顔がわからない絵
その後の5.6年も学校生活に関しては、散々な感じだった。
思春期なのか受験生が多い小学校だったからなのか、皆、イライラ、ギスギス。
女子はいつも誰かの悪口や人気のある男子が○○ちゃんが好きだとわかると、集団で○○ちゃんをいじめたり。
ある日は授業中にトイレに行きたいと一人が手を上げると、私も!私も!と最終的にはクラスのほぼ全員がトイレに集合して教室にいないという
嫌な感じのフラッシュモブ的な事をしたり。
注意された事に怒ってガラスをグーパンチでわるやつがでてきたり、逆に先生に蹴られて骨折した子がでたり。
結構、激しめに学級崩壊が起こりはじめていた。
その時の私は学校で何をしていたのかというと。
人っけのない薄暗い別館にある、図工室前の廊下に一人佇んでいた。
ここは、普段使われていない家庭科室や理科実験室などがあり先生も図工室や音楽室にたまにしかいなくて、オバケが出るとまことしやかに噂されるような場所だった。
図工室の廊下には、作品を乾かすための稼働式の背の高いラックが置かれていた。
私はそのラックの奥の壁に貼られていた、ジャン・フランソワ・ミレーの「落穂拾い」とクロード・モネの「散歩 日傘の女」に夢中になっていた。
色々、角度を変えて眺めるもののスッキリしない。
隙間から斜めに見たり、下から見たり。
ちゃんとみたい。
でも勝手にラックを動かして、もし、生乾きの作品が散らばってしまったらマズイ。大惨事だ。
でも、見たい。
日によっては見やすい日もあったが、
このなんだかよくわからないけど私の心を引きつける絵、なんか拾ってるおばさんの茶色い絵と顔がボヤっとしてる傘さしてる絵。
これの全体を障害物なしでスッキリ見たい。
何かモヤモヤしながらも見たくて貴重な20分休みを犠牲にして足しげく通った。
ある日、とうとう、動かそう!と意を決してラックに手をかける。
「ぶにゅ」
あろう事か見事に生乾きの油絵なみに立体的にもっこりとした、ぷっくりした絵の具の山に指を触れてしまった。
マズイ。
しかし、その日の私は違った。
指型に凹んだカルデラ調の絵の具の山の盛り上がりを軽く指で撫でてならし、乾いたから減ったのかもね、ぐらいに戻し、なんとか取り繕う事に成功する。
そして、指についた絵の具を服で拭いて、見つけたわずかなラックの隙間に指を掛けて力いっぱい引っ張った。
「バサバサバサ」
動かないだけでなく、斜めになりラック自体を倒しそうになり作品が何枚か床に落ちてしまった。
どうやら、足下にストッパーがついていたようだ。
今なら、ストッパーを上げて軽々どかしただろうが
当時の私はパニック。
危うく倒すところだった。困ったぞ、作品の置いてある順番とかも、あったんじゃないのか?
冷や汗が流れた。
しばらく眺めていると図工の先生が声をかけてきた。
どことなく女優の桃井かおりさんに似た雰囲気のおかっぱ頭で笑わない如何にも芸術家な風貌の先生だった。
私は、不意うちに飛び上がるようだった。
「あれ、風かな、風強いと落ちるのよ」
と先生が拾って適当にラックに戻していく。
絵も無事だし順番なかったのか、よかった。
とホッとした。
すると、先生が
「ダリーさんは校庭に行かないの?」
と聞いてきた。
私は作品バラ撒きの犯人だとバレることを恐れ、
素直に見たいと言えず。
でもチャンスだ!これを逃したら見えないかも!
なんて言おうと頭をフル回転した。
結果。
「あっ!絵!これ何拾ってるんですか?」
とさも初めて気が付きました的な大根な演技をした。
先生が作品の名前と作家の名前を教えてくれた。
ついでの振りをして日傘も聞いた。
先生は説明をしながらラックをずらしてくれた。
わあ。と心の中でワクワクした。
どかしてくれて見た絵は、テカテカ光が反射していてツルツルしていて、四隅も白く縁どられていて、
無機質で整っていて、印刷そのものだった。
そして、日傘は顔がわからないままだった。
ガッカリした。
次の日、また見に行くとラックがなくなっていた。
相変わらずツルツルと反射していた。
先生は時々、絵を追加してくれるようになった。
先生には悪いなと思ったが、わざわざ20分休みを犠牲にしてまで見に行く事はなくなったけど色々な絵がある事を知る事ができた。
校庭で遊んでいると、職員室の前の校庭に続く段差に座ってタバコをふかす先生がいることに気がついた。
それから、学校に行かなくなるまで、先生がいるのを見つけると私は先生に手を振った。先生は口にタバコを咥えながら微かに微笑みながら眩しそうに手を振ってくれた。
私は受験がないものの人間関係が面倒くさくなり学校に行くのを辞めてしまった。
毎晩、東むきのカーテンを開けたままの布団から窓の外の星空を眺めていた。
新聞配達のバイクの音。足音。パコン。
またバイクの音。足音。パコン。
これが聞こえるとなんだか凄く眠くなる。
でも、我慢した。お目当ては朝焼け。
朝焼けをしっかり見てから寝ていた。
学校に行ってはいないものの、友達が毎日遊びに来るから別に不自由もしていなかった。
毎日、お気に入りのミュージックビデオを見たり、
近所の庭園に遊びに行ってカエルの卵で遊んだり、友達と街をうろついたり、
行きたいイベントの時だけ参加したり
当時はまっていた和紙の作成や以前に見学に行った少し離れたところにある着物の反物を作る工場を見たくて探しに行ったり。
気ままに過ごしていた。
そんなある日バチがあたる。
気まぐれで学校に行くと誰もいない。
本気でいない。
なんと、移動教室とやらで演劇を観に行ったらしい。
しばらく、いい笑いのネタにされる。
私も本当は行きたかったクセに、
「本当バカだよね〜あははは」と調子を合わせた。
中学生になった。
はじめに実力を知るための学力テストが行われた。
数学。見事に0点。
奇跡すぎて友達に自慢した。
全く恥ずかしいと感じなかった。
自慢していると一人のイカつい男の子が近づいてきて私の制服のスカートを指さして驚いた顔をしてこう言った。
「ダリー!!女だったのか?!俺、お前に会うの楽しみにしてたんだけど!え?ずっと男だと思ってた!」
と蝋梅するイカつい幼馴染に、スカートめくりに参加していた理由を説明する所から私の中学生生活は始まった。