかな…店はどう?」

 膨太「まぁまぁだよ、おかげさまで」

 彩乃「あの子、耳聞こえないの?…手話してたから…」

 膨太「うん、あっ彩乃、一昨日焼いたパンいる?色々あって沢山余ってるから持って行かないか?ちょっと待ってて」

そう言って膨太は一昨日店を飛び出したまま置いて行ったパンを彩乃に渡した


 膨太「早めに食ってな、俺明日も早いからそろそろ帰るな、学校の先生も朝早いだろ、おやすみ」

 彩乃「うん…パンありがとう、おやすみ…」

彩乃は膨太の後ろ姿にやりきれない気持ちでいっぱいになった。


 膨太は家に帰るとゆきがいて何だか安心した

ゆきは店を見て膨太が本当に急いで突然飛び出した事が分かるくらいにパンは売り場に出しっぱなしだった

 膨太「今日の晩ご飯はパンだな、明日の朝もパンだな昼もパンだな」

ゆきはまた大笑いした

膨太も大笑いをして二人は店の掃除をしながらパンを食べて、ゆきは 〝楽しい〟という音を感じた

片付けを済ませ二人は二階に上がり、「疲れたぁ」と同時に言って笑った


 ゆき「そういえば、さっきの人、彼女でしょ?綺麗な人だね」

 膨太「あぁ…もう昔の事だけどな」

 ゆき「ごめんね、この間段ボールにつまずいた時に中にあった写真見ちゃって…だからてっきり…」

膨太は段ボールを持ってきて、ゆきに写真を見せた


 膨太「俺って昔からイケメンだろう、天パだけどな、俺と空は野球部で彩乃はマネージャーだったんだ」

ゆきは空の写真を見て6年前自分が恋した時の空が写っていて、胸が少し苦しくなった。そんなゆきの眼差しに膨太は切なく感じた

 膨太「もう、こんな時間だ、明日も早いから風呂入って寝るか!」

 ゆき「…お風呂?……先にどうぞ」

ゆきは急な言葉にテンパってしまった

 膨太「おぉぉおぉぉぅ、ゆきの部屋はお袋達が使ってた部屋があるから使ってくれ、でも布団がないから、今日は俺のベッドで寝ていいよ、ももももちろん、俺はソファーで寝るから…明日布団買いに行こう、ババババスタオルとか」

膨太も何気なく言った自分の言葉に動揺した

 ゆき「うん…わかった」

〝一緒に住むってそう言う事だよね、大人の男と女が一つ屋根のしたで暮らすって〟

ゆきは改めて両親がよく許してくれたなと思った。

ゆきは部屋を少し掃除した後、膨太の両親に手をあわせた

〝今日からお世話になります、一昨日のパンをお供えしてごめんなさい、でもすごく美味しいです、宜しく願いします〟

そんなゆきの姿に膨太は生きてるうちに両親にゆきを会わせたかったと思った。

ゆきが振り向くと上半身裸の風呂上がりの膨太を見て思わず後ろを向いた、膨太はゆきの肩をそっと叩いた

 膨太「どうした?風呂入りな?俺先寝るから、おやすみ」

ゆきは膨太を見ずに、ただうなずいた。

ゆきはお風呂に入ってリンスがない事に気付く〝だから天パなのよ〟ゆきが使ったシャンプーは何故だか頭がスースーした〝変わったシャンプー〟そう思いながらゆきは風呂から上がり膨太の寝顔を見てから、ベッドに入り疲れていたからかすぐに寝付けたが、ふと目が冷め時計を見ると〝四時半かぁ〟と不思議と自分の体が明け方に起きるようになっていたのだ、居間に行くと膨太はもう起きていた


 ゆき「おはよう」

 膨太「おはよう」とゆきの姿を見て膨太は大笑いした

 膨太「そういや、初めてパートに来た日、ゆきパジャマだったよな」

 ゆき「また、パーカー貸し手くれる?」

冗談を言って二人は笑った


そんな生活が何日か続いたある日の事、店に彩乃がやってきた。

ゆきは〝膨太は買い出し中です〟とメモに書いて彩乃に渡した

彩乃もメモ紙に〝今日は貴方に用ががあるの、今夜八時に3丁目の喫茶店で会えない〟と書かれてあった

ゆきはうなずいた、彩乃はメモに〝私と会う事は膨太には秘密にしてて欲しいの〟ゆきがうなずくと彩乃は「ありがとう」と言い店を出た。


ゆきは夕食を済ませ、膨太に怪しまれないように膨太がお風呂に入ってる間に〝リンスを買って来る〟と置き手紙をして家を出た

時間ギリギリでゆきは少し急いで彩乃が書いた地図を見ながら喫茶店へ向かった

〝ここか〟中には彩乃がゆきを待っていた、彩乃はゆきに気付いて手を振った


中に入ると彩乃は少し暗い表情だった

ゆきは〝私は、唇が読めるから普通に話しても大丈夫〟とメモを渡した


 彩乃「今日は突然ごめんなさい、実は相談があって…名前を聞いてもいいかしら?」

ゆきは持ってきたノートに〝塚本ゆき〟と書いた

 彩乃「ゆきさん、…私ね膨太の事が好きなの、ヨリを戻したくて…ゆきさんは膨太と一緒の暮らしてるのは…膨太の事好きだからかなぁって、もしかしたら二人は好き同士なんじゃないかって」

ゆきは首を振りながら〝私には好きな人がいるの〟と書いて見せると彩乃はため息をついて安心した顔で微笑んだ

 彩乃「じゃあ、私と膨太がヨリを戻せるように協力してくれる?」

ゆきは〝何をすればいいの?〟と書いた

 彩乃「膨太を夕食に誘いたいんだけど、なかなか誘うタイミングが分からなくて…私が誘っても断られる気がして、ゆきさんが膨太を誘ってくれないかな?」

ゆきは彩乃の眼差しがまるで空を思う自分と重なった

ゆきは〝わかった〟とノートに書いた


 彩乃「待ち合わせの時にゆきさんの代わりに私が行ってもいいかな?」

ゆきは〝OK〟と書いて〝自分も彩乃さんに聞きたい事がある〟と書いた

 彩乃「何?」

ゆきは〝風波空について、何か知らない?〟と書いて聞いた


 彩乃「風波空って、あの空?膨太と私と部活が一緒だった?」ゆきはうなずいた


 彩乃「高校三年の夏が終わりる頃にお父さんを亡くしてから北海道へ転校したんだけど、そこから全く連絡がなくて今はどうしてるか分からないんだけど、友達がこの間、空っぽい人を見たって言ってたんだけど…あまりに雰囲気が…違ったみたいで声はかけなかったみたいなんだけど」

