87 影の存在であっても
カサンドラ共和国のとある侯爵の館では、当主である侯爵とサターン神教の司教がチェスに興じていた。
「どうやら、リブラ平原の戦争は失敗に終わったようですな。パーセル伯爵も亡くなったとか。お悔やみ申し上げます。」
司教がチェスの駒を動かしながら話す。
「ふむ、しょせん捨て駒よ。気にする事はない。それよりもダリル神父には期待していたが、使える駒を失ったのは痛手だったな。」
侯爵も盤面を眺めながら司教に答え、駒を一手進めた。
「確かに痛手ではありましたが、短時間とはいえ竜神の怒りを起こしたとか。これは一歩前進と言うべきでしょう。」
司教はにこやかに話しながら、駒を進めている。
するとそこに、来客があったようで、案内の執事が侯爵に耳打ちする。
「カイル国境警備隊長が到着されました。」
「そうか、ここに通せ。」
執事に案内されてカイル警備隊長が入室すると、侯爵と司教の向かい合うテーブルの横に立って報告を始めた。
「リブラ平原では、予定通りに竜神の怒りを起こしましたが、サマル王国側から謎の黒いゴーレムによる妨害があり、新たな魔境を作り出す実験は不発に終わりました。双方の人的被害はわずかで、五人の神父達は保護しましたが、パーセル伯爵とダリル神父は死亡が確認されております。」
カイル警備隊長の説明を聞いていた侯爵は、チェスの盤面から目を上げると、ここでようやくカイル警備隊長の顔を見上げた。
「それで、竜神の槍はどうなった?」
「はっ、竜神の槍は私が回収して所持しております。」
侯爵はニヤリと笑うと、ふたたびチェス盤に視線を戻した。
「よく戦場で回収できましたな。」
司教から驚きの声が上がるが、カイル警備隊長は事もなげに「私のゴーレムはブラインドウルフの皮でおおわれていて、水魔法で透過できるのですよ。」と言う。
司教は、成る程と頷くとチェスの盤面に視線を戻した。
「いずれにせよ、これで実験は終わりだ。これから次の戦いが始まるだろう。チェックメイトだ!」
侯爵はそう言うと、盤面の駒を一手進めた。
………
「え〜本日は、お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。私の子供が無事に産まれ、ニキとリュウが無事に帰ってくるという、二つの嬉しい出来事が重なりました。嬉しい事はいくら重なっても良いもので…」
「あいさつが長えぞー!」
アレックスのスピーチは誰かのヤジで中断させられた。
俺達はリブラ平原での戦いを終えて、ロドス城塞都市に戻ってきた。
今は、俺とニキが無事に帰ってきたお祝いと、工房のアレックスの奥さんが無事に赤ちゃんを産んだお祝いを兼ねて、近くの酒場を貸し切って昼間っから宴会を始めるところである。
ちなみに、ここには、ディエゴ達ニューヨーク・ドラゴンズのメンバーもいるが、メアリー達は王都に向かっており、国王に今回の顛末を報告しなければならないらしい。
おそらく、サターン神教の排除と獣人の解放も進むだろう。
あの後のリブラ平原は、戦後の後始末や魔物と化した元仲間達を討伐したり大変だった。
勝利したといっても、ゴーレムに乗った戦闘員達が泣きながら元同僚を討伐していたのが、何とも後味の悪いものとなった。
俺達はダリル神父を倒した後、メアリーやウィリアムス伯爵達からの質問責めにあったが、そこはディエゴに頑張ってもらった。
ディエゴからは、後でさんざん恨み言を聞かされたが、あの時サラをスーパーボウルの歌姫の衣装で登場させた事とおあいこだろう。
「…という事で、さっそくですが、カンパーイ!」
「「「カンパーイ!」」」
酒がなみなみと注がれたジョッキが飲み干されていく。
こういう時の酒ほど美味いものはない。
「なあなあリュウ、ディエゴ達ニューヨーク・ドラゴンズのメンバーは分かるんだが、あのオッサンは誰なんだ?」
