63 混乱するリオ
リオの領主の館では、今後の対応について話し合いが行われていた。
そこに、サターン神教の神父が地龍が街を襲う理由を知っていると言うので、話し合いを中断して神父を待っているところである。
執事について部屋に入ってきたのは、堂々とした体躯のダリル神父であった。
「スミス男爵様、サターン神教の神父でダリルと申します。なにとぞよろしくお願いします。」
「うむ。このリオの街を任されているスミスだ。さっそくだが、ダリル神父は、地龍がリオの街を襲う理由を知っているとか。ぜひ教えてほしい。」
「はい。これは一つの可能性なのですが、私が以前カサンドラ共和国で布教活動をしている時、獣王国との国境の街が地龍の群れに襲われて壊滅したと聞いた事がありました。」
「カサンドラ共和国でそんな事が?」
スミス男爵が驚きの声を上げる。
「はい。最初は、二、三頭だけで襲ってきたのですが、その翌日には十頭もの大群で襲ってきたそうです。領主もまさか翌日に群れで襲ってくるとは思わず、避難が遅れて大勢の住民が亡くなったそうです。」
「なぜ地龍が襲ってくるのだ。地龍はこちらから刺激しなければ、まず襲ってくる事は無いはずだ。それがしつこく襲ってくるとなると、何か理由があるはずだ。」
「その通りです。しかし、その街の領主は、地龍に何かした覚えはないと証言したそうにございます。」
その場の全員に困惑した様子が伺える。
「しかし、一つだけ、地龍が現れた朝に異常があったそうです。」
ダリル神父の発言に全員が注目し、ミゲル警備隊長が「まさか…」とつぶやいた。
「その街の城門に、魔獣のものと思われる血がベッタリと付いていたそうです。」
「何と! 今朝の城門に付いていた魔獣の血と同じではないか?」
スミス男爵は思わず腰を浮かして、声を上げる。
ミゲル警備隊長も悪い予想が当たり、青ざめながらダリル神父に尋ねる。
「そ、それで、その魔獣の血とは何なのだ? 」
「おそらく、地龍の幼体の血ではないかと言われています。」
「地龍の幼体?」
俺が疑問に思い無線機でつぶやくと、サラがすぐに答えてくれる。
「地龍の子供の事です。地龍の子供は真っ白い毛に覆われていて、それほど大きくありません。」
俺は頷き、ふたたび打合せの様子に耳を傾けた。
「獣王国の秘術に、地龍の幼体を使った攻撃方法があるとか。ご存知のとおり、地龍は仲間意識が非常に強い魔獣です。その幼体をさらわれたとなれば、その怒りはどれほどか想像に難くありません。」
「すると、何者かが、このリオの街を地龍に攻撃させるために、地龍の幼体の血を城門に付けたというのか! ゆ、許せん!」
「スミス男爵様、これはあくまで一つの可能性でございます。断定はできません。」
「いや、ここまで一致しているとなると、まず地龍の幼体の血を使った攻撃だと考えた方がいいでしょう。」
ミゲル警備隊長も憤怒の表情でスミス男爵に同意する。先程まで青ざめていたが別人のようである。
「閣下、地龍が群れで襲ってくるとなると、住民の避難を急がなくてはいけません。早ければ明日の朝にはふたたび襲ってくると考えると、できれば今夜中に避難を完了する必要があります。」
「うむ、しかし、避難には船を使うしかないが、肝心な船が足りぬ。」
スミス男爵が頭を抱え、全員が先程の船が足りない問題に戻り苦い顔をしていると、ダリル神父だけがニヤリと笑った。
「スミス男爵様は、何を迷っていらっしゃるのですか? リオの街に必要な人間から順に船に乗せれば良いではありませんか?」
「何?」
スミス男爵がギロリとダリル神父をにらむ。
「お気を悪くされたならすみません。しかし、全員を乗せられるほど船が無い、となれば必然的にそうなるのでは? 私達のサターン神教では、神は人族の利益を第一に考え、それがために犯した罪は許されます。獣人や貧しい人間などは切り捨てればよろしい。」
