最強能力【悪魔の声】は世界一最低です〜罵ることで強くなる能力は罵られたい聖女様と一緒に活用していこうと思う
王立ラグナロク学園。
ブリューナク王国唯一の剣士と魔導士の両方を育成し、毎年五百人近くの生徒が入学してくる。この王国で最も人気の学園と呼ばれている。
この学園には他の学園には無いものがいくつかある。その中でも一番有名なのはクランだ。
クランとは同じ年に入学してきた同級生だけで作られる団体である。
学園においてクランは非常に大切であり、すべての人がクランに所属する。
「だからこの能力は困るんだよな……」
誰にも聞こえない声量で呟く。俺は今、クランの追放処分を受けている最中だ。
「レイン。お前はどうして女子に暴言ばかり吐くんだ? それも戦闘中に」
「俺だってそんなことをしたくは無いけど、それが俺の能力だから仕方ないんだよ」
「お前の女子を罵倒すると魔力や身体能力が上がるというやつか?」
「そうだ」
変に誤解されないようにしっかりと肯定する。しかし俺の言葉にクランリーダーである男は顔を顰めた。
「そんな能力あるわけないだろ!? そうやって口実を作ってやりたいことをやっているだけだ!」
声を荒げて俺の能力を嘘だと決めつけてくる。確かにこんな変な能力を信じる人の方が少ないだろう。
信じれない奴がクランにいても邪魔をするだけだしな。
俺はそう悟り口を開いた。
「分かった。俺はこのクランを抜けるよ。短い間だったがありがとうな」
「その潔さだけは認めてやる。——さっさとここから出て行ってくれ!」
「ああ」
俺は早足にクランを後にした。
「次のクランを探さないとな」
これで丁度10回目のクラン追放となる。段々と追放されることにも慣れてきた。
その原因を作っているのも全ては俺の能力【悪魔の声】である。
その能力は異性を罵倒する量と質によって一定時間、能力が格段に上昇するというものだ。
初めて知った時は「上限が無いなんて最強だ!」なんて喜んでいた時期もあった。でも
「ほら、あれが女子を泣かせている最低男だよ」
「悪そうな顔だし近寄ったら泣かされそうだね」
「しっ! 聞こえるよ」
この学園に入って半年も経たずしてこんな噂を囁かれるようにもなってしまった。
生まれつき目つきが悪い上にこの能力なもんだから余計に広まるのも早かった。
「……本当にどうしよう」
もうすぐ学校からクエストが出され始める季節だ。そのクエストを達成できなければ容赦なく退学処分を言い渡される。
しかしクランを入っていないとクリアがほぼ不可能と言われるのがラグナロク学園のクエストだ。
そのためクランには所属しておきたいのだ。絶対に学園を退学になるわけにはいかないし。
「流石アリシア様!」
俺がとぼとぼと歩いていると近くの方で歓声のようなものが上がっていた。
気になり見に行ってみると大勢の人の中に一人異様に目立っている人物がいた。
「アリシア・フローレス様か……」
この学園でトップで有名な人物だ。
まず目を惹かれるのはその容姿だろう。腰まで伸びている亜麻色の髪は艶があり綺麗に整えられているし、長いまつ毛に大きく綺麗な碧眼。男子受けしそうなスタイル。
誰が見ても美人だと言うほどに綺麗な容姿を保っている。
しかし、アリシア様の凄さはそこだけでは無い。優秀な人も多く入学してくるこの学園で堂々の首席入学。
公爵家出身で身分が高いにもかかわらず、誰に対しても優しく接する人の良さ。
そんな非の打ちどころのないアリシア様につけられたあだ名は『聖女様』だ。
その有名人が魔法の訓練をしていたところらしい。
「是非、私のクランに来てくれませんか?」
「いやいや、俺のクランに」
今は訓練の休憩中なのだろう。ベンチに腰掛けているアリシア様を囲むようにクランリーダーらしき人達が勧誘をしている。
それを一定距離まで離している護衛も二人ほど見える。
「そうですね。少しだけ考えておきます」
