今昔陰陽師集〜怖しき者也〜
2作目です。今回も今昔物語集からになります。
道真さんと晴明が同じ時代にいるにあたって・・・
今後、登場する人物の血統、家系、年齢等、原文とは異なるものになると思います。
内容としては『今は昔』の割合が高いですが、作者の嗜好に、お付き合い頂けたらと思います。
今となってはもう昔のことだが・・・
一
ポツ、ポツ、ポツと街灯はあるが、周りが暗く、夕飯の時間はとうに過ぎている。
菅原道真は、バイクで一条通りを安倍晴明宅まで走らせていた。
焦ってはいるが、法定速度は守っている。
その表情は、不安と焦りが入り交じった顔をしている。
こんな時間に晴明は起きているだろうか、起きていて欲しい。
いや、寝ていても起こそう・・・
固い決心を胸に、晴明の家に着くと、道真はバイクの駐車もそこそこに、玄関まで急ぐ。
道真が呼び鈴を鳴らす前に、晴明が玄関先に顔を出した。
驚いたが、これ幸いと挨拶もせず、晴明に迫った。
「せいめい、晴明!俺は何かに憑かれてないか?!」
晴明は、予想外に近かった道真の顔を掌で受け止め、押し返した。
「近いし、うるさいですよ・・・・・・こんな時間に迷惑です。道真さんでなかったら門先で入れなくしてますよ。親しき仲にも礼儀ありってご存知ですか?」
静かだが、道真が姿勢を正す程に晴明の声は怒気を含んでいた。
表情は平常時と変わらず無表情だが、目元が少し眠そうな雰囲気がある。
俺が来るまで、本当に寝ていたのかもしれない・・・
晴明の声で、道真は少し落ち着きを取り戻した。
「どんなに親しい間柄でも、守るべき礼儀を忘れて失礼な態度を取ってはいけない。『良仲には垣をせよ』と同じ意味だな」
「ええ、そうですよ」
「礼儀をかいたのは、すまないと思っている。だが、それどころではない」
「なんですか」
「俺に何か取り憑いていないか、視てくれないか?」
道真の表情は眉が下がり、だんだん情けなくなってきていた。
「そんな事で来たんですか?俺ではなく、保憲さんに頼めばいいのでは?
昨晩呑んだ時に、『明日は大学に泊まろっかな〜』と仰ってましたよ」
あいつに似せたつもりだろうが、全く似ていない声色で晴明が教えてくれた。
「あいつに頼んで、割に合わない見返りを求められるのは嫌だ。そして、あいつは仮にも教授の身で大学に泊まろうとするな」
道真は苦虫を噛み潰したような顔をした。
賀茂保憲ーー
道真とは大学の同僚で、賀茂家の長男である。
晴明より四つ程歳が上。
けれど、こいつも若く見えるため、毎年、新年度になると新入生が保憲を先輩と間違う、という場面を大学で何度か目にしたことがある。
晴明と関わり合いになった最終的な原因が、この男にある。
が、その話はまた別の機会に。
道真さんが嫌がる程の見返りとは、一体どのような事を求めたのだろう、保憲さんは・・・
晴明は軽く頭を掻きながら、一切変わらない表情の下で、そう思っていた。
「わかりました。ですが、もとから道真さんに何か憑いている気配などないですよ」
「本当か?」
「信用ないなら保の「すいません、お願いします」」
「はぁ・・・道真さん、いいと言うまで、俺の眼を見て動かさないでくださいよ」
「っっ・・・・・・」
晴明は何も考えてなさそうな顔のまま、少し高さのある道真の瞳を覗き込むように見つめた。
動かすなと言われてもな・・・
言われなくても動かせない。
眼だけでなく、身体も・・・
距離が近いことも、身体を動かせない原因ではある。
だが、言うならば、そう・・・
フッと、道端で出会した猫と目が合って逸らせない時と似ている。
道真が思い出していると、晴明が離れていった。
「もういいですよ。内も問題ないです」
「ならいい・・・」
道真は、自分に何もなかったことと、晴明と距離が取れたことで、ほっと安心したように息を吐く。
ほっとしたら腹が減ってきたような・・・
軽く腹に手を当ててみた。
道真を横目で見て、晴明は家の中に入っていく。
一度振り向いてから、玄関先で腹に手を当て突っ立っている道真に、声をかけた。
「この時間に、あんなに焦って此処に来たということは、夜食べてないでしょう?簡単なものならお出ししますよ」
