白朝夢
最近、また朝に不思議な夢をみる。
なんて白々(しらじら)しい、朝に見る夢。
忘れないうちに。
火の中に蛾が飛び込む
いっきに燃え上がり
ヒラヒラと、まるで火の蝶みたいに一瞬だけ舞う。
花火のようでもある。
でも、その形は曖昧。
蝶だと思うのは
最初からそれを眺めていた私だけなのかもしれない。
ただの大きな灰が一瞬舞い上がっただけにも見える。
自分でも予想しなかったタイミングに、
うまく羽が広げきれないままに、いびつに燃えあがる。
羽の変わりに炎が扇子のように広がり、長い袖をヒラヒラさせて蝶が舞うように踊る。
体だけがポトリと落ちる。
それは体とは言えないのかもしれない。
焼けのこってしまった黒い小さな塊。
きれいな羽は風ですすとなり跡形もない。
体だけが、ただの埃や土みたいに汚く痕を残す。
「さっ、やんだらその隙に帰りましょうか。」
と立ち上がった。
なのに
雨のカーテンは、答えるみたいに、ますます、濃い色のカーテンになる。
横に置いてあったものを見たのか背を向けた。
後ろから背の高い何かが、覆い被さるみたいに強く包みこんできた。
「常盤
永遠の松 変わらない鮮やかな葉」
そう聞こえた。
(十六夜の月)
思ったのか。
言ったのか。
「蛾は火の中に月があると思って、
月に行けると思って飛び込んだのでしょうね。」
体を右にまわしながら、
何も知らずに火に飛び込んでいく蛾が頭をきょらいする。
相手の事など何一つ考えていない。
自分の事すら考えていない。
考える事を止めた。
かわりに、ただ舞い踊る蝶らしき火の粉が頭に浮かぶ。
心臓の鼓動を聞きたくて胸に耳をあてた。
紙のように張り感のある服が分厚くて阻む。
聞こえないかわりに、リズミカルな振動だけが指先に聞こえてきた。手をペタっと当てた。
反対の手の平を自分の心臓の音にあてた。
目を瞑り、人間が奏でる声以外の心地よい自然の音を聴く。
早鐘の音が次第に和音になり、小さく遠くゆっくりになっていく。
音の数が減って、かすかな途切れ途切れな音になるまで音を手の平から聴いた。
目が覚めた。
意味がわからない言葉だけを忘れないうちに調べる。
常盤:永久不変な岩。
転じて永久不変なものの例えにつかわれる。
冬も緑色で枯れない常緑樹の松などとあわせる。
常盤なる松など。
十六夜の月:満月の次の日の月。
前日よりも少し遅れた時間に出るところがためらいながら、出てくるようであるというふうに見立てられる。
音は、躊躇、ためらい、の動詞「いざよう」からきたらしい。
不思議な夢だった。
白々(しらじら)しい、朝に見る夢。
母に死の影がいつかくる事を実感しながら、
白々しい夢をみる私を名前すら忘れてしまった
昔の文豪が言ったかもしれない言葉が慰める。
あなたの死を前に、あなた以外の事を考えるくらい強くなってもいいですか。
たまたま通りかかった親切な今の文豪が見かねたのか枯葉に毛布をそっとかける。
毛布を頭まで被り包みこんだら安心した。
不安だったんだ。
と気がついた。
また落ちつかない。
落ちつけない。