〝どこで見たのか分かるかな?〟とゆきはペンを走らせた


 彩乃「確か、学生の頃に膨太と空がよく行ってたビルの中にある定食屋さんがこの近くにあるんだけど、そこで何回か見かけたって」

ゆきは膨太と行ったあのビルだとすぐに分かった


 彩乃「空の事知ってるの?」


〝私の通ってた高校に空が転校してきたの〟と書いた


 彩乃「もしかして、ゆきさんの好きな人って空?」ゆきはうなずいた


 彩乃「うわぁ、凄い偶然だね、空は転校してから何があったの?」

〝私にも分からないの、ある日、東京へ何週間か行くと言って行ったきり帰って来なかった〟

 彩乃「そうかぁ、噂では危ない世界にはいちゃったみたいって聞いたけど」

ゆきは彩乃と一時間くらい話をしてプラチナに帰った

膨太が寝てると思いゆっくりそっと二階に上がると膨太はゆきの帰りを待っていた

 膨太「ずいぶんと長いリンス探しだな、心配した、携帯電話持って行かなきゃ持ってる意味ないだろ?携帯、不携帯…なんつって」

 ゆき「ごめんね、今度からは気をつけます」

 膨太「よろしい!」

 ゆき「あの…膨太、明日の夜、外食しない?」

 膨太「たまにはいいな、前回は誰かさんがエレベーターに閉じられてそのまま倒れちゃったからな」

 ゆき「そうだったね、おかげで焦げたおかゆが食べれたんだった、そしたら夜八時に駅前で」

 膨太「なんでわざわざ待ち合わせるんだ?うちから一緒に行けばいいんじゃなのか?」

 ゆき「待ち合わせたいの」

 膨太「ふぅん…わかった」〝デートか…まさかな…〟と膨太はゆきにデートに誘われたのかもしれないと嬉しい気持ちになった。


 翌日の膨太は朝からハイテンションで仕事をしていた、そんな膨太を見てゆきは〝私のご飯に飽きたからこんなに嬉しいのかな?〟と思った。

夕方6時に店を閉めて早々と片付けをしてゆきは膨太より先に家を出た

膨太はいつもより少しオシャレを意識して何故か歯磨きまでして少し緊張しながらも楽しみに家を出て約束の時間の15分前に駅に着いてゆきを待った


 彩乃「膨太?」

 膨太「彩乃…仕事帰りか?」

 彩乃「ゆきさんなら来れなくなったって、さっき会ってね、何だか急に用を思い出したからって膨太に伝えておいてくれないかって頼まれて、良かったら私とご飯に行かない?」

 膨太「そうか…なんかあったのかな…」

 彩乃「学生の時によく行ったハンバーガー屋さんでも行かない?」

 膨太「そうだな、せっかくだしな…」

膨太はゆきの事が気になりながらも何かあればメールが来るだろうとそのまま彩乃と過ごすことにした。


 その頃ゆきは彩乃から聞いた、空がよく見かけられているというビルの前で、もしかしたら空に会えるかもしれないと、淡い期待を胸に空を待ち続けた

ふと時計を見ると九時半を回っていた

〝お腹すいたな…〟と諦めて帰ろうとしたゆきの背中を誰かが叩いた、振り向くと知らない男の人が

「もしかしてゆきさん?僕、空の弟の星です、前に兄と公園でいる所を車から見てたのですぐにわかりました、兄さんからは話を聞いてますよ、北海道で一緒だったって」

ゆきはあまりの突然さに驚きながらも、うなずいた

「凄いなぁ、僕の言ってる事分かるんですね、本当に唇を読めるんですね」

ゆきはカバンからノートを出して〝空に会いたい〟と書くと星は

「もうすぐ兄が来ると思います、ここで待ち合わせてたので」

すると丁度、遠くの方から空がこっちに向かって歩いて来た

「兄さん、こっちこっち」と星は空を呼んだ

 空「なんだよ、先に中に入ってろよ」

星の目の前に北海道へ帰ったはずのゆきがいて驚く空に星は

「兄さんごめん、急に父さんから呼び出しくらって先に帰るね」と星はその場をわざと離れた

 空「ゆき…お前、北海道に帰ったんじゃなかったのか?」

 ゆき「一回帰って、戻って来たの」

その時ゆきのお腹が〝ぐぅ〟となった、勿論ゆきは気付いていない、空はいつものように素っ気無さをを装った

 空「晩飯まだなら、一緒にここのビルの中にある定食屋で飯食わないか?」

ゆきは大きくうなずいた、そんなゆきを空は可愛く思った。



 中に入ると昔ながらの味のある定食居酒屋でゆきと空は小上がりに座った


 ゆき「星くんて見た目と違って言葉も丁寧だし優しい感じだったね、何のお仕事してるの?」

 空「見たら分かるだろ…俺と同じだよ」

 ゆき「…お母さんは元気?」

 空「死んだよ、ってかさ何でこっちに帰って来た?」

 ゆき「プラチナで働いてる」

 空「こっちは家賃が高いだろ」

 ゆき「住み込みで働かせてくれてるの」

 空「…ふぅん、夜遅くに一人で出歩いたら危ないだろ」

 ゆき「うん…そうだ、ここのおすすめは?」

 空「オムライス…」

 ゆき「オムライスなんだ…」

二人は初めてデートした日にもオムライスを食べたのを思い出し、オムライスを注文して会話もぎこちないまま懐かしく思いながらオムライスを食べた


 ゆき「空のお爺ちゃん元気だったよ、お爺ちゃんから伝言を頼まれてるの。いつでも帰ってこいって」

 空はずっと心配だった爺ちゃんが元気だと聞いて胸が熱くなった


 空「こんな格好で帰ったら爺ちゃんに怒られそうだな」

ゆきは素っ気なさを装う空の瞳が6年前のあの日のままに思えた

 ゆき「私ね、北海道に帰って東京へは戻らないつもりだった、でも膨太に言われたの、空を好きな気持ちまで北海道に持って帰るなら帰さないって、私、ずっとずっと空が好きだった、思い出さない日はなかった」

