7 獣人の村へ
買出しから数日後、魔境へ行く際のポーターを雇う為の申込みをしに、ニキと二人で魔境の近くの冒険者ギルドに行く事になった。
冒険者ギルドは、ロドス城塞都市にもあるそうだが、魔境関連は、魔境の近くにある冒険者ギルドの支部で行うそうだ。
今日は、ニキが御者となって馬車を動かしており、俺は荷台でのんびり揺られている。
「ギルドの後に獣人の村に行くんなら、直接獣人にポーターを頼めばいいんじゃないか?」
「魔境の入口は、冒険者ギルドが門番をしてて、出入する冒険者をチェックしてるんだ。ギルドを通さずに依頼するのは、後でにらまれるおそれがあるから、しょうがない。」
「なんでギルドが怒るんだ?」
「わずかだが、ギルドは仲介手数料を取ってるからな。ギルドを通さないで頼むと何かとな。」
「なるほど、どこの世界も世知辛い。それに比べて、馬車にのんびり揺られるのは、気持ちいいねぇ。」
「ところでリュウは、馬には乗れるのか?」
「いや、子供の頃ポニーに乗ったくらいかな。」
「何だよポニーって、新種の魔物か?とりあえず、馬くらいは乗れるようにならないと、今後何かと不便だからな。」
「そうだよなぁ。この世界で生きていくんなら、馬くらいは乗れるようになりたいよなぁ。」
「これから少しずつ練習しな。教えてやるぜ。」
そうこうしているうちに、冒険者ギルドの魔境支部に着いた。
ギルドのいかにもなウェスタンドアをくぐると、そこは荒くれどもが集う西部の開拓時代の酒場のようだった。
ここじゃ、俺が体を張ってニキを守らなきゃなと気合が入る。
冒険者は、どいつもこいつも海兵隊みたいな強面でゴツい体格してるんだが、ニキを見ると「おう、ニキじゃないか。親父さん元気か?」と声をかけてくる。
逆にニキから「リュウは俺から離れるんじゃないぜ。あいつら余所者にはキツいからな。」と言われる始末だ。
ニキの後ろにくっついて、奥のカウンターにたどり着いた。
「獣人のポーターを頼みたい。1週間後に3人だ。」
「分かった、この申込用紙に記入してくれ。」
カウンターの中のゴツいおっさんが答えた。
「獣人は誰でもいいのか?」とおっさん。
「いや、指名を出す予定だ。後で、名前を書いたメモを届けさせる。」
ニキとおっさんのやり取りを見てると、場慣れしている感じがして、ニキが実に頼もしい。
申込みが無事終わり、冒険者ギルドを後にした。
「次は獣人の村に行くけど、その前にルース牧師の教会に寄っていこうぜ。」
「ああ、それはありがたい。ルース牧師には、お礼を言いたかったんだ。」
教会は、相変わらず訪れる人も少ないようで、林の横に静かに佇んでおり、俺たちが訪れると、ルース牧師は喜んで教会の中に招き入れてくれた。
「ご無沙汰してます。先日は本当にお世話になり、それから、いい人を紹介してくれて感謝してます。」
「おいおいリュウ、いい人なんて照れるじゃねぇか。」
ニキが俺の背中をバシバシ叩きながら照れるから、「親方の事だよ」と言ったら、思い切り尻を蹴り上げられた。
ルース牧師に、これまでの経緯やこれから獣人の村に行くことを話すと、ルース牧師も一緒について行くと言い出し、一緒に馬車で獣人の村に行く事になった。
相変わらずニキが御者席へ、俺はルース牧師と荷台に乗り込んで、向かい合った。
「教会は空にしていいんですか?」
「どうせ、あまり人は来ないからね。それより、リュウはこの世界で何をなすべきか分かったかい?」
「そこの所はまだ分かりません。」
「そうか、まあ、そのうちに分かるだろうね。竜紋は増えたかね?」
「そっちも、まだ…光魔法だけです。せめて土魔法が使えるようになりたいのですが。」
「まだ先は長そうですね。あと土、火、水、風それから闇ですね。」
「闇? 確か魔法は土、火、水、風、光の五大要素とか何とか言ってませんでした?」
「確かに魔法は五大要素というのが常識だけど、竜紋は六つ現れると言われていて、その六つ目が闇らしい。一体どういう魔法かは分からないけど、伝承では魔物を使役できるそうだよ。」
「魔物は討伐の対象では? なぜそんな力が竜神に?」
「こればっかりは、残念ながら私にも分からないな。まあ、いずれにせよ竜神様が導いてくださるよ。」
ニキが御者席から後ろを振り返り話しかけてくる。
「なあ、二人でコソコソ何の話をしてるんだ。そろそろ獣人の村に着くぜ。」
「なあに、二人で竜神様のお導きについて話してたのさ。」ルース牧師が、リュウに向かって小さくウィンクした。
獣人の村に着いてあたりを見回すと、想像以上に貧しい暮らしに暗い気持ちになる。
ルース牧師とニキは村人から歓迎されていたが、自分への冷たい視線が痛い。
ルース牧師が大きな声で村人に語りかけている。
「皆さん、本日の慰問の目的は、怪我や病気の人に、私とここにいるリュウとで回復魔法をかけるためです。村長のウルはいますか?」
村人の中からひときわ大きなオオカミ型の獣人が進み出てきた。
「久しぶりだなルース牧師! ニキも元気そうだ。そっちはリュウっていうのか、ウルだ、ヨロシク頼む。」ウルとそれぞれ握手してリュウも自己紹介した。
3人は怪我人らが寝かされている小屋へと案内され、そこに横たわる獣人の多さに驚かされた。
「怪我人や病人は、徐々に増えていて、最早20人を超えている。このままじゃ早晩、村の食料も無くなるしジリ貧なんで、どうしようかと思案してたとこだったんだ。」
ルース牧師は、暗い顔でウルに尋ねた。
「回復魔法に使う魔石はどれくらい用意できる?」
「魔石はほとんど食料に変えちまって、いくらもねえ。仕方ないから、こちらで指示する者から回復魔法をかけてくれ。」
つまりは、働き手となる獣人から優先して回復して、老人や女子供は諦めるってことだろう。
その事が分かっているのか、女子供やその看護をしている獣人の目に涙が滲む。
「いや、今回はリュウへの回復魔法の修行も兼ねてて、魔石はこちらで用意してるのを使用するから大丈夫だ。」
ルース牧師はそう言うと、俺に向かってウィンクした。
なるほど、俺は竜神様の加護を受けてるから魔石は消費しない。
つまり、この20人程を俺に治せっていう事だな。
ルース牧師は、「まずは僕が手本を見せるよ。」と言い、小さな魔石をベルトに挟んで右手に巻き、熊型の獣人の大きな傷の患部をそっと押さえるようにその手を添えた。
「光の精霊の御名において、この者に癒しの光を与えたまえ、ヒール!」
すると、ルース牧師の右手が淡く光り獣人の傷に染み込むように消えた。
熊型獣人の傷は、かなり大きく深かったが、ルース牧師の回復魔法で、3分の1くらいは傷が塞がったように見える。
周りの獣人達から「さすがルース牧師様だ」などの称賛の声が上がる。
「おお〜。ルース牧師様、俺の傷はだいぶ良くなったから、もうこれで大丈夫だ。あとは、他のやつに魔法をかけてくれ。」
「大丈夫だよ。さあ、続きはリュウがやりなさい。」とルース牧師は言い、ベルトをリュウに差し出した。