「本当ですか!」
「ありがとうございます!」
アリシア様が一言言うと五人以上の勧誘していた人たちは歓喜の声をあげていた。
(どうせ、入らないんだろうな)
俺はそんな予感をしていた。なぜならアリシア様は今までにもクランに誘われているものの、一度も所属した事がないらしい。
何でかはわからないが、クランに入らなくても大丈夫だと思っているのだろうか。
「すみません。そろそろ私は時間ですので」
「そうですか。それではまた明日」
「ええ」
アリシア様は立ち上がると護衛二人と共に、その場を去っていった。
「俺も帰るか。明日からまたクラン探し頑張らないといけないし」
頬を叩いて自分を鼓舞した後、自分が住んでいる寮へと戻った。
「ふあぁ……」
ぐっすりと眠っていた夜、尿意によって目を覚ました。
この学園の寮のトイレに行くには一度外を通って行かなければいけない。
面倒くさいものの漏らすわけにはいけないので、ゆっくりと重い体を起こしてトイレへと向かった。
「早く帰って寝ないとな……うん?」
トイレで用を足して自分の寮へと戻っている途中、よく知っている人物が周りを気にしながら歩いていた。
「あれは……アリシア様か?」
アリシア様が入って行ったのはこの学園が所有している森の中だった。
弱いものの魔物もちらほらいる森なのだが、こんな時間に何のようだろうか。護衛の1人も連れずに。
そんな不自然な状況に出くわしてしまったためだろう。いつの間にか眠気は無くなりアリシア様をつけていた。
「どこだ? ここ」
少ししか進んでないはずなのに、初めて見る場所だった。数体は魔物がいるはずなのに全く見当たらない不思議な場所だ。
そんなところの切り株にアリシア様は腰かけて、何やら詠唱を始めていた。
「いつもは無詠唱なのに珍しいな」
そんな疑問を持ちつつみていると、詠唱が終わり出てきたのは一冊の本だった。一種の収納魔法のようなものだろうか。
何にせよ、ここまで来て本を読む理由なんて無い為、余計に好奇心が増してくる。
しかし
「…………」
何分経ってもアリシア様はただ熱心に本を読んでいただけで、面白そうな事は何も無かった。
その本の内容も遠くから見ていたためよくわからなかったから余計につまらない。
「そろそろ帰るか……」
そろそろ眠くなってきたので帰ろうと足を動かそうとした瞬間、パタリと本を閉じる音が聞こえ、
「ああ……。このご主人様はやっぱり最高だな……。私にもこんな罵ってくれるご主人様現れないかしら……」
そんな声も同時に聞こえてきた。いつもとは違う口調、惚気た表情。
そんなアリシア様の様子に驚きすぎたためか、動かそうと一歩出していた足を踏み外しバタリと大きな音を立てて転んだ。
その音に気が付かないはずもなく
「誰!?」
アリシア様は大きな声で叫び、恐る恐るとした足取りで迫ってくる。
「さっきのを見ましたか!」
「え、えっと本読んでたのとかは……」
明らかに焦った様子で勢いよく問い詰めてくるので、思わず本当のことを言ってしまった。ここは嘘でも見てないって言うべきだろうに。
「絶対に誰にも言わないでくださいよ! 私が罵られて喜ぶ人間だと! 言ったらどうなるか……」
「お、落ち着いてください!」
いつもとは大きく違ったアリシア様を目の前にして、驚きながらもゆっくりと宥めていった。
「そ、そうですね……。私としたことが少し取り乱してしまいました……」
一度深呼吸をしてアリシア様はいつも通りの表情に戻っていた。
そして落ち着いた様子で話し始めた。
「それであなたは……レイン・アラヤさんでしたよね?」
「えっ? 俺の名前覚えて覚えてるんですか!?」
「そりゃあ同じクラスですし、それにあなたは有名ですよ。女子を巧みな言葉遣いで泣かせていると」
「そうですか……」
そんな嫌な噂で認知されているとは。……あながち間違ってはいないけれど。
「それでさっきのどれくらいから見てましたか?」
