13 美味しいランチを
今日は同僚のゲーリーとパトカーに乗り、普段の業務であるニューヨークの街の巡回にきていた。
「なあ、ゲーリー。知り合いのとこでランチに美味いステーキを食べようって話になってるんだが、ステーキ用の肉なら何が美味いと思う?」
ゲーリーはタブロイド紙から顔を上げ、少し考えてから「やっぱりワギュウだな。」と言った。
「ワギュウって?」
「知らないのかよ? 日本の牛肉で、マツザカとかコウベなんてのは、とんでもない美味さだぜ。」
「ああ和牛ね。それなら知ってる。食べた事はないけど。」
「ワギュウを食べた時には、これが牛肉の最高のポテンシャルなんだって、感動で涙が出たぜ。ただ、目ん玉飛び出るほど高いけどな。まぁ、ランチならもっと安い肉にしなよ。」
「いや、今回はただのランチじゃなく、世話になった人へのお礼の気持ちもあるからな、高くても買うぜ。」
「それなら、その先の交差点を曲がった先にワギュウを扱ってる肉屋があるから寄ってくか。」
ゲーリーおすすめの肉屋の前にパトカーを横付けし、無事にステーキ用の松坂牛を7人前購入した。
もちろん、驚くほど高額で一月分の生活費が吹き飛んだ。
やれやれと、松坂牛をストレージに納めた後、パトカーに戻ろうとすると、道路の向かい側で、車の急ブレーキと衝突の音がする。
どうやら飛び出した自転車を避けようとした乗用車が通りの建物の壁に激突した。
自転車の少年は無事のようだが、中の運転手はぐったりしていて、動かない。
「ゲーリー、救急車を呼んでくれ!」
ゲーリーに無線で救急車を指示した後、自動車の運転席のドアを開けて、運転手を外に出そうとするが、ハンドルと運転席に挟まれて動かない。
車のボンネットからは、かなりの量の煙が上がっており、運転席にも流れてきている。
「リュウ、救急車は呼んだが20分くらいかかりそうだ。運転手は外に出せないのか?」
「ああ、胸をハンドルに挟まれてて、動かせない。ゴホッゴホッ、このままじゃ、煙で息ができなくて死んじまう。レスキューも呼んでくれ。」
「ああ分かった。」と言うと、ゲーリーはパトカーに戻って行った。
とにかくこのままでは、レスキューが来たとしても、救助には10分はかかるだろうし、それまで息が持つか。
どうしたもんかとしばらく考え、運転手の意識がない事を確認して、ハンドルに土魔法をかけた。
「曲がれ〜!」
するとハンドルはグニャリと曲がり、運転手が大きく息を吸い込み、息を吹き返した。
その後は、運転手とハンドルとの間に余裕ができたので、かろうじて運転手を引きずり出す事に成功した。
「リュウ。レスキューも来るのに20分かかるらしい。この水で車の火を消そう…。」
ゲーリーが水を入れたバケツを両手に持ってきて、運転手が車の外に出て寝かされているのを見てホッとしている。
「何とか運転手は無事だ。」とリュウが答えるが、ゲーリーは、運転席のハンドルがグニャリと曲がっているのを見て、言葉を失うのだった。
………
翌日、午前中は異世界の街に買い出しに行き、バッカ工房の3階で、早めのランチの準備に取り掛かった。
本来はゴーレムの整備を手伝わなきゃならないのだが、親方に昨日のリベンジでランチの準備をしたいと言うと、午前中は全部ランチの準備に取り掛かって良いとの事だった。
現在は、スープを煮込んでいる最中である。
昼頃になり階下が騒がしくなると、全員が工房の3階に上がってきた。
「小娘よ、昨日のランチの件は、貴様ら庶民にはそもそも何も期待してないから、謝るなら許してやるぞ。」
「何言ってやがる。今日は庶民でも美味い肉を用意できるって事を思い知らせてやるぜ。」
最初から2人はバトルモードのようであり、周りがなだめている。
全員がテーブルについたのを確認して、ちょうど良い加減に焼けた松坂牛のステーキとコンソメ味のスープを並べていくと、そのうまそうな匂いに全員が目を見張っている。
