37 キャンサーの獣人の村へ
異世界の翌日、俺達はブルーノ保安官に案内され、キャンサーの獣人の村にやって来た。
「メアリー殿、獣人の奴らは凶暴ですが、私が一緒にいれば大丈夫ですぞ。私は獣人の扱いに慣れてますからな、ダーッハッハッハッ!」
朝からブルーノ保安官の下品な笑い声を聞いて、皆不快な顔をしている。
この男が、獣人の扱いに慣れてると言うと、嫌な予感しかしない。
そうして、ようやくキャンサーの獣人の村に到着した。
キャンサーの獣人の村は、今まで見たどの村よりも貧しい様子で、獣人達の着ている服も粗末な物だった。獣人達の顔色も良くない。
村全体が灰色じみており、キャンサーの色とりどりの街並みとの違いが、より一層、悲しく見える。
そして、サマル王国の獣人の村であれば、敵意をむき出しにして保安官を屈強な男達が取り囲むのであるが、ここではどの獣人も肩を落とし、誰もこちらと目を合わそうともしない。
「村長! 村長はいるか!」
早速、ブルーノ保安官が大声で獣人の村の村長を呼ぶ。
やがて奥の小屋から、一人の獣人が現れた。
歳の頃は60代後半の男性で、狼型の獣人であるが、髪の毛に白いものが多く見えて、全体に苦労の跡が見える。
「これはブルーノ保安官。今日は何用ですかな?」
「こちらサマル王国より来られたメアリー保安官殿だ。魔境の事を聴きたいとの事でな、わざわざ貴様らの元に来られたのだ。よくご説明して差し上げろ。」
村長をよく見ると、オドオドした様子で、手足が微かに震えている。
メアリーはため息を一つつくと、「保安官のメアリーと言います。魔境の調査をしており、色々話を聴きたいので、村長のお宅で話を聴かせてもらえないか?」と優しく話しかけた。
すると村長は、「いや、うちは汚いので…」と言いかけたところでブルーノ保安官が「そうですぞ。獣人の家など汚くて、服が汚れちまいますぞ。」と言い出した。
「服が汚れるなど関係ない。ゆっくり話を聴かせてくれないか?」とメアリーが再度言うと、いきなりブルーノ保安官が村長をボカっと殴りつけた。
「お前が、はっきり言わないから、メアリー保安官殿が困っておられるだろう!」
「てめぇ、何しやがる!」とニキがブルーノ保安官に向かっていくので、とりあえずニキの前に体を入れて、飛びかからないようにガードしておいた。
メアリー、マーティン、テッドの三人がブルーノ保安官を囲み、にらみつける。
「獣人への暴力は許しません!」
「いや、私はメアリー保安官の事を思って、やっているのであって…。ダーッハッハッハッ! いささかやり過ぎましたか? もう黙って聞いてますので、どうぞご自由にやって下さい。」
「いいえ。あなたがいると獣人が怖がって話ができませんので、冒険者ギルドへ行きましょう。どうぞ案内してください。」
「それじゃあ、もう獣人の村はよろしいので?」とブルーノ保安官はうれしそうに答える。
「二人置いていきます。リュウとニキはここに残って話を聴いてきて。夜に宿屋で話を聴きます。」
これが、昨夜メアリー達と話した作戦だった。
シンプルであるが、どうにかしてブルーノ保安官を獣人達から引き離すという作戦だったが、どうやらうまくいきそうだ。
ブルーノ保安官は、「チッ」と舌打ちをしたものの、メアリー達と冒険者ギルドへ向かって行った。
俺達のやり取りを見ていた獣人達は、殴られた村長を抱えて、村長の小屋に入っていき、俺達も続いて入った。
小屋には、村長の奥さんらしき人が粗末なベッドで寝ていたが、殴られた村長を見て「あなた!」と言い起き上がると驚き固まっている。
村長をイスに座らせたところで、俺は右手に魔石を挟んだベルトを巻き、村長の殴られた顔に右手を差し出した。
「ヒール!」
右手の辺りが淡く光ると、村長の殴られた顔の腫れが、みるみる引いていく。
周りの獣人達から「おぉ〜!」という声が上がっている。
俺は「さあ、奥さんも具合悪そうだ。」と言いながら、村長の奥さんにも回復魔法をかけてあげた。
奥さんは病気のようだったが、小屋の中が眩しいほど光ると、みるみる顔色が良くなった。