「魔法で本を取り出すところくらいからですかね」
「本当に最初からですね……」
呆れた様子で小さく呟いていた。
「それでアリシア様はここで何をしていたのですか?」
「今更隠したところで意味はありませんよね」
「はあ」と大きなため息をついた後、覚悟を決めた様子で口を開いた。
「私は罵られたり、虐められたりされたいという欲求があるのです」
「はあ」
説明みたいなのが始まると思いきや、突拍子もない告白を受け思わず腑抜けた声を上げてしまう。
「しかし現実にそんな私を虐めてくれる人なんていません」
「そうですね」
公爵家を罵る人がこの世に存在するはずがない。
「ですので、このように本を買ってそれで欲求を抑えているのです」
アリシア様が詠唱を唱えると、俺の胸あたりまで積み上がるほどの本が出てきた。
「収納魔法ですか?」
「それもただの収納魔法ではありません。普段の収納魔法とは一緒にならないように詠唱をして使い分けているのです」
「なるほど」
「そうすれば万が一にも間違いは起きませんし」
詠唱をする事で普段用と本用で分けていたのか。
「それで収納魔法から出てきたのは……」
一冊の本を手に取ってみる。表紙には俺に似た男の人が立っていた。目つきの悪さとか相当似ている。
そのせいで少し興味を持ってしまい本を開いてみる。
そこで目に入ったのは、高貴そうな女性が首輪をつけて男の人に罵られている状態のイラストだった。
「うっ…‥まじか……」
小さくそう呟いてしまった。完璧で可憐な女性のイメージが一瞬にして崩壊した。
そんな僕の表情を見てアリシア様は顔をしかめていた。
「何ですか。そのあからさまに引いている顔は。それは私のお気に入りの本の一冊ですよ!」
「い、いや! ちょっと驚いただけです」
確かに引いたのは事実だけど……。驚きの方が強かったし間違った事は言ってないはず……。多分……。
「この事は誰にも言ってはいけませんよ」
「は、はい! それに俺が言ったところで誰も信じないと思いますよ」
「確かにそうですね」
クエストに行くたびに女子を罵る男と、公爵家のご令嬢のどっちを信じるかなんて分かりきっている。
それを分かっているアリシア様は、俺の言葉に納得し安心したようにホッと息を漏らす。
「この話からズレるのですが、ずっとレインさんに訊きたいことがあったのですが」
「はい? 何でしょうか?」
「レインさんはどうして女子を罵っているのですか?」
「うっ……ど直球ですね」
「言いたくないのならいいのですが」
「全然大丈夫ですよ。クランに入れてもらう時には言うので」
俺はアリシア様にこの能力について細かく説明した。
「なので魔物に勝つには罵らないといけないんです」
「そんな能力が実在するなんて……」
アリシア様は少し嬉しそうにそう呟いていた。そして俺のことをじっと見つめてくる。
「アリシア様?」
「私、レインさんに興味が出てきました。レインさんはまだクランに所属していませんよね?」
「ええ、長くても十日間で追放されるので」
自分で言ってて悲しい現実だ。
「私もこの趣味が原因で中々クランに身を置けないのです」
「確かに、長い間泊まり込みのクエストもあるますしね」
「ですから私もこの趣味を知っている人でないとクランを組みたくないのです」
「なるほど……」
それが原因でクランに入らなかったのか。確かにこの様子だとほぼ毎日ここに来てそうだし、泊まり込みのクエストだと絶対にバレるもんな。
「なので私のクランを組みませんか?」
「お、俺とアリシア様がですか!?」
「そう言ったつもりですが」
「そ、そんな無理ですよ!」
アリシア様と組むなんて……。
「大丈夫。お試しみたいなものですよ。合わなかったらすぐに辞める。それでいいでしょう?」
「それならまだ気が楽ですけど……」
それでもアリシア様と組むなんてそんな贅沢なことあってもいいのだろうか。
