第三章 北海道へ
老人ホームで利用者の物が無くなる事件が発生し犯人は、ゆきだと疑われる
落ち込む雪の前に1人の耳が不自由な少年が現れるが
空との接点に気がつく雪...
一方でパン屋の店長は突然倒れてしまう...
東京での時間は無常にも過ぎ、ゆきは北海道へ帰る日が迫っていた。
空港行きのバスの中でゆきはこの半年を思い出していた〝来て良かった…かな〟
空港に着くと飛行機が飛ぶまでの間、ロビーの椅子に座り膨太がパンを沢山持たせてくれた中に手紙が。
機内で読もうと立ち上がり搭乗しようとした時、ゆきの背中に何かが当たった
〝パン?〟
そこには息を切らして走ってきた膨太がいた
ゆき「膨太!何してるの?店は?」
膨太「お前さ、何で聞かないの?」
ゆき「何か忘れ物しちゃった?」
膨太「そうじゃなくて、…このまま帰っても同じじゃんか、どうして相手の気持ち聞かない? お前は言わなかったけどホームでされた事、本人に何でって聞いたか?空がどうして連絡せずに東京にいたか、空に聞いたか?じゃあ、何で俺は店放り投げてここへ来たとか、一つくらい聞けよ、じゃなきゃ、ずっとずっとあやふやなままだろ」
ゆき「…私は声すら聞こえない、膨太の声も聞こえない、声を出して呼び止める事も出来ない、だから相手の気持ちまで聞こうとする事はできない」
膨太「できるさ、俺もゆきを呼び止める事はできない、おれの声が分からなくてもゆきが相手を知りたいと思うなら聞いていいと思う」
ゆき「膨太はどうして…ここへ来たの?」
膨太「やっと、聞いたな…今から俺も一緒に北海道に行く」
ゆき「えっ?」
膨太「お前さ、さっき言ったよな、いつでも来いって」
ゆき「だって、チケットは?」
膨太「買った、てか、たまたま買えた」
ゆき「来てどうするの?」
膨太「プラチナパンにはお前が必要だって、ゆきのご両親に話して納得してくれたら、お前…ゆきを東京へ連れて帰る一緒に住もう」
ゆき「めちゃくちゃじゃない?」
膨太「ゆきが本当にこのまま帰りたいなら引き止めない、でも、空への気持ち持ったまま北海道へ帰るなら俺はゆきを連れて帰る」
するとCAが「…お客様乗りますか?」膨太はゆきの手をとって飛行機に乗った。
膨太「1時間半くらいで北海道に着く、その間に北海道で暮らすか、答えが出るまで東京で過ごすか決めてくれ」
膨太はゆきと離れた席に座った。
ゆきは膨太が言った台詞を思い出していた。
〝空への気持ち持ったまま帰る〟
そうして何気なくパンの袋に入っていた膨太からの手紙をゆきは開いた。
手紙には色鉛筆で綺麗な水色に一面、塗られていた。
手紙の裏には一言「そらいろ」と書かれていた。
飛行機を降り空港へ着いたゆきと膨太、二人はロビーで少し離れた場所から互いを見つめていた。
膨太「答えは出たか?俺はこのまま帰った方がいいかな?」
ゆき「…膨太、手紙ありがとう…私…やっぱりね…まだ北海道には帰りたくない、ちゃんと空に気持ち伝えたい」
膨太はため息をつきながら安心した顔をで、ゆっくりと歩いて来てゆきの頭を〝ぽん〟となでた。
二人はバスに乗り、ゆきの実家へ向かった、膨太は何処かソワソワしている、ゆきは久しぶりの我が家に何だか安心しながら家のチャイムを鳴らした。
ゆき「ただいま」
玄関にはゆきの帰りを楽しみに待っていた両親が満面の笑みで待っていた
「おかえりゆき、早く上がりなさい?どうしたの?ずっと突っ立って」
なかなか、家に入らないゆきに両親はゆきの手を引いた
ゆき「あのね、実は会わせたい人がいるの」とゆきは玄関のドアを開けた
膨太「畑中膨太です」とコック姿の見知らぬ男が現れてかなり驚くゆきの両親
とりあえず、ゆきと膨太は家に入り、ゆきの両親はさっきまでの満面の笑みは消え、ゆきの母は驚いた顔で、ゆきの父は少し怒った顔で何も言わないまま、四人はとりあえず居間のソファーに腰掛けた。
ゆきは東京での生活を両親に話をし、ゆきの話を聞くゆきの父はムスっとしながら
「ホームの仕事がない日にパン屋でパートをしてただって?それでどうしてパート先の店長さんが、わざわざ北海道まで来てくれたんだ、二人はそういう仲なのか?」
