59 忍び寄る影
異世界の翌日、リオの領主の館でスミス男爵夫妻と一緒に朝食を食べていると、警備隊長のミゲルが緊急の連絡があると言ってやって来た。
「朝食中に申し訳ありません。魔境へ向かう城門に異常がありましたので、急ぎご連絡に参りました。」
「何の異常だ?」
スミス男爵も怪訝な表情でミゲル警備隊長に聴いている。
「昨日の夕方に城門を閉じる時には何も異常は無かったのですが、今朝城門を開けてみると、城門の外側にベッタリと魔獣のものと思わしき血が付けられていたのです。」
「魔獣同士で争って付いたものではないのか?」
「報告を聞いた私もそう思って城門の外を調べたのですが、これといった争った形跡は見られませんでした。昨夜警備していた者にも聴いてみたのですが、何も異常は無かったと言うばかりです。」
「そうすると、人為的に付けられた魔獣の血だという事か。」
「おそらくはそうかと思われます。もしかすると、何かの呪いの類いかもしれません。」
「魔獣の血を使った呪いなどと、ミゲル警備隊長は何か心当たりはあるか?」
「申し訳ありませんが、そういった知識はありません。」
「ふむ、そうだ、メアリー殿達はそのような呪いに何か心当たりは無いかな。」
メアリーが俺達を見回すものの、俺を含め全員が首を横に振っている。
「さあ、呪いとなると、そちらの方面は知識がございません。何にせよ、魔獣の血を使うなど、このリオに良からぬ思いを抱く者の仕業かもしれません。」
「そうだな。ミゲル警備隊長、本日から街の警戒を強化して、魔境の監視も増やしてくれ。」
「了解しました。」
ミゲル警備隊長は、スミス男爵に一礼すると部屋から出て行った。
「あなた、大丈夫でしょうか?」
「なに、ミゲルやその部下達も強力なゴーレムに乗るゴーレム使いだ。お前達は何も心配する事はないよ。」
スミス男爵が心配する婦人をなだめると、メアリー達に向き直った。
「さて、メアリー殿達の船だが、明日の朝には出港できるよう準備を整えているところだ。今日は街の観光をするなど、ゆっくりすれば良い。」
「ご配慮感謝いたします。」
「あのー、できればゴーレムの整備をしたいんだけど。」
スミス男爵とメアリーが話していると、ニキが、恐る恐る聴いてきた。
「それならば、うちの警備隊の整備場を使えば良い。設備も材料も十分にあるはずだ。」
「重ね重ねありがとうございます。」
………
俺達はスミス男爵の好意でリオの警備隊の整備場を使わせてもらう事になった。
広い整備場には人影も少なく、ガランとしている。
「ワシがこの整備場を任されておるトビーじゃ。スミス男爵から話は聞いておる。ここらの設備や材料は自由に使ってくれ。」
俺達はトビーと握手して、それぞれあいさつすると、メアリー達はゴーレムをストレージから出していく。
俺は、整備場に作業員が少ない事が気になり、トビーに聴いてみる事にした。
「ところで、この整備場は警備隊の整備場だと聞いていたけど、作業員は少ないんだな。」
「ああ、リオの街は知ってのとおり東は海に面しているし、魔境側は大きな城壁に囲まれとる。たまに魔獣が魔境から出てくるが、警備隊のゴーレムで簡単に追い返せるから平和なもんだよ。」
なるほど、そんな平和な街ではゴーレムの活躍する場面は少なく、整備場もヒマという事だな。
「リュウ、ゴーレムの整備を始めるぞ!」
ニキの号令でゴーレム整備の作業が始まった。
しばらく俺達がゴーレム整備をしていると、リオの警備隊の隊員が飛び込んできた。
「トビー、急いでゴーレムの修理をしてくれ!」
隊員はそう言うと、ストレージからゴーレムを取り出す。
そのゴーレムは、テッドのゴーレムのように、魔素石に鋼鉄の装甲がされており、巨大な盾を装備している。