でももし、本当に組めたらトップの成績を取れるのも夢じゃない。
俺がまだ考えているとアリシア様が続けて口を開く。
「私は罵られたいという願望を持っていますが、誰でもいいと言うわけではありませんよ」
「えっ?」
「レインさんなら試してみてもいいと、そう思ったのです。私のお気に入りのご主人様に似ていますし」
そう、少し恥じらいながら言うアリシア様相手に断れるはずもなく……
「もう一度言います。私とクランを組んでくれませんか?」
「よろしくお願いします!」
こうして俺とアリシア様は初めて話したにも関わらず、クランを組むまでに至ったのである。
「ごきげんよう。皆さま」
「おはようございます! アリシア様」
「今日もお綺麗ですね」
昨日あんなことがあっても次の日には普通の日常が始まる。
それにしてもアリシア様にそんな秘密があったなんてな。いまだに信じられないよ。
「何アリシア様を睨みつけているのですか!」
「へっ?」
昨日のことを思い出しながらアリシア様のことを眺めていると、いきなり言いがかりを突きつけられた。
「アリシア様まで罵るつもりですか!」
「そ、そんなんじゃ——」
「いいのですよ。ルイス」
否定の言葉しようとした瞬間、アリシア様が口を挟んでくる。
「ア、アリシア様?」
「昨日、色々ありまして私とレインさんはクランを組むことになったのですから」
「はっ……?」
「な、何を言っているのですか……?」
突然の発表にクラスが騒然とする。その事を言うとも思っていなかったので、俺も思わず呆然としてしまう。
「アリシア様……何か弱みでも……」
「そんなんじゃありませんよ。しっかりとお互いの合意の上で組むことになったのです」
「そ、そんな……」
クラス全体が俺に敵意をむき出しにしてくる。確かに俺と組むのは意外だろうけど、そんな顔をしなくても……。
「そろそろ授業が始まるぞ! 席につけ!」
言い争いが激化しそうになりかけると、先生が大きな声を上げながら教室へと入ってくる。
先生には誰も逆らえず静かに席へと座っていく。
こちらを睨みながら座る人もいたが、できるだけ目を合わせないようにそっぽを向いていた。
そんな空気のまま授業が始まった。
剣士と魔導士を育成する学校といっても座学はある。
戦闘方法からこの国の歴史についてなど授業は様々だが、疎かにしていると卒業資格が与えられない。
学園曰くどの仕事に就くにしても学力が必要だからという事らしい。
それが終わると実技になる。
実技も多種多様にあるが、今日は学園が所有している森での魔物退治であった。
「二人一組ででパーティーを組んで力を合わせて魔物を倒せ! 魔物の質は問わない。時間内にできるだけ多く倒してこい! 」
担任の先生であるアイデン・ベルリア先生が指示をする。
この学園の教師たちは冒険者でトップクラスであったり、王宮で仕事をしたことがあったりと豪華な面々が揃っている。
アイデン先生も冒険者として名を馳せていたすごい人物だ。
「それでは参りましょうか」
「ア、アリシア様!?」
「私たちはクランの仲間なのですから当然ですよね」
「確かにそうでしょうけど……」
アリシア様の言っていることは正しい。ここで協力しなければクランを組んだ意味が無い。
チラリと横に目配せするだけで睨まれているのが分かる。特に男子にだ。
こんな可愛い人と二人っきりで組むなんて羨ましいに決まってるもんな。
「そう言う事です。ですから早く行きますよ」
「は、はい」
俺はアリシア様の後をついていく形で森の中へと入っていった。
「ところでレインさん」
「何ですか?」
「クランを組んだ時の約束忘れていませんか?」
「約束……ですか?」
「敬語を止める事と呼び捨てで呼ぶことですよ」
「あっ! そういえば……」
昨日そんな事を言われていたな。
仮にも私のご主人様候補になるのですから、気持ちから入って頂かないと困ります!