「こ、これは?」
「あなた、体の痛みが無くなったわ!」
村長達は、涙を流しながら喜んでいる。
俺が村長達の様子を見ていると、ニキが声を張り上げた。
「こいつは、サマル王国から来たリュウって言うんだ。回復魔法が使えるから、病人やケガ人がいたら教えてくれ。」
獣人達から歓声が上がる。ようやく、獣人達に人らしい表情が戻ってきた。
それからは、他の村と同じように獣人達の小屋を回り、片っ端から回復魔法をかけて回った。
気になったのは、獣人達の食料事情が悪いようで、どの獣人もやせ細り顔色が悪かったことだ。
ひととおり、回復魔法をかけ終わったところで、村の広場に獣人達を集め、ストレージから地龍の肉を大量に出していく。
「これは、地龍の肉だ。たくさんあるから、みんなで分けてくれ!」
地龍の肉は、カサンドラ共和国の冒険者であるハンスとオリバーに半分を分けたが、ストレージにはまだまだあるので、村の全員に行き渡る十分な量を出してあげる事ができた。
さっそく、肉を焼いて、村全体でのパーティーとなった。
大人も子供も笑顔で、焼き上がったドラゴン肉にかぶりついている。最初の病人のような村人の様子が、ウソのようである。
ここで俺達は、大事な事を村人に教えなければならない。
「食事をしながら聞いてくれ。この肉は、サマル王国との国境近くにいた地龍の肉だ。地龍は俺達が討伐した。昨夜、ジェミナイへ向かう獣人の親子からこの村の皆んなに、その事を教えてくれと頼まれたんだ。」
獣人達が、お互いに顔を見合わせ驚いている。
「そ、それじゃあ、もう国境には地龍はいないんだな?」
一人の獣人が恐る恐る聴くと、ニキが「ああ、俺達が討伐したんだ。この肉が証拠さ! ついでに近くにいたフレアキャットも討伐しといたぜ。」と胸を張って答える。
「これはチャンスだ! サマル王国へ行こう!」
獣人達の間から声が上がる。
どうやら、多くの獣人達が、カサンドラ共和国からの脱出を考えていたようである。
「それはダメじゃ!」
突然、村長が声を上げた。
「地龍がいなくなったとしても、魔境には他にもストームキャットとかの危険な魔獣がうろついとる。」
「それは覚悟の上だ。地龍もいない、食料もある。今が最高のチャンスなんだ。」
その後も村長と村人との言い合いになったが、最後には村長が折れた。
「そこまで言うのなら、いいじゃろう。しかし、条件がある。」
村人全員が村長に注目する。
「まず、わしら老人は置いていけ。どうせ、老人の足でサマル王国のエアリーズまでは、たどり着けん。」
村人達が顔を見合わせ、迷う様子が見て取れる。
しかし、村長の言うとおり、魔境の中を老人がエアリーズまで行くのは難しいだろう。
「そしてもう一つ、これは、あんたら次第じゃが。」
村長はそう言うと、リュウ達に向き直った。
「キャンサーの街から、ある程度離れた場所まで、あんたらのゴーレムで護衛してもらいたい。」
どうやら、キャンサーの街から離れるまで、魔境の中を進むので、そこを魔獣から襲われないよう護衛してほしいという事だった。
「国境まででなくて良いんだな?」
「キャンサーから離れれば、後は魔境の浅いところを行くから大丈夫だ。」
ニキと顔を見合わると、「それなら任しとけ!」とニキが答えた。
その後、軽く打ち合わせをし、今日の夕方に出発する事とし、俺達は一旦キャンサーの宿屋に帰る事にした。
………
夕暮れ前、キャンサーの獣人の村から離れた魔境に近い場所に、村長は立っていた。
村長の前には、ブルーノ保安官が立っている。
「それでは、今夜、魔境に入るんだな。」
「はい。サマル王国の保安官らは、村の連中を護衛するという事で、一緒に魔境に入ります。」
「そうかそうか。これで、あの生意気な小娘を始末できるというものだ。」
「それで、村の連中の安全は保証していただけるんでしょうな。」
「分かっとるわ。保安官さえ始末できれば、獣人達の安全は保証してやる。クックックッ、ダーッハッハッハッ! あいつらの泣き叫ぶ姿が目に浮かぶわ。」