 空「ゆき…でも俺はゆきを幸せにはできない」

ゆきはその言葉に胸が〝ぎゅっ〟と絞られる感覚だった

 空「膨太が心配してないか?」

 ゆき「…あ、あ、彩乃さんとデート中だと思う」

 空「彩乃? ふぅん…送るよ」

 ゆき「大丈夫一人で」

ゆきはさっき言われた空の言葉にショックを受けて早く帰りたかった

二人は店を出ると空はタクシーを止めてゆきを乗せ運転手にお金を渡し、行き先を告げた


 ゆき「お金なら大丈夫だよ、ご飯までおごってくれて…」

 空「今日、飯付き合ってくれたお礼だよ、おやすみ」と言ってタクシーのドアを閉めた。

車の窓越しの「ありがとう、おやすみ」と泣きそうな顔で手話をするゆきを見て、空は自分の感情を必死に押し殺した。



 膨太は彩乃とハンバーガーを食べ、バッティンググセンターに寄り時間も遅くなり帰ろうと歩いていた

 彩乃「膨太がホームラン出してくれたらお米10キロもらえたのに」

 膨太「俺、キャッチャーだっつぅの」彩乃は膨太の昔と変わらない笑顔に胸が 

〝キュン〟となった

 彩乃「私、何で膨太と別れたのかな…」

 膨太「お前が振ったんだろう」と笑った

 彩乃「私、ちゃんと膨太に謝りたいの、膨太のお父さんとお母さんが事故で亡くなって、膨太は小学校に就職も決まってたのに、店を継ぐからって言われた時、じゃぁ別れてよ、なんて言ってごめん」

 膨太「いいって、もう過ぎた事だろう」

 彩乃「良くない、私は膨太に夢を叶えて欲しかった、先生になって子供達に野球を教えたいって苦手な勉強も頑張って大学でも頑張ってたから、つい酷い事言った」

 膨太「俺な、新しい夢ができたんだ、世界一美味いパンを作って、みんなを笑顔にするって決めたんだ」

 彩乃「…本当は今日ゆきさんに頼んだの、膨太をご飯に誘ってくれないかって…ずっと膨太に謝りたかった、ごめん」

膨太は笑って彩乃のおでこにデコピンをした

 膨太「これでおあいこ」

膨太と彩乃は笑って歩いていると、さっきゆきを送りだし一人歩いている空と鉢合わせになった


 彩乃「空…久しぶり」

空はゆきへの気持ちを押し殺し耐えている中、膨太と彩乃が昔と変わらずにしている姿を見て、こんな時間にゆきを出歩かせる膨太に少しイラだった

 空「彩乃とデートか…膨太さ、ゆきをこんな時間まで出歩かせて一緒に住んでる責任とかないのか?」

 膨太「久しぶりに会ったと思えば、怒った口調でどうした?」

 空「いいよな、お前は昔と変わらずにいられて」

その言葉に膨太は少しイラついた

 膨太「何だ、何だ?転校したきり連絡もしないで、こっちの都合も知らないで勝手な事言うなよ、お前は見た目からしてグレたか?」

 彩乃「膨太やめなよ」

 空「ふざけるなよ、」と空は膨太の胸ぐらをつかんだ

 膨太「ふざけてねぇよ、思った事言ったまでだ」

その瞬間、空は膨太を殴った

膨太「…何なんだよ」

膨太も空を殴り返す、二人は胸ぐらをつかんだまま殴り合う


 彩乃「二人ともやめてよ」

膨太と空には彩乃の言葉は届かない、彩乃は交番まで走った


 空「お前、ゆきと一緒に住んでるんだろ、こんな時間に出歩かせて耳の聞こえないゆきに何かあったらどうすんだよ、声を出して助けを呼ぶ事もできないんだぞ」と膨太を一発殴る


 膨太「ゆきがどんな思いで、東京に戻ってきたと思ってんだよ」と一発殴り返す


 空「ゆきの事、守れないなら今すぐに北海道に帰せよ」と胸ぐらをつかんだまま、顔を至近距離に近づけて言った


 膨太「守りたいと思ってるさ、理由も言わず消えて、久々に再会してもゆきにそっけなくする奴のどこがいいんだって思ってる、俺なら絶対に泣かせたりしないって思ってる」と言った膨太の表情はゆきを心から想っている事が空に伝わった


