84 スペンサー伯爵
戦場の端で待機していた俺達は、スペンサー伯爵が魔銃砲の魔石が切れてカサンドラ共和国の指揮所へ向かうタイミングで戦場に飛び出した。
『ゴウ!』
風魔法によるジェット噴射音を轟かせて12体の真っ黒いゴーレムが戦場になだれ込んでいく。
幸い、戦場の中央にはスペンサー伯爵とエドワードのゴーレムしかいないため、他のゴーレムによる妨害は無い。
「皆んな、計画どおりにスペンサー伯爵を押さえ込むぞ!」
俺の呼びかけに「オウ!」とディエゴ達が応えた。
俺達はスペンサー伯爵のゴーレムの死角となる後方から近づいていたのに、スペンサー伯爵はすぐに持っていた巨大な銃をストレージにしまって、代わりにゴーレム用の剣を取り出した。
「どこの所属のゴーレムかは分からないが、先程の様子を見て闘いを挑むとは、よほどの剛の者か愚か者かのどちらだね?」
スペンサー伯爵のゴーレムが手にした剣に魔力を込めると、たちまち剣は炎に包まれた。
まずはパワー型のゴーレム二体が大きな盾を前に肉薄すると、スペンサー伯爵のゴーレムは風魔法で飛び上がり、二体のゴーレムの背後に着地する。
そこに間髪入れずにディエゴのゴーレムが、例のハンマーを地面に叩き付ける。
「ご領主様すいません!」
『ドン、ドン、ドン!』
ディエゴのゴーレムが叩き付けた地面からトゲが伸びてくるが、伯爵のゴーレムは炎の剣で地面から伸びてくるトゲを切り付けて横に飛び退いていく。
ディエゴのゴーレムの後ろに控えていた俺は、ここが勝負どころと見て伯爵のゴーレムに正面から飛び付くと、伯爵のゴーレムの両手を俺のゴーレムの両手で封じた。
「ぬう、見事な連携だ。しかしこれでは勝負はつかぬぞ。」
「勝負をつけるつもりはない!」
俺はそう言うと、おもむろにゴーレムのハッチを開けた。
「召喚!」
俺はここで一旦ニューヨークのゴードン工房に送還していたサラを召喚した。
はたしてこの炎の勇者のゴーレムを操縦しているのは本当にスペンサー伯爵なのか、スペンサー伯爵だったとしても、顔を変えたサシャの姿を見てサラだと分かるのか?
これは賭けだが、スペンサー伯爵を、炎の勇者を封じる方法が今はこれしか思いつかない。
メアリーだってサシャを見てサラじゃないかと怪しんだんだ。
実の父親ならなおさらじゃないか。
頼む、サラだと気づいてくれ!
操縦席に座る俺の膝の上にサラが召喚された…、昨夜見たスーパーボウルの歌姫のようなミラーボールのような衣装を着て。
「…何で?」
「お父様ー!」
俺の疑問はそのままに、俺の膝の上でサラは炎の勇者のゴーレムに向かって叫ぶ。
目の前の炎の勇者のゴーレムの動きが止まっている。
ゴードン工房の皆んなが、総力を結集した結果がこれなら、もう何も言うまい。
スペンサー伯爵も、突然現れたキラキラ光る衣装の子供に戸惑っているだろうが…、もう何でもいいから気付いてくれー!
『プシュー!』
目の前の炎の勇者のゴーレムのハッチが開いていく。
「サラー!」
操縦席に座っているスペンサー伯爵が、サラの名前を叫ぶのと同時にサラは俺のゴーレムを飛び出して行った。
俺は慌てて、ハッチの前にゴーレムの手を広げて炎の勇者のゴーレムに行けるようにしてやる。
「お父様ー!」
ようやく二人は10年の歳月を隔てて、再開できたのだ。
「本当にサラなのか…。神様、あー神様、感謝します。」
「サラです。お父様、サラは生きています。」
炎の勇者の操縦席で涙を流しながら抱き合う二人を囲むように、ディエゴ達のゴーレムも集まってきた。
「ご領主様、お久しぶりです。」
「まさか…、その声はディエゴか。」
「はい、皆ここにいます。サラお嬢様をお守りしてここまで来ました。」
「そうか…、皆んな本当に苦労をかけた。感謝する!」
「良かったな、サラ。」
俺がそう声をかけると、サラは涙ながらに頷いてニッコリ微笑んだ。
「サラお嬢様、その衣装似合ってますぜ!」
ディエゴのゴーレムがサムズアップする。
お前かー! サラにこんな衣装を用意したのは。
俺は気を取り直して、スペンサー伯爵に声をかける。
「伯爵、せっかく再会したところすまないが、直ちにこの戦場から退避してくれ。」
「こちらは?」
伯爵は俺の顔を見て、サラに問いかける。初対面だもんな。
「この方は竜神様の御使でリュウ様です。私達の命の恩人です。」
「何と、そうでしたか。サラ達の命を救っていただき本当に感謝致します。できればその経緯などをゆっくりお聞きして…」
「お父様、そんなゆっくりしてる時間はありません。すぐに退避してください。」
スペンサー伯爵は、サラに促されてサラを膝に乗せたまま戦場から退避しようとして、動きを止めた。
