35 国境を越えて
俺達は地龍討伐が終わり、ジェミナイの街に帰ってきた。
国境警備隊からの報奨金を受け取った後、討伐した地龍の素材は、皆で分けるらしい。
一番の功績者であるエドワードは、地龍から出てきたビーチボール程の大きさの魔石を取り、あとの皮とか肉は俺達とハンス達で半分に分けた。
無事に分配が終わると、エドワードは「じゃあ、また。」と右手を挙げ、キラリと光る笑顔を見せて去って行く。
あの若さで恐ろしい程の実力を秘めており、謎の多い冒険者である。
ハンスとオリバーも、国境を越えたら魔境沿いの街道は行かず、カサンドラ共和国のそれぞれの街に帰るとの事で、ここでお別れとなった。
ハンス達が「また来年のエアリーズのバトルトーナメントで会おう!」と言うと、マーティン達も「来年は決勝戦で会おうぜ!」と応じていた。
メアリーとニキは、そんな四人をジト目で見ていたが。
そして、ついに俺達は、カサンドラ共和国に入国したのである。
………
俺達は魔境を左手に見ながら街道を南下していくと、日も暮れてきたので、街道脇のやや開けた場所で、キャンプする事になった。
ストレージからテントやフライパン、食器類を出して、キャンプの準備をしていく。
今日は、早速ドラゴンの肉を焼いてみよう。
地龍の肉は、赤みの多い牛肉のようである。
これを塩コショウしてから、ガーリックで香り付けし、フライパンでジュウジュウ焼いていく。
辺りに、ガーリックと肉の焼ける旨そうな匂いが立ち込めていく。
ドラゴン肉をミディアムに焼き、ジェミナイの街で、鍋ごと購入したスープとパンを添えて渡すと、全員がドラゴンステーキにかぶりついた。
「美味い! しっかりとした弾力があるものの、肉汁が溢れてきて、クセになる美味さだ。」
皆んなで、美味い美味いと食べていたら、魔境の方の藪からガサガサ音を立て、一人の犬型の獣人の男が姿を現した。
しかも、刃渡り1メートル程の剣を抜いて、こちらに構えており、左肩は怪我をしているのか、血がにじんでいる。
「お、お前ら、命までは取らねえから、そ、そこの食料を置いて、どっかに行きやがれ!」
俺は、メアリー達をチラリと見ると、こちらと目が合ったので、ここは任してくれという風に頷いて、一歩前に出た。
「食料なら、いくらでもやるよ。それより左肩をケガしているようだが、どうしたんだい?」
「そ、そんなのは、お前には関係ねぇ。それより、早くどっか行け!」
俺は、素早く右手に魔石を挟んだベルトを巻くと、両手を上げて、ジリジリと獣人に近付いた。
「それ以上、近付くな!」
「だって、その左肩の傷、本当に痛そうだぜ。実は俺、回復魔法が使えるんだ。治してやるよ。」
獣人の男は「あっち行け!」と怒鳴ったが、俺は構わず近付き、獣人の左肩に右手を差し出し呪文を唱えた。
「ヒール!」
獣人の左肩の辺りが、パァーッと光ると、染みるように消えていく。
「あ、あれ?」
獣人の男が自分の左肩を見て、驚いている。
俺は、獣人が驚いている隙に、剣を素早く取り上げ、右手を後ろに捻じ上げた。
「確保!」
メアリー達が、すぐに集まり、獣人を取り押さえ、剣を遠ざける。
獣人は「騙しやがったな。離せー!」と騒いでいるが、俺やテッドに押さえ込まれては、いかに力が強い獣人でも、動く事はできない。
すると、魔境の方の藪が、ふたたびゴソゴソ音を立てて、二人の獣人が転がるように出てきた。そのうち一人は子供である。
「すみません! その人を許してください。」
よく見ると、犬型の女性の獣人と5歳くらいの男の子の獣人であり、二人とも俺たちの前で跪き、こちらを見上げている。どうやら親子らしい。
俺達は、顔を見合わせ、この獣人の親子から話を聞く事にした。
………
俺達は、焚き火を囲んで、獣人の親子を座らせ、新しいドラゴンのステーキなどを用意してやった。
しかし、獣人の親子は、こちらを警戒して食べようとしない。
