68 新しい魔法の使い方
ゴードン工房を後にした俺は、なんとかギリギリ出勤時間に間に合い、同僚のゲーリーといつものパトカーによる巡回を行っている。
今日は非常に寒い日で、雪がチラついているのでパトカーの運転はゲーリーがしている。
何でゲーリーが運転してるかって? 寒いから何があってもパトカーの中から出たくないので、ハンドルを握りしめてるのさ。
「う〜寒い。リュウ、今日は絶対にパトカーから降りないからな。何かあったら頼むぜ。」
「しょうがないな。分かったよ。」
俺はそう言いながらも、今朝サラ達から聞いた風魔法の事を考えていた。
ようやく使える魔法らしい魔法なので試してみたい。
映画とかなら、女の子のスカートを風魔法でヒラリとめくるところだが、こんな寒い日に短いスカートなど履いている女性などいない。
いやいや、現役の警察官が何を考えてるんだ? そんな使い方あり得ないだろう。
何か健全な使い方はないものか。
そんな事を考えていたら、パトカーの無線機から銀行強盗の情報が入ってきた。
「ニューヨークのアッパーイーストサイドの銀行で強盗事件発生。犯人は車で逃走中。近くのパトカーはすぐに犯人逮捕に向かってください。犯人は武装していますので注意してください。犯人の車の特徴は…」
「了解。こちらリュウ、直ぐに向かいます。」
俺は無線でそう返すと、ゲーリーが「こんな日に強盗なんかするなよ!」と毒付いてサイレンを鳴らした。
パトカーでサイレンを鳴らしながら10分も走ると、犯人の車の特徴と一致する黒いワゴン車が見えてきた。
「ゲーリー、あれじゃないか?」
「ああ、それっぽいな。リュウ、無駄だと思うけど拡声器で止まるよう呼びかけてくれ。」
俺はマイクを握り、犯人の車に呼びかける。
「あ〜あ〜、そこの黒いワゴン車、直ちに停車しなさい。」
すると、黒いワゴン車は逆にスピードを上げて逃げていく。犯人確定だろう。
「ゲーリー、当たりのようだな。追跡頼むぜ。」
「くそったれー。何でこんな雪が降る日に、カーチェイスしなきゃならないんだ。誰もいないところで事故っちまえ。」
ゲーリーのフラストレーションはかなり高そうだ。
ここで俺は、ふと思いついた。これは風魔法を試す絶好のチャンスなのではないか。
しかも車は郊外に向けて走っており、もしも事故しても被害はあまり無さそうである。
そうと決まれば、呪文である。風魔法だからウインドとかだろう。
ウインドカッターとかカッコ良さそうだが、犯人の車が真っ二つになったら目立ち過ぎか。
もっと自然に…「ウインド…」
そうつぶやいた瞬間、パトカーの前を舞っていた雪が不自然に動き出す。
「なんだぁ? 雪で前が見えにくいな。」
ゲーリーがワイパーを動かし始めた。
「…ストーム。」
『ゴウ!』
突然、雪嵐のような突風が吹き荒れて、パトカーが左右に揺れタイヤが悲鳴を上げる。
『ギャギャギャー!』
「オワー! 何だ何だ?」
ゲーリーがハンドルを握りしめて叫び、なんとかパトカーを制御した。
前を行く犯人の車もかなり蛇行していたが、何とか乗り切ったようだ。
危なかった。
威力の大きな魔法を下手に使うと、こっちまで巻き添いをくうようだ。
もっと、ピンポイントに犯人の車だけを狙うとなると…そうか。
「トルネード」
犯人の車の周りを舞っていた雪が渦を巻き始める。
いいぞ、もっと威力を上げて、ちょうど犯人の車を包む大きさで。
すると雪の渦が加速していき、一瞬犯人の黒いワゴン車が浮いたように見えたところで、『ブン!』と音を立てて車が横回転を始めた。