ニキがサラの横に座っているスペンサー伯爵を指差して聴いてくる。
「ああ〜、あれ? ニューヨーク・ドラゴンズのリーダーみたいな人かな?」
俺が苦し紛れにそう言うと、こちらに気付いたスペンサー伯爵が俺を呼ぶ。
「リュウ殿、こちらに座ってくれ! いやぁ〜良かった良かった。」
「さっきから良かったばっかり言ってるです。」
戦場では恐ろしい炎の勇者も、こうしてみると気の良いただのオッサンである。
てっきり元の貴族に戻るのかと思ったが、これからは冒険者でいくと言って貴族には戻らないらしい。
「ところでリュウ殿、一つ頼みがあるんだが、ワシもチームの一員としてニューヨークとやらへ行ってみたいのだが。」
また無茶な事を言い出した。あれは闇魔法で使役できる魔物でないと無理だというのに。
「いや〜、多分無理だと思うがなぁ。」
「そこを何とか! ワシだけ仲間はずれはひどいじゃないか。」
「お父様、リュウ様を困らせないで!」
「…。」
この姿をメアリーやエドワードが見たら、どう言うだろうか。というか、とても見せられない。
「なあリュウ、あのオッサンはサシャの父親なのか? サシャは早くに両親を亡くしたんじゃ…」
またニキが聴いてくる。
「え〜と、あれだ。組織のボスを親父さんとか言ったりするだろ?」
ええい、ややこしい!
俺はトイレに行くと言って席を立つと、こっそり酒場の裏口から逃げるように外へ出た。
酒場の裏は、ロドス城塞都市の中を流れる運河になっている。
俺は、青空のもと運河を渡る爽やかな風に当たり、ようやく一息つけた。
リブラ平原では、結局、竜神の槍は見つからなかった。
確かに魔法陣があった場所に突き刺さったままだったのに、いつの間にか無くなっていて誰も見ていないらしい。
五人の神父達はダリル神父がやられると、慌てて逃げて行ったから、その中の誰かが竜神の槍を回収して行ったのかもしれない。
それとも、竜神の槍は役目を終えて消えて無くなったとか…。
「なぁ、槍の在処を竜神様は知ってるんだろ?」
俺は自分の中の竜神様に問いかけるが、やはり何の答えも返ってこない。
まぁいいか。
俺がこの世界にいるって事は、まだ使命とやらが残ってるんだろ?
それに、まだニキ達とお別れなんて寂しいもんな。
「リュウ様、リュウ様〜。」
俺が遅いもんだからサラが探しにきたようだ。
「リュウ様? あっ、こんなとこにいたです。」
「ごめんごめん。ちょっと酔ったみたいなんで、ここで風に当たっていたんだ。」
サラは俺の横に来ると、頬を膨らませて不満気な表情となる。
「今回の件は、サマル王国中がリュウ様に感謝しなければならないのに、こんな酒場でこっそり祝うなんておかしいです。」
サラは、俺が竜神の御使である事を隠している事が不満らしい。
「ふふふ、サラありがとう。でも良いんだ。世の中の誰も俺達の事を知らなくても、俺達がこの平和な世界を守ったのは事実だからな。たとえ影の存在であっても俺は満足だぜ。」
俺がサラの青い髪をなでながらそう言うと、サラは不満な様子ながらも、頷いている。
…そういうところも、好きです…
「えっ? 何か言ったか?」
「いいえ、何も言ってないです。」
何かサラがつぶやいたように思ったが、気のせいだったようだ。
運河の水音だったかもしれない…。
「リュウ殿、サラ〜。どこに行ったんだ?」
「あっ、お父様です。」
「さあ戻ろうか。皆んなが待っている。」
俺はサラの背中を押して酒場に戻るのだった。
後には、青空の下で陽の光を反射してキラキラ輝く運河と水音だけが聞こえていた。
この物語はこれで終わりです。
ブクマや評価、感想をいただいた方、そして読んでいただいたすべての方に感謝しています。
最初読者がいなくて何度も心折れそうになりましたが、皆さんのおかげで最後まで書けました。本当にありがとうございました。




