76 王都への道
異世界の翌日、俺達は魔境を横断するために全員が多脚ゴーレムに乗り込んだ。
俺は前方の運転席室に残ったが、サラは後ろの客室の方に乗り込んでもらった。メアリー達からすれば、冒険者のサシャだけが運転席室に乗り込むのは奇妙だからな。
「ジェローム博士、これで全員乗り込みました。本当に吊り橋の落ちた渓谷を渡れるのでしょうか?」
「メアリー殿、何も心配はいらんから、窓からの景色を楽しみなされ。それじゃあ、ワシは運転席室に行くから、何かあれば、そこの伝声管を使って呼んでくれ。」
ジェローム博士は、そう言って運転席室に移動して行った。
………
「それでは御使様、これから多脚ゴーレムを動かして行きますので、操縦方法をよくご覧ください。」
アデルはそう言うと、二つある操縦席の片方に座って操縦桿を握る。
俺は、その横の操縦席に座り、ジェローム博士は後ろのソファーでくつろいでいる。
アデルが操縦桿を手前に引くと、多脚ゴーレムの胴体部分がゆっくりと上昇し始め、ついには魔境の森の上にまで到達した。
「多脚ゴーレムは腕が無い代わりに、胴体部分が上下します。脚は足下にあるペダルで操作していきますが、土魔法により八本の脚を意識して操作してください。」
アデルがペダルを踏み込むと、八本の脚がまるでクモのように別々に動き出していく。
それぞれの脚は、関節がきしむのか『コン…コン…コン…』という音をたてながら、いったんは魔境の森の上まで高く上がってから、魔境の森に『ズズゥーン!』という地響きを上げながら突き入れられる。
『コン…コン…コン…ズズゥーン!』
『コン…コン…コン…ズズゥーン!』
空は青空が広がり、どこまでも広がる魔境の森を眼下に見ながら進む多脚ゴーレムは、素晴らしいの一言だ。
そして、谷川の幅が狭くなった場所に差し掛かると、長い脚を利用して慎重に渓谷を越えていく。
なお、渓谷は曲がりくねっており、この先の道も吊り橋が掛かっていたようだが、どれもダリル神父達に落とされていた。
「あ奴ら、ご丁寧に全部の吊り橋を落としていったようじゃわい。しかし、この多脚ゴーレムには関係無いがの。」
ジェローム博士は、呆れながらも多脚ゴーレムの真価が発揮できるとあって、嬉しそうだ。
「そう言えば、ジェローム博士とアデルは、この魔境で長期間の調査をしてたんだよな。いったい何の調査をしてたんだ?」
俺は、後ろを振り返ってジェローム博士に聴いてみる。
「ワシらは、どうしてこの辺りが魔境になったのか原因を調査しておったんじゃ。アデルは、10年前の戦争で竜神の槍が使われたんじゃないかと考えておるようじゃが。」
「竜神の槍?」
「御使様、私の村には様々な御使様の遺物が残っていたのですが、10年前に村の祭殿に保管されていた竜神の槍が盗まれました。その直後にあの戦争が起きてこの辺りが魔境となってしまったのですが、村の一部の者は、竜神の槍が使われたのではないかと疑っているのです。」
アデルがゴーレムの操縦をしながら答えてくれる。
「その竜神の槍というのは、かなりやばい代物なのか?」
「はい。村の伝承では、御使様が竜神様の力を引き出す時に使用されるもので、竜神の怒りもその一つではないかと言われているのです。」
「ふむ。もしかしてアデルは、この魔境の中から竜神の槍を探し出そうとしていたのか?」
「はい、もう何年も魔境の中を探していました。でも、それも昨日で終わりです。」
アデルの表情は、先程までの説明で暗かったのだが、急に明るくなった。
「新たな御使様に出会えましたので、これからは御使様について行きます。」
「えっ、どういう事?」
「御使様は竜神様の導きを受けています。御使様の行くところにこそ、すべての謎を解くカギがあるはずだからです。」
なるほど、周りの成り行きに任せて流されているように見えて、俺の行動には意味があるという事か。
しかし、俺についてくるって、このバカでかいゴーレムに乗ってか?
