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空飛ぶ車フライングフォー

作者: 眞手結唯
掲載日:2023/10/08

~おどる車は世界を救う~

まえおき


この短編小説は読みきり漫画として、24〜32ページ内で収まる設定内容にしている。空飛ぶ車というファンタジー要素の強い一方で、ごく一般的な女子高生を主人公とする青春要素もある。また本編で登場する「フライングフォー」という車は実在しないが見て、空飛ぶ車という物に限っては現実にも存在する。

「スロバキア空飛ぶ車」と調べれば実際の実験ニュースを閲覧することができ、都市間70キロの走行を見事に成功させるという内容を知れる。本編を最後まで読んだあとに、ぜひ検索して実験を見てほしい。きっと近い将来、今読んでいるあなたも空飛ぶ車に興奮することだろう。



本文


 202x年、東京スカイツリー展望回廊。地上450メートルという測りしれない高さから7歳の少女が転落してしまうところ、空飛ぶ車が救出を果たすという奇跡的なニュースがあった。

 その当時乗っていたのは、世界的に有名な日本のメーカー開発者である、樽馬駿(たるましゅん)という人物だった。茶髪にサングラスを付けた、38歳という比較的若い年齢というもの。この救出劇によって、長年の課題であった空飛ぶ車の実用化がついに果たされる。

 その時の空に巻くあまりにもかっこいいエンジン音、恐怖が爽快に変わるこの瞬間、この爽快感を救出された7歳の少女は今でも忘れず覚えていた。


「テレサ、また今日も遅刻するよ?」

「……いま準備してんじゃん」

 あれから十年後、2030年代になった日本では家族でテレビを見るという慣習から、VRゴーグルで見るということが普通になった。新情報から過去に放送されたニュースまで、検索すればすぐに見ることができるという便利物。

 天礼紗《てれさ》がたった今まで見ていたものは、あの空飛ぶ車の救出劇だった。食パンを口に放りこんで、ゆっくりと口を動かす。


「ほら、食ってないでさっさと」

「わかってるつーの」

 パンを加えながら慌てて制服に着替える。母親はいつも口うるさいが、天礼紗の朝ごはんを必ず用意してくれる。忘れ物がないかどうか、アイフォン21をポケットに入れたかどうかのチェックまで当たり前だ。 

 準備が終わった天礼紗は車庫と化している1階へ降りていく。母親の乗るフォルクスワーゲンの「ゴルフ・ヴァリアント」、父親のハイエースをキャンピングカーにカスタマイズした旅行用の車、そしてテレサが自分で前後に卓越機を付け加えた空飛ぶ自転車。どれもきれいに保管されてある。

 いよいよ天礼紗はヘルメットを被り、卓越機の電源を入れた。外へ飛び出していくと同時に加速して、パラシュートを展開する。徐々にタイヤが浮いていき、住宅の高さを超える高度まで達すると、もう学校が目に映った。下を見ればヘリコプターのように町の壮大な景色を見渡せる。ちょうどいい天気日和で、風が暖かく気持ちがいい。初めは飛ぶことに慣れなかったが、高校を卒業しようという歳にもなるとつい爽快感に微笑んでしまう。

 普通に歩いては15分かかる地道な通学路を、交通道路を完全スルーした自転車ではすっかり学校へ到着してしまった。


 でも着いてからは退屈な時間が続く。授業時間がとにかく長い。1時間でも気が遠くなるのに、6時間目まで受けなければならないという地獄。それに部活がある日は部活も。とても冗談じゃないと天礼紗は机に抱えこむ。唯一救いなのは窓越しから道路を走る車を見られることくらい。頭のなかでこの車はあれだとクイズ感覚で当てるのが意外と面白い。たまにアメリカのゼネラルモーターズから販売されている「ハマーEV」、ドイツの「メルセデス・ベンツSクラス」など、高級車が走っているのを見かけると今日はいいことあると信じこむ。


「また今日もギリギリやったねー」

「だってお母さん起こしてくんないから……」

 学校帰り、友達の蒼紗ちゃんからぼそっと言われる。まあ、そりゃそうだ。蒼紗ちゃんは真面目に歩いて登下校している。登校時間10分前には必ずいるし、成績も自分よりははるかにいい。素直に尊敬するし、通学路をスルーしている自分が恥ずかしくなる。

