79 リブラ平原へ
私はレオナルド国王の下を辞すると、マーティン達の待つ王宮内の控え室へやって来た。
私の表情を見て、マーティンが心配そうに話しかけてくる。
「メアリー、会談はどうだった? 少し顔色が悪そうだが。」
「レオナルド先輩…、いや国王陛下との会談は問題なく終わったのだが、やはりリブラ平原で戦争の兆しがあるらしい。」
戦争という言葉に、全員の雰囲気がピリッとしたものに変わった。
「そうすると、ダリル神父の話は全部ウソという訳ではなかったのだな。」
マーティンが残念そうにつぶやく。
「そこで、私はリブラ平原に国王陛下の使者として赴く事になった。明日ジェローム博士達のゴーレムで出発するが、皆はどうするか考えてほしい。」
「おいおい、何を他人行儀な事を言ってるんだ。ここまで旅をしてきたんだ、皆んな一緒に行くに決まってるだろう?」
マーティンがそう言いながら、テッド達や冒険者のディエゴ達を見回す。
「そうじゃないの。マーティンがそう言ってくれるのはありがたいけど、リブラ平原は戦場になるかもしれないのよ。大切なあなた達に一緒に行ってほしいとは言えないわ。」
「だったらさ、メアリーに頼まれて行くんじゃなくて、自分達の意思で行くかどうかを決めたら良いんじゃない?」
それまで黙っていたニキが皆を見回しながら話し出した。
「そうだな、出発は今すぐって訳じゃないんだろ? 出発の時間まで各自で考えて、リブラ平原に行く奴だけ集まればいいじゃないか。」
テッドもニキの意見に賛成のようだ。
その後、私達はハビエル宰相が手配してくれた王都内の宿舎にて一夜を明かした。
・・・
翌日の早朝、私は王都ローディアの城門前にある巨大ゴーレムの前に来ていた。
皆には声を掛けずに、一人で宿舎を抜けてきた。
『プシュー、バタン』
巨大ゴーレムの操縦席室の扉が開くと、さっそくジェローム博士が降りてくる。
「メアリー殿か、おはよう。約束よりかなり早いようじゃが、朝食を一緒にどうかな?」
「おはようございます。食事は済ませてきましたので、結構です。」
「そうかね、それじゃあ熱いお茶でもどうかね?」
「いいえ、お茶も結構です。目障りかもしれませんが、出発までここで待たせてください。」
私がそう言うと、それ以上は何も聴かずにジェローム博士は操縦席室に戻っていった。
王都ローディアの城門前には、朝靄が立ち込めていたが、朝日が辺りを照らし出すと黄金色に染めていく。
確か、ロドス城塞都市でニキやリュウ達と出発した時にも、朝日が美しく辺りを照らしていた。
あの時は、魔境調査の使命感よりも、仲間と一緒に行く旅に、ワクワクした気持ちが勝っていたように思える。
もし仮に、このまま誰も来なかったとしても、仲間と過ごした日々は本物であり、彼らを真の友と思う気持ちにウソはない。
でも、もし彼らが来てくれたなら…。
私が巨大ゴーレムを背に城門前からの景色を眺めていると、城門の中から誰かが近づいて来る声が聞こえてくる。
「マーティンもテッドも急げよ。メアリーが待ってるだろ。」
「ニキが朝ごはんをお代わりするから、遅れたんだろ!」
「ハッハッハッ、まだ出発の時間まで余裕があるぜ。」
「ニキさん、朝食後すぐに走るとお腹が痛くなりますよ。」
ニキを先頭にマーティン、テッド、リュウが城門の中から姿を現した。
「オーイ、メアリー! 一人で先に行くなんて酷いじゃないか。」
ニキが手を振りながら走ってくる。
私は、ニキ達に見えないようにまつ毛に滲むしずくを拭うと、笑顔で皆を迎えた。
「先に行って済まなかった。ここで少し考え事をしたくてな。」
「何だよ、心配事があるなら俺に相談しろよな。仲間だろ。」
ニキが頬を膨らませながら話すと、マーティンが「メアリーは、いつも難しい事を考えてるから、ニキに相談しても無駄さ」と突っ込んでいる。
そうだな、私は問題を一人で抱え込んで、難しく考えすぎなのかもしれない。
こんな最高の仲間がいるのに、そこから背を向けるような事を言って馬鹿みたいだ。
そう思うと、少し肩の荷が降りたような気がしてくる。
「俺達の事も忘れないでくれよ。」
声のした方を見ると、冒険者のディエゴ達も揃っていた。
「ディエゴ達も一緒に行ってくれるのか?」
「ああ、メアリー達は何者かに狙われているようだし、この前は敵を取り逃したしな。」
ディエゴは、そう言うとウィンクをしてニヤリと笑う。
その横では、サシャがディエゴの笑顔を呆れたような顔で見上げている。