膨太「ち、ち違います、ゆきさんは老人ホーム以外でも自分にできる事や仕事がないかと、うちのパン屋に面接に来てくれました。…僕には耳が少しだけ不自由な親友がいます、そいつは口下手だけど、何をするのも一生懸命で、真っ直ぐで一緒にいるだけで力をもらえて、一緒にいると自分までそうなれるっていうか…僕はゆきさんといると同じ気持ちになれるんです、ゆきさんを僕の店で働く事を許してください」と膨太は頭を下げた。
ゆきの父は眉間にしわをよせながら「ゆきはパン屋で働きたいのか?」と不満げに聞いた
ゆき「私はずっとここで育って、ここの暮らししか知らなかった、耳が聞こえない事で自分に出来る事が何でも狭く感じていた、でもプラチナパンで働くようになって自分に少しだけ自信が持てたの、パン屋さんの仕事は想像より大変だけど、一生懸命気持ちを込めて作ったパンをお客さんが美味しそうに食べてくれるのが嬉しかった、私、北海道に帰っても今の仕事を辞めて調理の資格を取ろうとしてた、初めて自分でこうしたいって心から思えたの、だからもっとプラチナパンで働きたい」
膨太は心の中で〝ゆきはそんな事思ってたのか…〟と驚いた。
するとゆきの父は立ち上がり
「パン屋のパートだけの給料でどう暮らす?住む所はどうする?」と興奮しながら言った
ゆき「住み込みで働かせてくれるって…」
ゆきの父は拳を握りしめながら
「住み込みだって、二人でか?」と大きな声をあげた
膨太「約束します、ちゃんと給料も払いますので、ゆきさんを、娘さんを大切にしますので、どうかゆきさんを預からせてください」
と頭を下げる膨太とゆきを見て、ゆきの父は大きなため息をついて家の外へでた。
ゆきは父の後を追いかけた。
居間では少し気まずそうな膨太にゆきの母は
「畑中さん?って言ったかしら、ゆきが東京でお世話になりました、あの…もしかしたら畑中さん昔、北海道に住んでなったかしら?」
膨太「あの時は、本当にすいませんでした、ゆきさんの耳に唾をつけて、ちゃんと謝る事が出来ないまま東京へ引っ越してしまって…」
ゆきの母は笑いながら
「やっぱり、あの時の男の子、大きくなったわね、お父さんとお母さんはお元気?実家のパン屋を継ぐって引っ越して行ったのよね」
膨太「1年前に二人とも事故で亡くなりました」
ゆきの母は両手を口にあてて
「そうだったの、それでお店を…」
外ではゆきとゆきの父が話をしていた、ゆきの父は少し遠い目をしながら
「ゆき、覚えているか?お前が小さな頃クラスの男の子に唾をつけられて泣きながら幼稚園から帰って来た事があった、その小さな小さな姿を見てこの子を一生守るんだって父さんは心から思った、あれから二十年…ゆきはもう四歳の女の子じゃないんだな」
ゆき「お父さん…」
ゆきの父は少し寂しそうな笑顔で
「やりたい事を見つけたんだな、東京へ行きなさい、そしていつでも帰って来なさい」と言った
ゆき「ありがとう、お父さん、大好きだよ」
その日の夕方には膨太とゆきの父は酔っぱらったまま居間で寝てしまっていた
ゆきはすぐに春ちゃんに会いに出かけた、半年ぶりの喫茶黄色い尻尾の前でゆきはひと呼吸おいてドアを開けると、春ちゃんはゆきに気付き急いで駆け寄りゆきを抱きしめた
春「ゆき、会いたかった」と涙目になっていた
ゆき「私も春ちゃんに会いたかったよ」
二人は半年ぶりの再会にまるで何年も会っていなかったのように感動した、ゆきは東京での出来事、全てを春ちゃんに話した。
春「その中田さんて人は何がしたかったのかな…ゆき辛かったね…あとさ、」
春ちゃんは何かを聞きにくそうにしていた
ゆき「春ちゃん、どうしたの?何か言いたそうだよ?」
春「…ゆき、東京で風波君に会ったって今、言ってたけど…大丈夫だった?私ね、実はゆきが東京へ行く日にゆきを見送ったあと空港のテレビでね…風波君を見たの、何か昔とは違う感じというか…危ない感じに見えたけど、殴り合いの喧嘩で渋谷の街は一時騒然て…」ニュースだった」
ゆき「春ちゃん、実は私も話があって…私ね東京で空に会うなんて思ってなかった、でも空を見つけた瞬間、ずっと会いたいって思ってた人が目の前にいるって思った、でも6年前に何があったかは聞けなかった、だから空に会って聞きたいの、そしてまだ好きって気持ち伝えたい…だから、私まだ北海道へは帰れない、東京でしばらく暮らそうと思って、あとね、やりたい仕事が見つかって凄く楽しいの、まだ働きたいなって」