しかし、その巨大な盾は大きく歪んでおり、鋼鉄の装甲もへこんで魔素石にもヒビが入っているようだ。
「これは、どうしたんじゃ? 何と闘えばこんなにひどい有様になるんじゃ。」
トビーが慌てて隊員に聴いている。確かに、こんなひどい有様のゴーレムは、エアリーズのバトルトーナメントでボコボコになった、テッドとマーティンのゴーレム以来だ。
「地龍が魔境に出たんだ! どうも、こっちに向かっているようだから、急いで修理して部隊に戻らないといけない。」
「何じゃと! はぐれ龍なのか?」
「分からん。他にも見たという奴がいるが、たまたま同じやつに遭遇したのか、はっきりした情報は入ってない。俺は魔境の中でこちらに向かっていた地龍に遭遇して、なんとか止めようとして盾を構えたが軽くはじかれてこんなザマさ。」
俺は、キャンサーとの国境に出た地龍を思い出したが、あんなのが複数出てきたら大変である。
あの時は、メアリー達に加え、カサンドラの冒険者のオリバーとハンス、謎の冒険者エドワードでやっと地龍一頭を討伐できたのである。
トビーは地龍が一頭だけなのか気にしているようなので、少し聴いてみる事にした。
「ちょっといいか? 地龍は魔境の中を群れで行動しているのか?」
「そうじゃ。普通は10頭前後の群れを作って行動しとる。しかし地龍が恐ろしいのは、それだけじゃ無い。」
何だよ、地龍の群れってだけで恐ろしいのに、それ以外にもあるのか。
「奴らは仲間意識がかなり強い。一頭やられると、群れ全体が死に物狂いで襲いかかってくる。だから群れの地龍は決して討伐してはならんのじゃ。」
「そうだ。もし討伐するつもりなら、全部討伐するつもりでやる必要があって、軍隊の出動が必要になる。」
トビーに続いて警備隊の隊員も説明してくれる。
「ここには、地龍の群れを討伐できる程の戦力はあるの?」
「普段が平和だったから、それほどの戦力は残念ながら無い。」
メアリーの質問に、隊員はため息混じりに答えた。
「ちょっと、ミゲル警備隊長のところに行ってくるわ。」
メアリーはそう言うと、マーティン、テッドも一緒に整備場を出て行き、俺とニキは呆気に取られて整備場に残された。
「リュウ、俺達は整備場の方を手伝うぞ。」
「ああ、分かった。」
「何、本当か? そりゃ助かる。何せこんな事態は想像していなかったから、人手がまったく足りとらんでな。」
トビーは嬉しそうに答えて、さっそく数名の作業員にゴーレム整備の指示を出して行き、俺とニキはそれを手伝うのだった。
………
・・・メアリー視点へ・・・
私達は急いでミゲル警備隊長を探して、魔境に向かう城門へ行くと、城門の上にミゲル警備隊長の姿が見えた。
すぐに階段を上がり、ミゲル警備隊長に声を掛けた。
「ミゲル警備隊長。地龍が出たと聞いたけど、どんな状況なの?」
「これはメアリー殿。今、魔境の偵察に行っている隊員や冒険者の話を確認しているのですが、どうやら複数の地龍がこちらに向かっているようです。」
どうやら群れでこちらに向かっているのは、間違いなさそうである。
「どうして地龍の群れがリオの街を目指してくるの?」
「分かりません。普段は海を嫌ってリオの街には近付かないのですが、なぜこちらに向かっているのか謎です。現在、群れの規模を確認しております。」
ミゲル警備隊長と会話をしていると、突然、魔境を監視していた獣人が声を張り上げた。
「地龍だー! 地龍が出たぞー!」
城門から500メートル程先に見える魔境の森の中から、魔境の木々をメリメリと倒しながら、3頭の地龍がゆっくりと出て来た。
どうやら、もはや一刻も猶予の無い状況のようである。




