41 スペンサー家の人々
キャンサーの街のとある酒場では、カウンターの隅でメアリーとスペンサー伯爵が並んで座っている。
メアリーは、バーテンにショットグラスの酒を頼むと、二人は黙って少し俯き加減に前を向いた。
「もうあの戦争から10年ですね。あれから、どうされてたのですか?」
「…。」
「どうしてカサンドラ共和国に?」
「…。」
どうやらスペンサー伯爵は、何も答えてくれないようだ。
メアリーは、話題を変える事にした。
「10年前は、私とサラは王都のキングブリッジ学園に居たわ。サラは学園の青いバラと呼ばれて、私は赤いバラ。二人合わせて『ブリバラ』と呼ばれてたけど、そう言うとサラは怒ったわ。『カッコ悪いです』って言って。フフフ…。」
スペンサー伯爵の目が優しく、懐かしいものを見るような目に変わった。
「今日は助けてもらって、お礼を言いたかったの。魔境の中で伯爵のゴーレム…、炎の勇者のゴーレムが見えたわ。」
「…助けたのは偶然だ。本当は君達を始末する為にあそこにいた。」
「どういう事?」
「…ある男から、サマル王国から来た保安官を始末するように依頼された。あのマヌケなカサンドラの保安官もな。もちろんメアリー君達とは知らなかったがね。危うく娘の親友を殺すところだったよ。」
「誰からの依頼かは、教えてもらえないのかしら?」
「それは言えない。…すまない。」
「…サマル王国に戻って来てくださらない?」
「…もはや俺は、ただの冒険者だ。サマル王国には、帰る場所も家族もない。」
「あの戦争で何があったのか、教えてもらえませんか? 伯爵は戦場で何を見たの?」
「…俺も知らない。俺は戦場にいなかった。」
「どういう事ですか? 確か伯爵は最前線にいたと聞いてたのに。」
「…俺は、あの戦争で自分の領地が戦場になる事を恐れて、カサンドラ側に和平の申し入れをしていた。王都から来た武官は嫌がってたがね。」
メアリーは黙って頷く。
「カサンドラ側は、和平を進めるなら、俺に和平の使者として単身でこちらに来いと言ってきた。俺は一人でキャンサーの街に入り、和平の条件を詰めている最中に、戦場で何かが起こった。」
「何が起こったの?」
「分からない。カサンドラの連中は、サマル側が突然攻撃を始め、応戦していたら、サマル側の新兵器が暴走したと言ってたがな。戦場にいた兵士も、付近の街も住民もその新兵器とやらに蹂躙され、辺りはあっという間に魔境になってしまったと…。」
「そんなバカな。サマル王国にそんな危険な新兵器があったなんて聞いたことないわ。」
「…今となっては、それがウソでも本当でも俺には関係ない。カサンドラで数年間幽閉され、ようやく出てきたら、俺の領地は魔境の中に沈み、領民も家族も失っていた…それがすべてだ。」
「…やっぱり、サマル王国に帰って来てもらえませんか? 新しい国王にその話をしてもらえれば、何か分かるかもしれない。爵位だって、まだどうにか出来るかもしれない。」
「…今日、君達が魔境で戦っている時、スケルトン兵士が出てきただろう?」
そういえば、ニキがしきりにスケルトンが出たと言っていた事をメアリーは思い出した。
「あのスケルトン兵士達が身に付けていたのは、我がスペンサー家の警備隊の装備だった。俺は、あの魔物と化したスケルトン兵士達を助けるために、思わず火魔法を放っていたよ。」
「何かの見間違いという事は…」
「俺が見間違える事はない。…今も家臣達は、あの魔境の中を魔物となって彷徨ってるのだよ。そして、サラも…」
もはやメアリーにかける言葉は見つからなかった。
「…少し酔ったようだな。これで失礼するよ。」
スペンサー伯爵は、立ち上がりお金を支払うと、思い出したようにメアリーの方を向いた。