「すまん、助かる。腹が減ったのを思い出して、コンビニに寄ろうかと思っていたんだ」
「本当はそのままお帰りいただきたいです」
「腹が減って動けそうにないから、食べさせてください」
しおらしく、軽く頭を下げた道真を見て、晴明はため息を吐く。
「わかりましたよ。ついでに何故、あんなに慌てていたのか話してください」
「聞いてくれるのか?」
動かしたか動かさないか、ほんの少し晴明の目が狭くなったようにみえた。
「腹が減ったと同時に、自分に何が起きたか気になっているのではないですか?」
「・・・・・・」
確かに気になった、あれは何だったのか、今となっては凄く気になっている・・・
バツが悪そうな道真を残し、晴明は部屋の中に入っていった。
二
はぁ・・・うまい
白米、焼いた魚、出汁、あられと海苔で、何故こんなにうまいのか・・・
晴明は、なにか隠し味を入れているのか・・・
道真は出された茶漬けを食べている。
晴明がやって来て、茶を淹れた急須と、空の湯呑をテーブルに置いた。
急須が一人でに浮かび上がり、湯呑に茶を入れ、茶の入った湯呑が道真の前に落ち着く。
「で、道真さんは何故あんなに慌ててたんです?」
良い調子で忘れていたのに、蒸し返すのもどうか、とは思ったが、どうせ聞かなければ明日聞かされるのだからと、晴明から先程のことを道真に問いかけた。
晴明は、自分も茶漬けを食べようとラグの上に座る。
「出たんだよ」
「出た、だけでは分からないので、主語をつけて下さいよ」
「女の幽霊が・・・」
道真は茶碗と箸を置き、話し始めた。
ーーーーー
三
昨日の晩、道真は名古屋を通って下呂まで行こう、と思い立った。
下呂に行き、温泉に入って、ガタが出始めた身体を労わろうと思ってのことである。
夜中に出ても良かったが、三時間ほどで着くだろうと、明け方出発する予定を立てた。
予定を立てた後、早々と荷物を纏める。
仮眠を取り、夜も明ける前に起き出して、家を出る。
まだ、周囲も群青暗い。
車庫からバイクを通りに出し、跨る。
さぁ、エンジンを・・・という時。
数メートル先に、淡いブルーのワンピースを来た女を目に留めた。
こんな時間に女性が一人で大丈夫か?
観光客か?いや、それでも流石にツレがいるだろう・・・
道真はそう思ったが、その女性は辺りを行ったり、来たり、ウロウロしている。
誰とも待ち合せている様子もない。
自宅付近な事もあり、仕方がない・・・と道真はバイクを車庫に戻して、その女性に柔らかな声色で声をかけた。
「突然声をおかけして申し訳ありません。この辺りに何か御用ですか?」
その女性は助かったとばかりに、パッと顔を向け、道真に問いかけた。
「すいません。道に迷ってしまって・・・携帯で探そうにも充電が切れて、出来ないのです。道をお尋ねしたいのですが、地元の方でしょうか?」
歳は三十代後半、背は低いが体つきはしっかりしている。
肌には艶があり、笑みが見れれば・・・水仙のように控えめな明るさではあるが、凛として美しいだろう。
その顔が、ほとほと困り果てたように表情を歪ませ、道真を見上げていた。
「そうですが、こんな時間に何処まで行かれる予定ですか?日が登ってから出直した方が良いのではないですか?」
「いいえ、大事な用事があって・・・すぐにでも行かなくてはいけません。新井秀康という人のお宅をご存知ですか?」
道真は少し眉を寄せ、目線を上にあげる。
新井・・・確か一軒だけ、 八百メートルほど行くか行かないかの所に三年程前に出来たような・・・
道真は幾分か低い女の目線に合わせ、聞いてみることにした。
「職業は何をされている方ですか?」
「銀行員をしています。お分かりになりますか?」
あぁ・・・やはりあの家で間違いないのか。
タクシーを呼ぶにも、携帯を荷物の中に入れたままだ・・・取りに行って戻ってくるぐらいなら、送っていった方が早いか。
できるだけ不快や、不振に思われないように、あの人はなんと言って問いかけていただろうか・・・
昔、世話になった女好きの知人を思い出しながら言葉を選ぶ。
道真はしばし思案した後、女に問いかけた。
