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白昼夢  作者: ダリー
緑の日記帳
23/54

シャープとフラット

中学生になった。

今までの楽園生活が終わってしまった。

これ以上あの生活を続けていく事はできない。

続けることもできるけど、色々マズイだろうな。

そんな暗い気持ちでいた。

国語のはじめての授業で草花をモチーフに自由に詩を書くという、めんどくさい課題がでた。


この先生が少し変わっていて、競馬やパチンコやスロットや酒、タバコの残像が見えるような、

ザ 昭和初期オヤジ

な先生だった。

メガネは色メガネ。大きめなシャツはくしゃくしゃ。ズボンもゆるっとしたシワシワのズボン。便所サンダル。

見た目も強烈に昭和だった。

くわえタバコにギターとアパートの窓際が似合いそうな雰囲気。

実際、いつもくわえタバコだったし。


国語なのにロマンチックなやつとか綺麗事とか

この人教える事できるんだろうか?

と私も色メガネをかけて先生をみていた。


とりあえず、詩をかいた。

楽園生活を奪われた自分をぺんぺん草に例えた詩を書いた。


ちなみにペンペン草は葉っぱを軽く引っ張ると繊維が繋がったまま、小さく多肉感がある固めの葉っぱが、ぶらんとデンデン太鼓のようにぶら下がり、それを沢山作り、振ることでぺチンぺチンという音がする。


たしか、

やりたい事もできず、手をもがれ、足をもがれ、はあ、ぺんぺん 風にゆられて ぺんぺん

みたいな闇感ただよう、シュールなやつだった。


何が先生の心を打ったのか、かなりの謎だか、気にいられてしまう。

本当なら、こんなヤバイやつは中2病認定をして、

避けるべき、腫れものリストのトップ10入りだろうに。

自分を受け入れてくれる、なんて懐のでかい、ありがたい存在なのでしょう。

しかし、良くも悪くも人から注目される事を、極端に嫌う私は、ますます、行きたくなくなってしまった。


そんな時に救世主が現れた!

私の後ろに座っていた違う小学校からきた

三つ編みをしてメガネをかけた、

ザ優等生の風貌のあの子が登場した!

