婚約破棄された令嬢のその後
前作の番外編のようなお話になります。
『リディア・ガーネット!今日で貴様との婚約は破棄する!』
「はぁ…」
私は今日あったことを思い出してため息をつきました。
それもそのはず。私は今日の卒業パーティーで婚約者のエリオット様に一方的に婚約を破棄され、『傷物』になってしまったのですから。
学園は今日で卒業なので何の問題もありませんが、公爵令息に婚約破棄されたという事実は残ってしまいます。
優秀な弟のリックがいるので家のことは心配ないですが、今大切なのは自分のこと。果たして私に結婚相手が見つかるのか。
「お嬢様、奥様がお呼びです」
「今行くわ」
侍女に軽く返事をして立ち上がる。おそらく今後の事の話でしょう。
市井に追い出されるか、修道院か。考えすぎだといいんですが。
「リディア。辛かったでしょう」
「大丈夫か?」
ところが行ってみるとお母様は涙目で、意外にもお父様も心配してくださっている?
てっきり縁を切られるのではないかと思っていたのですが…。
「あの…私は出ていかなくてもいいのですか?」
「何を言っているの!あなたは何も悪くないじゃない!」
「そうだ。あんな奴はこっちから願い下げだ」
両親の優しい言葉に思わず涙が出そうになりますが、グッと堪えて本題を切り出します。
「それで、今後のことなんですけど」
「そうそう、私たちでも相談したんだけどね、リディア。あなたの好きなように生きてみなさい」
「慰謝料も自由に使っていい」
「そんな…」
確かにやりたくてもできなかったこともたくさんありますし、目標もありますが…。
私の思いを読み取ったかのようなタイミングでお父様が話し出しました。
「家のことなら心配ない。リックもいるし、しばらくゆっくりしてやりたいことを探しなさい」
「それなら…」
私は両親の優しさに感謝し、慰謝料が届いてすぐに家を出たのでした。
*
「まずは、働く場所を見つけなくては」
久しぶりに来る街は特に変わったところもありませんでしたが、一人で歩く景色はどこか新鮮に感じられます。もっと見て回りたい気持ちを抑え、私は仕事探しを始めました。
エリオット様から頂いた慰謝料を使えばいいような気もしますが、元は公爵家のお金だったと思うとなんとなく嫌なので、家賃だけに使うことにしました。
幸いにも仕事はすぐに見つかり、今は小さなカフェで働いています。
頑張りが認められたのか、今ではオーナーもほとんどの仕事を私に任せてくれるようになりました。
「いらっしゃいませ~」
ドアの開く音に合わせて挨拶をし、後ろを振り返ると、いつもと変わらない見慣れた姿がありました。
「あらデューク、今日は早いのね」
「ああ。最近は仕事が早く終わる日が多くてな」
「そうだったのね。今日は何にする?」
いつもと同じコーヒーとクッキーを頼んだデュークは、私がここで働き始めたときに知り合ったので…もう一ヶ月ですね。どうやら彼はカフェの近くの役場で働いているそうで、ここにもかなりの頻度で来てくれます。
「そういえばさ、リディアはその…婚約破棄されて、今は婚約してる人とかっていないんだよな?」
「ええ、そうね」
どことなく緊張した面持ちのデューク。私はコーヒーとクッキーを差し出しながら返事をし、カウンター席で話を続けます。
デュークはコーヒーを一口飲んだあと、決意を固めたような表情になりました。
「リディアさえよかったら、オレと婚約してほしい」
突然のことで驚きが隠せません。
確かにデュークは優しいし、一緒にいて居心地もいいです。ほとんど毎日ここに通ってくれて、彼と話している時間はとても楽しいです。もしまた婚約するとしたら、私はきっと彼のような人を選ぶでしょう。
――だから私は、
「はい」
そう、答えました。
でも、私には一つ、絶対に譲れないことがあるのです。それを伝えるために、私は口を開きました。
「婚約はしますが、私、恋愛結婚が夢なんです」
そういって微笑むと彼はその言葉だけで、言いたいことを理解してくれたようです。
婚約期間が終わるまでに、デュークは『仲のいい友人』ではなくなるのでしょうか?
私のもう一つの夢――幸せな家庭をつくること――は、もうすぐ叶うのかもしれません。
その後一ヶ月の婚約期間を経て、デュークの実家である伯爵家に嫁ぎ、幸せな家庭をつくることはできましたが、それはまだ先のお話。