74 ダリル神父の秘密
魔境の渓谷を前にして、ブラインドウルフとの戦いが始まった。
当初、ダリル神父達を護りながらの戦闘かと思われたが、今はダリル神父達もそれぞれゴーレムに搭乗した事で気にせず戦闘に集中できる。
ブラインドウルフは、水魔法で皮膚を透明にしているため、その姿は見えない。
しかし、その辺りにいるのは気配で分かる。
「ガウアー!」
ブラインドウルフがテッドのゴーレムの足元に噛み付いたようで、テッドが「オワー!」と奇声をあげてバランスを崩している。
「ハアー!」
メアリーのゴーレムが、火魔法をまとった剣をテッドのゴーレムの足元に振り下ろすと「キャイーン」という鳴き声と共にブラインドウルフが炎に包まれた。
ようやく姿を現したブラインドウルフは、ウルフと言うには大きく、あちらの世界ではライオンくらいの大きさはありそうである。
ブスブスと煙が立ち上り炎が収まると、焼け焦げたややグレーの肌の、気持ちの悪い姿が露わになった。
「ようやく一頭始末できたぞ。まだどれだけいるか分からないから気を付けろよ。」
ディエゴが外部拡声器で周りのゴーレムに注意をしている。
ダリル神父達も全身型のゴーレムに乗り込んだ今、一番危ないのはニキの半身型のゴーレムだろう。
ニキのゴーレムの後ろの搭乗席には、俺の姿をしたセバスが乗り込んでいる。
「リュウ、出来るだけ搭乗席で小さくなって身を守るんだぞ。」
ニキはそう言うと、ゴーレムの剣と盾を構えて、注意深く辺りを伺っている。
「ニキ様、そこに何かいます!」
俺の姿のセバスが指差す方向へニキが盾を向けると、何かが『ガコン!』と当たる音がして「キャイーン!」という鳴き声がする。
すかさずニキがゴーレムの剣を声がした辺りに振りおろすが、手応えはない。
「ブラインドウルフだ。リュウ、よく分かるな。」
「見えはしませんが、なんとなく感じるのでございます。先程のやつは逃げたようです。」
どうやらセバスも、俺と同様に風魔法を使えるようになっているから、ブラインドウルフの存在を感じるらしい。これならニキはセバスに任して良さそうである。
「ハッハッハッ」
ふたたび、ブラインドウルフが走り回っている様子の息づかいが聞こえてくる。
俺はレツゴとの剣道の練習を思い出して、神経を集中すると、確かにブラインドウルフの存在を感じる。
「メーン!」
俺は、ここだという場所にゴーレムの剣を振り下ろすと「キャイーン!」という鳴き声と共に、切り裂かれたブラインドウルフが姿を現した。
「リュウ様、さすがです。」
「リュウ殿が仕留めたか。こりゃ俺達も負けてられねえな。」
すかさずゴーレムの無線機からサラとディエゴの声が聞こえてくる。
それからは、ディエゴ達も次々にブラインドウルフを仕留めていった。サラが対戦車ライフルをブラインドウルフに命中させて木っ端みじんにしたのには、全員がドン引きであったが。
驚いたことは、ダリル神父達もブラインドウルフに対応できていた事だ。
特にダリル神父は、なぜかゴーレムの右手が無くなっているものの、左手で見事な槍さばきを見せており、鋭い突きでブラインドウルフを仕留めていた。
「ワオーーーン!」
ブラインドウルフの遠吠えが響き渡ると、辺りからブラインドウルフの気配が消えていく。
どうやら、ブラインドウルフのボスが形成不利と見て、引き上げの合図を出したようだ。
「皆んな大丈夫か?」
ディエゴが全員の無事を確認している。
メアリー達もニューヨーク・ドラゴンズの皆んなも特に損害らしい損害は無さそうだ。
神父達の白いゴーレムも集まってきて、ダリル神父のゴーレムの胸部ハッチが開くと、ダリル神父が搭乗席から顔を覗かせた。
「こちらは、神父の一人を失いました。今ごろは神の身元に旅立ったことでしょう。」
意外に冷静なダリル神父の言葉に、妙な違和感が込み上げてくる。
右手の無い白いゴーレム、槍、なぜ最初からゴーレムをストレージから出さなかったのか?
