最終章 サイレントナイト(2)
【永山 拓実】
思えば今日は、目覚めたときから不思議なことばかり起こる一日だったな。
街中で、偶然会ってしまった安藤先輩には、深夜なのに無理矢理居酒屋『みどり』に連れてかれるし。
その帰り道に死んだはずの先生が倒れてて。それから、夏樹さんや純君と再会したり、ファミレスの駐輪場で不良に殴られたり。
そしてしまいには、遊園地でラジオDJの真似事をして、先輩と数年ぶりのセッションまですることになった。
『最高だったわ。女っけのないクリスマスもいいもんだな。かなによろしく』
あのあとすぐ、感謝を告げた俺に安藤先輩はそう言って、最後まで気分よさそうに鼻歌を歌いながら、一人で駅の方に歩いていった。
先輩の言う通り、振り返ってみるとクリスマスっていうのに女の子が全く登場してない。
冷静に考えるとせつなくなるけど、これはこれで、たしかに最高の思い出だ。
バス停から『つけ鼻レノン』のメロディーを何度も繰り返していた先生にささやかなコーラスをいれながら、しばらく歩いて舗装されたばかりの歩道上、街灯の下で立ち止まった。
ここから少し歩けば、団地の入り口に辿り着く。
朝先生と出会った、あの団地だ。
この場所で、俺は先生とさよならをする。
「拓実の彼女があのときのCD屋の子で、まさかかなちゃんだったなんて。やっぱり人生は奇跡で溢れてる」
ここまで来る途中で、思い出せる限りの先生との思い出話を、当時を懐かしみながら喋り続けた。
『中学のとき塾で逢ったかなって女の子の相談してたの覚えてる?それが今の彼女』
それを明かしたとき、先生は手を叩いて喜んでくれた。
『いやー、なんてロマンティックな話だ』
嬉しそうに手のひらを向ける先生に、俺もハイタッチを返す。
こういうドラマみたいな話が、先生はやっぱり昔から大好きだ。
「さっきのオンエア、最高だったよ。やっぱりあの曲は最高の名曲だ」
「しゃべりは噛み噛みだったけどね。でも、健二くんも、先生が生き返ったなんて、よくすぐに信じてくれたよ。先生の周りは、やっぱり変わったロマンチストが多いね」
あの時、偶然出会った健二くんから圭介くんについての話を聞いて、俺は改めてあの日の先生の想いを代わりに圭介くんに伝えよう、と決心した。
そのことで、圭介くんの気持ちが少しでも軽くなればいい、それであわよくば恋の手助けにもなればいい、と思ったけど、あんな下手くそな喋りじゃ、逆に邪魔しちゃったかもしれないな。
「あの時嘘ついたのは、ほんとは圭介くんのためだったんじゃない?」
『景色を見たくて、あの場所に行った』
電車の中で先生はあの団地へ行った理由をそう説明してくれた。
でも、本当の理由は圭介くんの片思いをあの場所から応援するためだった。
その理由を話さなかったのは、もし圭介くんのためにあの場所に行ったと本人が知ったら、圭介くんは自分自身を責めてしまうかもしれない、きっと先生はそう考えたんだ。
事故だったとはいえ、自分との約束を果たすためにあそこに行き、結果として自分のせいで死んでしまった、と。
だから、万が一俺の口から圭介くんにそのことが伝わらないようにと考えて、咄嗟に真実を隠してしまったんだろう。
照れ笑いを浮べたまま、先生は頷いた。
「やっぱり私は嘘が下手なんだな」
そう言って先生は微笑む。否定してあげる代わりに、それに合わせて俺も笑った。
「これ、最後に私から拓実へのプレゼント」
右手にもっていたコンビニのレジ袋を、頬を左右いっぱいに開きながら手渡してくる。
さっきコーヒーを買ってくると先生はコンビニに立ち寄った。けれど、出てきた先生が提げた袋は缶コーヒー一個にしては大きすぎた。
「サプライズのつもりだろうけど、ばれてたよ」
中身が何なのかは、すぐに察しがついた。
「大好物、なんだろ?寒い日にぴったりだから、二人で食べな」
ビニール袋に入った紙の袋を見つめながら、俺は今日一番の照れ笑いでそれに応えた。
「じゃあ、お言葉に甘えます」
あの時先生がくれたもの。今日先生がくれたもの。
先生との出会いに、今日で少しでもお返しできたかな。
感謝の言葉を口にする俺に、先生は強く首を振って、そしてこう告げた。
「拓実は私にとって、大切な孝行息子だから。
クリスマスに父親がプレゼントを渡すのは、当たり前だよ」
耳を澄ますと、近くの民家から、家族の幸せそうな団欒の声が洩れてくる。
向かい合ったまま、しばらく穏やかな沈黙が続く。
俺が別れの言葉を切り出そうとしたとき、先に口を開いたのは先生の方だった。
「正直、私みたいな人間がなんで生き返らせてもらえたんだろうって、ずっと不思議だった。神様に特別贔屓してもらえるほど立派なことしたこともないしね。
・・・でも、今日公園でなっちゃんと話したときわかったよ。なっちゃんは、拓実のことも昨年のこの時期に何が起きたのかも知っていた。
私が生き返ったのは、きっと拓実が私に会いたいって願ってくれたからだろう。
神様がプレゼントを渡したかったのは、きっと拓実にだよ」
先生のその言葉の意味はすぐに理解することができた。
俺は俯いて静かに息を吸い込んだ。
「俺やっぱ嘘つくの下手なのかな?」
一呼吸の後、先生は今日一番の優しい笑顔で頷いた。
「誰の教え子だと思ってるんだ」
先生には最初から何もかもお見通しだったんだ。先生と朝再会したときについた、かずという別人の名前を装ったことも。そして、もう一つの隠しごとも。
『君とは初めて会った気がしないよ、ありがとう』
あのとき夏樹さんがかけてくれた言葉の意味が、今ようやく理解できた。
表情が緩み、安堵の吐息が洩れる。
本当は話したいことは、まだまだたくさんある。
でも、きっと先生はすべて受け止めて聞いてくれるから、話始めたら時間切れになってしまう。
「先生、圭介くんに逢って思いっきり泣いたら、もう泣いちゃ駄目だよ。
天国にもってくのは、笑顔の思い出だけで充分だから」
先生とは、笑顔で別れよう。
最初からそう決めていた。
それに、本当に贈りたかったこの言葉以外、他の言葉はすべて余計なものに感じたから。
俺はゆっくりと息を吸い込んだ。
できる限り大きな声が届くように。
「正ちゃん、ありがとう!」
思いっきり笑顔をつくって手を振る。
溢れてくる言葉を飲み込むかのように、ぎゅっと奥歯を噛みしめていた先生は、最後は俺と同じ顔で笑いかけてくれた。
「こちらこそ、本当にありがとう」
静寂に溶け込むほどの、優しく柔らかい響き。
朝から繰り返し聞いたその感謝の言葉を聴きながら、俺はやってきた道へと足を戻し歩き始める。
角を曲がる手前で振り向くと、やっぱり先生は肩を震わせて泣いていた。
『拓実、最後に約束だ』
ここに来る途中でした、十年ぶりの指切り。
もう一度笑いかけると、先生と交わした最後の約束を果たすため、思い出の公園のある道へと角を曲がった。