 空「お前、まさか…ゆきの事…」

空はつかんでた膨太の胸ぐらを離した、そのまま空は背を向けて歩いて行った


 膨太「ゆきにちゃんと、連絡できなかった理由言ってやれよ」

膨太は過ぎ去る空の背中に叫んで言った

その言葉を背に空はこぼれ落ちそうになる涙に顔を上げ自分の運命を受け止めるしかなかった

彩乃はお巡りさんを連れて戻ると喧嘩が終わっていた

膨太と彩乃はそれぞれに家路についた。

 膨太が家に帰るとゆきはスヤスヤと眠ってた、膨太はそんなゆきの寝顔を切なく見つめた、翌朝ゆきは膨太の顔を見て驚く

 ゆき「何があったの?大丈夫?」

 膨太「たいした事ねぇよ」

膨太はいつもより素っ気なかった、その日一日ゆきと膨太は気まずい感じだった、夕暮れ時ゆきは膨太に謝った

 ゆき「膨太、実は昨日の事…」

 膨太「彩乃から聞いたよ、彩乃に頼まれたんだろ?」と膨太はゆきの両腕をつかんだ

 膨太「もう、あんな事しないでな?」

ゆきはうなずいた


 膨太「分かればよろしい!」

 ゆき「昨日のデートはどうだった?」

 膨太「何か懐かしかったかな、お前はまたリンスでも捜しに行ってたのか?」

 ゆき「空といたの」

 膨太「ふぅん…そっか、ちゃんと言ったか?私は空の事好き好きでたまらなーい、毎日空の事しか考えてませーんって」

ゆきは昨日、空に言われた言葉に傷ついてる気持ちも知らないでと膨太に腹が立った

 ゆき「なに、その言い方」

 膨太「好きなら好きっていっちまえよ」

 ゆき「もっと、女の子の気持ち考えてよ!鈍感!」と脱いだエプロンを膨太にあてて、部屋へ閉じこもった

 膨太「鈍感はどっちだよ…。好きなら好きって言っちまえは俺のほうだな…」

と一人つぶやいた。


 ゆきは泣いたまま寝てしまい起きて時計を見ると6時だった〝大変、寝坊しちゃた〟


部屋のドアを開けると居間では膨太が眠っていた


ゆきは膨太の体を揺らして時計を見せた

膨太は飛び起きて二人とも急いで仕事を始めた、いつもより一時間も遅れて店を開店した。来るお客さんは膨太とゆきの姿を見て何だか笑っている、お客さんに

「寝坊しちゃったの?」と笑われた、二人はパジャマにエプロンで顔には小麦粉がついていた、膨太とゆきはお互いを見て大笑いした

「昨日はごめん」と二人同時に言って仲直りした。

その日の夕方、彩乃が店にやって来た

 彩乃「膨太、少し話せる?」

膨太は昨日、空と殴り合った事をゆきに知られないように彩乃を店の裏に連れて行った

 膨太「どうした?」

 彩乃「顔の傷、大丈夫?」

 膨太「あぁ、たいした事ないって、男の勲章ってな感じか…」

 彩乃「私ね、膨太の事が好きなの、自分から振っておいて自分勝手な事言ってるのは分かってる、でも昨日膨太と一緒に過ごしたら、膨太が好きって…」

彩乃は膨太に抱きついた

ゆきは店を閉める為、膨太に鍵をもらいに膨太を捜していると、彩乃と膨太が抱き合っている所を見てしまった、ゆきはそっとその場を離れ、何故だか胸が〝ズキンっ〟とした

 膨太「彩乃…」膨太は彩乃をゆっくりと自分の体から離した

 膨太「彩乃、ごめんな、彩乃の気持ちには答えられない、俺好きな人がいるんだ」

 彩乃「…ゆきさんでしょう?膨太がゆきさんを見る眼差しで何となくそうだと思った…でもゆきさんには他に好きな人がいるんだよ、耳だって…」


 膨太「知ってるよ、ゆきが空を好きな事も、俺じゃない誰かを想ってる横顔でも俺は大好きなんだ、それに耳が聞こえなくたって俺らと何も変わらない、ただ一人の女として好きだし守りたいって思ったんだ」


 彩乃「そんな言葉聞いたら私…何も言えないじゃない…なんかスッキリした、何だか一気に冷めてきた、膨太ありがとう、世界一のパンを作ってゆきさんを笑顔にさせてあげて」

膨太「分かった」

最後に彩乃は満面の笑みをを見せ振り返る事なく帰って行く


〝逃がした魚は大きかったな〟と彩乃は少し泣いた。


 膨太が店へ戻るとゆきは少し不機嫌になっていた


 ゆき「抱き合ったりするのは仕事が終わってからにしてくれる?」


 膨太「お前、やきもち焼いてんのか?」

ゆきは何も言わず店を飛び出した、そしてしばらく公園のブランコに座り時間を潰して家に帰りにくくなっていた〝何で私は腹を立ててるんだろう……〟

膨太はゆきを探しに来た

 膨太「いたいた、何怒ってるんだ?」

ゆきは少しほっぺたを膨らませた

 膨太「仕事中抱き合ったりして悪かった、でも、抱き合ってはないぞ?向こうから抱き向いて来たというか…」

膨太はゆきの膨らんだ、ほっぺたに人差し指で優しく触った

 膨太「帰ろう」

 ゆき「うん」とゆきがブランコから立ち上がった瞬間、膨太はゆきを抱きしめた、ゆきは突然の事に瞬きを何回もした、膨太はゆきの手を〝ぎゅう〟と握り、手を繋いだまま歩いた

 ゆき「どこへ行くの?」

聞いても膨太は答えないで真剣な顔でゆきの手を引き、だた歩く、しばらく歩いて歩道橋の前で立ち止まった

 膨太「ゆき、ここで待ってて?」

膨太は一人駆け足で歩道橋の真ん中まで行きゆきに大きく手を振った


 膨太「ゆきー俺はゆきの事が好きだ、他の誰かを想ってる顔も一生懸命で優しい所も料理が上手な所も大•大•大•大好きだぁー!」

道行く人は膨太の大きな声での告白をジロジロ見ている

 膨太「返事はいらない、俺が必ず幸せにするから覚悟しとけよー」

周りからは拍手がおきた、膨太はゆきに駆け寄った

 膨太「スッキリしたぁ」とゆきの手を取り走った、その告白を大勢の人が聞いていた、その中には空もいたのだった。



 膨太とゆきはプラチナに帰った


 膨太「何も言うな、皆までいうな、ごはん食べよう?」ゆきは優しくうなずいた


次の日も、その次の日も膨太はいつもと変わらず、いつもの膨太だった、膨太の気持ちを知った後もゆきは空をまだ忘れられずにいた

〝ちゃんと理由を聞いて、本当にさよならしなくちゃ、私、前に進めない…〟


それからゆきは、時間を見つけては空と再会した全ての場所に足を運んだが空は見つからなかった、ふと毎日パンを買いに来てた少年を思い出した〝あの公園裏の木の下…〟

ゆきは店番の途中なのに思い立ったかのように店を出て公園裏の木の下へ行くと、空が少年とキャッチボールしてた、少年がゆきに気付き

「お姉ちゃん、こっちへ帰って来たの?」と嬉しそうに話かけてきた、ゆきがうなずくと、少年は子供ながらに空とゆきに気を使い「僕もう帰るね」と帰って行った


 ゆき「空、ずっと捜してた」

 空「何で?」

 ゆき「ちゃんと、さよならしたくて…」


空はゆきの言葉に胸が詰まった


 ゆき「でも、やっぱり空に会ったら嬉しくて言えるかな…」

雨が降って二人は濡れたまま見つめ合う


 ゆき「6年前に何があったの?どうして私を避けるの?空を見上げる度、空を思い出した苦しくて切なくて、会いたかった、忘れた日なんて一度もない、ずっとずっと、大好きだった…でももう、昔の事、さような…」空はゆきを抱きしめた


