72 分岐点
異世界の翌日、定期船の甲板でメアリー達とぼんやり海を見ていたら、ダリル神父達が近付いてきた。
ローマ時代の彫刻のような彫りの深い顔で、にこやかな笑みを浮かべているものの、何かウソくさい感じがするのは、サターン神教の神父だからだろうか。
「メアリー保安官様、こんにちは。今回の船旅は、天候にも恵まれて順調ですね。これも神の思し召しでしょうか。」
「まるで、前回の船旅は順調では無かったかのような話ぶりだな。」
めずらしくメアリーが、はなからケンカ腰のような返事である。ガツンとやるところが、ある意味、貴族らしいと言えばらしいのかもしれない。
「いえいえ、そんな意味ではごさいません。お気に障ったのなら謝ります。」
しかしダリル神父も平然と返すところが、お互いに隙が無い。メアリーもフンと鼻で返事をしている。
「ところでメアリー保安官様は、キャプリコーンの港に到着されたら、その後どうされるのですか?」
「今後の予定をそなた達に話す必要はないと思うが? いったい何を探っているのだ。」
「いえ特に深い意味はございません。船の上では何もする事が無いので、旅の予定をお聴きしただけの事でございます。そういえば、最近カサンドラ共和国で一つのウワサがあるのをご存知でしょうか?」
メアリーの追及にダリル神父は話題を変えたようだ。
「私が聞いたウワサというのは、カサンドラ共和国とサマル王国が、国境にあるリブラ平原で戦争を始めるという事でございます。」
「なに? 戦争だと! どうしてそんな事に。」
驚くメアリーに対して、ダリル神父はにこやかな笑顔のまま話を続ける。
「私も詳しくは知らないのですが、カサンドラ共和国のネヴィル・パーセル伯爵が、サマル王国の国境警備隊による軍事行動に対抗して軍隊を集結させているという話でございました。」
「サマル王国の国境警備隊が軍事行動をだと?」
「はい。どうやらジェミナイの街付近で、サマル王国軍に所属する大地の英雄のゴーレムが軍事行動をしているのが目撃されたとか何とか。」
ダリル神父の話を聞いて、メアリーの顔色が変わった。
「ダリル神父殿、その戦争のウワサによると、いつ頃に戦争は始まるというのか?」
「私達がカサンドラ共和国のパイシースの街でそのようなウワサを聞きましたので、あまり猶予は無いかと。実は私達は、この情報をサマル王国のサターン神教の教会に届ける為に旅をしているのです。ジェミナイの国境は封鎖されるでしょうから、リオの街を経由してですね。」
「しかし王都へは、キャプリコーンからサジタリアス山沿いに北周りだから、更に一週間近くかかる。時間が無い。」
メアリーの余裕のない様子にダリル神父の笑みが深くなる。
「メアリー保安官様、私達はキャプリコーンから魔境を横断して王都へ行く道を知っています。もしよろしければ、ご一緒にいかがですか?」
「ちょっと待ってくれ! メアリー、こっちに来てくれ。」
マーティンがメアリーとダリル神父の話を中断させて、俺達の方へ連れてくる。
「メアリー、あいつらの話はおかしいぞ。話が出来すぎている。」
「しかし、もし本当なら急がないと取り返しがつかない事になる。」
マーティンは一旦冷静になるよう話しかけるが、メアリーの興奮はおさまらない。
「そもそも、サマル王国の大地の英雄がジェミナイで軍事行動を起こすはずがない。」
「いや、それは…。そうとられた可能性は否定できない。」
メアリーがめずらしく歯切れの悪い事を言うものだから、マーティンは頭を傾げる。
「メアリー、大地の英雄について何か知っているのか?」
「…、実はジェミナイの地龍を討伐する時に一緒に戦った冒険者のエドワードというのは、大地の英雄だ。」
「何だって!」
俺達は全員驚きの声を上げた。
