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4リクハルドの視点

 

 幼かった頃、第二王子の兄ローランが聖女の魅了で壊れた。冬の神や精霊、妖精を排してしまおうと暴走したことで、冬の神々や精霊、妖精は憤慨して両者の関係に亀裂が入った。

 それを取り持ったのが《冬森の賢者》だった。


「神も、精霊も、妖精も憤慨している。だから第二王子(ローラン)と聖女の命は奪われて当然として、春の女神も今回のことを嘆き、今後加護を与える予定だった四名の聖女以降、新たな加護を与えることはしないと約束した」


 これで話が終わるかと思ったが、そうはならなかった。精霊と妖精の怒りは凄まじく、生贄が足りないという。

「どうすれば……愚息の過ちを許して頂けるのだろうか」と、先代国王は《冬森の賢者》に頭を下げる。


「占いの結果、今後キセキを得るはずの四名の聖女を生贄に差し出すか、あるいは王族の誰かが娶るなら許すだろう。特に娶る場合は冬の精霊や妖精を愛する者でなければならない」


 それまで精霊と妖精に関わることは、王族以外忘れてしまう。厳しい判決を言い渡され、今まで冬を生き延びるための恩恵が途絶えたことで、大国の栄華に翳りを見せた。

 冬を越すための国庫を開き、農作物の改良や非常食の開発、他国との交渉によって食料を確保することで、この十年耐えた。


 そして占い通り聖法国セレストに聖女が四人となった頃合いを見て、依頼を打診した。誰が聖女を娶るものか。国庫に侵入した賊を捕らえると、他の神官もろとも冬の神に贄として捧げた。捧げる役割は黒の騎士団として俺が請け負ったが、まるで心が痛まなかった。


 聖法国セレストは長年の聖女のキセキに依存し、増長して手に負えなくなっていた。各国も同じだったのか、聖法国を取り込む形でまとまった。

 ノースウッド大国は領地を広げない代わりに聖女四人をもらい受ける形で話が進み、形骸化した王家は聖女の傀儡ではなく、各国の傀儡となる。教会も形だけは残すとか。


 キャロライン・アルカラスの生殺与奪は俺たち王族が握っていた。生贄に出す条件は、ノースウッド大国で罪を犯した場合だ。罪もない娘を贄にすることを《冬森の賢者》は固く禁じた。だから当初、キャロラインの対応に困った。


 贄にするか娶るか。

 王族の末席である俺が監視することになった。早く何か罪を犯してしまえば楽になるのに面倒だ。

 そう思っていた。キャロラインと出会うまでは──。


 彼女は《冬森の賢者》の叡智を知る王族にとって金のガチョウだった。妖精と精霊にかけられた呪いを、怒りを紐解いていく。

 彼女は精霊を、妖精を心から愛していた。おとぎ話を楽しそうに読み、この国の滞在を心から楽しんだ。沈んだ王城の空気も少しずつ変わって、精霊や妖精のことを思い出す者が増えていった。


 一軒家に押しやって、罪を犯すように仕向けた俺たちの意図などまったく気付かず、この国のために精霊と妖精との交渉を嬉々として行い、各地を巡り──まるで旅行のようにはしゃいでいた。言葉の暴力や危害を加える者が出た時、キャロラインを守りたいと心から思った。

 そこから自覚したら転がり落ちるようにキャロラインとの日々が愛おしくて、かけがえのないものになっていった。


 魔物討伐で傷を負った時に、必死で看病する姿がトドメだっただろう。キャロラインを娶りたい。兄に相談したが、繋ぎ止めたいのなら言葉だけの関係だけでは駄目だと言われてしまった。

 制限時間は春まで。

 キャロラインを国に返すつもりなんてない。必死にアプローチをかけて、ドロドロに甘やかして、俺の傍にいて欲しいと口説き落とした。


 まさか二ヵ月もかかるとは思わなかったけれど、それでも少しずつ俺を異性として意識していくのが分かると気分がよかった。

 途中で《冬森の賢者》が冷やかしに出てきたが、それでもキャロラインは俺を選んでくれた。繋ぎ止めて、離さないように──体に刻み込んだ。

 その日の夜、興奮が抑えられず一番上の兄──国王に報告する。


「最後まで教会には気取られないようにするのだぞ。キャロライン(聖女)の純潔を奪うまでは気を抜くな」

「もちろんですよ、国王、いえ──兄上(もう奪ったけれど)」


 ざくざくと歩き出すので、兄の後を追いかける。王弟(ローラン)と国王であれば怪しまれないだろうと思って、魔導具で姿を変えた。


「キャロラインを娶る。贄はしてくれるな──しないでほしい」

「それは良いけれど、さてどうしようか。王弟(ローラン)の影武者をここ数年はリクハルドに担って貰っていたが、今後キャロライン嬢と結ばれるのならそうもいかないだろう」