 空「俺だって忘れる日なんかなかった、ゆきに会いたくて会いたくて、ずっと…ずっと…好きだった、愛してる」

抱きしめたままの空の言葉はゆきには聞こえない

空はゆきを自分の体からそっと離し、ゆきを見つめた

 空「もう、忘れるんだ、昔の事だ、さようなら」と手話をした

そう言って去ってゆく後ろ姿にゆきは、土砂降りの雨の音が聞こえたような気がした。

その様子を傘を持った膨太が見ていた、膨太は何もなかったようにゆきに傘をかざした。

 数日ゆきは元気がなかった〝昔の事だ…〟と空のセリフを思い出していた、そんなゆきの姿に膨太はゆきを厨房へ呼んだ


 膨太「ゆき、ちょっとおいで」と椅子に座らせた

膨太は真剣に強力粉と麦粉と材料を練り出した


 ゆき「新作のパン作り?ハスカップのパン作ったばかりだったよね?」

ゆきが話をかけても答えてはくれず、ただひたすら真剣にパン作りをしていた、そんな膨太をゆきは黙って見ていた、醗酵時間待ちになり膨太は真剣な顔で話した


 膨太「今から食パンを焼く、俺が唯一、親父の味を出せないパンだ」

 ゆき「食パン?」

 膨太「プラチナパンの食パンは耳があるのに無いのがが特徴だ、でもどうしても俺が焼くと耳ができてしまう、でも最近コツがつかめてきた、だから食べて欲しい」


醗酵が終わり、ぷっくりと膨らんだパン生地を焼いた、焼いてる間、膨太は真剣にかまどを見ていた


 膨太「俺さ、膨太って名前じゃん、俺が女だったら、小麦って名前になってたんだって、マジ勘弁だよなぁ、パン屋で小麦はないよなぁ」

膨太はかまどから焼きたてのパンをゆきの目の前に置いた

見た目は普通の食パンよりも白っぽく普通の食パンと変わらない

 膨太「食べてみて?」

ゆきは膨太が切り分けた熱々のパンを口にした


 ゆき「…何これ、美味しい、すっごく美味しい、耳がふわふわしてて優しい」


 膨太「雪みたいに白くて優しくて、ゆきみたいだろ?俺どうしてもこのパンだけは親父のレシピ見て何度も何度も作っても親父の味にはならなくてさ、それで何度も何度も作ってくうちに〝このパンを作れたら終わちゃうんだな、もう親父からは何も教えてもらえないんだな〟って思ってた自分に気付いたんだ、どっか、なんか寂しくて、でもゆきが来てから純粋にこのパンを早く焼けるようになって早く笑顔で食べさせたいって気持ちに変わってから、不思議と焼けるようになったんだ」


ゆきはまた、ぽろぽろと泣き出した


 膨太「また、泣いてるな、泣き虫だな」


 ゆき「私よく自分の気持ちがわからない、膨太はこうやってちゃんと自分の気持ちと向き合って頑張ってるのに。空を好きな気持ちは昔の事だったんだよね?6年想ってた人に再会したら〝あぁ、私がずっと会いたかった人だ〟って思った、なのにね空に手を伸ばせば伸ばす程、遠くへ行ってしまう、こんな事を膨太に言ってる自分は最低…」


 膨太「なんでだろうな。届かない気持ち分かるよ」


 ゆき「膨太、私ね一人で出かけたり空を捜してる時にね、次の日の晩ご飯の事考えてた、明日は膨太と何食べようとか、今頃なにしてるどろう?とか外食に誘ったら嬉しそうにしてるから、私の作るご飯に飽きちゃったかな?とか、彩乃さんが膨太に抱きついてる時に嫌だって思ったりパンを作ってるときの膨太の真剣な顔が好きだなって、空みたいに急に消えたらどうしよう、とか」


膨太はゆきを思わず抱きしめた、強く強く抱きしめた


 膨太「ゆき、いいか?自分が一人の時に、今頃何してるんだろうとか、自分以外の人と抱き合ってる所を見て嫌だって思う気持ちを〝恋〟っていうんだよ」

 ゆき「…でも、私怖い…」

 膨太「俺は消えたりしない、いなくなったりもしないから、泣かせないから傍にいるから」

膨太とゆきは見つめ合い触れれば割れてしまうシャボン玉に触れるかのように、優しくキスをした

 膨太「結婚しよう」膨太はゆきの前にひざまずいた


 膨太「何があっても、どんな時でも守るから、俺のパートさんから俺のパートナーになって下さい、結婚してください」

 ゆき「…でも私」

 膨太「必ず幸せにする、空の事忘れなくてもいい、俺はゆきの傍でずっとパンを作って可愛い子供も作って笑ったり泣いたりして優しい家庭を作りたい」

 ゆき「…私、普通の人と違うんだよ、耳だって聞こえない、心の何処かで空を想ってるかもしれない」

 膨太「俺の気持ちは聞こえるだろう?ゆきが普通じゃないなら、他の奴を想ってる女にプロポーズする俺はもっと普通じゃない」

 ゆき「時間をくれる?」

 膨太「もちろんだ」


 その日の夜ゆきは、膨太の真っ直ぐな気持ちに幸せな気持ちになった、何より、自分が知らない間に膨太に恋をしてた気持ちの気付いたのだった、いつでも膨太が傍にいてくれた

季節の変わる音がした。


 その日の夜、膨太が部屋の窓を閉めようとふと外を見ると店の前には空が立っていた

 空「飲みに付き合ってくれないかな?」と手話した

 膨太「親友の誘いは断れないな」と手話をして笑った

膨太はゆきにバレないようにこっそり家を出た、膨太と空は小さな居酒屋に入り、自然と空白の6年間を互いに語り出した


 膨太「空が転校してから俺は大学に入って頑張って勉強しまくってさ、教員免許取ったんだぜ」

 空「先生になるの夢だったもんな」


 膨太「でさぁ、就職先の小学校も決まってバカみたいに浮かれてさ、俺さ、お祝いだって彩乃や友達と酔いつぶれて歩いてたら道路に飛び出しちまって車にひかれてさ、そのまま救急車で運ばれて結局はかすり傷だった、彩乃や友達も焦って親に連絡して、慌てた親父とお袋が病院に向かう途中で事故で死んだ、俺のせいで」


 空「膨太…だからパン屋継いだのか」


 膨太「誰もいない家にパンの香りだけは残ってて、この香りを守りたいって思った。で、お前はどんな辛い事があったんだ?」


 空「親父が死んで爺ちゃんがいる北海道に行く事になっただろ、友達もいない所で正直少し不安だった、しかも転校先が爺ちゃんちから近いって理由で聾学校でさ、俺は耳聞こえるんだぞって思った、まぁ少しだからいいやって、教室に投げやりな気持ちで入ったら、可愛い女の子がいてさ、その子と話がしたくて放課後に毎日手話を教えてもらって、俺はその子に恋をした。ずっと一緒にいつたいって思った…初恋だった」


 膨太「お前の初恋相手がうちで働いてる」


 空「ゆきが膨太の家から出てくるのを見て正直かなり驚いたよ」


 膨太「6年前、何があった?」


 空「卒業間近のある日、母親が俺を訪ねに北海道まで来たんだ、4歳の頃から会ってない母親が、空には弟がいるから助けて欲しいって言うんだ、意味が分からなかったよ、聞けば俺の母親が大学生の頃、大学の学費を稼ぐ為にホステスをしてた時に、こういう世界の男、今の父親に気にいられて母さんにかなり入れ込んだらしく、抵抗できないまま、母さんは関係をもって俺を妊娠した、当時お袋には同じ大学に通う恋人がいた、それが死んだ親父だ、お袋は腹の中の子の父親がどちらか分からず悩んだ末に恋人だった親父に全てを打ち明けて二人は逃げるように大学も辞め、二人でこっそりと暮らし始めた、そして俺が産まれて4年が経った頃、今の父親に見つかってしまって、かなり金も借りてたらしくてさ、子供の俺の事だけは必死で隠そうと、お袋は親父に俺を託して親父と別れた、借金の肩代わりに今の父親と結婚した、そして9ヶ月後弟が産まれた、母親はこの世界に入り新しい夫も、弟が自分たちの子だと信じて疑わなかった」