「でもちゃんと学校に来たし、気にすること——あ、このあと天礼紗も一緒に勉強しない? 海圭君、今日バイトあるって言ってたからさ」

「えーいいや」

 友達が嬉しそうに誘うとなぜか頭痛がしてくる。嫉妬とか面倒だとか、そういうのではないが、車好きな自分がおかしい奴なんじゃないかと思ってしまう。友達は一人で勉強すると気にせず帰って行ったが、天礼紗は気にしてしまう。女子が同い年の女子に向かって車好きだと言うのはおかしい話だ。

 ふにゃりと崩れていくように、学校の不自由さにため息をつく。よく卒業まであと少しという所までがんばった。卒業すればすぐ免許を取って、運転の経験を人一倍に重ねて、高級車を買ってやるんだ。誰にも負けない高い車に乗ってドリフトをかましてやるんだ。こんな学校とはおさらばだ。こんな将来役立つかわからない勉強とはさよならだ。だからあと半年、通いきろうと自分を励ます。

「はあ……空飛ぶ車に、また会えないかなあ……」

 空中でペダルを漕ぎながら呟く。高級車でドリフトするのももちろんだが、それ以上に乗りたいものがある。東京スカイツリーから転落した時に乗った、あの「フライングフォー」だ。落ちた恐怖からかあの時はお礼を言えなくて、あれから救出してくれた樽馬駿にしがみついている。彼の勇気に、彼のかっこよさに、あの他にはない爽快感を思い出すたび心が踊る。


 樽馬駿は現在48歳。まだまだ運転できる年齢だ。きっとどこかで今も空を飛んでいる。当時と違ってお金持ちであれば乗れるようになったし、空中レースなんかも日本で開催が始まろうとしている。

 彼もきっとレースに挑みに来るだろう。優勝だって間違いなしだ。帰ったらまた、それについて詳しい情報が出ているかもしれない。そう期待していると、学校という屈辱は天礼紗の中から消えた。


『ゴオオオオ……‼︎』

「——‼︎」

 しばらくして、いつも聴いているようなエンジン音とは違う空を駆けるような轟音が鳴り響く。その瞬間に車らしき物体が天礼紗の横を通り過ぎる。レースの情報をただ調べる気でいた天礼紗はすぐに追いかける。

 ペダルをこぎまくり、車並みのスピードを誇る全速力で、それでも通り過ぎた車には追いつけない。距離が遠ざかっていきやがて見えなくなる。下を見下ろすといつの間にか町の裏山のほうまで移動してしまい、さすがに移動し過ぎただろうと一旦、天礼紗はその場に降りる。

「うわあ……やっぱ着陸はまずかったかー」

 展開したパラシュートが木の枝に引っかかり、ワイヤーが切れてしまった。姿勢が崩れ、卓越機が地面に衝突し、もう空飛ぶ自転車は使い物にならない。けれど今はそれより、通り過ぎた空飛ぶ車がどこへ行ったのかが優先だ。天礼紗はここからさらに山奥へ進む。

 何かいい物があるだろうと期待して走っていくと、それらしき物はすぐに見えてくる。うごめいた木の影にぽつんと山小屋が隠れている。どこにでもありそうな閉ざされたシャッターに、住み慣れた人が住んでいそうな古びた家。

 飛んでいたはずの空飛ぶ車のエンジン音はもう聞こえないが、この中に入れば何かしらの古い車があるだろうとシャッターを開ける。


 手探るように小屋内を見渡していると「フライングフォーFPA200」と書かれた空飛ぶ車の設計図らしき物を見つける。「FA」という日本の新たな車のロゴ、ニュースでは確認することができなかった彼の写真にtaruma・syun(樽馬駿)と筆記体でサインされたものまでがある。

 この山小屋は駿さんの開発していた本拠地なのだろうか。それにしては、トミカのような車の模型やカーバッテリ、ダイナモといった細かい部品があちこち落ちていて、空飛ぶ車にしかないこれといったものがない。

 少年時代に兄弟二人で飛行機の模型を作った写真、それから初めて自分たちだけで飛ばすことができた記念写真が、赤い工具箱の上に立て掛けてあった。もちろんtaruma・syunとサイン風に書かれていたがもう一つ、兄らしきtaruma・kuniaki(樽馬国明)とも書かれていた。


 あの時、私を助けてくれた人だと確信する天礼紗。なぜこんな近い場所で彼のことを知れたのに、十七歳の今日まで気づかなかったのかと感じる一方で、会うことができる最高のチャンスだということに興奮する。