そんな感じの理由でタメ口の呼び捨てで話す事を強制されていたのだ。
「き、気をつけるよ。アリシア」
「それで宜しいのです」
「ふう……」
全く慣れない事をやっているため、妙に疲れる。
「それと今日の実技はレインさんの能力を見させていただきます。弱い能力ならばすぐに解散もあり得ますからね」
「それは重々承知の上です……だ」
「はぁ……それで本当に大丈夫なのですか……」
まだ慣れないタメ口にアリシア様は頭を押さえていた。
せっかくあのアリシア様にクランを誘われたんだ。失望されないようにしないと……。
俺は頬を叩いて気合いを入れる。その瞬間、目の前の草むらが揺れた。
「——っ! レインさん」
「……はい……」
近くに魔物の気配がしたため足を止める。気配を感じた瞬間から、アリシア様はものすごい集中力で周りを見渡していた。
これが首席か……。
一瞬でアリシア様の集中力に感化され、俺も臨戦体勢を取る。
「危ない!」
「きゃっ……!」
草むらから飛び出てきたウルフの一匹の攻撃を、アリシア様を抱えて間一髪で避け切る。
アリシア様を降ろして周りを見るといつの間にか、俺たちを囲むようにウルフの群れが並んでいた。
「レインさん。早く能力を」
「……わかりました——いや」
俺は頭の中のスイッチをオンにして、再度ウルフ達を睨みつける。
「わかったよ。このヘ・ン・タ・イ・聖・女・様・」
俺はアリシアを庇うような体勢でウルフ達を牽制していた。
「アリシア。お前は俺に罵られたいからクランを組んだんだよなぁ」
「そ、そういうわけででは……ただ、ご主人様に似ていただけで」
そう否定しているものの、アリシアの語尾は嬉しそうに上がっている。こんな人は初めてだ……。
「それじゃあ、あの本のご主人様のようにして欲しいんだろ?」
「そ、それは……」
「素直に言えばやってやるのになぁ……」
「ほ、本当ですか!」
ウルフの群れを目の前にしているとは思えないほどの会話。
しかし、俺の中魔力や身体能力が底上げされるのを感じる。
「そ、それでは……!」
ガルゥ!
アリシアが口を開いた途端、ウルフ達は一斉に襲いかかってくる。
身の危険を感じウルフレベルなら十分に倒せる力が溜まったと感じたため、アリシアを放置して討伐していく。
腰に下げていた剣で目の前のウルフ達を斬りつけ、後ろから迫ってくるウルフ達は魔法で追撃する。
「ふぅ……」
十匹近く居たウルフたちは全て横に転がっていた。
「す、すみません! アリシア様」
俺はハッと正気に戻りアリシア様の方へと目を向けるとプルプルと体を震わせており、遠くから見ても怒っているとわかった。
「せっかく……」
「えっ?」
「せっかくあの本のようにしてもらえると思っていたのに! あのウルフ達のせいで!」
もしかして怒ってる対象って俺じゃなくて、ウルフ達なのか……?