 膨太「でも、実は弟は死んだ親父さんの子だったとか?」

 空「6年前に弟の星が白血病で入院して、俺の骨髄が星の骨髄と一致するか検査を受ける為、東京へ行った、病院のベッドで横たわる初めてみる弟は親父にそっくりで助けなきゃって思ったよ、だけど骨髄は適合しなかった、それで俺は北海道に帰る予定だったが、俺の血液型がABrhマイナス型と知った今の父親の血液型も

ABrhマイナス型だった、この事がきっかけで親子関係の鑑定をしたらしく、星は自分の子じゃないと知り、俺が本当の子だと知った今の父親は俺を帰してはくれなかった、この世界で産まれて生活してたのは俺だったんだって思ったよ、だからこの世界で生きてゆく事を決めたんだ、だから北海道には帰れなかった、大切な人達は俺の人生に関わってはならないと思った」


話を聞き、頭を掻きむしる膨太


 膨太「散歩でもするか…」


二人は居酒屋を出て歩いた、公園のベンチには誰かが忘れて行った野球ボールとグローブがあった


 膨太「久しぶりにやろうぜ?」


二人はキャッチボールを始めた


 膨太「こうやって投げ合ってた頃は良かったよなぁ」

 空「部活が終わって膨太んちのパンを食べに行くのが楽しみだったぁ」


 膨太「俺、お前に話があるー」


 空「俺も、お前に話があるー」


 膨太「俺、ゆきにプロポーズしたぁ」


 空「返事はー?」


 膨太「まだだぁー」


 空「俺さ、多分死ぬんだー」


 膨太「冗談キツいし笑えないぞー」


 空「俺、血液の癌になっちまったー」

膨太は空から投げられたボールをキャッチ出来なかった


 空「膨太に、頼みがあるんだ、ゆきを幸せにしてやって欲しい」

 膨太「あたり前だろ」

 空「俺の死ぬ前の望み聞いてくれないか?」

 膨太「なんなりと」

 空「ゆきを、一日だけ俺の奥さんにしてくれないか?」

 膨太「断るー、でもお前が死ぬ一日くらい前なら付き添わせてやるー」

 空「もういちど抱きしめたいんだ」

 膨太「一日だけだぞ」

 空「抱きしめるだけじゃ済まなかったら?」

 膨太「それでも、ゆきは俺の嫁さんだ、まだ返事もらってないけどな」

 空「膨太、ありがとうな、生まれ変わっても友達として出会いたい」

 膨太「親友の命かけた頼みは断れないからな、それにちゃんと病院行けよ?」


二人は最後の約束をしてその場で別れた


 すっかり帰りが遅くなった膨太はこっそりと家に入ると、ゆきは部屋で眠っていた、膨太は眠っているゆきに「ただいま」と言って 空と自分の気持ちをしっかりと受け止めた。


 翌朝ゆきと膨太はいつもと変わらず小麦粉を練りパンを焼き、いつもと変わらない日の一日だった

 ゆき「昨日は夜中にどこへ行ってたの?」

 膨太「あれ?あの…そうだな、夜空の散歩ですな」

 ゆき「通りでお酒臭い訳ね」

 膨太「たまには飲もうかなぁってそんな夜もあると言うか…なんと言うか…」

 ゆき「ふぅん、私には携帯電話持って歩けって言うのに膨太も不携帯じゃない」

 膨太「わりぃ、ゆき寝てると思ってさ、あははは。…ごめんなさい」

 ゆき「心配だなぁ 夜にこっそり家を出て、お酒臭いまま仕事して、私こんな人の奥さんになるのね、大丈夫かしら?」

 膨太「すいませんでし…うん?今、こんな人の奥さんにって言わなかったか?」

 ゆき「これからも、宜しくお願いします」

 膨太「よろしくです…うん?」

 ゆき「私、膨太の奥さんになる…なりたい」

 膨太「えっ!えぇえ! やっっったぁぁぁぁ!」

ゆきは膨太と人生をともにする事を決めたのだった。


 そしてその日の夜、暖かな小さな灯りの中、ゆきと膨太は優しく抱き合い優しく口づけを交わし、手探りで互いの服を脱がせた

 膨太「いいのか?」

 ゆき「うん、少し怖いけど」と少し震えるゆきを膨太は真っ直ぐに見つめた

 膨太「ゆき、愛してる」

そして膨太はゆきに優しく口づけをし、徐々に舌を絡ませ緊張で固まっているゆきの体をほぐすようにキスをした、首筋、肩、腕、胸、腹、へそ、太もも、そして恥じらうゆきの足を優しく開き優しく吸い付きゆきは思わず声をあげた。

 ゆきは優しく震えてた

 膨太「ゆき、大丈夫か?」ゆきは小さくうなずいた

 膨太「痛かったら言ってな?俺も初めてだから…」

そして二人は優しく優しく心も体も結ばれた。


 明け方、膨太は電話の音で目が覚めた、まだ眠るゆきを膨太は慌てて起こした。


 膨太「ゆき、ゆきのお母さんから電話があった、空のお爺さんが亡くなった、すぐに北海道に行く準備しろ」

 ゆき「えっ…」

 膨太「空には必ず俺が伝えるからいいな?」

ゆきは朝一番の便で北海道へ向かった

膨太は店を急遽、定休日にして空を捜し回った


〝もうすぐ昼か…どこにいるんだよ…あっ〟


膨太は都内にある総合病院の血液内科を回り、3件目の病院で空を見つけた


 空「膨太…どうして?」

空は弟の星に手を引かれまさに入院する直然だった

 膨太「一日でいいから入院するの待ってくれないかな?」

 星「何言ってるんだ、入院を拒み続ける兄さんをやっとここに連れてきたんだ、もう一人では出歩かせない」

 膨太「お前が星か…親父さんそっくりだな…空いいか、今すぐ北海道へ行ってこい…お前の爺ちゃんが亡くなった」

 空「えっ…」

 膨太「今から行けば夜には着くだろう、お前…死ぬ前に行けよ、ゆきも行った…

約束果たしてこいよ」

 空「膨太…ありがとう、星?、明日必ず病院に戻るから、兄さんの最後の頼み聞いてくれないか?」

星は大きなため息をついてから部下に電話をし、空を空港まで送るように指示をした


 星「病院の前に車来るから乗って?チケットもなんとかして取らせるよ、だから後悔しないようにね、兄さん…」

 空「星…ありがとうな、膨太も店休ませちまったな、ありがとう…」

空の目には今にも涙がこぼれてお落ちそうだった

 膨太「行けよ、こっちまで泣きそうになるだろ、急いでいって転ぶなよ…」

空は悲しみながら笑って膨太と星に、一礼して病院を飛び出して行った。




 風波商店ではゆきの両親や近所の人が、空に代わって通夜を手伝っていた、その日の夜は、ゆきは自分一人で線香晩をすると言って静かな風波商店でお爺ちゃんの前にちょこんと座り、お爺ちゃんとの思い出を思い出していた