 もしかしたら空中レースのための練習をここでやっている可能性——つまりはずっとここにいれば、いずれ帰ってくるだろうと思い込む。

 今にも帰って来そうな気配がして、冷汗が止まらない天礼紗。樽馬駿とは一体どんな人なのだろう。きっと天礼紗が想像している以上に車好きで、それこそレクサス最高峰に位置する「LFA」(新車価格は3500万以上)くらいは当たり前に持っていそうだ。ものすごい金持ちで、優しくて周囲に頼られる、天礼紗の好きな全的中な人になり得るかもしれない。

 とても自分のような高校生が会うのは——だけどそれでも会えることが夢のようで、外から照らされる日光が特別眩しく前が見えなくなる。外に出ることも、何かを言葉に出すことも、普通の日光なのに眩しすぎてできなくなる。

 土や細かい部品にひどく汚れた地面に座り、そこからただただ天礼紗は光を見つめる。何もせず、何も考えずに樽馬駿という偉大な帰りを待った。


 轟音が再び鳴り響く。天礼紗の横を通り過ぎた、あの「フライングフォーFPA200」が戻って来た。エンジンの振動が小屋の中まで伝わり、その爆音で心臓が張り裂けそうになる。

 エンジン音が止まったのを確認すると、今度は足音が近づいてくる。少し早歩きでポップな感じ、間違いなく樽馬駿だろうと天礼紗は確定した。


『ああ……やばい、泣きそうー』

 いよいよ中へ入って来る。そう思うと自然と涙が出てしまう。初めは日光を言い訳にして前が見えなかったが、少しずつ——少しずつ、その男の姿は確かに天礼紗の前に現れた。 

 男は十年という年月が経っているからか、救出した時に比べると別人のように白髪が生え、老けた身なりをしている。だけど黒いサングラスは健在で、とても元気そうに笑っている。


 今もこうして楽しい空の旅を満喫してきたのだろうと、見るだけで天礼紗にはわかった。

「樽馬……駿さん……ですよね⁉︎ 私のこと……覚えてますか?」

 挨拶もなしに、しかも泣き声が混じった声で言ってしまう天礼紗。愚かな自分の恥ずかしさに、顔も見せられなくなってしまう。

「少女……? 「FPA200」で救出した……当時7歳だった……藤本天礼紗さん?」

「はい! そうです!」

 いかつい男から出そうな、思った通りの口調に天礼紗は安心した。やっぱり、駿さんは自分のことを覚えてくれていたのだ。そんな感激のあまりに、また泣きそうになってしまう。

「あいつのために……わざわざ来てくれたんだな」

「——」

 降りてきた男は天礼紗が「そうです」と口にしてから、何かを理解するように下を向いた。とても気まずそうに、言ってもいいものなのかと戸惑う。

「でも……ごめんな。あいつはもう……この世にはいないんだ。ほんの数ヶ月前に彗星衝突事故で——」

 突然の事実に天礼紗は混乱する。つまり……この人は駿さんではないのか。とても顔つきは似ているのにウソみたいだ。言葉の意味がわかってくると、二度と会うことができないのだという絶望に変わっていく。

「今はもう、どこに沈んでいるのかもわからない。この広い海のなか、あんな一台の車探しようがないんだ。悪いが……帰ってくれ」

 そうか、この人はおそらく駿さんの兄である国明さんだ。確かに駿さんの隣にはもう一人、少年の姿が映っていた。そういうことだったのかと失望しながら天礼紗は立ち上がる。後ろめたい気持ちで山小屋をあとにして、登ってきた登山道をゆっくり下っていく。

 何をしにここに来たのかと自問自答、着陸した地点の辺りまで戻った。横倒れた自転車が目に映ると自然と足が止まった。ひどく傷つき、二つ付いているうちの卓越機の一つはぐにゃりと変形してしまっている。パラシュートのワイヤーは切れてしまっているし、持ち手の右側にもヒビが入っている。

 天礼紗は直さなければいけない部分を探しつつ、一望していた町の景色を思い浮かべる。たった数十分前に学校から帰ろうとしていた時、自分の力で空飛ぶ自転車を完成させた高校1年の時、それから——