まさか、あのイケメンの冒険者が大地の英雄と呼ばれるすご腕ゴーレム乗りだったとは。
しかし、そう言われてみれば、あの強力なゴーレムやエドワードの能力の高さは、大地の英雄と呼ぶにふさわしいと思える。
「それじゃあ、あの地龍の討伐の様子を見られていて、軍事行動と勘違いされた可能性があるという事か。」
ようやくマーティンもメアリーの取り乱した態度を理解できた。
「カサンドラ側の誤解を解くには、私達が説明するのが早い。その為にも急いで王都へ行き、国王に会う必要があるの。」
メアリーはそう力説するが、マーティンはどこまでも慎重な態度を変えない。
「メアリーの言うことは分かるが、だからといってあいつらの言う事を全面的に信じて良いものかどうか。」
メアリーはフーッと息を吐くと、ようやく気持ちが落ち着いたようだ。
「確かにマーティンの言うとおりだわ。少し慌てたようね。まだキャプリコーンに到着するまでは時間がある、よく考えましょう。」
そうして、俺達は今後の行方について一晩検討する事になった。
………
翌日のニューヨークのゴードン工房では、異世界の状況の説明と俺達の方針について話し合いが行われていた。
「うーむ、そのダリル神父の話が本当だとしたら、戦争の危機が迫っているという事じゃな。厄介な事になったわい。」
ゴードンがアゴをさすりながら唸る。
「そうなんだ。メアリーは一刻も早く王都に行きたいからって、ダリル神父の話に乗って魔境を横断する道を選びかねないんだ。しかし、これがワナだった場合、魔鏡でどんな目に会うか恐ろしいよ。」
「しかし、これはチャンスかも知れないです。」
サラの発言に全員が注目する。
「魔境を横断するのは確かに危険ですが、王都へはかなり早く到着できます。それに、何かワナが仕掛けられているとしても、私達がいればメアリー達を護りつつ、敵を捕らえる事も可能です。」
「そうだな。新しいゴーレムも完成した事だし、むしろこれまで隠れていた敵を捕らえるチャンスかもしれないな。」
それまで黙って聞いていたディエゴも同意する。
「オーケー、分かったよ。それじゃあ、俺達の方針は魔境の横断する道を行き、メアリー達を護りつつ敵を確保するっていう事だな。」
こうして俺達の方針は固まった。
………
異世界の翌日、昼過ぎに定期船は予定通りキャプリコーンの港に到着した。
定期船を下船すると、さっそくダリル神父達がメアリーの下に近寄って来た。
「メアリー保安官様、昨日はお話が中途半端になりましたが、魔境を横断するかどうかお決まりになりましたか?」
「皆と相談した結果、ダリル神父殿の提案を受け入れて魔境を横断するルートを進もうかと思います。道案内をお願いしたい。」
するとダリル神父の笑みが深くなり、大きく頷いた。
「それは良かった。私どもも魔境の横断はいささか不安でして、メアリー様達がご一緒していただければ心強い。もちろん我々の中にはゴーレムを所持している者もおりますが、数が足りませんので。」
「ほう、神父の中にゴーレムを所持する者がいるとは、サターン神教の神父は違いますね。しかし、魔境の心配はご無用かと。今回の旅にはこの者達の協力を取り付けましたので。」
メアリーが後ろを振り返ると、ディエゴ達が前に出てきた。
「よう、俺達ニューヨーク・ドラゴンズも一緒に行く事になったからヨロシク。」
ディエゴがニヤリと笑いながら挨拶すると、ダリル神父の笑みが一瞬引きつったように見えた。
「そ、それはようございました。皆さんが一緒とは、何かと心強い。それでは、本日は旅に必要な食料などを購入し、明日の早朝に出発という事でいかがですか?」
「それで良い。それでは明日この場所で。」
そうして俺達は、それぞれキャプリコーンの街に向かうのだった。