「あ、アリシア様……?」
「レインさん! また敬語になってますよ!」
「は、はい! ごめん」
「はぁ……」
魔物を倒した後とは思えないほど辛気臭い雰囲気になっていた。
この後先生の元へ戻る間、延々と「ご主人様になる真剣さが足りない!」などとよく分からない理由で説教され続けた。
「今回の最優秀者はアリシア、レインチームだ。みんなもこの二人に負けぬように努力する様に」
実技の時に毎回発表される一番良かった人だ。
低ランクの魔物であるウルフだが、小さい群れを成していた魔物を倒すのは流石だと褒められた。
……そんなに頑張ったつもりはないけどな。
「アリシア様! 流石です!」
「やはり、この学園で1番の実力者ですね!」
授業が終わるとすぐにアリシアのまわりには人が集まっていた。
何か言いたげであったアリシアだが、変なことを言われる前に俺はその場を後にした。
俺が倒したというつもりだろうが、変に目をつけられるのも嫌だしな。
「まだ慣れないな。アリシア——呼び」
今まで貴族相手になんて呼び捨てで、ましてやタメ口でなんて話したことすら無い。
今は意識しているからできているけど、反射的になると敬語になるよな……。
そんなことを考えながら廊下を歩いていた。
実技が終わるとすぐに放課後になるため、廊下は人通りが多くなっている。
「…………あんた!」
人の話し声もその分大きく聴こえてくる。確かにうるさいけどこの状況にも慣れてきた。
「そこのあんたよ!」
「えっ?」
強めに肩を叩かれて後ろを振り向くと、双子の様な美少女が二人立っていた。
強気そうな女子と弱気そうな女子の性格が正反対そうな二人だった。
長さは違うものの二人とも同じ紫色の髪で、花柄の髪飾りをつけていた。
アリシアにも劣らない程の美貌を持っている為に思わず見惚れてしまった。
「……俺を呼んでたのか?」
「そうよ!」
まさかアリシア以外で俺のことを呼ぶやつなんていないと思っていたため、勝手に違うと勘違いをしていたみたいだった。
「……で、何の用だ?」
俺は気を取り直して二人に話しかけた。
「あなたアリシア・フローレスと同じクラスよね?」
「ああ。そうだけど」
「アリシアがクランを結成したって本当なの?」
「らしいぞ。今日の実技も一緒に行ってたし」
アリシアとクランを組んでいる奴が俺だなんて知られたら面倒だったので、知らないフリをして話を進めた。
「やっぱりそうなのね……」
「お姉ちゃん。もういいでしょ」
「分かったわよ」
妙に仲良いと思ったら姉妹だったのか。それなら納得だな。
「ありがとねー!」
「ありがとうございます!」
「ああ、どういたしまして」
訊きたいことが訊けたのか、紫髪の姉妹はそそくさとその場を去っていった。
俺も一旦寮に戻ろうと歩き出した。校舎を出て人通りが少なくなったところで、また横から話しかけられた。
「あの二人となにを話していたのですか?」
「えっ? あ、アリシア様!?」
「また敬語になってますよ」
「あ、ああ。ごめん」
俺が一人になったところで話しかけられたため、思わず声をあげてしまう。
「それであの二人となにを話していたのですか?」
「見てたのか?」
「ええ。話すことがあったのですが仲良く話してたので後からの方がいいかと」
「で、ここまでつけてきたのか……」
「つ、つけてきたというか……それより! なにを話していたのですか?」
アリシア少し頬を紅潮させていたものの、すぐにいつも通りに戻り、強引に話を戻していた。
「えっと、アリシアがクランを組んだのは本当かって訊かれたから、頷いただけだよ」
「なるほど、そういうことですか……」
顎に手を置いてアリシアは考え始める。何故かアリシアは納得していたため、なんだか置いてけぼりの気分になる。
「あの二人と知り合いなのか?」
「レインさんは知らないのですか?」
「えっ? 有名なのか?」
「入試でトップ10の実力ですよ。それも双子揃って」
「へえ、そうなんだ」
「全然知らないのですね……」
「はぁ」と一つ大きなため息をつくと、あの双子について説明してくれた。
「あの二人はルナ・ツインベルと、フィナツインベルというのです」
「長髪で堂々としているのがルナさん。短髪でオドオドとしているのがフィナさんですね」
「それでその二人がアリシアとどんな関係にあるんだ?」
「私もよく分からないんですよね」
