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最終話


 失敗したわ。

 まさか地下通路の途中で道が埋もれるなんて……。

 吹雪は止んでいたけれど、雪の中を歩くのは現実的じゃないわ。春までどこかの街に身を隠しつつ、住みこみで働かせてもらうのが現実的よね。


 とりあえず地上は寒いので、地下通路まで戻った。ランプの明かりを消さないでおいてよかったわ。地図を取り出して現在地を計算する。こういう時のために移動しつつ、印を付けておいて良かった。


「んー、半日以上かかってここまで来たから、一番近い街は……」

「ルルチカが近いな。街は小さいが温泉地でもある」

「へえー、温泉か。せっかくだから寄り道するのもありかも」

「随分と余裕だな。追っ手が来るとは思わないのか」


 印を付けつつ、思わず笑ってしまった。


「ないない。だってリクハルド様がほしかったのは聖女の純潔であって、私じゃないもの」

「それを俺に聞いたか」

「聞かなくても──」


 そこで自分が会話している相手が誰なのかと疑問を抱く。時々、妖精や精霊が話しかけてきたので、今回もそうだと思ってしまった。

 でも、今の声は──。

 振り返るのが怖い。なによりどうして追いかけて来たのか。

 王城にあるものは、何も持ってこなかった。今の装備はもともと私が自国に持ち込んだもので、地図も自分で書き写したものだ。

 それとも聖女を逃がしたとあれば、国として問題を問われるのだろうか。振り返ることができず、口を開けて喋ろうとするが声にならない。


「俺は聖女だから妻にしたいと思ったわけじゃない。そう最初に言ったはずだ」

「……」

「手紙だけ残して、お前の顔を見ずに何日も戻らなかったのは悪かった。……少しでもお前と会ったら、箍が外れて抱き潰しそうだったから」

「……」

「俺は王族だが、王弟(ローラン)の影武者をしていた。お前と結婚に当たって、その影武者の役を引き継いでいて……それでお前と時間をとれなかった。すまない」


 声が出ない。

 頭が上手く回っていなくて、リクハルド様が何か言っているのがぼんやりと聞こえる。迎えに、追いかけて来てくれた?

 嘘? 本当の目的は?

 聖女を廃するって言っていたのだから、まだ私に使い道が──。


「キャロライン」

「──っ」


 後から抱きしめられて、その温もりに涙が溢れた。ぐいっと引き寄せられてリクハルド様と目が合う。


「え」


 リクハルド様の瞳から一筋の涙が流れ落ちるのが見えた。ぎゅうぎゅうに抱きしめられて彼の温かさに凍えた体が溶かされていく。


「俺を置いて何処に行くつもりだったんだ? 傍にいると言ってくれたじゃないか」

「リクハルド様……」

「頼むから俺の隣に居てくれないか。お前がいないと駄目なんだ」


 抱きしめる腕の中は温かくて、心が体が溶けてしまいそう。

 本当に、ただのキャロラインを求めて?

 それとも何か企んでいる?

 ああ、だめだ。わからない。


「キャロライン」


 真っ直ぐに私を求める眼差しに、心臓を射抜かれる。この大きな獣に、丸ごと奪われそう。怖いと思う反面、この人に求められていることが嬉しくて堪らない。


「愛している。どうか俺の手を掴んでくれ」

「──っ、私が隣にいても……良いのですか?」


 喉がカラカラで上手く声がでない。でももし叶うのなら、リクハルド様の傍にいたい。

 何も持っていないけれど、それでも傍にいて良いのなら──。


「居てくれないと困る。俺の髪も、瞳も、全部お前が綺麗だと言ってくれたから、受け入れることができた。お前の底抜けの明るさが、俺に取り憑いていた全てを消し去ってくれたんだ」

「前々から思っていたけれど……リクハルド様は大袈裟な気がする」

「そんなことない。お前が家に居なかったとき、世界で一人ぼっちになった気がして、しばらく息ができなかった」

「私も……家にリクハルド様がいないと、世界に一人ぼっちになった気分だったわ」

「悪かった。……キャロライン、俺の妻になってくれるか?」

「身分差の恋だけど?」

「《青き(ルラキ)乙女(ウィルゴ)》となら釣り合いも取れるだろうし、俺は王族に戻るつもりはない。黒の騎士団の団長として生きるつもりだ」

「……それなら、薬を調合する人が傍にいたほうがいいですよね」

「ああ、お前が必要不可欠だ」


 涙が止まらない。嬉しくて、夢みたいでドキドキする。


「私、自国に戻らなくてもいいの?」

「その辺の問題も全部、片付けてある。春の女神も聖女に依存した国のあり方に悩まれていた。だからこそ最後の聖女を神に捧げるか、王家の妻にするか見定めていた。俺はお前と過ごして、これからも一緒に暮らしていきたい。それが俺の我が儘な願いだ」

「私もあの家で……春も、秋も、長い冬も……一緒に暮らしたい」

「決まりだな」


 リクハルド様は私を抱き上げたまま、地上に出た。少しヒンヤリとした空気が頬を叩く。

 雪が白銀のように美しく、雪景色がどこまでも広がっていた。

 先ほどと同じ光景なはずなのに、まったく違って見えるのは──リクハルド様と一緒だから?


「帰るか」

「うん」


 そう言いながら温泉地で羽根を伸ばして、王城に戻ったのはそれから三日後だった。すでにエルノはおらず、パーティーも終わってしまって、雪解けが近づいていた。

 聖法国では聖女を廃して、今後は貿易の中心国として発展を告げると発表され、すでに舗装工事など取りかかっているとか。

 森を散策しながら私とリクハルド様は、今日も薬草を摘みに出かけていた。しばらく黒の騎士団の出番はないとかで、みな里帰りしているという。だから姿を見なかったのね。


「あ、珍しい霊薬が!」

「それは煎じると何になるんだ?」

「ふふふ、媚薬になります! いい収入源になりますね!」

「却下だ」

「ええ!?」


 リクハルド様が私を抱き上げて走り出した。そっちには何もないのに!


「ちょ、リクハルド様! 媚薬といってもあれです合法的な──」

「それどころじゃない。雪白熊だ」

「え」

「俺一人ならいいが、アレは群れで移動する」


 ゾッとしてリクハルド様の首に手を回してしがみつく。こっちは必死なのに、リクハルド様はどこか楽しそうだ。黒の騎士服に黒マントが悔しいけれど似合っている。


「そうやってずっと俺に引っ付いていれば良いのにな」

「リクハルド様、笑ってないで真剣に逃げてください!」


 これが今の私たちの日常。

 聖女のキセキは一度も使わずに失い、《冬森の賢者》の叡智も私の中には残っていない。それでも知識と経験から得た知恵は残っているし、薬作りや薬草の見分け方はできている。妖精と精霊の交渉だって変わらずだ。

 悲しいことがたくさんあったけれど、リクハルド様と出会えたのなら、これでよかったのかもしれない。





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[一言] 雪で埋もれ…… おおう
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