「あの〜、ついてくるのはいいけど、この多脚ゴーレムに乗ってついてくると、何かと目立つと思うが。」
「ほっ、ほっ、ほっ。このゴーレムは魔素の満ちている魔境の中だから動かせるが、魔境を出てしもうたら、大量の魔石を消費してしまうから、燃費が悪くて使えんの。」
ジェローム博士が笑いながら説明してくれる。
「じゃから、魔境を出たら、御使様であるリュウ殿に操縦してもらうのじゃ。そのために、見学してもろうているところだからの。」
「えっ、俺が操縦するの?」
「御使様なら、何の問題もありません。慣れるまでは、私が横でお手伝いしますので大丈夫です。」
いや、操縦できるかどうかじゃなくて、こんなデカいゴーレムに乗って王都に向かうの? 目立ち過ぎる気がするんだけど。
「それに、必要ない時は、リュウ殿のストレージにしまってもらえば良いしの。」
げっ、俺のストレージが際限なく入る事もバレてるのか。さすがに博士を名乗るだけはある。
………
お昼過ぎには魔境の森を抜けて、王都へ向かう街道に出た。
俺は多脚ゴーレムの操縦席に座り、操縦桿を握ってジェローム博士を待っていると、ジェローム博士が客室から戻ってきた。
「メアリー殿達にも、このまま王都を目指す事を説明して、了解してもらいましたぞ。ここまでの移動が快適だったので、みんな二つ返事だったわい。ふおっ、ふおっ、ふおっ。」
現在、多脚ゴーレムは、胴体部分が地上二メートル辺りの高さまで降りてきており、ちょうど大型の観光バスからの風景のようだ。
ちなみに、操縦席室に窓はなく、前面に貼られたスライムに水魔法で外の風景が映し出されている。これは、俺が水魔法を習得していないので、横に座るアデルが補助してくれている。
「それでは、足元のペダルから土魔法を使い脚を動かしてみてください。」
アデルの指示に従い、土魔法を多脚ゴーレムの全体に張り巡らせていくと、多脚ゴーレムと一体化したような感覚となる。
しかし俺はこれまで、八本足で歩いた事はないので、頭の中の整理が追いつかない。
確かめつつ、ゆっくりと右の一番前の脚を前に出して、最初の一歩を踏み出す。
『コン…コン…ズゥーン!』
「その要領です、御使様。」
巨大なゴーレムだから、うまく動かせるのか心配だったが問題なく動く。竜神から得られる魔法の力は際限がない。
そうなれば後は脚運びの問題か。確かクモは、左右の足をちょこまかと前後に動かしてたよな。
『コン…コン…ズゥーン!』
『コン…コン…ズゥーン!』
一歩一歩をゆっくり動かしていく分には、問題なさそうだ。しかし、あまりにもゆっくりで、これでは徒歩で移動しているのと変わらない。
もっとペースを上げていこう。
『ズゥーン!』
『ズゥーン!』
もっと早く。
『ズン!』
『ズン!』
スピードが上がってきた。もう馬で走っているくらいの速さか。
「御使様、初めてなのにスゴイです。」
『ズン、ズン、ズン、ズン』
調子が出てきたぞ。もっと、もっと。
『ズン・ズ・ズ・ズズズズズ……』
「あばばばばば、み、御使様、早すぎます!」
「あ、脚が、もつれる!」
八本の脚を高速で動かす事に気を取られすぎて、ゴーレムのスピードが乗ってからの、止まる方法が分からない。
もはやスピードに乗ったゴーレムに合わせて、転ばないように脚を高速で動かしている状況だ。
「前、前に馬車が走ってます。操縦桿を手前に引いて!」
「おわーっ!」
俺が慌てて操縦桿を勢いよく手前に引くと、ゴーレムの胴体部分がジェットコースターのように上昇していく。
馬車に乗っていた人が、はるか上空に上昇していく、多脚ゴーレムを唖然として見上げていた。
「キャー!」
「ウホーッ!」
アデルとジェローム博士の絶叫と共に、多脚ゴーレムがフワリと浮く。
『…ズズゥーン! ズン! ズン!』
かろうじて八本の脚を踏ん張って、無事に着地して、たたらを踏んで止まった。
「ふぅ〜、危なかった〜。皆んな大丈夫か。」
アデルとジェローム博士の様子を見ると、二人とも大きく目を見開いて、固まっていた。