 ゆき「お爺ちゃんに私、謝らなきゃいけない事があるの、この間北海道に帰って来た時、私、東京で空に会った事、お爺ちゃんに何でだか言わなかったの、ごめんね。

空はちゃんと大人になって元気だったよ、今になって言ってごめんね…」

ゆきは一人手話で遺体のお爺ちゃんに話かけ、泣いた。

すると部屋のふすまが開いた


 ゆき「…空…」

空は静かにお爺ちゃんの肩に手をあて顔をさすった


 空「爺ちゃん、ごめんな。爺ちゃん、ごめんな。ごめん、一人で逝かせちまって。

爺ちゃん、爺ちゃん、爺ちゃん…ごめん、ごめん…」と泣き崩れた

ゆきはその場を離れて、空とお爺ちゃんを二人きりにした。

ゆきは6年前に空が使っていた部屋に入った、部屋は6年前に空が使っていた状態そのままだった、〝いつでも帰って来い〟と言ってた言葉にお爺ちゃんもまた空の帰りをずっと心配して待ち続けていたのだろう、しばらくすると部屋に空が入ってきた、空は部屋を見て鼻で笑った


 空「まるであの日のままだ…」


 ゆき「お爺ちゃん、空が来て喜んでるよ、きっと。じゃなくて、絶対。」


空は机の引き出しから一冊のノートを出した


 空「これ何か分かる?」


 ゆき「何?」

空は古びたノートを開いた、そこには空が手話を覚える為に記された手書きのノートと日記だった


 9月3日 今日初めて手話を教えてもらった。〝こんにちわ〟と〝ありがとう〟

ゆきの手が小さくて可愛かった。その日帰った後も爺ちゃんも手話が出来るから教えてもらった、爺ちゃんの手は大きくてしゅわしゅわだった、しゅわ手話だ。

 ゆきはノートをみて笑った、空は照れくさそうにして飲み物とってくると言って部屋をでた、ゆきは毎日記されたノートを読んだ

 11月8日 ゆきにキスをした、ドキドキした、ちゃんとできたかな、かっこ悪かったかな。家に帰ってもキスを思い出して爺ちゃんの顔を真面に見れなかった。

 11月10日 ゆきは風邪で学校を休んだ 心配だ、そうだっ、今からゆきの風邪をもらいに行こう!

 11月10日 日記続き。 ゆきに告白をした、ゆきも好きと言ってくれた、

ヤッター、


11月11日 本当にゆきの風邪をもらっちまった。ゆきが、うちまでお見舞いに来てくれた、寝たら熱が下がる俺は単純な奴だ。

 今日、店に母親が来た、14年ぶりの再会は辛かった、聞けば俺には弟がいるらしい、親父とお袋の子供で歳は5歳下、13歳だと言う…東京に行こうか迷ったけど、弟に会ってみたい、まだまだ楽しい事があるのに死なせるのは嫌だ、俺が救えるなら少しの間東京に行こう、爺ちゃんも納得してくれた、明日ゆきをデートに誘おうと思う、映画何好きかなぁ


11月13日 ゆきと映画観へ行った、映画の内容はキスしてたから全然覚えていない、チケット買う時に雪の結晶のキーホルダーを見つけて買った、帰りにゆきに渡そうと思った。映画の終わりに春ちゃんの家の喫茶店へ行った、オムライスは俺にとって初めてのデートの味になった、別れぎわ、ゆきにキーホルダーを渡した、

何となく、もう会えない気持ちになった、卒業して大人になったら…

ゆきと結婚したい、そう思った。

 そのページを最後に日記は白紙だった、ゆきはノートを優しくなでた、空が部屋に戻って来た


 空「全部読んだ?何書いたか覚えてないけど、手話頑張って覚えたのがわかるだろう?」

 ゆき「初めのほうは分かるけど、ほとんど日記だったよ」

 空「あれ、そうだったかな」と二人は床に座り日記を読み返して笑った


 ゆき「6年前に何があったの?」


空は、6年前の全てゆきにを話した


 ゆき「そうだったんだ、そうだったんだ…空、辛かったでしょう、優しいから」

空はゆきにキスをした

 空「俺、ゆきの唇を読もうとしたらキスしたくなった」

その台詞は6年前、木の下で初めて二人がキスした日に空が言った台詞だった

 空「ごめんな、約束守れなくて、ゆきを忘れた日はなかったよ、ずっとずっと

好きだった」とゆきを抱きしめた、ゆきは空の折れそうなくらい細い体と体の首や腕に妙なアザがあるのに気付いた

 ゆき「空?体、大丈夫?凄く痩せたんじゃない? …アザもどうしたの?」

 空「俺、多分そんな長くないうちに爺ちゃんの所に行くんだ」

 ゆき「えっ?」

 空「俺、癌なんだ」

 ゆき「ちゃんと治療すれば治るんでしょ?」

 空「どうかな…俺の血さ、ABrhマイナスっていって珍しいらしい」

ゆきは呆然と空を見つめた


 空「ゆき?膨太と幸せになるんだぞ、それが俺の願いだ、ゆきの夢だった暖かくて優しい家庭を手にするんだ」

ゆきは目にいっぱい涙を浮かべた


 空「ゆき、俺はもうゆきに会えない、俺にとってゆきに出会えた事は何よりの幸せだった、生まれ変わったら今度は俺と結婚しよな」


ゆきはただ、ぽろぽろと泣きだした


 空「ゆきのその涙を笑顔に変えてくれる人と幸せになるんだ」


 ゆき「死なないでよ…」


 空「最後にゆきを抱きたい、今夜だけゆきを奥さんにいたい」

ゆきと空は静かに抱き合い、そのまま床に倒れ壊れそうな思いで体を結んだ、それは〝届かぬ愛〟そのものだった。


 ゆきが目を覚ますと空はいなかった、ゆきは涙がとまらなかった。


 葬儀には空の姿は無く、ゆきは実家で暗い顔でたたずんでいた、膨太を裏切ってしまった気持ちで八切れそうでなかなか東京へは帰れないでいた、ゆきの両親もそんなゆきの姿を心配していた、もう北海道へきて一週間が過ぎていた、ゆきの母は