「国明さんも……同じ気持ちなのかな」

 そういえば、失ったのは自分だけじゃないと天礼紗は気づく。助けてくれたお礼を伝えに来たのに、自分の思い上がりで今、こんな所にまで逃げて来ているのだと。彗星衝突事故という唐突な打ち明けに怒りさえも感じた。帰るのはまだ早い。それにここから自転車を押しながら帰るのも辛い。今からでも伝えに行くべきだ。駿さんにはもう会えないけど、国明さんならわかってくれるだろう。


 天礼紗はなにかを決意するように山小屋へ戻った。国明さんは運転してきたフライングフォーを見つめている。電子タバコを加え、右手には天礼紗が見つけた兄弟の記念写真を持っていた。

「あの……フライングフォーって海に沈んだんですよね? 陸地に墜落したわけじゃないなら、まだ形として残ってるかもしれませんよ」

 駿さんじゃないとわかった以上、それ程大きな緊張は感じない。国明さんの言葉が正しければ、まだ希望は隠れているんじゃないかと天礼紗は提案する。

「場所が分からないって言っただろ。探しようがないんだ」

「——場所ならわかりますよ」

「——?」

 どこにあるんだと半信半疑になる国明さん。国明さんのフライングフォーに無断で乗り込み、どこのボタンだったかと自分のスマホで検索しながら探す。察知カメラアプリ「Detect」(デーテクト)を開き、検索した「フレンドGPS機能」を簡単に作動させる。

「同じ車種なので、フレンドGPSを使えば教えてくれます。——ほら! 北緯34・2度、東経139・3度——」

「もしかして相模灘か……?(静岡県伊豆半島に面する海・神奈川県南、相模湾に面する海域)」


 どこに駿さんのフライングフォーが墜落したのか、わずか数秒で特定した。今二人がいるのはちょうど伊豆半島——静岡県伊豆市。わずか30キロメートルほど海側に飛行すれば、簡単にたどり着ける地点にある。

「はい! 確かフライングフォーには、牽引するためのアームも付いてた! うまくいけば取り戻せますよ!」

 隠し機能を次々と自慢げに話す天礼紗。今度は自分が救出する番だとヘルメットを被りこむ。

「……高校生なのに詳しいんだな。でもだからって子供を連れてくわけには……て、ちょ……」

 気づけばもう、天礼紗は助手席に乗っている。シートベルトまで着けて、出発を待ち遠しくしている。積極的な行動力に驚かせられ、国明さんもひきずっていた過去を今ここで捨てようとする。とは言いつつも一つ気がかりなのは、海に沈んだフライングフォーを取り戻すという——無謀な作戦をたった二人でやることだ。海上自衛隊に場所さえ伝えればやってくれそうなものを、女子高生とおじさんでやるというのか。失敗すれば二人とも死ぬ。それに国明さんの乗るフライングフォーも大破する。そんなリスクを考えると、国明さんは一方踏み出せない。


「早く行きましょう! フライングフォーを取り戻しに!」

「……」

「駿さんがくれた人類の夢を……今度は私たちで!」

 それでも天礼紗の言葉に、ガタガタ足を震わせながらも乗り込んだ。リスクを恐れる気持ちが声に表さなくても天礼紗に聞こえてくる。エンジンをかけるためのプッシュスタートを押し、強くアクセルを踏み込む。

『ゴオオオオ——ンン‼︎』

 今まで天礼紗が直接聞いてきたエンジン音のなかで、一番かっこいいと感じる音だった。数百万円、一千万円程度の高級車では聞けない特別な轟音が国明さんの不安を一気に飛ばした。

 折り畳まれていた翼がゆっくりと広げられ、いよいよタイヤが浮き出す。10インチの大きなナビ画面には現在地が示され、既にフライングフォーが沈んだ場所が目的地としてマークされている。

 目を輝かせて色んな機能を試そうとする天礼紗だったが、真剣な国明さんを見ていると申し訳なくなるのを理由に我慢した。せめてフロントガラスに表示されたスピードメーターや、タコメーター、電子システムなんかを眺める。

 速度計にはまだ0と表示されていたが、安全に飛行するための十分な高度まで達すると一気に加速ブーストされる。あっという間に300を超え、とてつもない速さについ天礼紗は悲鳴を出す。

 とはいえ最初のうちだけで、すぐに天礼紗は速度に順応する。救出するまでの一通りの流れを何度も国明さんと話し合ったうえで、わずか数分後にはフライングフォーの沈んだ落下地点まで到達した。上空300メートル付近から急降下を始め、いよいよ海に飛び込む姿勢を取る。国明さんは作戦通りこの速度を維持したまま、引き揚げるまでの短縮を図った上で海中へ飛び込んだ。浮力を抑えるために翼を折り畳み、一気に海深数百メートルという深さまで潜っていく。