彼女は、先生に授業中にもガンガン質問をするし、手をあげるし、授業終わりには質問にいく。

いっきに私への注目がそれた。安心した。


彼女は単純に知識が増える事をアグレッシブに楽しんでいる。

私も単純に知識が増える事をひっそりと楽しんでいる。


なんとなく、それはお互いにわかっていたと思う。

なぜなら、そのテンションがテスト期間中と平常時で変わらないから。

テストのための勉強ではなく興味があるから知りたかった。

そして、いい点をとるためのテスト前の緊張がないからテスト前ギリギリまで、二人でくだらない話ができるのが避難所的でよかった。

点数を競ったり、見せ合いもしなかった。

気にもならなかった。

私はいつも酷い点数だったけど、

彼女がトップになっても当然だと思っていた。

それだけ点数に差がある私達なのに、不思議な事にわりと教科書の内容の事で盛り上がったりしていた。

しかも彼女が連れてくる友達が面白くて、往年の女優が好きな元男子のはるみちゃん。

彼女は、ぶっ飛んでいて面白かった。

でも私が調子に乗って変なことをして皆が引いてる中、はるみちゃんだけは、

「ちょっと。あんた、それ常識的に考えてやらないでしょ。引くわ。」

とか、見捨てないで、ちゃんと教えてくれる人だった。

年齢的に間違ってないかな?とかヤバイ事やってないかな?という不安に感じてイマイチのびのびできない時が多くなってきた。

そんな中、彼女といる時は思いっきり羽を伸ばせた。はるみちゃんなら、ちゃんと教えてくれるし、嫌わないでくれる。凄い安心感の持ち主だった。


そんな感じに楽しく過ごしていると、あっという間に1年が過ぎた。


彼女と私は、クラスが別れてしまった。

がっかりしたのは一瞬だった。


クラスに関係なく、好きな科目を受けられるという選択授業が追加された。


私は、図書室で好きなものを調べるという授業を選択した。

彼女もそこにいた。

彼女はヒエログリフ(古代エジプトで使われていた文字3つのうちの1つ)。

彼女は考古学者になる夢を持っていた。

私はオランダ語から日本語になった言葉。理由は、ポン酢が好きで、ポンてなに?!から。

と理由のレベルは違えど、絶妙な被りを見せ同じカテゴリーのグループ班になった。

私のお題は単純過ぎてすぐ終わり。

ヒエログリフでの名前の書き方を教えてくれたり、ミイラの話とかエジプト関連を色々教えてもらったり、おしゃべりばかりしていた。

その時くらいから、隠語いわゆるメタファーのような、比喩である事を隠した比喩を使って話をするようになった。


ある日、長い休み時間に彼女が会いにきた。

「ピアノの練習したいから付き合って。」

「?」

なんの事か良くわからず着いていくと初めて入る支援級の教室だった。

誰もいない教室のはじに1台のピアノがあった。


彼女はここのピアノは木だし、使わせてもらえるからさ。

と重いふたを慣れた手つきで両手で持ち上げるように開けた。

鍵盤にのせてあるフェルトの布を折りたたみ、メトロノームの横においた。

ガーッという音をたてて長い椅子に座った。

一重のキリッとした目で真っ直ぐ前をみた。


綺麗な細い長い指を鍵盤にのせた。

ベートーヴェンの熱情 第三楽章を弾き始めた。

衝撃的だった。

いつも穏やかな、この人が弾いているとは思えない。

彼女の内なる情熱や葛藤をみたような気がした。

穏やかな中に隠れている情熱を溢れでてしまわないように、必死に抑えて冷静さを保とうとしているような。

ぴーんと張り詰め。

微かな、弱さと強さの限界ギリギリの臨界点から1mmたりとも出ないように。

綱渡りのように息を殺しながら。

でも外からは見えない体の中の筋肉を使って、少しずつ吐くように弾いていく。

彼女にピッタリの曲だった。


私はすっかり彼女が弾く熱情にはまる。

色々と有名な人のも聴いたのだけれど、彼女が弾く熱情よりも私にとって魅力的なものはなかった。

彼女が弾く熱情じゃなくてはダメだった。

それは今も。


休み時間に

今度は、私が、

「熱情弾いて」

というようになった。


ちなみに私はピアノが弾けない。

右手と左手が一緒に動いてしまう。

音符すらルビをふる。

彼女も知っていた。


発表会ギリギリまで、

私に弾かされまくり彼女の手は腱鞘炎気味になってしまった。

それでも、彼女は私を避けるというジャッジはしなかった。


そんな彼女が一度だけ怒ってしまい、ケンカになってしまったことがあった。

私が△△(有名なピアニスト)さんの熱情も聴いたけど、上手い下手は良くわからないけどイマイチで。

やっぱり、○○ちゃんが弾いてくれるのが好きなんだよね。

と言った時だった。

△△さんがどんなに凄い人なのかを説教された。

私も、△△さんが凄い人だろうがなんだろうが自分にとっては○○ちゃんよりは良くないから、そこは自由でしょ!みたいな感じでケンカになった。

凄い人の謙虚さの凄さを見せつけられた。

謙虚の深さがケタ違いだった。


ある日、また教室に来た彼女に好きな人ができない話をすると。

シャープとフラットがいいよね。

と言った。

楽譜が読めない私は、はあ??と言った。


珍しく、もじもじ、しながら手にシャープとフラットを書いた。

指さした先に、シャープとフラットがいた。

紙に書いてみた。

私も楽譜勉強したいな、あれが熱情かあと思った。


その後、私は訳あって、しばらく1人海外にいく。

そのまま、戻ってすぐに受験に突入した。

高校に入り、遊びほうける私と、ますます勉強にのめりこむ彼女。

徐々に疎遠になっていった。

大学生の時に会ったときは考古学の道に進んだと話していた。


社会人になり何度か会った。

その時も彼女は勉強をやめていなかった。

私もまた勉強をはじめていた。


決して人を裁かない彼女は、人を裁く仕事を選んだ。

私は、また勉強を辞めた。

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