「東京へ帰らなくてもいいの?膨太さんが毎日電話くれてるわよ…」と言った

 ゆき「うん、帰らなきゃね…」と、ゆきの実家のチャイムが鳴り、ゆきの母が玄関に行って、戻ってくると膨太がスーツに菓子折りを持って立っていた


 ゆき「膨太どうして…」

ゆきの父も久しぶりの膨太に驚いた


 膨太「今日は娘さんとの結婚を許して頂く為に挨拶に来ました」

とゆきの両親に頭を下げた、突然の挨拶に両親は驚く

 膨太「ゆきさんからはもう返事をもらっています、何があっても幸せにします、む、む、娘さんをぼぼ僕に下さい!」 


その日の夜、膨太と両親はゆきの小さい頃の話に花を咲かせたり東京でのゆきとの出会いやらを話して盛り上がり膨太とゆきの父は飲んで居間で寝ていた

ゆきの母はゆきがマリッジブルーなんだと思い

「膨太さんなら必ずゆきを幸せにしてくれるわ」と真っ直ぐゆきを見た。


翌日、膨太とゆきは東京へ帰る為、空港にいた。膨太はいつもより元気がなく感じた


 ゆき「膨太、疲れちゃった?お父さんの相手大変だったでしょう。」


 膨太「うんうん、楽しかった、家族っていいなって思ったよ、それにゆきの顔も久しぶりに見れたから何だか安心した」


 ゆき「膨太、私、東京へは帰れない…」


 膨太「またまた、どうしてだ?」


 ゆき「話さなきゃならない事があるの」


 膨太「実は耳が聞こえます、ってか」


 ゆき「ちがう、ごめんなさい」


 膨太「結婚しないって言うなら聞かないぞ」


 ゆき「私、膨太の奥さんにはなれない、なる資格ない、私…空のお爺ちゃんが亡くなった日、空と…」

膨太は話かけのゆきの手を取った


 膨太「言わなくていいから、いいから。」


 ゆき「私は膨太を裏切った」


 膨太「だとしても、結婚する前の事だろ、これから俺とゆきは夫婦になる、家族になる、それでいいじゃないか?愛してるから、最初ゆきがパジャマで来た日、泣いてた日、この子の事を知りたいと思ったら毎日毎日楽しかった、ゆきに好きな人がいるって知った日、それが親友の空だったって知った日、それでもゆきの事が好きな気持ちは変わらなかった、俺はゆきを愛してる」


 ゆき「どうして、そんなに想ってくれるの?」

 膨太「知りたい気持ちが恋になり、許し合って愛になる、帰ろう?」


 ゆき「うん…」

首を横に振りながら泣き続けるゆきを膨太は抱き寄せた


 膨太「困ったな…」

膨太はゆきを抱きしめたまま、力いっぱいに叫んだ


 膨太「ゆき、愛してるーゆきーゆきー」

空港の人はちらちら膨太を見た、繰り返し叫び続ける息づかいにゆきは膨太の顔を見た


 膨太「ゆきー愛してるー、聞こえただろ、ふぅ、ゆきが俺への気持ちを持ったまま北海道にいるなら連れて帰る、俺への気持ちがないのならこのまま無理に東京へは帰さない」


 ゆき「膨太を好きだし、愛してるから辛いの、私、膨太を傷つけた、帰る資格ない」


 膨太「良かった、愛してるんだ…帰る資格ってなんだ?俺たちには時間が沢山ある、必ず、幸せになれる時間がな」

ゆきの手を取り、二人はキスをした、空港では二人のやり取りを見てた人たちが拍手をした。

 膨太「帰るぞ」

 ゆき「うん」

 膨太「やっと、うなずいたか…困った未来の奥さんだな」


ゆきは膨太の深い愛に包まれる音が聞こえた

そして二人は東京へ帰った。




 いつもと変わらない日々が始まったある日、プラチナに星がやって来た


 ゆき「星君…」


 星「今日、兄貴が死にました」


ゆきは星が何を言っているのか理解できず、目をぼんやりとさせたまま作り笑顔をし手話で「嘘」と何度もするが星にはゆきが何を言ってるか分からない…星は空が書いた手紙をゆきに渡し、一礼して店を出て行った、震える手でゆきは手紙を開けると間違いなく空の字だった。




 ゆきへ

 この手紙を読んでいる頃には俺はもう、死んでるな

 あの日、6年ぶりに会って嬉しかったのは俺の方なのに、ゆきにそっけなくして、 沢山泣かせてごめんな、ゆきを俺の人生に巻き込む理由なんてどこにもなかった

 ゆきには必ず幸せになって欲しい。

 膨太は世界一ゆきを幸せにしてくれる男だからな

 最後に伝えたいのは、俺にとって塚本ゆきは最愛の人でした。

 ありがとう。  風波空。




 ゆきはその場で「あぁぁぁー」と声を出し我を忘れて泣き崩れた、その声を聞き膨太は慌てて厨房から出てきて、ゆきの姿を見てすぐに駆け寄り声を出して泣き叫ぶゆきを抱きしめ落ち着かせようとした


 膨太「ゆき、どうした?もう大丈夫だ、俺がいるから、大丈夫大丈夫」

ゆきの背中をさする


 膨太「一体、何があった?」

 ゆき「空が…死んだ」

 膨太「えっ」


星がゆきに渡した手紙は二通あり、一通は膨太に宛てたものだった、ゆきは視点を合わせないまま手に持っていた膨太宛ての手紙を膨太に差し出した


 膨太「これ、どうしたんだ?」

ゆきは何も答えない、膨太は手紙を開けた




 膨太へ

 これを読んでるって事は、俺はもうこの世にはいないみたいだ

 最後に自分勝手な頼みを聞いてくれて本当にありがとう

 生まれ変わってもまた、親友になりたい、そしたらまたキャッチボールしような

 膨太、ごめんな。俺、グローブ借りっ放しで返してなかった、弟にこの手紙と

 一緒に持たせるよ

 ゆきと一緒に幸せになってくれよ。  じゃぁな。    風波空


 膨太は手紙を読みながら顔色がみるみる変わっていった

 膨太「ゆき、この手紙は空の弟が持って来たんだな?」

ゆきはうつむきうなずいた

膨太はすぐに店を出て星を捜すが姿はなく、店の前には子供の頃に使っていたグローブが置いてあった

 膨太「マジかよ、マジかよ!」と膨太は叫んだ。






星はプラチナを出た後、ある病院の一室にいた


 星「兄さん、手紙渡してきたよ」

 空「サンキューな」

 星「なんでまだ死ぬか分からないのに…」

 空「もう…な」

 星「どうせなら、死んでから渡せば良かったんじゃない?」

 空「ゆきが、膨太と一緒になってくれなきゃ俺、死んでも死ねないから」

 星「兄さん、必ず助かるよ」



空は膨太とゆきの幸せを願い目を瞑るのだった。

最終章 プラチナ

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