春「やりたい仕事ってパン屋さん?住む所や、こっちでの仕事はどうするの…? それに風波君に関わっても大丈夫なの?」
ゆき「こっちでの仕事は辞めるつもり、明日辞表を持って施設長に挨拶してくる、
住む所はパン屋さんの二階に住み込みで働かせてもらえる事になって」
春「二階建てのパン屋さんなの?」
ゆき「…実はパン屋さんのオーナーの家なの」
春「えっ!それって同棲じゃない、ゆきのお父さんは良いって言ったの?」
ゆき「実は今日パン屋さんのオーナーも一緒に北海道に来てくれて両親を説得してくれたの」
春「なんか凄い展開だけど、つまりゆきは本当に東京で暮らすのね…」と寂しそうな顔をした
ゆき「どうしても、東京へ行く前に春ちゃんに伝えたくて今日、会いに来たの」
春「いつ、行くの?」
ゆき「明日帰ろうかなって」
春「ゆきをここまで突き動かすのは風波君のせいね…」春はゆきを抱きしめた。
春「ちゃんと自分の気持ちに答えを出してきてね、どんなに離れていても親友だから」ゆきは何だか涙が出てきて、気付けば春ちゃんも泣いていた。
翌朝ゆきは、かつての職場に行き、施設長に事情を話、辞表を出した、施設長はとても残念そうにしたが、ゆきがパン屋さんで働きたい気持ちを理解し、もしまた北海道へ帰ってき来てまた働きたくなったらいつでも歓迎すると言って送り出してくれた。
そしてゆきにはもう一人会わなくてはならない人に会いに行った。
そこはいつもと変わらず、空のお爺ちゃんがいてくれる風波商店だ、ゆきは店の中に入ると、空のお爺ちゃんは驚き喜んだ表情で「おかえり」と言ってくれた。
ゆきはお爺ちゃんを見て安心した
「東京はどうだった?」とお爺ちゃんはお茶を出してくれた
ゆきは東京での出来事や介護の仕事の他にもパン屋さんでパートをしてた事、またそこで働きに東京へ帰る事も話したが、空に会った事を言えずにいた、言えば空のお爺ちゃんが何故だか悲しむような気がした
帰り際にお爺ちゃんはゆきに
「もし空に会ったら、いつでも帰ってこいと爺ちゃんが言ってたと伝えておくれ」と。
ゆきは胸が熱くなった。
ゆきは涙がこぼれ落ちそうなのをこらえて笑顔で風波商店を後にした。
家に帰ると膨太はパンを焼いていた、ゆきの両親はすっかり膨太と仲良くなっていた。夕方、ゆきと膨太は空港までゆきの両親に送ってもらい、膨太はハスカップのジャムを信じられないくらい大量に買って新作のパンに使うと張り切っていた
膨太「突然来てお世話になりました、ありがとうございました」
ゆきの両親に挨拶をする。
ゆきの父は「ゆき、いつでも帰ってきなさい」と突然泣き出した
ゆき「お父さん、お嫁に行く訳じゃないんだから、泣かないで?」
ゆきの母は笑いながら
「大丈夫よ、またね、頑張るのよ。膨ちゃんゆきを宜しくお願いします」と言って膨太とゆきは、「はい」と心を込めて言い、飛行機に乗った。
機内ではゆきが不思議そうな顔をして膨太を見ていた
ゆき「そういえば、お母さん膨太の事、膨ちゃんて言ってなかった?」
膨太「うん、ゆきのお母さんに会うの初めてじゃないからな」
ゆき「えっ?」
膨太「俺さ、子供の頃クラスにいる初恋の女の子と話がしたくて、その子いくら話かけても振り向いてくれなくてさ、その子の耳に唾つけたんだ」
ゆき「…その話って…えっえぇぇ…もしかして」
膨太「やっぱり気付いてなかった?」
ゆき「私、幼稚園の頃に耳に唾をつけられて、その子はうちまでご両親と一緒に謝りに来てくれたんだけど、確か引っ越しちゃって名前も分からないままで…」
膨太「そうそう、あの時は母ちゃんに、すっごい怒られてさ、ゆきちゃんは泣いたまま俺に会ってもくれなかった…あの時は本当にごめんなさい!」
ゆき「膨太らしい」とゆきは大笑いした
膨太「俺、面接に来た時からゆきの事気付いてた」
ゆき「どうして言ってくれなかったの?」
膨太「何でだろう、何となく言えなかった」
ゆき「でも、あれは私の耳が聞こえるようにってしてくれた事でしょう、あの時はびっくりして泣いちゃったけど、でも初恋が私だったの?」と言ってゆきはまた大笑いした
膨太はそんなゆきを見て何だか照れくさくなった。
小さな恋のはじまりが降り始めたのだった。
第四章 前を向く、雨