「ヒャッホー! スピンしやがったぜ。」
ゲーリーが叫んで喜んでいるが、少し車が浮いて猛烈に回転しているのはやり過ぎたか。
俺は、風魔法の魔力を落としながら路肩に犯人の車が止まるよう調節していく。
そして完全に車が停車したのを確認して、パトカーを降りて犯人の車に銃を構えて近付くと、犯人達はヨロヨロと車から降りてきた。
「フリーズ! 皆んな手を上げて腹這いになれ!」
「オエ〜〜〜」
ちょっと回転し過ぎたようだ。
労せず犯人が逮捕できたんだから、風魔法の試運転としては上々だろう。
………
俺達が犯人を逮捕してニューヨーク市警に戻ると、同僚の警官達から拍手で迎えられた。
「英雄達のご帰還だぜ!」
武装した銀行強盗を迅速に逮捕できたもんだから、俺達の所属する課の連中がはやしたてる。
風魔法で少しズルしたが、これくらいは役得だろう。
「犯人の車が凍った道路でスピンしてよ。」
さっそくゲーリーが皆んなに逮捕の様子を自慢げに話している。
「よくパトカーはスピンしなかったな。」
「そりゃ、俺がパトカーを運転してたからな。リュウじゃこうは上手くいかなかったぜ。」
何やら俺の株が上がる訳では無さそうだ。
「皆んな聞いてくれ。」
俺達の上司の課長がデスクにやってきた。
「今日はここにいるゲーリーとリュウが銀行強盗を逮捕した。次のボーナスは期待してくれ!」
周りの同僚達から歓声が上がる。
「そんな英雄達に新しい仲間を紹介しよう。日本の警察からアメリカの警察を体験しに来たレッツゴー・アカシ警部補だ。」
すると課長の後ろから日本人としては大柄な警察官が現れた。
「レッツゴーやなくて烈吾 明石です。よろしくお願いします。日本の大阪府警からきました。」
どうやら他の同僚は既にあいさつを終えていたようで、最後に俺達にあいさつしに来たようだ。
課長が先程の笑顔のまま話を続ける。
「それで、レツゴ警部補は一か月ニューヨーク市警を体験してもらうのだが、やはり経験豊かな君達に任そうと思うのだが、皆んなどうかな?」
周りの同僚達から拍手で同意される。
「えっ? ちょっと課長、そりゃないですよ。」
ゲーリーがすかさず反論するが、課長の笑顔は揺るがない。
「レツゴ警部補、こんな優秀な警官に教わるんだから嬉しいだろう?」
「はあ、よろしゅうお願いします。」
もはや断れる雰囲気では無さそうだ。
というか、先に他の同僚に断られて最後に俺達のところに来たのではと勘繰ってしまう。
課長は言うだけ言うと、レツゴ警部補を置いて自分のデスクに戻って行ってしまった。
後にはレツゴ警部補がぼーっと立っている。
しょうがない。
「レツゴ警部補、もう警察署の中の案内は終わってるかい?」
「はあ、まだ何も。」
どうやら、そこから始めなきゃならないようだ。
ゲーリーはさっきまでの上機嫌と打って変わって、自分のデスクでタブロイド誌を広げていつもの様子に戻ってしまった。
「レツゴ、じゃあ俺が案内するよ。さあ行こう。」
俺はレツゴと一緒に警察署の案内を始めた。
そうしてやって来たのは地下の射撃場だ。
今も数人の警官が射撃訓練をしている。
「ここが射撃場だ。日本でも射撃訓練はしてるんだろ?」
「はあ、やるにはやってますけど、一年に数回あるだけです。」
「ウソだろ? そんなんじゃ訓練にならないだろ。」
「まあ、そもそも日本では一般人が銃器を所持してませんので、銃を撃つ事が無いんです。」
やはり日本とアメリカは、かなり違いがあるようだ。
これからの一か月の事を思うと、少し頭痛がしてきた。