「このゴーレムは、リオを襲った奴らのゴーレムです!」
突然、ゴーレムの無線機からサラの声が飛び込んできた。
「何だと? サラ、間違い無いのか?」
「あの日、リオの街が深い霧に覆われて犯人の姿が見にくかったのは白いゴーレムだったからで、ゴーレムの右手が無いのは、城門前の広場で私に対戦車ライフルで吹き飛ばされたから、地龍の幼体に槍が刺さっていた事…、あの白いゴーレムはこいつで間違いないです。」
サラの説明に、ようやく俺も違和感の正体に気付いて、リオの街の深い霧の中にダリル神父のゴーレムが浮かび上がった。
「そうだったのか。ディエゴ、ダリル神父を追求してくれ。」
「ああ、分かったぜ。」
ディエゴは、ゴーレムに搭乗したままダリル神父のゴーレムに近付くと、外部拡声器を使ってダリル神父に話しかける。
「ダリル神父、なかなかの腕前だなぁ。ところで、そのゴーレムの右手はどうしたんだ?」
「これは…、以前、魔獣に噛み付かれましてね。修理していないのですよ。」
「ほう、それにしては噛み付かれたと言うよりは、吹き飛ばされたように見えるなぁ。」
ディエゴの問いかけに、ダリル神父の笑顔がひきつっている。
「それに、左手一本で見事な槍さばきだったな。ちょっとその槍見せてくれよ。」
「いえいえ、大した事ありませんよ。この槍だってごく普通の鋼鉄の槍です。」
「いやぁ、その槍どこかで見た事あるなぁって思ってね。ああ、リオの街で地龍の幼体に刺さっていた槍にそっくりだ!」
ここまでのディエゴとダリル神父の会話で、全員がディエゴの問いかけの意味を理解した。
メアリーの赤いゴーレムがダリル神父のゴーレムに一歩近付く。
「ダリル神父殿、今の会話はどういうことだ? ま、まさか貴様は…」
ダリル神父はゴーレムの搭乗席で、下を向いたまま小刻みに震えていたが、突然笑い出した。
「クックックッ、アーッハッハッ! 残念、バレてしまいましたか。ディエゴ殿は、ゴーレムの操縦も大したものと思っていましたが、頭の方もなかなかのようですね。」
メアリー達やディエゴ達のゴーレムが、ダリル神父達を囲むように動き、ダリル神父達の白いゴーレムも対抗するように構えた。
「あー、しょうがない。お芝居もこれまでですね。皆さんは先に進んでください。しんがりは私が受け持ちましょう。」
ダリル神父はそう言うと、胸部ハッチを閉めてゴーレムの左手一本で槍を構えた。
他の神父達のゴーレムは、次々と渓谷に架かる吊り橋の方に移動している。
「逃すな! 皆んな神父達を捕まえるわよ!」
メアリーが声を上げると、全員が剣と盾を構えてダリル神父のゴーレムとの距離を縮める。
しかしダリル神父のゴーレムは、こちらに槍を構えたまま徐々に後退して行く。
「ハアーッ!」
マーティンのゴーレムが速さを活かして剣を振るうが、ダリル神父のゴーレムの槍さばきにいなされる。
俺はダリル神父がマーティンに気を取られている今がチャンスと見て、盾を前にしてダリル神父のゴーレムに肉薄する。
「盾があれば大丈夫と思ってますね。脚が無防備なのですよ。」
ダリル神父の槍は四メートル程の長さがあり、こちらの剣に比べるとリーチが長い。その槍が、俺のゴーレムの脚にヒットした。
『ガコン!』
俺が慌てて盾を下ろしたところで、すぐに槍が胸部ハッチ目がけて突き入れられる。
『ギャリーン!』
間一髪であったが、何とか剣で防御できた。レツゴとの剣道の練習のお陰である。
しかし、あれほど真剣では下半身への攻撃もあると言われていたのに、盾があるからと安心したせいか。
「リュウ様ー!」
「この野郎! よくもリュウ殿を。皆んなやっちまえ!」
サラやディエゴ達のゴーレムが慌てて駆け寄ってきて、ダリル神父のゴーレムに殺到する。
「さすがに一人では難しそうですね。時間稼ぎは十分ですか。退散するとしましょう。」
ダリル神父のゴーレムは、『ゴウ!』という音を立てて、地を滑るように逃げていく。
すでに他の神父達のゴーレムは、吊り橋を渡ったようで、ダリル神父の到着を待っているようだ。
そしてダリル神父のゴーレムが吊り橋を渡り切ろうとする辺りで、ダリル神父が声を上げる。
「今です! 吊り橋を落としなさい。」
向こう岸にいた神父達のゴーレムは、吊り橋を吊っている太いワイヤーを切り落とし始めた。
「ディエゴ危ない! 吊り橋が落ちるぞ、戻って来い!」
『ドドーン!』
俺が慌てて無線機で呼びかけるが、無情にも吊り橋は谷底に落ちていった。
「アーッハッハッ! さすがに全員とはいきませんでしたが、かなりの数のゴーレムが落ちましたね。」
ダリル神父の勝ち誇った声が響き渡る。
『バシュッ! ゴゴゴゴゴ!』
辺りにゴーレムの風魔法による轟音が響き渡ると共に、ゆっくりとディエゴ達のゴーレムが谷底から浮き上がってきた。
「チィ、風魔法も使えたのですか。皆んな退散しますよ。」
ダリル神父達は、慌てて魔境の奥に逃げていく。
「逃すかよ!」
ディエゴ達のゴーレムが向こう岸に向かおうとしたその時、俺達のいる場所の左手の魔境の中から、『バリバリバリ!』と音を立てて、巨大なクモのような足が伸びてきた。
『ズズゥーン!』
俺達の目の前に地響きと共に踏み出された足に、ギョッとして足の伸びている先を見上げると、魔境の森の上にまで伸びている。
今度は何の魔獣だ? クモ嫌いなんだけど。