「黙れ! きさま〜、それが本当に神父の言うことか?」
ついにメアリーが立ち上がり、ダリル神父に詰め寄った。
その時、領主の館の外から大勢の人が騒いでいる声が聞こえてきた。
なにやら、「早く逃げろー!」とか「地龍が襲ってくるぞー!」などと聞こえてくる。
「何事か? 何の騒ぎだ?」
スミス男爵が声を上げると、警備隊の一人が慌てて部屋に入ってきた。
「申し上げます。住民達が地龍が襲ってくると騒いでいます。」
「何だと? どうしてそんな事に?」
「敵は誰かは分かりませんが、このリオの街に混乱をもたらそうとしているようです。閣下、急いで指示を出さないと、住民は勝手に行動を始めてしまいます。」
ミゲル警備隊長が怒りを押さえて、冷静に分析する。
「分かった。住民の避難を指示せよ。私の船には、妻と子供達を乗せよ。」
「子供達とは? お子様はお一人しか…。」
ミゲル警備隊長がいぶかしげにスミス男爵に問う。
「私の息子と、貧しい人や獣人の子供達だ。このままでは、ダリル神父の言うとおり、貧しい人々や獣人達は船に乗れないだろう。せめて、子供達だけでも逃す事ができればリオの街の明日につながる。」
「まさか閣下は?」
「うむ、私はここに残りリオの街と運命を共にする。」
ミゲル警備隊長がカミナリに撃たれたように動きが止まる。
「なに、地龍の群れが襲ってきても、残された住民達と最後まで足掻いて見せるわ。」
もはやスミス男爵は晴れやかな表情となっていた。
ミゲル警備隊長も、もはや何を言っても無駄と感じ「では、そのように指示します」と言うと、部屋から出て行った。
「メアリー殿、聞いてのとおりだ。君達は約束どおり早く船に乗りたまえ。」
「いいえ、スミス男爵。私達も残ります。魔境に異変が起こっているのに、魔境を調査する保安官が逃げる訳にはいきません。」
「良いのか?」
「はい。これも貴族の責務かと。」
「ふふふ、お互い損な性格だな。」
スミス男爵はメアリーの肩を叩くと、部屋から出て行った。
「それでは、私も教会に戻るとします。」
ダリル神父は、そう言うと一礼して部屋を出て行こうとするが、メアリーが声をかける。
「それで、ダリル神父達はリオの街から逃げるのか?」
「滅相もない。残された人々のために神に祈りを捧げますよ。私もこの街と運命を共にします。」
ダリル神父は、メアリーにニコリと笑うと、部屋を出て行った。
………
メアリー達が打ち合わせの部屋を出て領主の館の一階に降りて行くと、玄関の前でスミス男爵が奥方と息子と別れを惜しんでいた。
「これからはお前が子供達の母親だ。子供達の事を頼む。」
「あなた…。」
「お父様…。」
「よいか、お前達はこのリオの街の希望だ。リオを頼んだぞ。」
スミス男爵はそう言うと、玄関の扉を開いて、奥方達と外に出た。
すると、領主の館の前庭には、大勢の人々や獣人達が詰めかけていた。
スミス男爵は、一瞬息を飲んだが、落ち着いて声を張り上げる。
「皆んな、すまない。私の力が及ばず、全員を避難させる事はできない。しかし、子供達だけは、全員私の船に乗せるつもりだ。リオの街に残る者にはすまないが、恨むなら私を恨んでくれ!」
すると、一人の狼型の獣人が声を上げた。
「ご領主様! 俺達は何も恨んでなんかいない! 感謝してるんだ。子供達だけでも助かるって聞いて、それを伝えたくてここに来たんだ。」
そこに集まっていた全員が、そうだ、そうだと声を上げた。
そこにスミス男爵の奥方が一歩前に出た。
「今日からは、私が子供達の母親になります。だから、どうか子供達の事は心配しないでください。」
人々や獣人達の間から、すすり泣く声が聞こえてきた。
「さあ、皆で船まで見送りに行こう。」
スミス男爵の呼びかけに、そこに集まった人達は全員で港の方に向かって行った。
この様子を無線で聞いていた俺とサラは、スミス男爵達を死なせる訳にはいかないと、心に誓うのだった。