「場所はわかりますが、一km程先にあります。男性でも危ない世の中なのに、ましてや女性一人がこんな時間に歩いて行くのは危険ですよ。私のバイクでよければ、お送りさせていただいても宜しいですか?」
「送っていただけるんですか?!ありがとうございます!本当に嬉しいです」
女は目を見開いて、心から嬉しそうに微笑む。
その顔は、本当に水仙のように綺麗だった。
四
道真は、その女を恐ろしいように感じていた。
いや別に気のせいだろう、たかがこんな時間に一人でいたくらいで。
最近の若者ならこれくらい普通なのだろう・・・
女を後ろに乗せ、道真はバイクを走らせた。
新井家の前に着き、エンジンを切って女に声をかける。
「着きましたよ。ここが新井さんのお宅です」
女はバイクから降りて門に掲げられた表札を見て、道真に向き直る。
「こんな夜も明けきらない時間に迷っていた所を助けていただいただけでも有難いのに、さらに、送っていただいて、本当に感謝しています」
そして、女は自分の住所を告げ、深々と頭を下げるとこう言った。
「滋賀にいらした時は必ずお立ち寄り下さい。お話したいことがあります」
「お役に立てたのであれば此方としても嬉しいです。下呂に行こうと思っていたので、その時は立ち寄らせていただきます。
では、私はこれで。京都からお帰りの際は気をつけて下さい」
道真は一瞬目を女から逸らし、ヘルメットを入れるバックは何処だったかと、バイクを見てから女に戻した。
が、女に戻したはずの目線が、家の門を捉えた。
・・・女の姿がない。
道真は目を見開いた。
ちょっと待て、奇妙な事が起こった・・・
呼び鈴を押した気配も音もない。
まして、家の人がインターフォンに出た音も、玄関を開けた素振りもない・・・
どういうことだ?
道真は、背筋が何とも言い難い不快感に襲われ、髪の毛が逆立つような感覚に陥る。
足がすくんで、暫くその場から動けずにいた。
タクシーのライトに照らされ、やっと動き出せるようになると、道真は下呂に行く予定を取りやめ、自宅に帰り布団に入った。
五
今日の夕方、不快感が拭えず、あの女性を確認しようと、もう一度新井家に行った。
行ったはいいが、門の前まで行くことは出来なかった。
何台か車が停まっている。
何故、あの家の前にあんなに車が停まっているんだ?・・・何かあったのか?
道真は不思議に思い、辺りを見回す。
遠巻きに新井家を見ている近所の婦人らしき人を見つけ、声をかけた。
「すいません。新井さんに用事があって伺ったのですが、新井さんのお宅で何かありましたか?」
婦人は声をかけられ驚いていたが、話したくて仕方がなかったのか、色々と話してくれた。
「新井さんのご主人が亡くなったんですって。お手伝いさんから聞いたんだけど、ご主人、二、三日前から女の霊が現れるって精神的に弱ってたらしいの。
で、明け方、奥さんと寝室で寝ている時に、また女の幽が出てきたみたいで、『すまん!俺を許してくれ!頼むからもう出ないでくれ!』って突然ご主人が叫んで亡くなったって話しよ。幽霊って本当にいるのかしらね」
さらに、婦人はこうも続けた。
「ご主人、独身の時は滋賀県に住んでたから、その女の霊は、昔の恋人じゃないかって噂よ」
道真は、全身の冷えた血が一気に背中に走ったように感じた。
頭も痛くなってきている。
なんとか婦人に礼を言い、道真は自宅に帰りついた。
南無・・・、南無・・・、頭の中で念仏を唱え、何事も無かったと自分に言い聞かせ、家中を歩き回る。
数時間後、我慢の限界で、鍵とヘルメットを掴み、自宅を飛び出した。
ーーーーー
六
「と、いうことがあった」
道真は今までの経緯を話し終え、茶を飲み干した。
「声をかけた自分も憑かれて、死んでしまうかもしれないと考え、あんなに慌てていたんですか」
「あぁ、天命を全うして死ぬならいいが、幽霊に憑かれて死ぬのは嫌だ」
「それも天命ってことでは?」
「・・・・・・」
晴明は食べ終えた茶碗を置き、涼しげに答えると、道真は言葉に詰まった。
そう言ってくれるな・・・
人助けしたにもかかわらず、そのせいで死にたくはない・・・
道真は、少し眉を下げて晴明を見た。
晴明は何も考えていない顔で茶を飲んでいる。