「ディエゴにウィンクは似合わないです。むしろ不気味です。」
私は吹き出したいのを我慢して、皆に向かって声を張り上げた。
「皆んなありがとう。それじゃあリブラ平原に向かって出発しよう!」
………
全員が巨大ゴーレムに乗り込むと、さっそくリブラ平原に向けて動き出した。
なお、この巨大ゴーレムには、サマル王国の旗が掲げられている。
道行く人がこのゴーレムを見て驚かないよう、ハビエル宰相の気遣いである。
『コン…コン…ズゥーン!』
『ズゥーン! ズゥーン!』
『ズン、ズン、ズン』
今度はスムーズに加速していき、もうすでに馬で走っているよりもかなり早く進んでいる。
しかも、馬だと途中で休憩を何度も挟んでいく必要があるが、このゴーレムであれば休憩無しで進み続ける事ができるようだ。
そこはエルフ族であるアデルの恐るべき力であろうか。
「皆んな見てみろよ。もうロドス城塞都市が見えてきた!」
窓から外を見ていたニキが声を上げる。
ロドス城塞都市を眺めるニキの横顔を見ると、我が家に帰って来たような表情をしている。
「ニキ、ここで降りてバッカ親方の下に帰って良いんだぞ。」
私がそう言うと、ニキは首を横に振る。
「へっ、こんな中途半端で帰ったら父ちゃんに叱られるさ。それに、もし戦が始まってゴーレムが傷付いたら修理する奴が必要だろ。」
本当は帰りたいだろうに、ニキは頑として首を縦には振らないだろう。
『コン…コン…ズゥーン!』
『コン…コン…ズゥーン!』
ゴーレムのスピードが遅くなり、ロドス城塞都市の横をゆっくり過ぎて行く。
ロドス城塞都市の城門前には、大勢の人々が出てきており、この巨大ゴーレムを見て驚いているようだ。
「あっ、父ちゃんとアレックスだ!」
ニキが指差す方向に馬車に乗ったバッカ親方とアレックスの姿が見えた。
二人は巨大ゴーレムを見上げて驚いてるようだ。
ニキは、窓からさかんに手を振っているのだが、向こうからは気付かない。
そうして、ロドス城塞都市を過ぎると、巨大ゴーレムはふたたびスピードを上げて南下していく。
すると今度は、進行方向右手前方にバーゴーの街が見えてきた。
ニキは左手の窓からバーゴーの魔境の近くにある獣人の村を探しているようだ。
「バーゴーの獣人の村のラビー達は元気かなぁ。」
すると、巨大ゴーレムもニキのつぶやきに応えるように、魔境に近付いて行く。
「あれだ! バーゴーの獣人の村が見える。」
ニキの声に私達が左手の窓から見下ろすと、バーゴーの獣人の村が見え、その入り口には獣人達や保安官の姿も見える。
「あれ! あれはラビー達じゃないか? あのナマズヒゲの保安官も一緒だ。」
獣人の村の入口には、ラビー達や保安官が仲良く並んでこちらを見上げていた。
「ふふっ、ラビー達は仲良くやっているようだな。」
私がそう言うと、ニキは「だと良いけどな」と未だにトム保安官を疑っているようだ。
驚く獣人達の近くを通り過ぎると、再び巨大ゴーレムは魔境を左手に見ながら南下して行く。
そして、バーゴーの次にはエアリーズの街に近づいてきた。
「今度はエアリーズの街が見えてきた。ロメオは元気に工房をやっているかな。」
ニキがそう言うと、マーティンとテッドが右側の窓からエアリーズの街を眺める。
「闘技場の方はどうなったかな。エアリーズの領主殿には済まない事をした。」
「さすがに修理は終わっただろう。来年のバトルトーナメントが楽しみだぜ。」
マーティンとテッドの会話を他所に、私は左側の窓から魔境を眺める。
サラの住んでいた屋敷があった辺りだ。
すると、サシャやディエゴ達も左側の窓から魔境を眺めている。
特にサシャ達は何も言わないので、お互いに無言で魔境を眺めるだけであるが、不思議と皆んな同じ思いでそこに居るような気持ちになる。
すると、魔境の近くに獣人達の村も見えてきた。
あれがカサンドラ共和国のキャンサーの獣人達が目指したエアリーズの獣人の村だろう。
皆んな無事にたどり着いてくれていれば良いが。
巨大ゴーレムは、あっという間にエアリーズを過ぎて南下して行き、ついに国境の街ジェミナイが前方に見えてきた。
左手には魔境が広がり、エドワードと一緒に地龍を討伐した辺りだが、巨大ゴーレムは右手に方向転換して、リブラ平原を目指す。
そして、夕日が辺りを赤く染め上げる頃になって、ようやく前方に国境警備隊の宿営地が見えてきた。
辺り一面は草原であり、リブラ平原に到着したのだった。