「リュウ殿、あのサターン神教のダリル神父に気をつけてください! 奴の目的は戦争の終結とは別のところにある。」
ダリル神父の事なら、最初から信じてはいない。
奴が何を企もうとも、必ず阻止してやる。
「十分注意します。伯爵は早く離脱を。」
伯爵とサラは軽く一礼すると、ゴーレムのハッチを閉めて戦場から離脱して行った。
なお、ディエゴ達は俺の周りに残ったままだ。
「ディエゴ達は行かなくていいのか?」
「ああ、リュウ殿だけを戦場に置いていったら、後からサラお嬢様や伯爵にどやされるからな。」
「そうか、ありがとう。あとは、メアリー達の安全の確保だな。」
俺はそう言いながら、黒煙の渦巻く戦場を眺めた。
………
その頃、カサンドラ共和国側の丘の上の指揮所では、パーセル伯爵の怒鳴り声が響いていた。
「何だ? スペンサー伯爵のゴーレムが戦場を離脱していくぞ! あの黒いゴーレムは何者だ?」
指揮所にいるカイル警備隊長やブルーノ保安官達が首をひねる中、ダリル神父が口元に笑みを浮かべたままパーセル伯爵に話しかける。
「パーセル伯爵様、あの黒いゴーレムは、サマル王国の国王直轄のゴーレムだと思われます。以前も度々我々の妨害行為を行っていました。」
「むむー、そんな隠し球を持っていたか。しかしどうする? このままでは、向こうの大地の勇者に押し切られるぞ。」
ダリル神父は少し考えてから「少し予定よりは早いですが、あれを始めましょう。これだけ戦場が荒れれば十分だと思われます」と答えると、パーセル伯爵は「そうか! それなら頼むぞ」と嬉しそうに顔を綻ばせたが、ふと真顔になった。
「ところで、本当にここなら大丈夫なんだろうな?」
「ええ、この丘の上なら大丈夫です。」
ダリル神父はパーセル伯爵にそう言うと、いつもの笑みを浮かべるのだった。
………
サマル王国側の指揮所では、ウィリアムス伯爵達が戦場から炎の勇者のゴーレムが離脱していくのを呆然と見ていた。
「あ、あの黒いゴーレムは何者だ! なぜスペンサー伯爵のゴーレムが戦場から離脱するのだ。」
メアリーは突然現れたディエゴ達のゴーレムに頭が混乱していた。
「あの、あれは私が雇った冒険者のゴーレムです。」
「何だと? なぜ冒険者のゴーレムが戦場に出てくるのだ?」
ウィリアムス伯爵からは当然の質問がされる。
「それが、私にもさっぱり…。」
すると、戦場から帰ってきたエドワードが間に入ってきた。
「伯爵、よろしいじゃないですか。おかげで炎の勇者のゴーレムが戦場から退場しました。それに、あれを見てください。和平の合図のようですよ。」
エドワードが指差す方向を見ると、サターン神教のダリル神父と五人の神父が戦場の中央に向かって行くのが見える。
………
ダリル神父達が戦場の中央に来ると、五人の神父達がダリル神父を中央に直径10メートルの円を描くように均等に立った。
そしてダリル神父がストレージから真っ白いゴーレムを出して乗り込むと、それを合図のように五人の神父達も真っ白いゴーレムをストレージから出して乗り込んでいく。
ダリル神父達の様子を、サマル王国側の指揮所のウィリアムス伯爵達は何の儀式かと呆然と眺めている。
ダリル神父のゴーレムは、ストレージから取り出した長さ五メートルはあろうかという槍をその手に握ると、その穂先を地面に向けた。
ダリル神父を囲む五人の神父達もストレージから槍を取り出すと、次々と穂先を地面に向けて槍を突き刺していく。
ダリル神父のゴーレムが握るその槍の穂先の根元部分には、他の神父達の槍と異なり竜が巻き付いているような見事な飾りが付けられていた。
「ふっふっふっ、魔法陣の復元に時間がかかりましたが、これから新たな歴史の始まりです! 世界は竜神の槍の力を知る事になる。」
ダリル神父のゴーレムが竜神の槍を地面に突き刺すと、その槍から五人の神父達のゴーレムの刺した槍に黒い稲妻が走り、さらにそれぞれの槍に向かって稲妻が伸びていく。
そして、その稲妻が星形となり五芒星となった時、ダリル神父達が囲む地面から巨大な黒い魔法陣が浮かび上がった。その黒い魔法陣は、地上から一メートルほど浮いた状態で静止してから、ゆっくりと反時計回りに回転を始める。
『ゴボリ』
両陣営が固唾を飲んで見守り静まる戦場に、何かが噴き出すような不快な音が聞こえてきた。
『ゴボリ…、ゴボ…、ゴボ、ド、ドドー!』
ダリル神父の足下から吹き出していた黒い何かは、瞬くうちに周りの地面に広がっていく。
「ふっふっふっ、ハーッハッハッ! 愚かな人間共よ、この荒れた大地で竜神の怒りにのまれて死になさい!」
リブラ平原の戦場にダリル神父の声がこだました。




