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君に捧げるいつかの鼻歌  作者: 喜屋武朝
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最終章 サイレントナイト

【浅野 圭介】


 「しかし、随分とロマンティックな夜を過ごされたみたいで」

 健二と二人、帰り道をゆっくりと歩きながらふと空を見上げると、それまで気づかなかったけど、たくさんの星がでていた。

閉園時間の少し前に遊園地をあとにして、駅についたところでみんなとは解散した。

遠回りしよう、とどちらから言い出したわけではなく自然な流れで、今は通い慣れた川沿いの土手道を歩いている。

川の静けさ、乾いた風の音の合間に、半歩後ろから、からかいの混じった笑い声が聞こえてくる。

その顔は、長い付き合いの中でも見たことのないくらい愉しそうだ。

「でもさー、普通告白ってのは最後に『僕と付き合ってください!』、って言うもんじゃねえの?なんだよ、受験終わったら、もう一回告白します、って。

 『君を一生離さない』ぐらいのこと言えよ。そもそもなんで敬語だよ」

 恋愛ドラマを再現するかのように、大げさに両手を広げる。

 僕は、そんなの健二しか言えないよ、と笑った。

 「あんまり余裕なかったから、気持ち伝えるだけでいっぱいいっぱいだった。

 それに、もうすぐ受験なのに今付き合ってもデートなんてしてられないよな、とかそういうとこだけ冷静に考えちゃって、」

 

 『受験が終わって落ち着いたら、もう一度、今度は二人できてもらえますか?』

 彼女への五年間の想いをすべて告げたあと、僕は健二の指摘どおり、なぜだか敬語になってしまった告白の言葉を最後に付け足した。

 そして帰りにあの公園に行こう。そんなささやかな意味も込めながら。

 彼女は目尻を拭いながら、ゆっくりと頷きかけてくれた。

 『うん、待ってます』

 その一言は彼女の優しい笑顔に似合う、澄み切った響きだった。

 「そういう詰めが甘いとこがお前らしいよ。でもお前も、そんなドラマみたいなことよく言えたな」

 「改めて言われると恥ずかしいから、やめてもらえる?」

 駅の改札で別れたばかりの彼女の笑顔が浮かぶ。

 佐江に冷やかされながら小さく手を振る彼女の姿は、柔らかい輪郭をもって、ずっと頭の隅に焼きついている。

 それを思い出せば、どんなことでも乗り越えられる。 

 きれいごとかもしれないけど、今はただこの気持ちをずっと大切にしていたい。


 健二の笑い声を聞きながら、もう一度夜空を仰ぐ。

 ふいに、あのときスピーカーから流れてきたメロディーが蘇り、星空に重なった。

 あの人は、一体誰だったんだろう?