「今まで何をしていたと聞いたね…。この10年間いつも一つのことを思っていたよ。『すべて滅びてしまえ!』とね。」
スペンサー伯爵は、そのまま酒場を出て行った。
酒場の片隅では、メアリーの押し殺した泣き声が微かに聞こえたが、周りの喧騒にかき消された。
………
ニューヨーク市警の仕事を終え、ゴードン工房に行くと、サラが詰め寄って来た。
「リュウ様、どうして最後まで一緒にいさせてくれなかったのですか!」
「それは、俺の顔をした奴が二人いたら変だろ?」
「私も一緒に戦いたかったです。」
どうやらディエゴ警備隊長らと一緒に戦いたかったようである。
工房の奥を見ると、ディエゴ警備隊長らスケルトン達が、昨夜の戦闘の話で盛り上がっている。
「やっぱり俺のハンマーだけが、ゴーレムに対抗できたな。」
「隊長だけずるいですよ。俺達もハンマーがほしい。」
「おれバラバラになったのに、すぐに元に戻ったんだよ。アンデッドつえー。」
久々の戦闘で興奮してるようである。
ゴードン達も集まって来たので、昨夜の異世界での戦闘の様子やブルーノ保安官や山賊による妨害行為などを説明した。
「これまで魔獣対策だけを考えていたが、対人戦も視野に入れて検討する必要がありそうじゃな。」
「対人戦という事は、拳銃で撃ったりするの? いくら悪人でも、異世界の人を銃で撃つのは嫌だわ。」
「うん、俺は現役の警察官だし、向こうでも保安官だから問答無用で人を撃つのは、ちょっとな。」
それまで皆の話を聞いていたエドガーがアイデアを出す。
「つまり、殺傷能力は低いが、悪人を制圧できる武器が必要という事だな。それなら電気の流れるテーザー銃やスタンガン、催涙スプレーなどが考えられるが。」
「異世界でこちらの武器を持って戦うのは違和感あるわ。サラさん、あちらの人はどんな武器を使うの?」
「主にナイフとか、山賊とかなら大きな剣を持ってる事もあるです。」
「魔銃砲のような、魔法を使った武器はないのか?」
「ゴーレムに装備しない小型の魔銃砲となると、威力が落ちて多分使えないです。」
そこで俺は一つ思いついた。
「だったら、格闘術で何とかなるかもな。」
「格闘術って?」
「空手や柔道、合気道なら、何も武器を持たずに対人戦で人を制圧できるからな。」
「ほう。こちらの世界には、そのような術があるのか?」
ディエゴ警備隊長も興味がありそうだ。
「うん、まあ俺は師範クラスではないけど、警察でやってる格闘術があるから、それをみんなに手ほどきしよう。じゃあ、まずは、その鎧とかは脱いで、身軽な格好に着替えよう。」
「それじゃあ、ワシが軍隊で使う迷彩色の服やナイフ、グローブなどを用意してやろう。」
話はとんとん拍子に決まり、さっそく今夜からディエゴ警備隊長らスケルトン兵士達に、格闘術の稽古を始める事になった。
「ところでリュウ君、ゴーレムはどんな状況かね?」
エドガーの質問で俺はゴーレムが燃えた事を思い出した。
「そうだ、エドガーこれを見てくれよ。」
ストレージからゴーレムとストームキャットの死骸を出すと、火は完全に消えていたが、工房全体に焼け焦げた臭いが広がった。
「これは…見事に焼け焦げてるが、またフレアキャットの攻撃を受けたのかね?」
「何の攻撃を受けたか分からんが、ゴーレムが突然燃え上がったんだ。ビックリしたよ。」
「火魔法でこんなに燃えたの?」
皆んなで首を捻っていると、サラがゆっくりと後ずさっていく。
「サラは、戦闘中に何か気付いた事はないか?」
サラは一瞬ビクッとしていたが「さ、さあ、よく分からないです。」と答えていた。
その日から、なぜか俺のゴーレムへのワックスがけはされなくなった。