 暗くてあまり見えない中でGPSフレンド機能はさらに下を示している。ヘッドライトをハイビームにしたうえで黄色フォグランプを点灯させ、奥深くへと進んでいく。

 そんな中で、勢いが弱まるのを怖くなるほどに二人は感じていた。速度計を確認すると少しずつ数が減っていき、強まる浮力と水圧が勢いをゼロに落とし込もうとする。

「——天礼紗さん……まだ下にあるのか⁉︎」

「あとちょっと……‼︎ あと100メートル潜れば……‼︎」

「100⁉︎ いくらこの車でもそこまではリスクが大きすぎる! 水圧に車ごと潰されるぞ!」

 頑丈に作られているのだとしたらここまで潜ることはできなかった。フライングフォーのすごさを改めて実感する一方で、千メートル近くという強力な水圧にはさすがのボディーも鳴り響く。窓ガラスは横に歪み始め、18インチのブラックメタリックホイールもぺしゃんこに潰される。

「あれだ! あったよ国明さん!」

「——どこだ! おれには見えない……どこにある!」

 悪戦苦闘のなか、天礼紗がファイバースコープから車らしき物を発見する。深海に生息する魚の群れや波に巻く砂埃のせいではっきりは見えないが、フライングフォーのこれしかないといった黒いシルエットを確認できた。

「そのまままっすぐアクセル全開で! ——よし……いま‼︎」

 ファイバースコープから目を離し、確実に車体を掴める距離まで近づいた。フ

ライングフォー隠れ機能である「ウルトラアーム」を発動させ、バネのように折り曲げられていたものがぐんと長く伸びていく。

「だめだ! アームを戻せ‼︎」

「——なんで‼︎」

「彗星が落ちて来てる! このままだと間に合わない!」

 あと少しという所で、上からあまりにも大きな影が二人を襲う。加齢を重ねて視力がそれ程よくない国明さんにもわかった。

 彗星だ。島を粉々にする程の巨大な彗星が二人の方へと沈んでくる。辺りは爆弾が爆発したかのように赤黒く染まり、暑苦しい溶けてしまうほどの熱が車内のほうにまで届く。

 このままアームでフライングフォーを持ち上げるのに時間がかかれば、二人とも命は助からない。巨大な隕石に車ごと破壊され、骨と化すほどの熱に焼け死ぬだろう。


 それに天礼紗は車体を掴むことに精一杯で他にできることはない。今からでも助かる方法には、国明さんが救出を諦めて浮上するしかない。

 だけどここまで来て——こんな所で駿の大切にしていたフライングフォーを諦めきろというのか。弟がどれほど苦労して、何年——何十年と代々研究してきた空飛ぶ車を、あんな"少しきれいで大きいだけの石ころ"に命を奪われないといけなかったのか。

 車内が恐ろしい程に赤く染まっているせいか、こんな事を思い出してしまう。国明さんが今こうしてフライングフォーに乗っているのも、駿という努力家で大の車好きのおかげだというのに。

 だけどどうしても彗星という絶望に気持ちが負けてしまう。アクセル踏み加減が弱まり、タコメーターは3000回転を下回る。


「——あきらめんな!」

 天礼紗が呼びかける。天礼紗はまだ一ミリも諦めていない。あの時の九死に一生を得る体験に比べれば、彗星なんて天礼紗にとっては今更だ。

「あきらめてねえよ! 彗星が落ちてくるからダメなんだよ!」

「あきらめてんじゃん! 怖いからって言い訳して——」

「——だから間に合わねえんだよ! お前みたいな子供がどうこうできる問題じゃ——」

「いいから踏め‼︎ 全開で、蹴る勢いで‼︎」

「——」

 もうすぐそこまで彗星は来ている。表面上には数えきれない程のクレーターに覆われていて、その神々しい姿はまるで世界の終わりを見るようだ。

 あと何秒生きていられるかもわからない状況で、国明さんは本音をぶつけて恐怖を怒りに変えようとした。


『ゴオオオーン‼︎』

 振り絞った力で国明さんは全開アクセルを踏んだ。その瞬間、ゼロに等しかったフライングフォーのスピードは再び加速ブーストされ、ついに車体までアームが届いた。

 掴んだ先の車体がすぐに浮かび上がってくれたおかげで、フライングフォーはギリギリ彗星をかわすことに成功し、さらにはお待ちちかねの翼を広げて一気に浮上をしていく。

 何百もの水泡が車体を包むように泳ぎ、光の届かぬ深海からギリギリながら見事持ち上げることに成功。海面を突き通り、浮力が消えると駿さんのフライングフォーが一気に重くなった。