仕方ないので、俺が「君達は、どこから来たのかい?」と聴くが、無言で何も答えてくれない。
何となく、エアリーズの獣人の村で会ったペロ達親子が思い出された。
確か、カサンドラ共和国のキャンサーの街から親子で逃げてきて、魔境の中を進んで国境越えをしていた。
「もしかして、キャンサーの街から逃げてきたのかい?」と聴くと、両親の肩がビクッと震えた。
間違いないようだ。
「じゃあ、ペロっていう犬型の獣人の子供を知ってる?」
「ペロ兄ちゃんの事知ってるの?」
ついに、子供の獣人が答えてくれた。
「ああ、俺はペロの友達だよ。ペロ達親子は、今はエアリーズの獣人の村で暮らしているよ。」
俺がそう言うと、ようやく獣人の両親も心を開いてくれたようで、恐る恐る聴いてきた。
「あの親子は、無事にエアリーズに到着できたのでしょうか?」
「父親は、国境付近で地龍に遭遇して犠牲になったらしいが、母親とペロはエアリーズにたどり着いたよ。」
獣人の両親は、「ああ、やっぱり。」と言うと、下を向いて涙をこぼしている。
「まあ、色々聞きたい事はあるだろうが、まずは腹ごしらえが先だ。冷めないうちに食べてくれ。」
俺がそう言うと、ようやく獣人の親子は、ドラゴンのステーキを食べだした。
最初は、遠慮がちに食べていたが、美味しかったのか、途中からガツガツと食べ始めた。
親子で涙を拭きながら食べる姿に、俺達は胸が締め付けられ、この親子の置かれた状況に同情するしかなかった。
そうして食事も終わり、両親から話を聞くと、やはりキャンサーの街から逃げてきて、これから国境を越え、エアリーズの街を目指すところだったらしい。
途中、魔境の中でコボルトの群れに襲われて、父親は左肩を怪我して、空腹と俺達の食事のあまりにも美味そうな匂いに、つい盗賊のような真似をしてしまったようだ。
「命の恩人に、こんな事をしてしまい、すまない。」と獣人の親子が頭を下げる。
「いや、そんな事、気にするなよ。それより、これからどうするんだ?」
「エアリーズの街に行きたいが、残念だが地龍が出るなら諦めるしかない。」
「地龍なら俺達が討伐したぜ。」
ニキが、まるで自分が討伐したかのように話す。
「ついでに、国境付近でうろついていたフレアキャットも討伐したんだぜ。」
「本当か? それが本当なら、今すぐに国境越えをしたい。」
俺達の話を聞き、獣人の親子は国境越えを決意したようだ。
俺達は、食料や医薬品を親子三人分持してやり、この獣人の親子を見送る事とした。
「やはり、すぐに出発するのか?」
「ああ、国境越えは、夜のうちにしかできないからな。それから、世話になったのに図々しい話だが、もしキャンサーの獣人の村に行く事があったら、仲間達に、さっきの地龍の討伐の話をしてやってほしい。」
「それは構わんが、またどうして?」
「他の仲間達もエアリーズに行きたいんだが、国境付近に地龍が出るからと、諦めてるんだ。地龍が討伐されたと聞いたら、俺達と同じように国境越えをする仲間がいると思う。」
そうして、獣人の親子は、何度もお辞儀をしながら魔境の中に消えていった。
獣人の親子を見送った後、マーティンがメアリーに「どうする?」と訊いている。
すかさずニキが「キャンサーの獣人の皆んなが、国境を越えられるよう助けてやろうぜ。」と言うが、マーティンは渋い顔である。
「ここでは、俺達は他国の人間だし、保安官の権威も通用しない。一応、魔境の調査の許可証は持っているが、あまり派手にやると、どうなるか分からん。」
「じゃあ、見殺しにするってのか?」
「そうは言ってない。」
マーティンとニキが言い争いを始めると、メアリーが割り込んできた。
「とりあえず、キャンサーの獣人の村の様子を見てから考えよう。今日は疲れただろうから、皆早く寝よう。」
俺達は、地龍討伐の余韻に浸る間もなく、獣人達の現実に向かい合う事になった。




