6 ふたたび異世界に
リュウはベッドの上で、悩んでいた。
「もう寝ないと、明日の仕事に差し支える。しかし、次に目覚めたら異世界なのか? これを交互に繰り返すのかよ。」はーっと息を吐き、観念して眠りについた。
次に目覚めたのは、やはり異世界だった。
「リュウ、早く起きろ。朝飯だぞ!」
異世界のニキの声が聞こえる。もう一つの現実だ。
朝食の後、ニキと食料等を買い出しに行く事になった。
しかし、ニキは手ぶらであるし、自分も手提げ袋など持ってない。
「あの〜ニキさん? 買い出しに行くのに、どうやって持って帰るの? 両手に持てる量なんて、たかが知れてるぜ。」
「どうやら忘れてるようだが、ストレージがあるだろ?」ニキからジト目で見られた。
「ストレージ? たぶん初めて聞いたぜ。」
「人は何はなくとも、生まれながらにしてストレージを持ってる。これ誰の言葉だったっけ、常識だろ。」
「いや、だから、そのストレージが分かんないんだよ。」
「マジかよ。ストレージも忘れちまったのかよ。」
ニキはそう言うと、道端の石を拾い上げて、唱えた。
「ストレージ収納!」
ニキの手のひらの石の上で、一瞬ノイズが走ったような現象が起こり、石が無くなった。
「石が消えた? これも魔法か?」
俺が驚いていると、ニキが「ストレージオープン」と唱え、ふたたび石が手のひらに現れた。
「やっぱり魔法…。」
「これは、魔法ではないと言われているな。精霊の加護を受けていない子供でも発動できる。人が生まれ持って得られるもの、一説には、これが竜神様からの加護とも言われている。」
「さっきの石は、何処に消えたんだ?」
「研究者によると、自分だけの亜空間だとよ。だから、他人の物と混ざり合う事がないから便利だ。」
「便利過ぎるだろ。そのストレージの亜空間は、いくらでも入るのか?」
「いや、限度はある。縦横高さ最大で5メートル位らしいぜ。つまりだ、ゴーレムがすっぽり入る。」
「ゴーレムが…重さは大丈夫なのか?」
「ああ、ストレージ収納中には重さは感じないから大丈夫だ。ほら、リュウもやってみな!」
ニキから投げられた石を受け取ると、右手の上に乗せ、恐る恐る唱えた。
「ストレージ収納!」
するとわずかなノイズを残して手のひらの石が消えた。
「マジかよ…。お、俺の亜空間が、この世界に存在するって事か…。もしかして、あっちの世界でも使えるのか?」
「どっちの世界だよ?」
「いや、何でもない。それで、取り出す時には、ストレージオープンだったな。」
それから、何度か石をストレージに収納したり出したりしてみた。
ストレージには、複数の物を収納できるらしく、複数収納中にはストレージオープンして、取り出す物を頭の中で選択するらしい。
「あと、ストレージには生物は入れられないからな。でも死んでから入れると腐らないという優れものだ。普通は保存の効かない物でも、ストレージ収納でなんとかなる。」
「じゃ、スープを鍋ごとストレージに収納して、いつでも何処でも食べられるのか。便利過ぎる。」
ニキからストレージの使用法を聞きながら、市場で食料品の買い物をし、道具屋で魔石などを購入した。
「そういえばリュウは、服は持ってるのか?」
「いや、情けない事に、ルース牧師からもらったこの服だけだ。」
「じゃあ、服を買いに行こう!」とニキが歩き出す。
少し考えたが、ストレージが使えるんなら、あっちの世界から、いくらでも持ってこれるんだが、この世界に無い素材から作られているとか、立派過ぎるとなれば目立つ事は間違いない。
「俺は金はまったく持ってないのだが、いいのか?」
「なんだそんな事気にするな! もうお前は、立派なバッカ工房の一員じゃないか。リュウが汚いなりだと、こっちが困るんだよ。」
と、ニキは若干照れながら先を行く。
結局、上から下まで、一揃い着替えも含めて買ってもらった。
立派な社会人が少女から服を買ってもらうのはいかがなものかと思ったが、いずれこの借りは返さねばと心に誓った。
買い物をしながらふと隣を日本で見かけた人力車のような車を引いている、毛がフサフサ生えた半分獣らしき人が目に入る。
「あれは、どういう人なんだ?」
「ああ、あれは獣人だ。アイツらは可哀想に人の扱いをされてないんだよ。このロドス城塞都市じゃ、アイツらの仕事ってのは、あんな重労働くらいしかない。大概の奴は魔境で冒険者の前衛かポーターやってしのいでるよ。」
確かに、粗末な服を着ており、あまり健康そうにも見えない。
「よく分からんが、どうして差別するんだ?」
「獣人は力は強いが魔法はあまり得意じゃないからな。でも、一番の原因はアイツらさ!」
ニキはそう言って街の教会を指さした。
「あれは教会じゃないか?」
「教会っていっても、ルース牧師のとこの竜神様を祭ってる教会じゃないぜ。あれは、サターンとか言う神を祭ってる教会で、人族こそが一番偉いっていう教会さ。」
「サタン! それは神じゃない!」
「そうだろ、リュウもそう思うだろ。ちなみにサタンじゃなくてサターンね。10年くらい前に急に広まって、元々あそこは、竜神様の教会だったんだけど、今じゃサターン神教の教会になっちゃってんだ。」
「じゃあ、ルース牧師の教会も…。」
「そうだぜ。街の中から追い出されて、今じゃ、あんな辺鄙な場所で教会やってるのさ。」
「しかし、信仰がすぐに変わるとは…何があったんだ。」
「北の方にシリウス王国ってのがあって、そこにサターン神教の本山があるらしいんだけど、そこから司教様って奴が布教活動しにきたのさ。うちの先代の王様が気に入ったらしく、サターン神教を国の宗教に公認するって宣言したんだよ。でも本当は、獣人を奴隷みたいに使えるから都合が良かったという噂だぜ、クソッタレ!」
「それじゃ獣人は、何処で暮らしてるんだ?」
「獣人は都市の中に居場所は無いから、魔境の近くで村を作って細々暮らしてるよ。俺たちドワーフは、武器の製造とかが出来るから人扱いされてるけど、この先どうなるかわからねぇ。」
その後、二人はトボトボと家路に着いた。
しばらく無言だったが、ニキが口を開いた。
「なぁリュウ。リュウは光魔法が使えるだろ。たまにでいいんだが、獣人の村に行って回復魔法を使ってくれねえか?」
「それは構わないけど、どうして?」
「光魔法の使い手は少ないんだよ。それで、光魔法が使えると教会の神父になれるんで、大概神父になっちまう。サターン神教は獣人を人とはみなして無いから、ケガをした獣人に回復魔法をかけてやる人がいないんだよ。」
「そうか、それは可哀想だ。俺にできる事はできる限りやるぜ。」
「じゃあ、今度、魔素石の切り出しに行くのに、獣人のポーターを頼みに冒険者ギルドに行くから、その時に一緒に獣人の村へ行こうよ!」
「ああ分かった。」
ようやくニキの元気が出できたようだった。