 空は赤っぽくもきれいな夕焼けに包まれている。

 駿さんのフライングフォーは跡形もなくボロボロで、だけど車としての形は無事に残っている。グリルには「FA」のロゴ、彗星に直撃した大きな凹み、微かに残っている駿さんの匂い。国明さんにはもちろん、幼い頃にしか出会えなかった天礼紗にも駿さんだとわかった。

「大丈夫か?」

「はい……なんとか」

 気力を使い果たした天礼紗には座る力もない。イスを倒して、両足をダッシュボードに乗せてぐったりしている。制服のままで、しかも弱音を吐かずよくがんばったものだ。天礼紗の疲れ切った様子を見て国明さんは感心する。

「あの……あきらめんなとか偉そうなこと言ってすいませんでした。自分でも諦めるべきかなあってどうすればいいか分かんなくなって……」

「謝るのはおれのほうさ。天礼紗さんを子供扱いした。本来ならおれ一人でやらなきゃいけなかったものを……一緒に行こうって言ってくれた」

 高校生を危険な目に遭わせたうえ、取り戻したくも取り戻せない自分に勇気づけてくれたのだ。天礼紗には感謝しきれないほどの物がある。

「単純に……憧れてただけですよ。駿さんみたいな人になりたいって。女なので変かもしれないですけど、そこら辺の半端な高級車より、フライングフォーに乗りたいです。でもやっぱり……女はダメですかね?」

 本当に天礼紗の憧れは樽馬駿にそっくりだ。下手すると国明さんよりも車に詳しい。乗ったらいけない理由なんてあるはずがない。飛行免許をちゃんと取得すれば女性だろうと関係なく乗れる。だけど違う意味で変じゃないとは言えない。

 天礼紗自身、本当にそれでいいのかという不安だ。高校生なら仲のいい友達と遊びに行って、恋愛をする年頃だ。卒業したあとは結婚して、幸せな家庭を築くという人生が待っている。なのに天礼紗は車に気を取られすぎて考えている様子がない。国明さんは尋ねる。

「乗るのは構わないが——そうなると結婚どころじゃ……」

「ほらね⁉︎ みんなケッコンが先だって言うんだよなー‼︎ なんで⁉︎ 億するから私には買えないってことかよお!」

 家族からも友達からも散々言われてきて、国明さんにまでこんなこと言われたら——せめて駿さんが生きていればよかったと嘆く。

「いや、まあ……じゃあケッコンして、彼氏に稼いでもらうか! そうすれば一石二鳥だろ⁉︎」

「そんなうまくいくわけないじゃん! 発明家じゃないんだから……てそうだった帰ったら自転車修理だあー‼︎」

 フライングフォーが伊豆半島に戻って来ると山奥が見えてくる。そういえばと天礼紗は置き去りにしていた空飛ぶ自転車を思い出した。

 今日中に直さなければ明日はお母さんの「ゴルフ・ヴァリアント」、あるいは歩き登校だ。車でも朝は出勤や学校の送り迎え、信号待ちの影響で着くまでが長い。宿題もしなければいけないし、修理もしなくてはならずで最悪だ。

 そう思えば忙しい毎日だ。車の新情報を調べて、やりたくもない勉強をして、お父さんに整備を手伝わされる時もある。だけどそんな生活が楽しい。車と触れ合うことで新しい発見、仕組みを知ることができる解決感がまた面白い。

 しかし、そんな生活も高校を卒業してしまえば全てが変わる。空飛ぶ車に乗るためにお金を稼ぐ、さらなる忙しい毎日が始まるだろう。

 そういう意味では天礼紗の夢は果てしなく大きい。今日起きたことがフライングフォー同乗体験会だとしたならば、空でも海でもどこへ行っても耐えられるんだという凄さを知れた、忘れもしない最高の一日だった。

「踊る空飛ぶ車」の救出から生まれた物語が、世界を救うのだと。車は人を乗せるもの、言い換えると世界を救う究極の道具だということに。




~おどる車が世界を救った~

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