「こ、これは、何という美味しそうな匂いだ。肉汁も溢れ出してる。」とメアリーがつぶやく。
「ふ、ふん。見た目だけは、美味そうだな。」とマーティンもツバを飲み込んだ。
「さあ、召し上がれ!」と言うと、早速、全員がステーキにかぶりついた。
一口食べたところで、全員が無言となり、ステーキを見つめたままプルプル震えている。
「お、美味しい…。」とのメアリーのつぶやきの後、全員が「ウメェー! こんなの初めて食べた! 肉が柔らけえ! 肉汁があふれてくる!」など叫んでいる。
さすが松坂牛である。
さらに、スープもコンソメ味が効いており、好評だった。
「おう、今日のランチはお貴族様の口に合ったかい。」とニキがマーティンをドヤ顔で見ながら言う。
マーティンは、ぐぬぬ! という顔をするものの「確かに美味かった。正直、こんな美味い肉は食べた事がない。降参だよ、昨日はすまなかった。」と素直に負けを認めた。
「おや、意外に素直じゃねぇか?」
「ふん、貴族だからといって、自分の誤りがあれば、正されなければならない。それに、この肉を否定するのは、味のわからぬ愚かものと笑われるだけだ。」
「そういう事だ。ニキもこれで許してくれないか?」とメアリーが言う。
「ああ分かった、もう水に流そう。それに、俺もこんな美味い肉を食えたしな。」
………
その後は、今後の整備計画について話し合いが行われた。
「魔素石の交換もしなきゃならねえから、最低でも3週間、できれば1月はほしい。」
「できれば3週間で終えてほしい。とりあえず3週間後に来るので、それでダメなら、その時に考えるという事でお願いしたい。」
親方は渋々了解した。
「それと、これはお願いなのだが、我々の魔境の調査に、ゴーレムの整備士として誰かついて来てくれないか? もちろん報酬は払う。」
これには、親方も驚きの表情だ。
「知っての通り、うちは家族経営だから、1人でも欠けると工房の経営が難しい。何か訳でもあるんかね?」
「これは王国の機密に関する事だから、内密にしてもらいたい。今回の魔境の調査は、魔境の外縁を一周して調査する予定だ。」
「一周って、確か魔境の南の方は隣のカサンドラ共和国だし、東の方は海に突き出てるはずだが?」
「その通りだ。隣国にも調査の了解は得ているが、何らかの妨害があるかも知れないので、できる限り人知れず行いたい。」
「なぜ魔境の調査が、妨害されるんだ?」つい、口を挟んでしまった。
「それは…。」メアリーが言い淀む。
「つまり、別な目的があるって事だな?」
「…そうだ。我々には魔境の調査と、魔境周辺の獣人の扱いを調査する目的もある。知っての通り獣人は、サターン神教が広まってから人間の扱いをされていない。隣国のカサンドラ共和国では、一部の貴族の領地で獣人は奴隷にされているとも聞いている。」
「そんな…。」とニキが絶句している。
「これに対し、西の山脈を越えた先にある獣王国は、激しく抗議している。獣王国は、多くの獣人が暮らす国なので、同族への扱いをこのまま放置するなら、戦争も辞さないと。」
「それは当たり前だ。この国も、サターン神教を追い出すべきだ!」とニキも声を上げる。
「事はそう簡単ではない。獣人が力仕事や危険な魔境で働く事で、国に利益をもたらしているのは確かだ。それをやめろと言えば、必ず反対の声が上がる。」とマーティンが反論した。
「昨年、我が国は先王がお亡くなりになり、王子が王位を継承されたが、今の王様は獣人の現状を憂い、できれば獣人の置かれている現状を改善したいと考えておられる。その為の現状を確認する調査なのだ。」
「ゴーレムの整備なら、俺が行くぜ。」とニキが立ち上がった。
「それはダメじゃ。そんな危険な旅に行かせる訳には行かない。他の大きい工房ではダメなのか?」
「すまない。さっき言ったような事情なので、話が漏れれば危険が増すから、小さくて腕の立つ工房を探していたのだ。」とメアリーが頭を下げた。
その場にいる全員に重い空気がのしかかってきた。