 帰り際に放送していた場所に立ち寄ってみたけれど、そのときにはもうその人の姿はなかった。

 もともとその部屋にいたおじさんに話を聞くと、

 『急にギター背負った二人組が部屋に入ってきてね。十分だけでいいからどうしても、と懇願されたんだよ』

とそのときの状況を教えてくれた。

 多分あの人こそが、

 僕はなぜだか確信をもって、そう推測した。

 何度もきいたカセットテープ。

 そこから聴こえるギターの音色。父の歌声と、コーラス。

 頭の中で、何度も繰り返し再生させた。

 「けんじ」

 気がつくと、口が開いていた。

 それを言おうと決めたのは、あの日以来初めて、心の曇りが晴れた証拠かもしれない。

 健二は黙って先を促した。

 「中一のときに、二組のうちのクラスに、なお、っていたでしょ?」

 「ああ、直哉だっけ。三年のとき、猫に怪我させたやつ。おれは大嫌いだった」

 嫌いな記憶が蘇る。僕は一つ息を吸った。

 「例えば自分の思い通りにならない人がいるとつるんでる仲間と一緒に徹底的に無視したり、聞こえるように悪口言ったり。

 そういうの見てるの本当に嫌だったけど、何にも言えなくて。

 それどころか実際に話しかけられたら、そんな相手にまで嫌われないように愛想よく笑って話したりしちゃう。そんな自分に一番腹がたった」

 健二の方を見る。

 何かを考えているのか、地面を見つめながら、足元の小石を爪先で軽く草の方に払った。

 「クラスが別になってからは関わらないようにしてた。

 けど、あの時期、父さんが問題起こして悩んでたとき向こうから話かけてきたんだ。

 『お前の父親暴力教師なんだって?』って、楽しそうに笑いながら。

 正直許せなかった。父さんのこと、何も知らないだろって。

 でも、そのときも得意の愛想笑いして、やりすごすことしかできなかった」

 自分に失望する、そのとき初めて胸の奥で鳴った暗い音は、そのあともずっとそこに染み付いたままだ。

 そんなきっかけで自分を嫌いになる。それから、悩みにとらわれやすい自分になるのは簡単なことだった。

 そしてそんなとき、父さんが死んだ。

 僕に似ていて、ほんとは僕なんかよりずっと強いはずの父さんが死んだ。

 自殺と聞いたとき、悲しみと後悔のあとに思ったのは、きっと僕もそうなるんじゃないかという不安だった。

 「ああ見えて本当は心の強い父さんが、自分自身に負けて命を絶った。

 それを聞いたとき、それならおれも、いつか自分に本当に負ける日がくるんじゃないかって考えてた。

 だから、さっきの遊園地で流れてた話しをきけたとき。やっと救われた気がしたんだ」

『どんなに嫌いでも、それが自分を作ってくれた景色だから、目をつむっちゃ駄目だよ』

 あの話にでてきた先生が、ほんとに父さんのことだったのかはわからない。

 でも、あの話をきいたとき、父さんが語りかけてくれてるような気がした。

 「あの人が好きそうなことだもん、ああいう台詞。

 でも、おれも、その生徒の人みたいにもっと色んな話、父さんの口から聞きたかったな」

 笑おうとして緩めたはずの頬が気づいたら震えていた。

 そんな僕の背中を、健二がそっと叩いてくれた。

 呼吸が落ち着くまで、ずっとそうしてくれていた。

 そして僕の背中に手をおいたまま、健二は優しいトーンで語り始めた。

 「忘れるっていうのが自分の意思でできればいいのにな。

 考えることは自由なのに。もし神様が居るなら、なんで人間にそういう機能を与えなかったんだろう?って、ときどき腹立つよ。

 だから、悔しいからおれはそれには絶対意味があるんだって、思うようにしてる。

 後悔とか辛い記憶を忘れることができないのは、それを乗り越えて成長するために、神様が作ったシステムなんだ」

 息継ぎをするように、健二は一旦白く息を吐き出した。

 目線は、頭上の星空へと注がれている。

 「どうせ忘れられなくて、思い出して嘆くぐらいなら、あれのおかげでもう同じ過ちはしないぐらい成長できたって、そう思えるようにならないと。

 とことん負けず嫌いのおれとしてはさ、過去の自分にはどうやっても勝ち越したいのよ。

 それが親友としてのメッセージかな。誰かが好きそうな言葉でしょ?」

 照れ隠しにか空を仰いだまま健二は続けた。

 幼馴染が口にしてくれた精一杯の言葉に僕の胸は感謝の気持ちでいっぱいになる。

 「健二、ときどき思うんだけどさ」

 「何?」

 「自分はいい友達もったと思うよ」

 恥ずかしい感情を無視してそう呟く僕に、健二は『言われなくても、知ってる』とまんざらでもなさそうに笑った。


 いつの間にか立ち止まっていた足を一歩前に踏み出そうとしたとき、なあ、ともう一度健二が口を開いた。

 振り返ると、その顔にはもう笑顔はなくて、じっと何かを考え込んでいる。

 そうして、次に呟いた言葉の意味を、僕はすぐには受けとめられなかった。


 「正ちゃんに逢いたい?」


 言葉の意図が理解できず、最初はどんな反応を返せばいいかわからなかった。

 でも、すべてを聞いた直後、僕は疑うことも考えることも後回しにして、健二が告げたあの場所へと駆け出していた。

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