3 ドワーフの工房
昼過ぎて、教会に1人の信者がやって来て、ルース牧師によって引き合わされた。
「リュウさん、こちら信者のバッカさんです。」
「初めまして、リュウと言います。」
「バッカだ。ルース牧師のお願いだから引き受けるけど、うちは工房をしているから、そこで働いてもらう。タダ飯食わすほど、うちは裕福じゃないんでな、悪く思わんでくれ。」
バッカはドワーフという種族らしく、非常に大柄な体躯でモッサモサの見事な髭面をしており、いかにも力仕事に長けている様子であった。
「リュウさん、バッカさんは、ご覧のとおりドワーフで工房を営んでいらっしゃるのですが、武器や防具だけじゃなく、ゴーレム造りの名人と言われるほどの人です。」
「自分は、工房の知識が無いので、いろいろ教えてもらうばかりだと思いますが、よろしくお願いします。」
「なあに、3年もワシが仕事を叩き込んでやりゃ、ちったぁ使えるようのなるだろうから、安心しろ。」
その後、バッカの乗ってきた馬車に乗って一緒に街に向かうことになった。なお、別れ際、ルース牧師からは、バッカに聞こえない小さな声で、くれぐれも御使である事は、バレないよう注意を受けた。
バッカの工房のあるこの街の名は、ロドス城塞都市というそうで、街の周りをぐるりと高さ3メートル程の城壁で囲んでおり、まるで中世のヨーロッパの城塞都市のようであった。
遠目にも、都市の真ん中に領主の館と思われる城が聳えており、見る者を圧倒する。
そして、城門を潜った先に広がる景色は、まさに中世ヨーロッパのような街並みで、2〜3階建の石造りの建物、様々な商店や簡素な作りの露天商が並び、石畳の道路には多くの人や馬車が溢れていた。
ただ、中世ヨーロッパの都市と違うのは、道路には、馬車だけでなく、人間型のロボットの胴体の上に操縦席のようなものが付いた乗り物に乗っている人がいることだろうか。
「どうだ、賑やかなもんだろう。」
「ああ、こんなに賑わっているとは驚いたよ。ところで、あのロボットみたいな乗り物は何だ?」
「なんだお前、ゴーレムを初めて見たのか? とんだ田舎者だな。」
「あれがゴーレム?」
「あんなのは、大した事ねえ。うちでは、もっと高性能のゴーレムが作れるからな、自分で言うのもなんだが、ロドスで一番の工房だと思っとる。」
そんな話をしながら馬車に揺られていると、馬車は1軒の石造りの3階建ての大きな工房の門を潜っていった。
「ここがわしの工房じゃ。わしゃ馬車を小屋に回してくるから、リュウは先に工房に行っといてくれ。」
「ああ、分かった。」
工房の扉を開けて中に入ると、想像以上に広々とした工房の作りとなっていた。
表から見てたら3階建だと思ったのだが、中は、1、2階ぶち抜きで非常に天井が高く、特段何かを作っているという風ではなかったが、周りには、様々な部品や大きな石材などが並べられている。
「おいお前! どっから入ってきやがった。さては、よその工房からの偵察だな?」
その声に驚いて振り返ると、17、18歳くらいのツナギのワークウェアを着た赤毛の少女がこちらを睨んでいた。
「えーと、俺は今日から厄介になる事になったリュウだ。ヨロシク。」と右手を差し出したが、その子はそれを無視して、さらに目を細めた。
「そんな話は聞いてねぇ。見た事ねぇ顔だけど、工房での経験は? 今まで、どこで修行していやがったんだ?」
「いや、工房の経験はない。すまないが、一から教えてもらうつもりだ。」
「はん。馬脚を現したな。うちの工房は素人はとらねえ。早く帰れ。アイタァ!!」
その子の後ろから現れたバッカが、思い切り頭をバシィっとひっ叩いた事で、工房に盛大な音が響き渡った。
「何勝手に追い返そうとしとるんじゃ。こいつは、今日から工房の見習いで住み込むリュウだ。仲良くしろ。」
「あいたたた。父ちゃん痛いよ。」
「すまんなリュウ。こいつは、ニキって言ってわしの娘じゃ。ニキ、リュウの部屋を用意してやれ。」
ニキは頭をさすりさすり、こちらを向き直る。
「見習いにしちゃ老けてねえか。ま、しょうがねえ。おいリュウ、お前の部屋に案内するから、ついて来い。お〜痛え。」
どうやら3階が住居スペースになっているらしく、階段を上がっていく。
「ここは、親父さんと二人でやってるのか。」
「あと一人、アレックスがいる。そんで今から案内する部屋は、アレックスが以前使ってた部屋で、アレックスが結婚したんで空き部屋になってたとこ。」
3階に上がると、食堂兼リビングのような部屋があり、その先の部屋に案内された。
「ここだよ。部屋の掃除やシーツの洗濯は自分でやる事。荷物は…何も持ってないのか?」
「ああ、素っ裸にひん剥かれて森を彷徨ってたとこを、ルース牧師に助けられたのさ。ついでに、その時のショックで、それまでの記憶も無くなって、何も覚えてないから、色々質問すると思うけど、変に思わないでくれ。」
「そうか、色々苦労したんだな、分かった、分からない事があったらなんでも聞きな! 俺が面倒見てやるぜ!」
ニキは口は悪いが、人は良さそうである。何となく、良いところを紹介してもらったとホッとした。
その後、もう一人の従業員であるアレックスを紹介されて、工房での作業をニキから説明を受けることとなった。
「いいか、剣や防具は、良い素材を使えば当然高く売れる。だが、お貴族様向けのものなら、それなりに装飾して値段を吹っ掛けても大丈夫だが、一般の冒険者はそうはいかねぇ。」
「冒険者ってのがいるのか?」
「あたりメェじゃねぇか。そうか、それも忘れちまったのか。つまりだ、薬草採取で森に行ったり、商人の警護して報酬をもらうのが冒険者だな。もちろんランクが上がれば、魔境でモンスター狩りってのもあるがな。」
「魔境で、モンスター?」
「あーもう、話が前に進みゃしねぇ。とにかく、一般の冒険者は金がねぇ。だから、値段の高い剣や防具は売れねぇ。だから、剣や防具は安いやつをまとめて作って、道具屋に売るのさ。」
「じゃあ、あんまり儲からないのか?」
「うん、普通の工房ならそうだな。しかし、このバッカ工房はそんじょそこらの工房とは違うんだな。」と、わざわざニキは胸を張ってから続けた。
「つまりだ、うちは何とゴーレムを作る事ができる! しかも、ゴーレムの上に操縦者が乗る半身型じゃなく、完全な人型で、操縦者が中に騎乗できるタイプだ。これが作れる工房は、このロドス城塞都市でも、片手で数えるほどだ。」
「街で、その半身型のゴーレムを遠くから見たけど、よく見てないんだ。どういう仕組みなんだ。」
「そうだな、実物を見た方が良いか。よし、こっちだ。ついて来い。」とニキは言うと、工房の前の庭に出て行った。
後をついていくと、ニキは庭に置いてある白い布の掛かった自分の背丈ほどもある大きな物体の白布をめくった。
そこには、半身型のゴーレムが鎮座しており、無骨で大きな足と腕がアンバランスだが、印象的なフォルムをしている。そして、胴体部分の上に操縦席らしき物が見えている。
「どうだ。これが俺のゴーレムだ。これは半身型だが、魔素石の切り出しの時とかには、これに乗って魔境まで行くんだぜ。」
「すごい。これ動くのか?」
「当たり前じゃないか。ちょっと待ってろ。」