「いっそ王弟(ローラン)を事故死にしてもいいのではないですか。すでに十年以上前に死んでいますし」

「駄目だ。王弟(ローラン)という存在は政治的にも色々使い勝手が良い。お前が王族の末席に加わり表に出るのなら──」

「信頼できる奴に王弟(ローラン)の役割を押し付けましょう」

「であれば《白百合の間》のパーティーまでに引き継ぎをしてもらおう。令嬢たちもそれなりに来るだろうから対応も見せてやってくれ」

「……キャロラインとの時間が欲しいのですが」

「我が儘を言うな。それまで諸々やることがあるし、《冬森の賢者》にも報告を行う必要がある」


 不承不承に頷いた。キャロラインに事情を話すのは後になってしまうことが心苦しかったが、今は時間を作ってやれない。せめて不安にさせないように何通も手紙を書いて残しておいた。

 この時、ほんの数分でも良いからキャロラインとの時間を作っていれば、何か違っただろうか。



 ***



 パーティー当日、キャロラインに白百合を見せたくて、賑やかな会場を離れて一軒家に向かったが、家の明かりが付いていないことに嫌な予感がした。

 綺麗に片付けられた部屋に、整理整頓されていてまるで──この家を出て行ったかのよう。


「──っ、キャロライン?」


 台所、風呂場、部屋、リビングにもキャロラインはいなかった。荷物も置いたまま。キャロラインの姿だけいない。

 ふとキャロラインの部屋、ベッドの上に便箋の切れ端を見つけた。


『しばらく戻れない』と書かれた文字が滲んで見えた。確かに自分の字で間違いないが、その後に『戻ったら話したいことがある、待っていて欲しい。愛している』と好きだという気持ちを便箋数ページに渡って書き綴ったのが見当たらない。


「キャリーなら王城にはいませんよ」


 ふとした声に振り返ると、鹿の角が生えた人間──《冬森の賢者》が佇んでいた。白銀のローブを纏い、杖を持つ姿を見るのは十年ぶりでまだ若い。今代の《冬森の賢者》なのだろう。


「──なぜ」

「君と兄の会話を聞いていたようだよ。それで君に愛されたのは偽りで、騙されていたと思ったらしい。手紙も運悪く便箋の切れ端しか彼女に届かなかったようだしね」

「なぜ便箋が切れ端だけだとわかる? ……わざとキャロラインを不安にさせたな」


 睨み付けると《冬森の賢者》は、虫のような真っ黒な瞳で俺を見つめ返す。


「うん。僕の伴侶となるはずったのに、一度目は第二王子のやらかしで、二度目は君だ。八つ当たりぐらいしたくなる。先に貰った聖女は僕の妻扱いにして贄に使ってしまったけれど、キャリーは生きていて欲しいからね。四番目の妻──正妻として迎えられるなら、多少心が壊れても良いかなって」

「お前」

「でもキャリーはさ、信じられないぐらい鈍感で、底抜けに前向きなんだよ」


 溜息交じりに《冬森の賢者》は笑った。パチン、と指を鳴らすと、金色の星が中に浮かび上がる。


「キャリーは僕の手を取ってくれなかったよ。『私はここに居られないし、エルノとも一緒に行けないから、《最後の楽園》に行くわ。そこなら両親にも迷惑をかけないだろうし、自国に戻る必要もないもの』って、最後の楽園に着いてしまったら、僕や君の記憶は消えるだろうね。なんたって、あの領域に入ったら辛いことや悲しいことは全て忘れてしまうから」

「キャロライン……」

「出発したのは今朝。君が戻ってくるのを最後まで待っていたようだよ。……今追いかければ、間に合う──かも? 連れ戻したいのなら、この星の導きを辿るといい」


 本来なら一刻も早く彼女を追いかけるべきだろう。だが、どうしても一つ尋ねたいことがあった。恐らく《冬森の賢者》と会話できるのは今回だけな気がする。


「お前はキャロラインを好いているのに、どうして追い詰めるやり方を選んだんだ」

「僕は精霊や妖精に近い性質を持っているから、君たちのような普通はよくわからない。感覚が違うのかも。好きならどんな形でさえ手に入れたい──って思うから。でも、キャリーには幸せになって欲しい。そう思って、《冬森の賢者》の叡智の一部を与えたのに、聖女になったことでキャリーを追い詰めた。だから君が追いかけるのなら手を貸そうと思った……気まぐれだよ」

「キャロラインは絶対に俺が連れ戻す。俺とも思い出を、今までの時間を奪われてたまるか!」

「人はこういう時、本当に眩いね(まあ、失敗したら、記憶がないところから、また出逢えばいい。譲るのはこれで最後だ)」


 《冬森の賢者》の腹黒さは、わかっている。チャンスは一度だけ、そんな手を使ってでも連れ帰る。



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