アリシアは少し苦笑いをしながら答えていた。
「入学の当日にルナさんにライバル宣言をされまして……」
「やっぱり首席っていうのは大変なんだな」
「まぁすぐに慣れますよ」
アリシアは確かに慣れてそうだった。もうあんな量の人に話しかけられても対処できているんだし……。
「それじゃあ今回尋ねられたこともライバル視しているからって事なのか」
「多分そうですね。あの二人もクランに入ってませんでしたからこれから入るんじゃないでしょうか」
「なるほどな……」
ライバル視している相手がクランに入ったから、自分たちもクランに入るって事か。
「あっ……そうです! クランのことでレインさんに話があったから追ってきたんですよ」
「えっ?」
アリシアが思い出した様にそんな言葉を口走る。
「クランを作るには色々手続きが必要なんですよ。ですから一緒に来てもらおうと」
「俺、必要か?」
出来ればアリシアと二人で校内を回ることはしたくないんだけど。変な噂を立てられても困るし。
「必要ですよ。レインさんはクランのリーダーになるんですから」
「俺!? そこはアリシア様が……アリシアがやると思ってたんだけど」
驚いて思わず敬語になるところだった。
俺がクランリーダーなんて向いてないと思うけど、何故がアリシアは俺にやらせようとしてくる。
「いいえ。ここだけは譲れません。レインさんにやってもらいます」
「アリシアの方が実力的にも適任だと思うけど」
俺が説得しようとしても頑なに認めないアリシア。
「私だって力の無い人にリーダーをやらせるつもりはありませんよ」
「なら、俺も全然だって」
「いいえ、私はレインさんにならリーダーを任せられると思ったんですよ」
「こんな短い間でそう判断したのか?」
「はい」
俺の疑問にも即答する。
でも、人望もある。大勢に囲まれるのに慣れているアリシアがやるのがこれからの学園生活にとって適任だと思うんだが……。
「私はこの学園で絶対にトップならないといけないんです!」
「それなら尚更……」
「私が上に立っては絶対にトップになれません。私は誰かを補佐するのが一番あっているのです」
そこまでトップにこだわる理由は何かあるのだろうか……。ここまで本気のアリシアの顔を見たのは初めてだった。
「ですからレインさんにリーダーをやってもらいたいんです!」
「…………」
「お願いします!」
俺が渋っていると、アリシアは勢いよく頭を下げてお願いしてきた。
アリシアがここまでするなら何か考えがあるのだろう。俺の夢もこの学園で上であればあるほど近づきやすい。
それに何より、アリシアにここまでお願いされて断れるはずもない。
この学園で初めて俺を必要としてくれた人なのだから。
「そこまで言うなら俺がやってもいいけど」
「本当ですか!?」
「ああ。でもミスっても文句は言わないでくれよ」
「もちろんです! そこは私が全力でサポートします! 本当にありがとうございます!」
パァーっと効果音がつきそうなほどの勢いで笑顔になったアリシアは、俺の手を掴んでお礼を言ってくる。
「それではクランの手続きをしに行きましょう。雑務的なのは得意ですから任せてください」
「それは助かるよ」
アリシアはあからさまに嬉しそうな様子で、歩いていった。
まぁここまで嬉しそうにされたら引き受けた甲斐があったものだな。
俺はそう思いながらアリシアの後をつけていった。
***
レインたちがクランの手続きへと向かっている間、男子寮で密かな話し合いが行われていた。
「おい。どうする。このままじゃあアリシア様取られちまうぞ」
「大丈夫だ。ちゃんと考えてある」
男が数人暗がりの部屋で話しているとても不気味な光景であった。
「次の実技であの男を殺しにかかる」
「ばれたら俺たちが殺されるぞ」
「ちゃんと上手くやれば事故ということになる。そこでこれだ」
男の一人は青く光る液体の入った瓶を手に持っていた。
「これは魔物を凶暴化させる薬だ。もう分かるだろ」
「……なるほどな……」
一人の男の言葉にほかの男たちは納得していた。
「これでアリシア様を取り返す」
「ああ。あんなゲス男にアリシア様は渡さない」
「全てはアリシア様のために」
暗がりの部屋の中、男たちの不気味な笑い声が響き渡った。
「面白い!」
「続きが気になる!」
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