「憑かれてないならいい。・・・ところで晴明、明日、琵琶湖を見に行かないか?」
湯呑の中の茶を見ていた晴明は、目線を上げ、道真と目を合わせる。
「女性に教えてもらった住所を訪ねるつもりですか?」
「分かってるじゃないか。本当にあの女性なら、俺の前に現れたのは生霊ということだ。気になるだろ」
道真は晴明を見つめる目に、期待を滲ませている。
晴明は、これは何を言っても無駄だなと、一つため息を吐いた。
七
翌日ーー
道真と晴明は、昨日女に教えてもらった住所に来ていた。
高速道路で一時間もかからなかった・・・
帰りに草津に寄って、温泉に入りたい等と、呑気な事を晴明が考えているとも知らず、道真は玄関の呼び鈴を押した。
女の声がインターフォン越しから聞こえると、道真は京都で件の事があったと説明した。
「その件に心当たりがあります」
そうハッキリ返答された後、女が玄関ドアから出てくる。
道真が、出てきた女の顔を確認すると、昨日会った女と同じ顔だった。
女は挨拶をすませ、リビングに二人を通した。
女の名は宇津野 信といった。
信はお茶を出すと、落ち着いた表情で淡々と話し始める。
「あの人本当に死んだのですね。夢だと思っていたのですが・・・しっかりと覚えています。
・・・・・・・・・あれだけ『お前だけだ、一生一緒にいよう』と言ってくれていたのに、どの言葉も嘘だったのだと・・・
あの人に一方的に別れを告げられ、もう愛してくれないなら、いっそ殺してしまいたいと、ずっと思っていました」
この優雅に微笑んでいる信が、生霊になるほどの恨みとは・・・恐ろしいものだなと道真は思った。
晴明は顎に手を添えて、少し考えていたかと思うと信に問いかけた。
「不快に思われたら申し訳ないのですが、別れを告げられた理由は、信さんが女性ではないからですか?」
「おい、晴明!失礼だろ」
「っっ!・・・・・・・・・何故そう思われたんですか?」
咎める道真を他所に、晴明は遠慮なく続けた。
「女性にしては喉仏が目立ちますし、肩や手等の骨格がしっかりしているので、もしかしたらそうかなっと」
信は晴明を静かに見つめ、否定するのを諦めたように視線を逸らした。
「はぁ・・・晴明さんのおっしゃる通り、私は女性ではありません。『世間の目が厳しい』『出世に響く』『子どもが産めない』秀康さんから、本当に今更な事を言われ、最後には『俺の人生に君は邪魔なんだ』と。それを聞いてから、ずっと許せなかったんです」
信はさらに続けた。
「ですから、昨日の喜びは、生生世世、忘れる事はありません。道真さん、あの時助けていただいて、本当にありがとうございました」
信に微笑み、深々と頭を下げてお礼言った。
もし今後、信に自責の念が起こったとしても、責められる事や、裁かれる事はないというのも物悲しいものだな・・・
道真は頭を下げる信を見て、心苦しい、苦々しい、痛ましい、それらが合わさった何とも表現しにくい表情をしていた。
八
あの後、信が饗そうとしてくれたが、居心地が悪くなり早々に家を立ち去った。
帰る途中、サービスエリアに立ち寄った際、道真は土産店に寄るでもなく、遠くの緑を観ていた。
他の客のように、あの山を見ていれば、俺も少しは人心地つくのだろうか・・・
「道真さん、何を考えているんです?」
晴明が、遠くを見つめる道真に声をかけた。
「いや・・・信さんの事と、あと昔の事をな」
もし、信と秀康が出会わなければ、別れなかったら、恨まなければ、生霊になれなかったら、道真が道を案内しなければ、信が殺す事はなかったかもれない。
風が吹き荒れ、松葉、裏柳、常磐、苔、色の濃淡が揺れ動く。
道真は晴明を見ず、遠くを見つめたままでいる。
ふと頭の中を整理するようにポツリ、ポツリと道真が口を開く。
「生霊と耳にすると、本人に自覚がない話が殆どだと思っていた。だから、信さんにしっかり自覚があるとは思わなかった。そして、女も男も関係なく、人の恨みとは恐ろしいものだな」
「ええ、そうですね、自覚がある人は珍しいです。
まぁ、これだけ恨みが強くなる前に、他の方々なら俺達に依頼してきます。
なので、俺は人のそれがなければ、収入源が減って生活していけません」
道真を見つめ、晴明はなんでもない事のように軽く答えた。
今まで遠くを見ていた道真は
じとっ
と晴明をみる。
晴明は、珍しく片方の口の端を少し上げた。
「幽霊よりも人の方が怖い。昔から言われているでしょう」
先程から吹き荒れていた風が少し止んできた。
晴明と見つめ合いながら、確かにそうだなと、道真は自分の事を思い出す。
光と影があるように、幸せにも、他の誰かの不幸が伴う時がある。
こいつは幼少期から恨み、憎悪、妬み、人の醜い部分を見て、その身体全てで感じ取って育ってきたようなものか・・・
人のそれを平然と生活の糧の一部にしている晴明や保憲の方が、最も恐ろしいのかもしれないな・・・
道真は、この話は終わったというように、晴明から目を逸らし、ポケットからバイクの鍵を取り出す。
取り出した鍵を、晴明の目の前にぶら下げた。
「団子買ってくる。晴明、帰りはお前が運転してくれないか」
「運転するのはいいですが、草津寄りますよ」
晴明は、鍵を受け取りポケットにしまった。
当初の下呂予定が、草津になったが、まぁ・・・いいか。
ところで、晴明の家の車庫でバイクも見かけたが、俺は晴明がバイクを走らせているところを見たことはない、大丈夫だろうか・・・・・・
九
草津に寄ってから京都に帰り、帰宅する前に、晴明の家で一息つく事にした。
テーブルには急須と湯呑が置かれている。
二人して腰を落ち着けると、晴明がふっと思い出した。
表情は分かりにくいが、少しつまらなさそうに、道真に問いかける。
「信さんと秀康さんの事もそうですが、帰り際、信さんの勘違いに動揺してませんでしたよね。どんな反応するのか少しワクワクしていたのですが、なぜですか?」
晴明の言っている信の勘違いとは・・・信が見送ってくれる時に、道真達に向かって投げた言葉だった。
『お二人は私達の様にはならないで下さい』
晴明がつまらなそうに見えるのは、動揺してアタフタした俺が見れなかったからか・・・
道真はため息をつくと、何かを思い出すように目線を上に向ける。
そして、懐かしそうに目を細め、片方の口角を上げた。
「学生の頃、在原業平という先輩がいたんだ。女好きの人でな・・・。
女と別れるのに拗れた時、急に俺の所に来て『此奴と付き合うことになったから』と言って諦めさせる事が何回かあったからな。そう思わせるのにも、そう思われるのにも慣れた」
「嫌悪感ないんですか」
「ない。いや・・・実際身近にみかけないから、わからんな・・・」
晴明の問に道真はすぐに答えた後、茶を一口飲んだ。
道真は空になった湯呑をテーブルに置き、頬杖を付く。
晴明を見つめているようで別の場所を見ている。
「俺は・・・異性以外が異端だとするのはこの国が外から様々なものを取り入れた末の、弊害だと考えている。
だからと言って、今の社会がダメというわけじゃないぞ。
ただ、美しい、可愛らしい、綺麗、好ましい、愛おしい、人や物に対して素直に感じて、伝えられた頃のここは、愛におおらかで素晴らしい、という話だ」
道真は疲れが出できたのか、眠そうで、ボソボソと独り言のように呟いている。
「・・・」
「だから、お前達は色々と考えるだろうが、大事な人や物が出来た際は、手段は何でもいいから臆せず言葉にして伝えろ。
発言に自己責任は伴うが、伝えろ・・・そうすれば、またここは、愛に寛大でおおらかなところになる」
道真は言うだけ言って、そのままテーブルに崩れ落ちた。
翌朝、晴明に『布団に運ぶの面倒なので、寝落ちしないで下さいよ。これだから道真さんは云々・・・』と小言を言われた。
そこら辺に転がしておかないだけ、お前は可愛げがあるよな・・・とは、また小言を言われかねないので口には出さなかった。
そんなことがあったなぁと自分の日記に書かれていた。
終
ご覧頂きありがとうございました。
原文は最後「然らば、女の心は怖しき者也と諸語り伝へたるとや」なのですが、作者が恨みが強いのは年齢性別等々関係ないだろ・・・主義なので異なります。
原文が気になる方は↓
『今昔物語集 巻二十七 本朝付霊鬼 』
「近江の国の生霊、京に来て人を殺せる語」
をお読みください。
*道真さん、晴明は出てきません。